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第1話 記憶を探して

皆さんこんばんは、星月夢夜です。

今回から本編に入っていきますが

物語を描くことができて本当に嬉しいです。

どこまで続くのか、自分も楽しみにしています。


それでは、本編がスタートします。

主人公たちの物語を、どうぞご刮目ください。

目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。

ベッドから体を起こして辺りを見回すが茶色の長机、それを挟んで向かい合うように置かれた2つのソファ、少し豪華なドレッサーとチェアに、大きなクローゼット。目の前の景色全てに見覚えがない。自分を見ると真っ白な無地のロングワンピースを着ていた。部屋同様、この服にも見覚えがない。いや、それよりも重要なのは……


「ここは、どこだ?」


ここは一体どこなのか、私はなぜここにいるのか。それらを思い出そうとするも、ここに来る前の記憶が一切無いことに気付く。今まで自分がどこにいたのかも思い出せない。私は……


私は、誰だ?


ここに来る前どころか、自分の名前すらも思い出せない。つまり私は何らかの原因で記憶喪失になっている、ということなのか。自分の名前さえも分からないのは少し気味が悪かったが、今はそれよりもここがどこなのかを知る方が先だと思った。

私はベッドから降り、部屋の扉に近付く。開くか開かないか半信半疑ではあったが、一か八かという気持ちでドアノブを回してみる。扉の鍵は、開いていた。どうやら監禁されているわけではないようだ。そのままゆっくりと扉を開ける。



扉を開けた先は廊下だった。右奥に少し大きな扉があり私の前に3つ、私がいた部屋とその両隣に2つ、合計7つの扉がある。右奥の扉以外は造りが同じで区別がつかない。ということは、これらの扉の先には私がいたような部屋がある、ということだろうか。ならば1つだけ造りが違う右奥の扉は、別の場所へと続く扉かもしれない。私はそう思い、その扉を開けることにする。ドアノブを回してみると、ここの鍵も開いていた。



扉を開けてみると、そこは少し開けた場所になっていた。左奥に大きな扉があるため、おそらくここは玄関なのだろう。その大きな扉の方に向かって歩くと、他にもいくつか扉があることに気付く。大きな扉側から見て、私が出てきた扉が左奥。その手前にも扉があり、右側にも奥と手前に1つずつ扉がある。そして、向かいにどれとも違う大きな扉がある。玄関へと向かっていた足を、その扉に向ける。


ここから出たいという気持ちはなぜか無かった。今の私にとってはここから出るよりも、自分の事を知る方が大切だと思った。この場所の事も自分の事も、何も知らずに出て行くのは最善の選択とは言えない気がする。私は意を決して、向かいの大きな扉を開ける。



入った先の部屋は少し縦長で、明かりは部屋の奥にある暖炉のみのためほの暗い。その暖炉の前に小さめのソファが2つあり、その下にカーペットが敷いてある。そして暖炉の左には扉があるが、あれは何の部屋だろうか。だがそれよりも気になったのは、暖炉の前に誰かいることだ。暖炉の方を向いているためシルエットしか見えないが、おそらく女性でどうやら車椅子に乗っているようだ。


目が覚めてから初めて人に会う。ここがどこなのか、私はなぜここにいるのか、聞きたいことは山ほどある。それらを1つ1つ確かめるように、暖炉の前にいる人のもとへ近付く。部屋の中心まで行ったとき、私の存在に気付いたのかその人がゆっくりと振り返った。そして彼女の顔を見た瞬間、衝撃が走った。


「目が覚めたのですか」


まだ幼い声が発したその言葉で我に返る。


「え? あ、あぁ」


「それは良かったです……私はリース。この館の主をしています」


リースと名乗り、館の主だと言ったその人は少女だった。髪は腰までの長髪で、白と黄緑という落ち着いた色の服を着ている。それらもやはり見覚えがある。


「私は……」


リースに続いて自分の名前を言おうとするも、肝心の名前が分からずに詰まってしまう。


「どうかしましたか?」


リースのその問いかけにどう反応すべきか悩む。だが彼女がこの館の主だというなら、今の私の状況は話しておくべきだろう。たとえ彼女が私の事を知っているとしても、記憶喪失になっていることまでは知らないだろうから。


