リアルの恋愛<<<<漫画
ミュートにされたので部屋に音声は届かないが……こんな会話が成されていた。
「私のいない間に何があったの?」
ほらきた……それが目的か!
榊原はそう思い、切り返す。
「ふぅん……それが知りたいんですね? 先ずは貴女の大蔵くんとの関係を先に聞かせて貰おうじゃないですか」
「は? だから言ったじゃんさっき。 隣人隣人」
「それにしては随分仲がよろしいようですけど?……ああ、彼優しいですもんね。 友人に合鍵を渡すくらい」
榊原はつまらぬ嫉妬心と対抗心……それに合鍵などを渡してきた大蔵と、それを『特別』だと勘違い(※でもない)してしまった自らへの怒りからつい余計な発言をした。
「おおおお! 合鍵を?! やっるぅ~、おおけんやっるぅ~!! 人畜無害面してあざとぉぉぉぉい!! FOOOOOOO!!」
盛り上がる瑞穂。
榊原は意味がわからずイラつきが増した。
これでは瑞穂のペースに自ら嵌まっているだけだと解ってはいる。普段は冷静で自制がきく方の榊原だが、彼女は一途だった。
解ってはいるのに……ずっと大蔵の事が好きだった榊原の不器用な恋心には、自制がきかない。彼女は声を荒らげた。
「なんなんですか?! アナタはおおけんの!!」
「えっ? だから隣人だってば」
「だって……!!」
大蔵の言葉が過り、不意に涙が溢れる。
ヅカ系美少女の涙……!!
堪らん!!ギャップ萌え!!!!
しかし流石にそれを口に出すのは憚られた。基本漫画ネタにおいて空気など読まない瑞穂も、それくらいの良識は持ち合わせている。
そしてこれは同時にチャンス!
瑞穂は今までの勢いがまるで幻であるかのように優しく声を掛けた。
「なんだか誤解があるようだから、私はここに来たの。 私の知ってる大蔵くんはとてもビビ……げふんげふん、臆病な人……それに慎重。 Zの鍵ですら渋るのに、合鍵を渡すなんてだいそれたこと……さっき彼がうちひしがれてると言ったのは、貴女に誤解をうけたショックで、に他ならない。 そう、私のしていることは隣人愛!!」
「誤解……? 隣人愛……?」
「先ずは話してみて? 貴女とおおけんの出会いから……こう見えても私は恋愛のプロフェッショナルなのよ!」
「ええ……?」
ある意味事実ではあるが、インチキ臭いことこの上ない。だが、少なくとも彼女が大蔵の隣人であることだけは確かなようであった為、榊原は話すことにした。
正直なところ、榊原はただ自分の恋の話をしたかったのだ。
今まで誰にも話せなかったから。
榊原は小学生の頃から身長が高かった。
それは非常にコンプレックスだったが、元来負けん気の強い彼女は気丈に振る舞った。
しかし、出る杭は打たれる。
小学生といえど女子の人間関係は難しく、男子はひたすらアホで無神経。身長もプライドも高い美少女の彼女が悪目立ちしない方法など皆無。
小学生のアホ男子をやり込め、ませた女子の嫉妬も受けないキャラクター……
それはヅカキャラだった。
ヅカキャラは男子に恋してはいけないのだ!
「──そして私は女子のアイドルと化しました」
「ベタだ……いやげふんげふん、続きをどうぞ」
当時まだ身長も平均的だった大蔵は、『ちょっと賢い子』という安定の並スペックの地味な子供であったが、その平均力を生かしそれなりの発言力を兼ね備えていた。
女子と男子が対立したときに矢面に立たされてしまった榊原のピンチを上手く救ったのが大蔵である。
「しかもおおけんはこんな私を常に女の子扱いしてくれていたんです」
要は大蔵は少し他より大人びて、要領のいいガキだったのだ。
「ベタだな……えーとその時のキャッチー、いや心に残った一言とかなかったの?」
「えっ? 沢山ありますよ!」
榊原はようやく積年の想いを詳らかに口にする喜びに頬を赤らめながら『バラさんは頑張りすぎだよ』とか『バラさんは女の子なんだから』などと言うベタな台詞を語ってくれたが……最早単なるノロケ。しかも小学生の頃の思い出である。
使えねぇ……なんてチープな台詞だ。
流石大蔵くん、安定の並クオリティ。
大体にしてありきたりな設定すぎる。
もっと劇的な何かはないのかよ。
瑞穂はそう思いながら続きを促す。
榊原はなまじ勉強ができたせいで、思春期の中学生時代には既に私立の女子校に進学。更に女子のアイドルを拗らせる事になった。
大学に進学しても彼女は目立っていたので、男子に慣れてはいなかったが対等であることを心掛け、堂々と振る舞った。20を超すと、ヅカキャラとはいえ美人の彼女に近寄る男もいないではなかったがなにぶん敷居が高い。
また小学生の頃と違い、女性扱いされようが下心を持って近付く輩に彼女はきっちり線を引いていた。
「私がそうできたのは……きっとまだ心におおけんへの想いがあったから……」
「へぇ~」
使えそうな使えなさそうな……
瑞穂は少女漫画家だが、雰囲気で読ませるタイプの漫画を描くのは得意ではない。こんなベタなエピソードを『読ませる』位に上手く処理できる自信はなかった。
「大学で再会した彼は……身長が私よりも伸び、素敵に成長していました」
「うんうんそれで~?」
もうあまりのベタさに興味を無くした瑞穂は適当に話を聞いている。
彼女が大蔵にいないと知った榊原だが、なにぶん拗らせていた。まるで男友達のようにしか接する事ができなかったという。
(……でも合鍵とか渡してんだよな~)
話を聞く限りそもそも大蔵は、昔から榊原を可愛い女の子としか見ていないだけではないか。
友達面して合鍵なんかちゃっかり渡しちゃうあたり、あまりに大蔵らしい。
「合鍵はなんでくれたの?」
「え、暇なときとか気軽においでよって……」
「下心ありありじゃないか……昔から女の子扱いしてたんだよね? 無防備だな~」
「でも! だっておおけんは……そんな人じゃないし、それに……」
「あ~……嬉しかったんだね……」
瑞穂は悟った。
ちょっとつついてやればくっつく案件だが……
それではあまりにオイシクないではないか。漫画的に。
なにか一悶着起きてほしい。
劇的ななにかが。
榊原は急に涙ぐんだ。
「私も流石に合鍵には『もしかしたら』って思ってたのに……」
(あ、今起きてんのか、まさに)
そう、一悶着は今まさに起きていた。
全て誤解であることは解っているが……
簡単に誤解を解いていいものか。
……いや、良くない!!(反語)
何故ならば劇的ななにかを超えた先にあるのが、真実の愛なのだから!!
漫画的に!!!!




