プロローグ
「ふぅ~やっと原稿終えたわ~」
そう一人ごちりながら、瑞穂はゴミをまとめていた。
彼女は『売れない』と頭につく少女漫画家だ。
主な食い扶持は漫画ではなく、委託で請け負っているソシャゲの色塗りやちょっとしたカット描きだったりするので、大っぴらに「漫画家です」とは言えないご身分。
そんな彼女だが、この度選考に通って短編連載を勝ち取ることができた。
そのテンションから、〆切には大変余裕があったこの原稿を、徹夜してあげてしまったところである。
日が上るのが遅くなったとはいえ、空はもう白んでいる。徹夜明けには少し目が痛むが、気持ちは爽やかだ。
〆切は当分先なので原稿は昼にでも郵便局に出しに行けばいいが、ゴミの回収は待ってはくれない。
最後の力を振り絞り、瑞穂はまとめたゴミを出しにアパートの外へ出た。
──カァ、カァ、カァ
──ギャア、ギャア
カラスの鳴き声。
いつもよりも大分大きいそれに、瑞穂は眉根を寄せた。
一般的によくゴミを漁っているカラスは『ハシブトガラス』という種類である。容易に想像できるとは思うが、奴等の体長はそれなりに大きく……特筆すべきはその太く大きな嘴。一羽であっても、間近だと結構怖い。
その為ゴミの日にはカラス避けの黄色いネットがかけられている筈だが…………
(うっわ、誰だよ~ゴミを出してネットかけなかったヤツぅ~……)
確かに時間が早いとはいえ、一束でもゴミを出したらその時点でかけないと、こういうことになるのだ…………
そう思った瑞穂が舌打ちを豪快にするくらい、明らかに多数のカラスが群がっているのが、遠目からでも見てとれた。
戦うにしても……数が多すぎる。
「ちっ、しょうがない……」
瑞穂は踵を返すと掃除用のバケツを家から持ってきた。
ごみ置き場の横の公園の水道で一杯に水を汲み、カラス目掛けてぶちまける。
「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!」
──バッシャーン!!
──ギャア、ギャア、バササササッ
カラスはギャアギャア声を上げながら激しい羽音を立てて、一応はその場から上空へと場所を移した。
徹夜明けの高揚と共に「ッシャァ」とガッツポーズをとる。
だが直ぐ冷静に「さっさとゴミを棄てて寝よう」と思った瑞穂は、とりあえず置いておいた45リットルごみ袋を手にごみ置き場へと身体を向けたが──
「うっわぁぁぁぁぁ?!!」
叫びと共に、おもわず後ずさる。
黒い塊のような……人間。
そしてそれを見詰める、上空からのカラスの視線。
────死体だ!
「うわぁぁぁぁやべぇ水かけちまったァァァァ……現場は保存しておかないとぉぉぉ……ふぁっ?! 私第1発見者?! 第1発見者と言えば疑われるは定石!! やぁぁぁべぇぇおら殺ってねぇ、おら殺ってねぇだよぉぉ……!!」
「うぅ……」
「つーかどうしよう! アリバイを証言してくれる人がいないわぁぁ!! 詰んだ!人生詰んだ!!! あああどうしよう、警察に電話すべきか外国に逃げるべきか! あっパスポート切れてるー!!」
「……おい」
「なんだうっせぇな今それどころじゃ……ぎゃあああああ!!
死体が動いたぁぁぁぁ!!」
────ゾンビだ!!!
瑞穂は何故か死んでいることには疑いを向けなかった。
徹夜明けで脳がだいぶヤられていたのだ。
……もう若くはないのである。