「実は……」


私は記憶喪失になっており、自分の名前すらも思い出せない状態になっているということをリースに話した。


「そうですか、記憶を……」


私の話を聞いたリースは、なぜか少し落ち込んでいた。


「ただ」


そんなリースに私は話を切り出す。


「1つだけ、思い出した事がある」


彼女の顔を見た時に、私が唯一思い出した事。


「なんですか?」


私はリースの目を真っ直ぐに見つめる。


「妹がいた事だ。それも、君とほぼ同じ姿をした」


リースはその言葉を聞いて少しだけ目を見開くも、表情は変えなかった。


「ほぼ、ということは、多少異なるのですか?」


冷静に私の言葉を汲み取っているようで、良い所に気が付くリース。


「あぁ、髪と瞳の色が違う。君は白髪に黄色。私の妹は黒髪(こくはつ)に紫だ」


私の返答を聞き、リースは少し考え込むような仕草をした後に問うてくる。


「妹さんのお名前は?」


妹がいたという事に気を取られ過ぎて、その他の情報に意識を向けるのを怠っていた。だが、妹の存在もリースを見て思い出したのに、名前を思い出すことなどできるのだろうか。なんとか思い出そうとしてみるものの、やはり思い出すことはできなかった。


「……分からない。思い出せない」


「……そうですか」


さっきと同様、なぜか少し落ち込むリース。


「そういえば、あなたのことは何と呼べばよいでしょうか」


「え?」


そのリースの問いは突然のことだった。


「お名前が無いと、なにかと不便だと思います。ずっとそのまま、というわけにはいかないでしょうし。ですが、どうやって決めるのが良いでしょうか……」


そう言ってリースは首を傾げる。自分の名前、か。一体どうするべきなのだろうか。何か手がかりが欲しいと思いなんとなく部屋を見回してみると、左側の壁に1枚の絵が飾られていることに気付く。部屋が暗くて詳細はよく見えないが、それが雨が降っている湖の絵だとかろうじて分かった。おそらくこの絵の主役は湖なのだろうが、私にはそちらよりもなぜか雨の方が目についた。それから目を離すことができない程に。


「……レイン」


絵を見ながら、気付けばそう呟いていた。


「え?」


私は少し驚いているリースの顔を見る。


「レインと、そう呼んでほしい」


私は自分の中で再確認するように、そう言い放つ。あの絵の雨がこれほどまでに気になったのには、何か理由があるだろう。今はそれが何か分からないが、いつか分かった時に自分の本当の名前も知ることができる。そう思った。


「……分かりました」


リースは何かを言うことはせず、頷いてくれた。自分で決めた名前に悔いは無い。しかし、私の中ではここからが本題だ。


「リース、教えて欲しいんだが、ここは一体どこなんだ? 私はなぜここにいる?」


まるでその質問がくるのを待っていたかのようにリースは静かに私を見つめ、そして燃え盛る暖炉を見る。


「ここは、私が保護した人たちが住んでいる館です」


「保護?」


リースは頷く。


「レインさんを入れて、23名。性別も年齢も職業もバラバラです。様々な事情で安定した生活が送れない人を、ここで私が保護しているんです」


「……」


私はリースの話をただ聞くことしかできなかった。ここがそんな所だっただなんて、思いもしなかったからだ。だがリースの話どおりなら、私は安定した生活を送れず保護されたということになる。一体なぜ?


「でも、あなたがここに来た理由をお話しすることは出来ません。私が保護したとき、あなたがどこにいたかもです」


私の心を読んだかのようにリースは言う。そして私へ向き直り「ごめんなさい」と頭を下げて謝った。


「これは館の事情で決まっていることなんです。その、本当にごめんなさい」


「謝る必要はない。別に無理に聞き出すつもりはないし、事情があるならば、仕方ないだろう」


そう言って私が微笑むと、リースはほっとしたような顔になってくれた。館の事情。気にならないこともなかったが、リースに悪気があるようには感じないため、とりあえず今は気にしないことにする。


「ちなみですが、レインさんがここに来てから、今日で1週間になります」


「!」


リースは軽くそう言ったが、私にとっては衝撃の事実だった。ということは……


「私は1週間も眠っていたということか?」


「はい。レインさんがここに来たのが1週間前。その時大怪我をしていたので、住人の医者の方に治療してもらったんです。そのままずっと眠り続けて……」


1週間も眠り続けるということは、相当な大怪我だろう。にしては全く痛みを感じないし、包帯がされているわけでもない。よほどその医者の腕が良くなければ不可能な芸当だろう。だが、なぜ私はそんな怪我をしていたのか。事故にあったか、誰かにやられたか。どちらにせよ、やはり私の過去について知る必要がある。


