恐怖≠吊り橋効果
みるみるうちに、カラスブランコは空高く舞い上がった。
遥か下に、茜色に染まる街並み。
太陽は紅々と沈んでゆき、夕闇のグラデーションに星が静かに輝きを増していく……
なんたるロマンチック……!
「見てみろ……世界は我等の足下だ……」
デスヘルムトは大満足で言う。
こういう台詞はちゃんと魔王子っぽい。
『馬鹿と煙は高いところにのぼりたがる』……とはいうものの、残念ながら瑞穂は馬鹿だが高いところが得意ではない。
下を見る余裕なんざ、あるわけなかった。
「……………………っっ!!!!」
恐怖のあまり、声すら出ない。
大体にして、シートベルトもなにもないのだ……
カラスの飛行能力はよくわからないが、地上300メートルは優に超えている。明らかに高過ぎだ。
これは魔王子デスヘルムトの力によるものであり、またこのカラスブランコは実のところ高度や速度による干渉を受けていない。
──落ちたら……そして、落とされたら
デッド・エンド。
考え得る擬音は『グチャア』、だ。
昔のギャグ漫画なら人型の穴が地面に空いて終わりだが……もし落ちてしまおうものなら、さながら熟れた果実がアスファルトに落ちるが如く
『グチャア』、である。
……もう擬音が不穏。
他にも『ドチャッ』とか、不穏な擬音しか思い浮かばない。
しかし、次にくる擬音は全く別だった。
「!!」
──ドキーン♥
正解は『ドキーン♥』である。
(いつの間にクイズになったんだ)
勿論デスヘルムトの心音だ。
瑞穂はデスヘルムトに強くしがみついた。……それ以外に選択肢などない。
デスヘルムトが抱きかかえてくれているとはいえ、気が変わったり、うっかり落とされない保証などないのだから。
「み……瑞穂……」
「でででででデスヘルムトサマァ……」
瑞穂は震える唇で、涙ながらに訴える。
それがまた、デスヘルムトの勘違いを加速させるとも知らずに──
「タカイ、コワイ」
もう片言でしか喋れなくなった瑞穂に、デスヘルムトは大変に庇護欲をそそられた。
(高いところが怖いからという理由を以て甘えるとは……流石は『ツンデレ』、人間とはなかなかあざといものだ。 ……ふっ、だが良いだろう。 存分に甘えるが良い)
グダグダ言っても、要は満更じゃないのだった。
「なんだ? 怖いのか瑞穂……」
「……! ……!!」
高速で頷く瑞穂の為に、高度を落としてやるも……
甘やかしたいデスヘルムトは、また急激に高度を上げたりし出した。
「はぁーはっはっはぁー!!」
「(ギャアァァァァァ)ッ?!!」
──すっかり御満悦のご様子。
こうして(瑞穂にとっては地獄の)『ロマンチックなお空デート♥』は暫く続いた。
他人の恋愛をネタにして苦しめた罰があたったのだ。因果応報である。
……ちなみに吊り橋効果などはない。
その頃の大蔵は──
告白する前に、商店街の方から集まってきた人に囲まれていた。
「なんですかさっきの! ……映画の撮影!?」
「まあ! お兄ちゃんら、役者さんかい?!」
「写真撮っていーすかぁ?」
「いやッ……僕らは……」
「お姉ちゃんは猫娘なの~?」
「……はっ!
バラさん! 行こう!!」
「おおけん……!」
──ドキーン♥
今度の擬音は榊原の胸である。
大蔵は囲まれそうになる榊原の腕を取り、走った。
ひかれてる腕が……熱い……
この瞬間が……ずっと続けばいいのに……
(※BY 榊原 光)
恋する乙女、榊原の脳ミソはここにきて少女漫画と化した。
どちらかというとモブ面の大蔵の横顔が果てしなく凛々しい上、エフェクトがかかっている。
「──はあ……ぅわぁっ! ゴメン!!」
暫く走った後で大蔵は、榊原の腕を引っ張っていた事に気付いて慌てて手を離した。
……もういいから告白しろよ!!
お前らいつまでモダモダしてる気だッ?!
そんなツッコミが入りそうだが(むしろ自ら入れるスタイル)……
走った際榊原の猫耳が取れてしまい、なんだか色々うやむやになったふたりは、今後暫くモダモダし続けるのであった。




