第十話 レクチャー
ヘルンクラムは、元々ゴンザに貸し出したゴーレムだったが、ボーナスとしてあげたとエイメンは言う。これは俺にもボーナスがあっても良いのでは?
俺は、草原の気持ち良い風に後押しされて、エイメンにおねだりしてみた。
「邪悪な悪魔にボーナスをもらって嬉しいのですか? そもそも、この世界に転移させた事自体が、ボーナスみたいなものですよ。
足の治療もして差し上げました。これ以上、なにをお望みなのでしょう。欲深な人間は、邪悪な存在より質が悪い」
断られてしまった。エイメンは、さっきディスったことを根に持っているらしい。言葉が刺々しい。
「麟太郎君、残念だったわね」
「和香さんには、特別にボーナスを差し上げましょう。クククッ」
うわー、あからさまな差別じゃん。俺への怒りは、根が深いみたいだ。落ち込む俺の股間を、ヘルンクラムが木の枝でツンツンしている。やめなさい!
「わぁ嬉しい! 特別ボーナスって何かしら?」
「こちらです」
エイメンの手の平に、小さな黒猫が現れた。成りは小さいが、堂々とした態度で俺達の事を見ている。
「我輩は、ヌフにゃ。人間界は初めてにゃ」
「かわいい~♪ ペットをくれるの?」
「ヌフは魔界の魔獣です。ペットというより、使い魔として活用して下さい。あなた方は弱いですから、守ってもらうと良いですよ」
「我輩は、強いにゃ。和香を守るにゃ」
何でも魔獣は、この世界の魔物とは『存在の格』が違うそうだ。存在の格とは、生命体として進化した回数によって決まるらしい。神や悪魔は、長い時間の中で何千回も進化した存在だと言う。魔獣も数十回程度は進化した存在のようだ。
人間がある条件を満たすと、ハイヒューマンに進化するそうだが、その1回の進化でもいろいろと力が増大するらしい。仙人みたいな存在になるのだ。
仙人から見たら普通の人間など、赤ちゃんのようなものらしく、エイメンやヌフは多くの進化を体験して、強い力を得ているので、人間など虫けらのような存在なのかもしれない。
「ええ、そうですね。麟太郎さんなど、ミジンコや微生物にしか見えません。私は、尊い存在なので、微生物に『邪悪』扱いされた所で気にも止めませんよ」
思い切り気にしてるじゃないかー!
この世界には、ゲームのようなレベルアップは無いが、条件さえ満たせば進化できる。ただその条件はかなり厳しいらしい。
ちなみに、神も悪魔も同じような存在なのだそうだ。趣味趣向が違うだけで、同等な力を有している。地球では間違った知識が一般的なので、とても不愉快だとエイメンは言う。
神は神界に暮らし、悪魔は魔界で暮らす。住む国が違う感じらしい。神の異能を「奇跡」と呼び、悪魔の異能を「魔法」と呼ぶ。神界の生物を「神獣」と言い、魔界の生物を「魔獣」と言う。
呼び名の違いはあれど似たような存在なのだとか。
そして人間の魂は、輪廻転生を繰り返しながら進化していき、いつか神の手伝いができるような存在になることを、望まれているのだそうだ。
「エイメンは、神と同等の存在なのか。凄いんだな。さっきは失礼な事を言ってすまなかったよ」
「素直なミジンコは好きですよ。麟太郎さんには、これをあげましょう」
一冊の古めかしい本をもらった。パラパラとめくってみたが、なかは真っ白で何も書いてない。人間には読めないのか?
「それは魔導書です」
「これを読めば魔法が使えるようになるのか?」
「違います。調伏した魔物をストックしておけます」
つまりテイマーみたいに魔物を手懐けて、この本にストックしておき、必要な時に呼び出して使うらしい。
それからエイメンに、この世界のレクチャーを受けた。ゲームのチュートリアルのようなものだ。
大まかな地理や歴史、金銭レートなどの生活情報を教えてもらった。興味深かったのは、ヘルンクラムのような、乗り込み型のゴーレムで対戦する賭け試合があるらしい。ロボットバトルみたいで迫力ありそうだ。
そして初期装備として、長剣、短剣、ローブ、スマホを渡される。
「杖は無いのか? 俺は近接戦闘より魔法使いがいいんだが」
「魔法に杖は必要ないです。それに魔法使いでも、ある程度、剣が使えないと死にますよ」
「うわー、剣なんか使えるかなぁ」
「私とヌフが守ってあげるから、麟太郎君は隠れていれば良いわよ」
「我輩に任せるにゃ」
俺の立場が無いじゃん。
「麟太郎さんは、回復や家事などで和香さんをサポートすれば良いのではないですか? 無理に戦う必要はないですよ」
「がははは、俺とヘルンクラムも最初は付き合ってやるから安心して主夫してろよ、あんちゃん」
ゴンザと和香は、異世界転移を望んでいたので、すでに覚悟を決めたらしい。俺の人生設計には魔物や人間との殺し合いなど無い。情けないが様子を見ながらやるしか無いようだ。
「ゴンザ、『最初は』って事は、すぐに別れるつもりなのか?」
「俺は悪党だぜ。さっき400人ほど殺したのを見ただろう。そんな男と一緒にいられるのか?
