榊原の足<<<Z
榊原の足は速い。
しかし瑞穂はZで追いかけている。
「そこなヅカ系美少女! 止まれ! 止まるのだ!!」
「ええぇぇぇぇ?!」
私のこと?!──当然榊原は戸惑った。
大蔵が追い掛けて来るならばまだ解るが、何故か玄関先ですれ違っただけの知らない女性がチャリで追い掛けてきたのだ。
「君は完全に包囲されている!!」
「包囲!!? なっ……なんなんですかアナタ!」
──キキィィィ!
──ずざざざざざっ
急ブレーキをかけつつ勢いよく榊原の前に自転車ごと躍り出る瑞穂。
物凄いライディングテクではあるが、よもや30オーバーの女子がママチャリで行うことではない。大人気ないにも程がある。
「私は地上に舞い降りたキューピッド様こと大蔵氏の隣人園部瑞穂!」
「そのべ……」
「拗れた恋の悩みはこの私にお任せあれだ! さあ、話すが良い!! さあさあ!!」
「えっ……ええぇぇぇぇ?!」
無茶苦茶強引に瑞穂は榊原を近くの公園に引っ張った。『そのべ』という名前に反応してしまった榊原は逃げられず、訳がわからないまま公園のベンチに腰をかけるよりない……
というか、やはり気になったのだ。
大蔵の、先の言葉が。
『 園部さんほど魅力的な女性などなかなかおりませんて!!』
(──この人……よく見るとちょっと年上みたいだけど……こういうのがタイプなのかな? あれ、でもさっきのガウンの美女……あれは?)
モヤモヤする。
この際だから聞いてしまおう……榊原は覚悟を決めた。
「あの……」
「とりあえず、名前と年齢、大蔵くんとの関係性からだね!!」
先ずは主人公の設定から!
これ、基本!!……とばかりに瑞穂はメモ帳とペンを取り出す。
「さあさあ時間が勿体ないよ! 名前と年齢!」
「えっ! さっ榊原ですけど……なんなんですかさっきから?!」
ようやく榊原はツッコんだ。
知らんうちに瑞穂のペースに巻き込まれていることに自分でも呆れる。
帰ろうとして席を立つ榊原に、瑞穂は彼女に聞こえるようにひとりごちた。
「……はぁ、可哀想な大蔵くん……きっと彼は今頃うちひしがれているに違いない……」
甚だ適当な台詞だが、彼女が大蔵に気があるのであればこんな効果的な台詞はない。
眉間に皺を寄せながらも座り直す榊原を見て、瑞穂は確信した。
これは……オイシイネタが拾える!!
「おおけん……大蔵くんのなにを知ってるって言うんですか!」
「ほう、『おおけん』とな。 そのあだ名、幼馴染みかなにかと見た! ちなみに君は何て呼ばれてるんだね?!」
「…………『バラさん』、ですけど」
「色気ねぇ! だがそこがイイ!! なになに? 小学、それとも中学時代の?」
「……小学校の同級生です」
なんなんだこの人……榊原はそう思いつつも素直に答えた。
瑞穂の質問になんの意味があるのかは良くわからないが、どうでもいいことしか聞かれていない。
どうでもいいことを聞き続ける事で肝心な事を聞きやすくするという話術は理解している……彼女が大蔵になにか不利益をもたらそうとしているならば、敢えて乗っかったフリをしてやろう。
榊原はそう思ったのだが、勿論瑞穂にそんな気などない。
むしろ瑞穂の質問に『どうでもいいこと』など存在していないのだから。
「こんなの見ていられません!」
映像を見させられていた大蔵だが、居場所が公園だとわかり立ち上がった。
このまま見ていれば榊原の気持ちを聞き出す事ができるかもしれないが、心証が悪くなる可能性も多いにある。
それに……普段はあざとい大蔵だが、気になる女性の気持ちを映像で知るのは卑怯な気がした。
「まあまあ賢一様、いいではありませんか。 大体賢一様も瑞穂様のことを散々魅力的と申しておりましたでしょ」
止められては困るアモンは、然り気無く大蔵ではなくデスヘルムトに向けて言葉を発する。
絡ませて足止めする気である!
「……貴様……人間風情が余の女を取ろうとは」
「いやいやいや! そんなことは微塵も思っちゃおりませんて……」
「賢一様も瑞穂様が魅力的に映る、と……」
「勿論ですとも! 大変魅力的だと思っておりますが、その……自分は規則正しい生活を送りたい方でして……夜中に奇声を上げる女性はちょっと……」
漫画が上手くいかないときと、逆に昨日の様にネタが降りてきたとき、瑞穂は往々にして奇声を発していた。
それを理由にライバル的な立ち位置を回避し、魅力的であることは肯定!
大蔵は意外と弁が立つのだ!!
「ふっ……片腹痛い……夜中に奇声を上げるくらい、ケルベレスの寝言ほどの脅威もないわ!」
「ええまあそうでしょうね……まあまあ賢一様、焦るもんじゃありません」
「こんな……本人らの預かり知らぬ間に本心を聞くなんて卑怯ですよ!」
「フム……」
大蔵の言い分がわかったアモンはそっと彼に近付くとこう耳打ちした。
「音声をOFFにしときますから……」
その言葉に、渋々と言った体で大蔵は踵を返し、不満げにソファにどっかりと腰を掛ける。
「…………仕方ありませんね」
しかし、アモンは知っていた。言葉や態度はあくまでポーズであることを。
人間とは心も脆弱な生き物なのだ。