「それと、レインさんの部屋のクローゼットに服を入れています。今着ていらっしゃる服は、ぜひ部屋着にでもお使いください」


私が今着ているこの服を、さすがに普段着にはできない。この配慮はありがたかった。


「ありがとう」


私がお礼を言うと、リースはにこにこと笑った。それからいつもの顔に戻って


「これからどうなさるおつもりですか?」


と私に問いかけた。これからどうするかなど、全く考えていなかった。でもこの館で私がやるべき事は、自分の記憶を取り戻すこと以外ないだろう。館で過ごしていくなかで、何か思い出すことができるといいんだが。


「迷っていらっしゃるようでしたら、住人の皆さんに会ってみるのはいかがですか?」


考え込んでいる間に、私が悩んでいる顔をしていたのだろう。そうリースが提案してくれる。確かにそれは良い案だ。私はこの館のことをまだよく知らないし、自分の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。


「分かった。そうしてみる」


私がそう返答すると、リースはまたにこにこと笑った。さて、これから自分の記憶を取り戻すために、この館に住む22人の住人たちに会いに行かなければならない。だがその前に一度部屋に戻ろう。リースが用意してくれた服に着替えなければならないからな。


「それじゃあ、私は行くよ。またな、リース」


「はい、また今度」


リースに別れの言葉を言った後、私は部屋を出た。リースは私が部屋を出るその時まで、笑顔を絶やすことはなかった。



暖炉の部屋を後にし、私は服を着替えに自分の部屋に向かう。おそらくその服も、ここの住人の誰かが用意してくれたのだろう。もしそうだとすれば、この館には色んな人たちが住んでいるのだな、と改めて思う。まだ誰とも会ったことはないが。


そんなことを考えている間に、自分の部屋につく。部屋に入ってベッドの隣にあるクローゼットを開けると、リースの言うとおり服と靴までもが用意してあった。初めて着る服なのになぜかサイズはピッタリで、白い長シャツに紺のニット、黒い薄めのジャケット。焦げ茶色のズボンに、ヒールがある茶色のブーツだった。記憶を失う前の私は、こんな格好をしていたんだろうか。今思えば、今まで着ていたこの白いロングワンピースもなぜかサイズがピッタリだった。私が眠っている間にサイズを測ったのだろうか。想像してみると少し気味が悪かったので、もう考えないことにしよう。


さて着替え終わったところで、これから住人たちに会いに行こうと思うのだが、一体誰から会いに行けばいいのか分からない。さっきリースに聞くべきだった。とりあえず、私の隣の部屋から訪ねてみるか。でも、住人たちに挨拶しに行く前に、この館を探検してみるのもありかもしれない。私はこの館の事をあまり詳しく知らない。リースに少し聞いたとはいえ、あの話が全てではないはずだ。



私は部屋を出て少し館内を探索しようと思い、玄関の前へと出る扉を開ける。すると、暖炉の部屋に入る扉の近くの壁に、目を閉じて誰かが寄りかかっている。私と同じ白い長シャツと紺のニットに、紺のネクタイ。黒のズボンに焦げ茶色の靴、そして黒の眼鏡をかけた青年。この館の住人だろうか。その青年は閉じていた目をそっと開け、私を見る。


「お前が新しく来たやつか?」


そう、突然問われた。


「あ、あぁ。そうだと思うが」


自分でも驚くぐらいに適当な返答だった。でも青年は私から目を離さず、私の方へ向き直った。


「俺はレン。一応はここで研究員をしている」


レンと名乗った青年は表情ひとつ変えずにそう言う。なんだか少し含みのある言い方だ。


「ついさっきリースから、新しい住人が来たと聞いてな。力になってあげてほしいと言われた」


「リースに?」


リースは助っ人を呼ぶとは言っていなかったが、秘密裏に用意してくれたのだろうか。その配慮はありがたかった。


「あぁ。こんなところで立ち話もなんだ。俺の部屋へ来るといい。こっちだ」


そう言うと、レンは奥へと進んでいく。その誘いを断る理由はないので、私はレンに着いて行くことにする。

レンは暖炉の部屋の右隣の扉を開ける。その先は私の部屋の前の廊下と同じ造りをしていた。両側に3つずつ扉があり、その中でレンは右側の1番奥の扉を開けた。


「どうぞ、入って」


扉を開けたレンが扉を押さえててくれる。


「ありがとう」


私は礼を言い、レンの部屋に入った。



レンの部屋は白を基調とした部屋で、少し進むと左にテーブルとそれを挟むように向かい合った2つのソファ、右にキッチンとそれに接したカウンターがあり、右奥には青色のベッドが置いてある。


