第四話 青年
麟太郎は、朝からテレビを見ていた。今日は会社が休みなので、昨日うちにコンビニで食糧を買い込み、1日引きこもるつもりでいる。
『昨日発生した、首相や国会関係者を人質とした、立てこもり事件ですが、国会議事堂周辺は厳戒体制が敷かれ、周辺の市民の避難も完了した模様です。現場のレポーターを呼んでみましょう』
現場のヘリからの映像が写る。正面玄関を始め、各門には戦闘車両が配置されている。軍事評論家が武装の説明を得意気にしている姿が写る。
「うわー、物々しいなぁ。しかし、ロボットは籠城してるのに、こんなに火力が必要なのか?」
人質がいる以上、大火力での砲撃はできない。何度か内部に戦闘員を送り込んでいるようだが、成果は出ていないとの報道もある。犯人が逃げる時を狙うつもりだろうか。
「まさか人質ごと撃つつもりじゃないだろうなぁ。和香……心配だなぁ」
日本中の人間が見守る中、膠着状態に見えた現場に動きがあった。
『現場からです。どうやらロボットが正面まで出てきたようです。自衛隊の戦力に怯むどころか、相手してやると言わんばかりに、玄関前に仁王立ちしています。自信があるのでしょうか。それとも降参するつもりでしょうか。状況を注視しましょう』
「マジかよ。人質を盾にしてれば良いのに、わざわざやられに出てくるとは、無茶苦茶もいいところだ」
議事堂の衆議院正玄関前に立つロボットを見て、麟太郎が私見をつぶやく。
突然、モニターの画像が一気に明るくなった。ロボットの周囲が、連続的に爆発して炎が上がっている。
軍事評論家が、遠くからミサイルで攻撃されたようだ。と解説している。
「瞬殺かよ。呆気ない。しかし不意打ちとは政府もえげつないなぁ」
しかしそれで終わりでは無かった。攻撃ヘリが登場して、爆発の煙が晴れると、無傷なロボットが写し出されたのだ。麟太郎がうなり声を上げる。
「あり得ないだろう。どうやって防いだんだよ。ロボットってだけでも脅威なのに、近代兵器が効かないのかよ。こんなのアメリカでも作れないだろ」
本当どこの国の兵器だ? とブツブツ言っている。
次に、戦車の主砲が炸裂したが、これも弾かれて議事堂の分館が爆発した。こんなの倒せないだろうと麟太郎が呆れる。
その後はひどかった。アパッチがヘルファイア(対戦車ミサイル)と共に、30mm機関砲を掃射し、戦車や戦闘車両が近づいてきて、主砲やライフル砲を叩き込む。戦闘員がLAMを構えて、ロケット弾を打ち込み、挙げ句に再装填されたMLRSからも、ロケット弾が発射される。
雨のように降り注ぐミサイルや銃弾に、議事堂の衆院前広場は地獄絵図へと変貌している。炎が吹き上がり、黒煙がたちこめて砂煙が舞う。本当に日本なのかと疑いたくなる映像だ。
30分ほど爆発と煙の映像が続いたが動きがあった。黒煙の中から、ダダダダッと光る弾丸が発射され攻撃ヘリに着弾する。
ロボットからの初めての反撃は、攻撃ヘリに着弾すると同時に小爆発を起こして、ヘリから煙が上がる。ヘリが上空へと逃れる間もなく、追撃により攻撃ヘリの制御が乱れ墜落した。議事堂正面の一区画に墜落したヘリが爆発して炎上する。
そうこうしている間に、ロボットが腰を落とした姿勢で走りだし10式戦車に迫る。動き出したロボットは、正面からくる戦車の砲弾を、難なく避ける。その砲弾が衆議院の玄関上に当たり爆発した。衆議院に火の手が上がる。
『これはいけません。ロボットが避けた砲弾が、国会議事堂の衆議院に直撃しました。人質の安否が気遣われます。
しかしロボットの反撃に、自衛隊は成す術がないようにも見えます。大丈夫なのでしょうか。状況を見守りましょう』
「これくらいで、建物の中まで影響は無いと思うけど、ハラハラするなぁ。さっさと倒してくれよ。……っても無理そうだな」
画面を見るとロボットが10式戦車の砲身を脇に抱え、持ち上げようと踏ん張っている姿が映る。ブレーンバスターかよ! と麟太郎が興奮気味につぶやく。
だが重量40トンの戦車が持ち上がるはずもなく、砲身がバカリと折れて、ロボットが尻餅をついた。日本中がズッコケたに違いない。
砲身の折れた10式戦車も黙っていない。倒れたロボットに走り寄り、キャタピラで押し潰しに掛かる。腹を40トンの重量が通り過ぎたロボットだが、ダメージも無く立ち上がり、戦車の後部に光る弾丸を打ち込む。弾丸が連続的に爆発する内に、戦車の燃料に引火したのか戦車が燃え上がった。
内部の戦闘員が、あわてて戦車から降りてきた。10億円の戦闘車両がオシャカである。
そして残りの16式機動戦闘車は、ロボットが横からタックルし、横倒しになってオブジェと化した。
こうして国会議事堂のあちこちで黒煙が上がり、ロボットは悠々と衆議院に消えていった。
