第八話 急転
こうして朝から、数人の議員と側近達が解放されて、アナウンサーが喜ぶのとは裏腹に、衆議院本会議場に残った人質達は、暗く沈んでいる。
ただ時折、「早く用意せんか!」と電話に向かって怒鳴り散らす議員もいて、カメラマンが撮って良いのかと、プロジューサーらしき人物に聞いていたりして、麟太郎がクスリと笑ってしまう場面もあった。
人質達にも焦りが見えてきたようだ。麟太郎も決して他人事では無いのだが、性格が出るもんだなと、呑気に人間観察している。そしてそんな自分の行動にも、思わず自嘲してしまうのだった。
『犯人側にも動きがあるようです。ぞくぞくと悪党が議事堂に集結しています。警視庁が顔を照会できた悪党だけでも、かなりの極悪犯罪者のようです。今後の展開に不安しかありません』
悪人面のおっさん、派手なシャツを着たチンピラ、コンビニに行くようなジャージ姿のヤンキー、ダブルのスーツをビシッと着こんだ暴力団風の男、暗い目をした薬物中毒者、筋肉質な格闘家、などなどありとあらゆる悪党のオンパレードだ。
議事堂に入り武器を手にして、勇んで飛び出していく様は、まるで学校から帰ってきた子供のようだ。
中にはゴンザに詰め寄って、金をせびる若いヤンキーもいたが、ゴンザに撃たれて死体となり、人形に運び出されていった。
また政府のスパイが紛れ込んだようだな。
と言ってゴンザが肩をすくめる。おいおい、新しい悪党が増える度にこのパフォーマンスをするつもりか。と麟太郎がつぶやくのも仕方がない事かもしれない。
そして今日だけで、100人近い悪党を受け入れた午後の一時に、ちょっとした事件が起こった。新たに仲間になった悪党が、武器を手にした途端に、ゴンザに向けて発砲したのだ。
マシンガンの銃弾がゴンザに集中する中、白い人形が2体、ゴンザの前に立ちふさがる。ダダダダッとマシンガンが放たれるが、銃弾が人形に当たってもダメージはないようだ。ボトボトと銃弾が床に落ちるばかりだ。
人形が銃弾を受けながら悪党に近づいていく。麟太郎は違和感を覚えて、その光景を注視した。
いくらなんでも、全ての銃弾を人形2体で受けるのは無理だ。銃弾の何発かは人形に当たらず、ゴンザの方へ向かうのだが、ゴンザの前で何かに弾かれている。まるで透明な壁があるかのごとく、ゴンザには銃弾が届かない。
それにゴンザは時折、「良いパフォーマンスになったろ? 悪魔」と誰かに話し掛けているのも気になる。
麟太郎はそれを見て首を傾げた。ゴンザは無茶苦茶だが、見えない何かとお話するような、メンヘラ(心に何かしらの問題を抱えている人)では無い。しっかりと現実を見据えた人間だと思っている。
そのゴンザが、さも隣に誰かがいるように受け答えしている様子に、違和感を感じたのだ。
銃弾を弾いた壁はなんだ? それに目に見えない何かがいて、ゴンザには見えている。
そもそもあのロボットや白い人形はなんだ? とてもじゃないが現代の技術で作れる代物じゃない。今更だが、麟太郎は、そんな疑問をブツブツとつぶやいている。
マシンガンを乱射した悪党は、すぐに白い人形に取り押さえられた。事情を聞くためだろうか、殺さずに捕まえている。
「で? お前は誰なんだ?」
「ちくしょう! うちの組をめちゃくちゃにしやがって覚えてろよ。生き残りがぜっ……」
悪党が最後までしゃべる事はなかった。ゴンザの拳銃から発射された銃弾が、悪党の頭に穴を開けて、バタリと倒れた死体を人形が引きずっていく。また床に赤い線が増えた。
『衆議院本会議場の内部で、たて続けに発砲があった模様です。内輪揉めでしょうか。詳細がわかり次第お伝えします。
……只今、内部の人間から報告がありました。どうやらロボットが国会議事堂にくる前に、横浜で潰した暴力団の生き残りが、悪党に紛れて侵入し、発砲したようです。犯人や人質に怪我は無いとの事です』