「適当に座っておいてくれ」


「わかった」


私は壁側のソファーに座る。見れば見るほど綺麗にされている部屋だ。家具の配置1つ1つにこだわりが見える。掃除も念入りにしているのか、埃もほとんど無い。だが、カウンターやベッドの近くには沢山の紙が山積みになっている。何かの書類だろうか。私が部屋を見回している間にレンは自分と私の分のコーヒーを入れたらしく、私と自分の前にコップを置く。


「ありがとう」


机の上に角砂糖が入った瓶が置いてあったが、私はこのままいただくことにし、コップを手に取ってコーヒーを飲む。少し飲むと、ほどよい苦味と香ばしさが口の中に広がった。とても暖かい。レンも私と同様、角砂糖を入れずに1口飲み、その後コップを置いて私を見る。


「さてと」


レンが話を切り出す。


「さっき俺は、研究員をしていると言ったが、具体的には、人の記憶に関する研究をしている」


ハッとする。そうか。だから、リースはレンに頼んだのだ。でもどうやらリースは、私が記憶喪失な事をレンに言ってないみたいだ。


「心当たりがあるみたいだな」


私の反応を見て、レンがそう言う。


「あぁ。実は……」


私はレンに自分が記憶喪失である事、レインという名前は偽名である事を話した。


「なるほど。そうか、だからリースは俺に」


「おそらく」


レンは少し考え込んだ後


「わかった。なら俺も、記憶を取り戻す手伝いをしよう」


と頼もしい言葉を言ってくれた。


「ありがとう。とても助かる」


研究員であるレンの協力はとても心強い。本当にありがたかった。


「……記憶喪失の主な原因は、精神的ショックだ。もちろん、これ以外にも原因はいくつかあるが」


レンが話し始める。


「精神的、ショック」


「あぁ。例えば、家族や親しかった友人を亡くした、であったり、誘拐されて殺されかけた、であったりと様々な種類があるが……」


ここでレンの言葉が途切れる。


「俺は、それが原因ではないと思っている」


それが原因ではない?一体どういうことだろうか。その私の心理を読み取ってか、レンは話を続ける。


「1週間前、レインがここに来た日、館はちょっとした騒ぎになったんだ。リースが新しく保護した人、つまりレインが血塗れだったからだ」


「血塗れ?」


リースは怪我だらけと言ったが、血塗れとは言っていなかった。同じものかも知れないものの、怪我だらけと血塗れでは印象が全く異なってくる。


「俺は医者じゃないし、レインが運ばれているところをほんの少ししか見ていないが、ミラ……いや、ここの医者が言うには、レインの傷は誰かと戦ってできた傷だという」


「誰かと、戦って?」


「傷の形状からしてほぼ間違いないと言っていた。まぁ、詳しくはその医者本人から聞けばいいがな」


誰かと、戦って。記憶を失う前の私は、一体何をしていたんだろうか。


「でも、もし私が誰かと戦っていたとして、何故瀕死の状態で置いておいたんだ? 戦うということは、つまり相手にとって私は敵ということだ。だったら」


「殺すな、普通は」


私が言うのを躊躇っていた言葉を、被せるようにしてレンが言う。殺されていたのが普通だと思うと怖くなるが、敵を瀕死状態で放置して行かないだろう。レンが言う通り、その場で殺すのが妥当だ。当事者である私すらそう思う。


「血塗れだったなら、レインに対して相当の恨みがあった、もしくは、戦いが長期戦だったのどちらかになるが」


そこで言葉を区切る。


「どちらにせよおかしい、ということだな」


私は頷く。私と戦った理由がなんであれ、殺さずに生かしておいた理由が分からない。自分自身が倒れていた場所を覚えていないため、そのときの場面の考察の仕様がない。手詰まり状態になってしまった。