『事件の続報です。正面の戦闘中に、裏口から侵入した戦闘員も連絡が途絶え、人質の救出は失敗に終わったと、国から発表がありました。どうやらロボットの他にも協力者がいるようです』
「国は何やってんだよ。ちゃんと調べてから突入しろよ。まったく」
良くいる、自分ではできない癖に威張り散らすクズと化した麟太郎が、苛だたし気に画面を罵る。
ちくしょう! 叫んだ麟太郎がジャケットを羽織り家を飛び出した。
「さて、お仕置きタイムだ」
衆議院本会議場に帰ってきたロボットから音声が流れる。室内の誰もが、防衛大臣をチラリと見た。防衛大臣は狼狽えている。
ロボットの背中のハッチが開き、ヘルメットの男が出てくる。
白い2m大の人形が、大臣の襟元をムンズと掴んで、人質の集団からヘルメットの男の前に連れてきた。大臣はプラプラとぶら下がった状態で暴れるが、どうにもならないようだ。
ヘルメットの男が、拳銃を大臣のこめかみに当てた。大臣が息を飲み、カメラがその光景を映す。
「全国の悪党ども見てるか? 俺のロボットは自衛隊だろうが、警察だろうが止められない。俺の仲間になれば悪いことしながら一生遊んで暮らせるぜ。早い者勝ちだ。さっさと覚悟を決めて議事堂まで来やがれ! 臆病な悪党ども!」
カメラの前で拳銃を構えたまま、ヘルメットの男が吠える。ではお仕置きを開始する。と男が拳銃の擊鉄を絞った瞬間、大臣の胸ポケットのスマートフォンが、場違いなアニメソングを奏でた。
国会期間中は、会議場でこのようなことは起きないが、今は外との通話に制限を掛けていない。
「最後だ。出てもいいぞ」
大臣が何やらスマートフォンで話した後、ヘルメットの男に自分のスマホを突き付ける。勿論、通話がつながったままだ。
「お前にだ」
と言う大臣を訝しむ男。ヘルメットでは通話できないので、テレビ電話に切り替える。画面には妙齢の上品な女性が写っていた。
「防衛大臣の妻です。すぐに身代金をお持ち致します。夫の命を助けて下さい」
わかったと男が答え、拳銃を仕舞う。男は、命拾いしたなと大臣の肩を叩き、ロボットの方に歩き去った。フーッと緊張していた室内が弛緩した。
麟太郎は今、国会議事堂前にいる。議事堂前と言っても、周辺は警察官により、バリケードが張られているので近付けない。少し離れた路上で何やら思い悩んでいる。
「和香……」
つぶやいた麟太郎が、意を決したように歩き出す。警察官が物々しい格好で立ち並ぶ中を通り抜けようとして、麟太郎は呼び止められる。
「どこに行く」
「どこって議事堂に決まってるじゃないか」
なっ!
と周囲に緊張が走る。ヘルメットの男が呼び掛けたのは悪党だ。麟太郎は勿論悪党には見えない。どういう事だと周りも対処に困っている。
「もし……」
そんな微妙な空気の中、麟太郎に話し掛けたご婦人がいた。
「何でしょう」
「あなたは、あの悪党の仲間になるおつもりですか?」
「いえ、中に知り合いがいるんですよ。近くにいてあげたくて……」
「そうですか。では一緒に参りましょう」
アタッシュケースを持った妙齢のご婦人と、極々普通の青年が連れだって歩く。
警察官は止めることができなかった。議事堂に来た同志の邪魔はするな。と犯人から言われている。犯人を怒らせて、報復に人質を殺されては敵わない。そして身代金を持って現れた、人質の親族の邪魔もできない。
『ただいま、ヘリから報告が入りました。広場に二人の人影が現れたようです。ひとりは、女性のようです。アタッシュケースを持っている事から、大臣の身代金を運んできたようです。もうひとりの青年は付き添いでしょうか。犯人の呼び掛けに応じた悪党には見えません』
どこかでテレビの音声が聞こえている。現場の指揮官が無線で状況を報告している。バラバラと報道ヘリコプターのエンジン音がうるさく響く中、他の警察官は、ポケーっと二人を見つめるばかりだった。
『警視庁から情報が入りました。やはり女性の方は、身代金を持ってきたようです。防衛大臣の奥様が自ら身代金を持ってきました。中では何が起こるかわかりません。警察は何をやっているのでしょうか。最悪、人質が増える事になりかねません』
画面の女性アナウンサーは興奮して状況を伝える。
『もうひとりの青年については、情報が無いそうです。何でも、建物の中に知り合いがいるそうです。身代金を持っているようには見えませんが、何か犯人を説得する材料を持っているのでしょうか。衆議院本会議場の映像に注視しましょう』
麟太郎の行動に、日本中が固唾を飲む。誰が見ても、悪党の仲間になるような青年には見えないので、目的が不明だし、初めて犯人の呼び掛けに答えた人間を興味の目で見守っているようだ。