そんな事があったが、特に大きな問題にはならず、今日も日が暮れていった。
悪党どもは、現在214人にまで増えている。当初ゴンザは、限定100名と言っていたが、多くなっても問題ないらしい。100億円の山分けには影響あるだろうが、ゴンザ的には多い方が都合が良いようだ。
そして400名以上いた人質の議員達も、すでに150名が解放されている。勿論、議員の側近達を入れたら、それ以上の人数が、解放されているのは言うまでもない。
外が暗くなり、また悪党どもがゾロゾロと帰ってきた。やりたい放題発砲したからか、どの顔も満足気な笑みが浮かんでいる。
ヘルメットを被ったゴンザが、悪党どもの労をねぎらい、そのままカメラに向けて話し始めた。
「日本国政府と人質の家族に告げる。明日が最終日だ。15時までに身代金を持ってこい。それまでに身代金が届かない議員は、その後射殺する。脅しじゃないことは、これまでの行動でわかってもらえていると判断する」
ゴンザがそう言うと、人質達に動揺が走った。中には身代金が払えない議員もいるのだろうか。
「ここからは、政府への要求だ。俺達の逃走用に、護送車を10台ほど用意しろ。夜の内に議事堂の駐車場に、入れておいてくれればいい。
逃走に使う空港は、自衛隊の○○基地だ。そこまでの道路の封鎖と、逃走用のジェット機の受け入れもお願いする。ジェット機は日本の領空外から来るから、間違っても打ち落とすなよ」
悪党どもはすでに200人以上いる。明日には400人を越えるかもしれない。
「俺達は、護送車で空港に向かう。空港までは首相に同行してもらう。移動中に攻撃があれば、近場の町でロボットが暴れることになる。俺が報復を忘れないことは示したはずだ。何人死ぬかわからないが、良く考えて行動することだな」
これでは、弱腰の日本政府は攻撃できないだろう。
「空港でジェット機に乗ったら首相は解放する。それから、ジェット機に攻撃しても無駄だと言っておこう。ロボットと同じように、ミサイルを回避する仕掛けがある。試しても良いが報復は覚悟してくれ」
後ろで聞いてる悪党どもが、「完璧じゃねえか」と笑い合っている。
なんの保証も確証も無いじゃないかと、麟太郎がつぶやく。本当に首相を解放するのか。本当にミサイルを回避できるのか。悪党どもを全員ジェット機に乗せるつもりなのか。
本当の計画を知っているのは、ゴンザだけだ。
麟太郎には、ゴンザが本当のことを語っているようには見えなかった。
そもそもゴンザひとりなら、ロボットで簡単に逃げられるはずだ。地上では、ロボットの巨体ゆえに隠れようがないが、ホバーで海に出れば、追跡できるのは航空機だけだ。船では遅すぎるだろう。
ロボットは核兵器でも撃たないと、止められないことは証明されているので、攻撃は無駄だろう。そして航空機で追跡しても、他国の領海に入られたら、それで終わりだ。
ゴンザひとりなら逃げられるのに、なぜ悪党を集めるのか? 麟太郎には不思議でならなかった。
そして麟太郎は、何か罠があるな。大袈裟過ぎる。とまたブツブツ言い始めるのだった。
そんな麟太郎を他所に、悪党どもの宴が今夜も始まった。人数がずいぶんと増えたが、部屋は広いので余裕がある。昨夜と同様にゴンザが挨拶して宴が始まり、適当なところでゴンザは帰っていった。
麟太郎は、今日は参加していない。さすがに尻込みしたようだ。
翌日、麟太郎は、今日も和香に揺すられて起きる。
今日は最終日である。朝からせっせと身代金を運んでくる人間が多数訪れた。悪党どももどんどん増殖している。
現在2時、約束の時間まで後、1時間となった。悪党どもは、順調に増えて400人以上いる。
人質は、書記官などの議事堂職員が30名ほど残っており、議員が3人とその側近達が15人ほどいる。そしてテレビクルーと麟太郎だ。
ゴンザがヘルメット姿で残った議員に近づいてきた。