「そういえば」


コップを取ろうとしていた手が止まる。


「レインがここに来たとき、確か剣を持っていた」


「剣?」


「あぁ。さっきも言ったが、レインがここに来たときちょっとした騒ぎになったからな。何事かと俺も様子を見に行ったんだ。そしたら、血塗れのレインが運ばれているところがほんの一瞬だが見えた。そのとき、レインが剣を鞘から抜いた状態で持っていた。なぜ剣なんて、と思った記憶がある」


私は武器を持っていたんだ。しかしなぜ私は剣を持っていたんだろうか。それに、そんなもの私の部屋には無かったが。


「その剣は今、どこに?」


「武器庫にあると思うぞ。この館にある武器は、全てあそこに行くからな」


そんな場所があるのか。


「武器庫なら、リースがいる暖炉の部屋があるだろう。あの部屋の奥にある」


あの左奥の部屋か。何の部屋だろうとは思っていたが、まさか武器庫だとは。あの扉の奥に武器が貯蔵されているとはとても想像出来ない。常にリースがあそこにいる理由は、武器庫を監視しているからだろうか。


「わかった。そこに行ってみよう」


剣を見れば、もしかしたら何か思い出すかもしれない。望み薄だがこれ以外に道は無い。そう思いながら、私は立ち上がった。


「レン、力になってくれてありがとう」


レンも立ち上がる。


「こちらこそだ」


「?」


私が首を少し傾げると、レンは微笑んだ。出会って初めて見た表情の変化だった。


「それじゃあ、また」


「あぁ」


レンの言った言葉が気になったが深くは追求せずに、レンの部屋を出て武器庫へと向かうことにする。私の記憶の、唯一の手がかりを求めて。



レンの部屋を出て武器庫へ行くために歩き出した足が、僅か1歩で止まった。目線の先、廊下に女の子が座り込んでいる。どうやら蹲って泣いているようだ。放っておくことは出来ないため、近寄って話を聞くことにする。少女の近くに来たとき姿勢を低くし、目線を少女と同じ高さにする。


「ねぇ君、こんなところでどうかしたのか?」


怖がらせないように優しく声をかける。すると少女は、私の声に反応して動きを止めた。そしてゆっくり私を見る。直前まで泣いていた少女の目は腫れていて、綺麗な少し長い髪も少し崩れてしまっている。頬を赤らめ、不思議がって私を見る姿に思わず笑みがこぼれる。


「私はレイン。お名前は?」


少女は目をパチパチさせて


「……リエ」


小さな声で、そう言った。


「リエは、リエって言うの」


「そうか。いい名前だな」


そう笑顔で言うと、リエは少し驚いたような表情になった。そして少し照れながら


「あ、ありがと、う?」


と言った。最後が疑問形だったのが可笑しくてつい笑ってしまいそうになったが、ここは笑みで留めておく。


「リエ、こんなところでどうかしたのか?」


廊下で蹲って泣いてるぐらいだ、きっとよほどの理由があるんだろう。でも、一見して怪我をしたわけでは無さそうだ。もし何かあれば、もう1度レンのところへ行くことにしよう。


「……取れちゃったの」


それは、さっきと同じくらい小さな声だった。


「取れた? 何が?」


「これ」


リエが見せてきたのはテディベアだった。少し小さかったため、持っていることに気が付かなかった。よく見ると、テディベアの右手が取れてしまっている。その取れた右手は、テディベアを持っているリエの右手に握られていた。


「リエ、たまに館の中を散歩するんだけど、それで、ここに来たときに、転んじゃって、そしたら、取れちゃって」


涙声でそう話してくれた。今にも泣き出しそうだ。それくらい大事にしている物なのだろう。私は改めてテディベアの破けた箇所を見る。綿が床にばらまけてしまったわけでは無いし、根元からではなく途中から破けている。これなら直せるはずだ。裁縫をやった記憶は、もちろん無いが。


「私が直そう。リエ、何か道具は無いか?」


リエをここで放っておくわけにはいかない。しかも、これがリエが大事にしている物ならばなおさらだ。武器庫には急いで行く必要も無いし、ここで少し寄り道をしたっていいだろう。


