困惑≦食欲
足音を立てることなく部屋の奥から現れたのは、瑞穂の想像していた人物……ではなく、銀髪の執事姿に身を包んだ美青年であった。
人化したアモンである。
「お帰りなさいませ、大蔵賢一様」
「ひっ! 何故僕の名を?!」
「じゃ、部外者のあっしはこれにて!」
「ちょっと?! 園部さん!」
早々に立ち去ろうとした瑞穂だったが、大蔵は俊敏に瑞穂の後ろに回り込みそれを阻止すると、グイグイと肩を押し始めた。
「一人にしないでぇぇぇぇぇ!! お隣の園部瑞穂さん!!」
「あっ! テメェさり気に私の個人情報を晒しやがって! 巻き込む気満々だな?! 人畜無害面のくせに、なんてあざとい輩だ!!」
──肩に込められた力で解る。
大蔵は本気で助けを求めている。
だから、というより流石に180㎝ある20代男性の力に抗うのは無駄だと悟った瑞穂は、仕方なくアモンに向き合った。
スキをついて逃げた方が賢い選択だからだ!!
「こちらのお部屋は我が主、デスヘルムト様の命により占拠させて頂きました。……ですが大丈夫です。 貴方は人間界のアドバイザーとして役に立って貰うため、居住スペースは確保してございます。 なにしろアレのお世話なんてわたくしだけでは手にあま……げふんげふん」
(やっぱりアイツかぁぁぁぁ!!)
瑞穂は肩に置かれている大蔵の手をそっと掴むと、ゆっくりと身体を回転しながら引き剥がす。
──デスヘルムトの存在が明確となった。
奴がただの厨二ではないことはよくわかったが、その興味よりも危機感の方が勝っている。
とりあえず大蔵を差し出して様子見……それしかない!!
「良かったね大蔵君! 素敵なリノベに素敵な同居人! FOOOOOO!!」
非常にさわやかな笑顔を湛え、瑞穂は心にもないことを口にした。
本来ツッコミどころの多いアモンの台詞だが、そこには一切触れない!
アモンも瑞穂も大蔵にデスヘルムトを押し付ける気満々だからである!!
しかし瑞穂は選択を誤っていた。
大蔵と瑞穂の先のやり取りで、瑞穂がいることはデスヘルムトにもわかっていた。
しかし、敢えて無視を決め込み、優雅に茶を嗜んでいた。
余裕を見せたかったのだ。
実のところ、我慢していただけである。
「わざわざ余に会うためにやってくるとは。……ふっ、気の早い娘だ、折角いつでも会えるよう隣に越してきてやったと言うのに……だがまぁ……悪い気はせぬ」
──『素敵な同居人』。
この台詞にデスヘルムトは己の勘違い(=瑞穂はツンデレ)を確信に変えてしまったのだ!!
都合のいい台詞しかちゃんと拾わないのが、魔王子イヤーの特徴なのだ!!
モゴモゴとひとりそんなことをごちたりしながら我慢していたデスヘルムトだったが、とうとう我慢しきれなくなった。
はやる気持ちを隠しながら、不遜な態度で奥から玄関先に出向く。
「ふん! ミズホ……そんなに余に会いたかったのか? そんなことで余の心が手に入ると思ったら大間違いだが、わざわざ出向くとは殊勝な心掛け。 さぁ、上がるがいい!!」
「ひいっ?!」
捲し立てる様になんかを宣いつつ、デスヘルムトは強引に瑞穂の腕を引っ張った。成す術なく瑞穂は部屋に上がらせられる。
幸いなことに瑞穂の足元はサンダル……引っ張られた過程で勝手に脱げた。(どうでもいい情報)
相手はおそらく本当に『魔界の王子』。
そうでなければ音もなく半日でこんなリノベ、ありえない。
(そういや『早く魔界に帰りたい』って言ってた気がする! 既成事実を手近なところで作る気か! でも拒めば死ぬかもしれないよね!?
ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇまさかのR18展開!? しかも大蔵君ちとか!!)
あまりに想定外の出来事に、超高速で脳をフル回転させるも妙案は思い浮かばず。
楽観的な瑞穂には珍しく不安と焦燥に心臓が不穏な音を立てる。
だが、そんな瑞穂の不安は杞憂に終わった。
1フロアに5部屋あるこのアパートだが、今ちょうどこのフロアには二人以外住人はいなかった。
おそらくリノベには残りの3部屋すべて使用していると思われる。
瑞穂は広いリビングダイニングの中間辺り……窓際に陣取られたダイニングテーブルの席に促された。
寝室では……ない。
「さぁ、食すがいい」
テーブルについた途端デスヘルムトが華麗な動作で差し出したものに、瑞穂は瞠目した。
蕎麦である。
「…………は?」
「後で持っていこうと思っていたのだが……余が手ずから打った蕎麦である。 心して食すがいい」
引っ越し蕎麦である。
「え、これ自分で打ったんすか?」
「アモンが調べたところ、隣人には蕎麦を持っていくのが慣わしと言うではないか……しかし、この蕎麦という食物はなかなかに奥が深いな……」
なにが入っているのか気にならないでもないが、視線の圧が強いのと、普通に腹が減っていた瑞穂は蕎麦を口にした。
R18展開に比べれば大したことではない。
「あ、美味しい」
「そうであろう!!」
蕎麦は普通に美味かった。
一言褒めたのを皮切りに、嬉しそうに蕎麦への蘊蓄を語るデスヘルムト。
何気なく視線を下げると、そこには粉を挽く為の石臼。
「————まさか……粉から?!!」
驚愕の事実。
無理矢理引き込まれた、豪奢な部屋。
何故か振舞われる、蕎麦。
海〇雄山ばりにやたらと拘りを見せる、魔王子様。
普通に美味い、蕎麦。
シュールすぎる状況。
何にツッコむべきかよくわからないままの瑞穂のツッコミは、よくわからないままデスヘルムトの羞恥を刺激したようだった。
「……っ! なかっただけだ! 気に入る粉が!!」
「はぁ…………」
真っ赤になったデスヘルムトは、足早に最奥の部屋(おそらく寝室)に向かい、その扉を乱暴に開けると瑞穂を睨みつけた。
「勘違いするな! 断じて貴様の為ではない!!
貴様の為なぞではないからなあぁぁぁぁ!!!」
──バターンッ!!
「…………ツンデレですね」
「そうっすね~」
声に気付いた瑞穂が後ろを見ると、アモンと大蔵。
二人はソファのところで生温かい視線を瑞穂に向けながら、仲良く蕎麦を食っていた。
閲覧ありがとうございます。
諸事情により、感想返信が遅れてしまうかもしれませんが必ず返します。
貰えると嬉しいです。