「じいさん、薄情な家族で大変だな」
「わしが、身代金なぞ持って来たら舌を噛み切って死んでやると言ったんだ。家族は優しい者達ばかりだ」
「へえ、じいさんは、死ぬ気だと言うことか?」
「秘書や側近は殺さないのであろう? ならば問題はない。わしは爺だから死んでも誰も困らん」
「いい度胸だ」
「わしは国政を担うもの、わしの身代金は国が出すべきだ。出さないならそれなりの理由があるのだろう。国のやり方に身を委ねるだけだ」
老議員には、覚悟があるらしい。
「そっちのじいさんは、どうなんだ?」
「わしもじゃ、国が身代金を出さないならば、それは『悪党に屈せず』と国が決めたこと、わしはその判断に従うまでじゃ」
国はどう考えているのだろうか。
「首相は、なんで残っているんだ?」
「私は、皆が解放されるまで、逃げるわけにはいきません」
「最初は逃げていたじゃないか?」
「あの時とは状況が違います」
そこに悪党のひとりが入ってきた。どうやら政府の役人が、3人の議員の身代金を持ってきたらしい。
「じいさん、政府は悪党に屈したらしいぜ。残念だったな」
そんなゴンザの憎まれ口に、じいさんはフンッとそっぽを向いた。
「議事堂の一般職員は帰っていいぞ。それとテレビクルーもだ。
首相とじいさん達は貧乏くじだが、俺達が空港に行くまで付き合ってもらう」
職員は急いで出ていった。テレビクルーは、最後まで残って撮影すると言う。議員の側近達もその場に残った。
勿論、麟太郎も残っている。
ゴンザは、議員達をテレビクルーの方に追いやり、悪党どもを衆議院本会議場の議長席付近に集めた。
「あんちゃんも、最後だからこっちに来てくれるか?」
「なんで俺が!」
「けじめだよ。けじめ。最初にやってきた珍人なんだ。最後まで付き合えよ」
麟太郎が仕方がないなぁと、悪党どもの所に行こうとすると、なぜか和香がついてきた。麟太郎は、ゴンザの言動にも、和香の行動にも違和感を覚えたが、人を待たせるのもなんだと、二人で悪党どもの横に並ぶ。麟太郎は松葉杖をつき、和香は麟太郎を支えるような格好だ。
集まった悪党、421人。みな悪い顔を突き合わせて、ゴンザに注目している。その周りを白い人形が、少し距離を開けて、囲うように配置されている。
「ああ、悪党ども、俺の呼び掛けに答えて集まってくれて感謝する。お前達のおかげで仕事がスムーズに片付いた。さっき渡した金は前金だ。目的地に着いたら、札束風呂に入らせてやる」
口笛やガラの悪い野次が飛ぶ。悪党どもが、100万円の札束をいくつも掲げて喜んでいる。事前に500万円配られたらしい。
「昨日も言ったが、これから護送車で空港に行く。空港でジェット機に乗って、とある国に亡命する。そこで面白おかしく暮らすというわけだ」
ゴンザのとぼけた口調に、悪党どもから笑いが起きる。
「そのとある国とは……」
悪党どもが答えに注目している。一瞬の静寂が訪れる。ふと麟太郎は何か違和感を感じた。
ゴンザの手だ。
ゴンザが答えを引き伸ばしてニヤニヤしながら、手を水平にしてヒラヒラと揺らしている。一昨日教えられた合図だ。
あっ!
と気が付き、麟太郎が、横に並ぶ和香の頭を抱えて、強引に床にねじ伏せた。
「……地獄だ」
というゴンザの言葉と人形が放つ銃声が重なる。十数人の人形が悪党どもに向けて、一斉にマシンガンを発射したのだ。
マシンガンの重奏が、凄まじい音を奏でて、部屋中に響く。その合間に、悪党どもの怒声と悲鳴が、合いの手のようにテンポをつける。
ちぎれた札束と悪党の血が宙に舞う。火薬の匂いと、鉄臭い血の匂いが混ざって鼻の奥を刺激する。
肉片と薬莢がこぼれ落ち、悪党どもが次々に倒れていった。血がダラダラと流れ落ち、絨毯をどす黒く染めていく。
同時に部屋が白く光り、徐々に視界がホワイトアウトしていく。しばらくして全てが白に包まれ、音さえ消えてしまった。