「直せるの?」


「あぁ。直せるとも」


私の返事を聞いたリエの目が輝く。


「道具なら、リエの部屋にあるの」


さっきとは違い、ハキハキと喋るようになった。どうやら元気を取り戻してくれたようだ。


「部屋に案内してくれるか?」


「うん!」


リエは元気良く返事をすると立ち上がって


「こっち」


と私の手を引いて歩き出した。立つと私と結構な身長差があり、リエは人形のようなシックなワンピースを着ていた。見れば見るほど可愛らしかった。そういえばリースは保護していると言っていたが、今思えばレンもリエもその対象だった、のか。他人の事情に踏み込むのは不躾だとわかっているが、いつか聞いてみたくなった。レンたちがなぜ、この館に来たかを。



そんなことを考えていたら、いつの間にか玄関の前に来ていた。リエは私の部屋へ行く扉の隣の扉を開ける。そこは少し広い場所で、造りは玄関の前と同じだった。違うのは右に大きな階段があり、上ったところに扉があること、奥に今までのとはまた違った扉があることだ。


「こっち」


私の方を1度見て、リエは階段の方に歩き出す。リエの部屋はどうやら2階にあるらしい。というより、この館に2階があること自体初耳だ。さっきレンに館の事について聞くべきだったと後悔する。今度またレンに会いに行くことにしよう。


リエと一緒に階段を上り、上がったところにある扉を開ける。造りは私の部屋の前と全く同じで、廊下があり、右側と左側に3つずつ計6つ扉がある。リエは左側の1番手前の扉の前に行く。


「ここなの」


私の方を見て言う。


「開けてもいいか?」


「うん」


リエからの承諾を受け、リエの部屋の扉を開ける。



良い意味で個性的な部屋で、部屋はぬいぐるみだらけだった。でも不思議と、散らかっているという感じはしない。部屋の奥に大きな丸いベッドが置かれており、左側の壁にはまるでパッチワークのように並べられたタンスがあった。それも沢山。リエの部屋にはレンの部屋とは違い、キッチンが無い。リエがまだ幼いため、安全面を考慮してなのだろうか。私が部屋の内装を見ていると、リエが私の服の裾を引く。


「道具、あそこにあるの」


そう言い、ある1つのタンスの上を指差す。近付いてみるとリエが指差したところに箱があり、中身は裁縫道具だった。にしても相当上に置かれている。私は届くが、リエはどう努力しても届かないだろう。そんな私の心の声を聞いたかのように、リエは話し出す。


「リエルが、危ないからってそこに置いたの」


「リエル?」


「うん。リエルは、リエのお世話してくれてる人なの。こういうの、ほごしゃって言うん、だよね」


リエの保護者、か。確かに、裁縫道具をリエの手の届かない場所に置くのは良い心がけだと思う。住人はいずれ、全員と会わなければならないが、会いたい人がまた増えたな。私はリエと一緒にベッドに座り、裁縫道具が入った箱を開けテディベアを直し始める。リエには一応


「裁縫道具に触っては駄目だぞ」


と言っておく。


「うん!」


と頷いてくれた。箱の中にはテディベアの布地に適した糸があり、直した後もおそらく糸が目立つことはないだろう。針に糸を通し、縫っていく。自分でも驚くぐらいになぜか裁縫に手馴れており、糸はあっという間に破れた手を繋げていく。リエはそんな作業を隣でじっと見ていた。そして


「出来た」


ものの数分でテディベアを直すことが出来た。予想した通り、糸が目立つことはなかった。


「おー!」


リエは目を宝石のように輝かせ、私からテディベアを受け取った。直ったテディベアを思いっきり抱きしめている。


「レイン、ありがとう!」


満面の笑みで言われるありがとうほど、嬉しいものはない。


「どういたしまして」


リエはずっと、無邪気にテディベアと遊んでいる。とても微笑ましくこのまま見守りたい気持ちもあるが、邪魔をしてはいけないだろう。それに、私も武器庫へと向かわなければならない。私は立ち上がり、リエにお別れを言う。


「リエ、私はそろそろ行こう。また何かあったら、いつでも呼んでくれ。私でよければ力になる」


私の言葉を聞いて動きをとめたリエは、私のほうを見て


「うん! ありがとうレイン!」


精一杯の笑顔でそう言ってくれた。リエの笑顔に、私も笑顔で答えつつ、リエの部屋を後にした。



階段を下り玄関の前に行く扉を開け、暖炉の部屋の扉の前で止まる。恐らくこの暖炉の部屋が、リースの部屋なのだろう。ずっと気になっていたが、何故あんなに部屋を暗くしているのだろうか。まあ、そんなことを気にしても仕方がない。私は今すべきことをしよう。


私は暖炉の部屋の扉を開ける。部屋の中は相変わらず暗く、初めて来た時と同じように暖炉の火が燃え、同じようにリースがいた。私が部屋の真ん中まで行くとリースは振り返る。


「レインさん。どうかされたんですか?」


無表情のまま、リースは私に問う。ここはやはり率直に答えることにしよう。


「あのあと、レンに会ったよ」


「レンさんに。それは良かったです。レンさんと、何かお話されましたか?」


「あぁ。私の事について少し。そのときレンが、私が剣を持っていたと教えてくれてな。その剣を見れば、もしかしたら何か思い出すかもしれないという話になって」


「武器庫へ行きたい、と」


私の言葉を遮るようにリースは言った。大人しそうなリースが言った分、少し驚く。


「……そうだ。行ってはいけない、か?」


暖炉の火を見つめていたリースは私の方を向き、微笑んだ。


「そんなことはありませんよ。早速、どうぞこちらへ」


リースの対応はなんだか不審に思えたが、とりあえず気付いていないフリをする。リースは部屋左奥の扉の前に行き、扉を開けてくれた。


「どうぞ、こちらです」


「ありがとう」


リースの後に続き部屋に入るが、その部屋の中を見て私は驚く。そこは本当に倉庫といった感じだった。コルクボードや棚がズラっと並び、そこには銃やナイフ等の様々な種類の武器が保管してあった。驚愕しすぎて、思考をすることが出来なくなる。私はその場に立ち尽くすしかなかった。


「剣はこちらですよ」


その言葉で我を取り戻す。リースは少し先で私を見ていた。


「あ、あぁ」


リースと進んでいく間、私はずっと武器庫の中を見回していた。これほどまでの沢山の武器を保管して、使い道があるのだろうか。使う時が、あるのだろうか。


「これです」


リースが止まった。それと同時に私も止まる。リースの目線の先には一際存在感を放っている剣があった。武器庫には他にも剣は沢山あったが、そのどれとも違うような感じがする。その剣は黒を基調としており、漆黒、とまさにそんな雰囲気があった。これが、私の剣。何故私はこんな剣を持っていたのか。記憶喪失前の私に謎が深まるばかりで、今のところ何も思い出すことは出来ない。だが、可能性があるとするならば。


「リース、この剣を抜いてみてもいいか」


どうやらリースは、その台詞を待っていたようだ。


「もちろん、構いませんよ。というより、その剣、恐らくレインさん本人しか抜けられないと思います」


リースを見る。


「以前、住人の方が剣が抜けるか試してみたんですが、全く抜けなかったんです。それで、ここに保管していました。持ち主であるレインさんなら抜けるのでは、と思いまして」


「なるほど」


改めて剣に向き直り、手に取る。もし私にも抜けなかったら、この剣はどうなってしまうのだろうか。それでも私はこの剣を貰い受けたいと思っていた。どちらにせよ、私の物であることに変わりはない。剣として機能しなくともずっと大切に保管しておこうと、そう思っている。


1度目を閉じて気持ちを落ち着かせ、再度剣を見、そして抜き始める。さっきまでの考えが無駄になるかのように剣はするりと抜け、その剣身が出てくる。透き通った水のように剣身は光り輝いていた。いつまでも見ることができるほど。こんな剣を、私は一体どこで。その私の思考を遮るかのように、静かな武器庫に声が響いた。


「その剣、あなたのですか?」

再度皆さんこんばんは、星月夢夜です。

遂に本編がスタートしましたね。

今回は館の主であるリースと

1人目の住民レン、2人目の住民リエが登場しました。

3人ともめちゃくちゃ良い人そうです。


リースは優しい人なのでしょうが

謎めいていて色々秘密を持っていそうです。

レンは人の記憶を研究する研究員。

レインにとって重要な人物になりそうですね。

リエは館の中で最年少で、みんなから愛されています。

ずっと元気なので怪我をしないか心配です。


それでは、いつもお世話になっている家族と

インスピレーション提供の友達に感謝しつつ

後書きとさせていただきます。

星月夢夜

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