それに俺は、旅暮らしになるだろう。あんちゃん達は、結婚して家庭を持つだろ? いつまでも一緒にはいられねえ」
「私も旅がしたいわぁ。せっかくの異世界だし、あちこち見てみたい」
二人は、とても楽しそうだ。俺も頑張ろう。
エイメンがくれた初期装備は、どれもなかなかの攻撃力や防御力を持つ一品だそうだ。スマートフォンは、マニュアルとしていろんな情報が検索できるらしい。
地図や食料情報、魔物の情報などが蓄積されたデータベースだ。魔力をエネルギーとして動作するのだとか。
俺達の脳は、エイメンによって、この世界に適したものに改造されたらしい。脳を改造と言うと少し恐ろしいが、魔法が使えるようになったのと、言語情報を刷り込まれただけのようだ。
この世界の言語は、基本的にひとつだそうだ。地域によってなまりはあるらしい。
魔法は、魔力にイメージを混ぜて、物質や現象を具現化する技術で、空気中にある「魔素」を体内に取り込んで魔力に変換し、活用するのだそうだ。
魔力の変換効率や蓄積量は、人によってまちまちで、魔法の得手不得手はその辺で決まるらしい。そして魔法を頻繁に使っていると、魔力の変換効率や蓄積量は改善されていくそうだ。
レベルアップによる恩恵は無いが、努力により魔力量や体力を上げて強者に挑む。
それが冒険です。
とエイメンが言い、ゴンザと和香がうなずいている。うーん、俺は冒険なんかどうでもいい、恐い思いはしたくないぞ。
「マニュアルに、いくつか魔法陣を載せてあります。脳にダウンロードすれば使えるので、活用して下さい」
「おおー、魔法が使えるのか。わくわくするなぁ」
「私は断然、剣で戦いたいわ」
「俺もだ。戦闘に銃や魔法なんて無粋だぜ」
「いろんな攻撃手段があった方が良いですよ」
和香まで脳筋発言かよ。しかしエイメンの言葉が正解のような気がするな。器用貧乏にならない程度に、剣も魔法も鍛えないと、いざというときに困る気がする。ゲームみたいに、物理攻撃無効なんてあったらヤバいからな。
「実際に身体を動かしてみましょう。まずは剣から試しますか」
俺とヘルンクラムが、エイメンに呼ばれて草原で対峙する。俺は、エイメンにもらった剣を構え、ヘルンクラムは持っていた木の枝が剣に変形した。
身長100㎝ほどの女の子が剣を構えて、身長180㎝の俺の目の前にいる光景は、とても非現実的なのだが、周りは真剣に見守っている。
「まず麟太郎さんがヘルンを斬りつけて下さい。ヘルンはゴーレムですから、思い切りやっても大丈夫です」
エイメンが俺にそう言うが、やはり躊躇してしまう。
「そんなことでは生きていけません。覚悟を決めるために、他人を斬りつける感覚を味わうのです」
俺は、思い切りヘルンクラムの肩口を斬りつけた。甲高い金属音が響き、火花が飛んだ。俺の手はジーンと痺れているが、ヘルンクラムはケロッとしている。
さっきまでヘルンクラムと手をつないでいたが、その手は柔らかく温かみがあった。だが今のヘルンクラムは鉄のように硬いようだ。
「ヘルンは、魔力によって身体を硬くしたり、力を強化できます。ではヘルンクラムの番です」
エイメンがそう言った途端に、ヘルンクラムがビュンと動き、俺の腕を斬りつけた。
一瞬だ。風がすり抜けたようにヘルンクラムが駆け抜け、俺の腕から血がボトボト落ちている。俺がそれを認識すると、徐々に痛みが襲ってきた。
いでええええ!
俺は、草原にひざまずき腕を押さえるが、強烈な痛みに気が狂いそうになる。うぐぐっとうめきながら冷や汗を吹き出し、涙がちょちょぎれたが、転げ回って叫びたい思いをなんとかこらえた。
「なかなか我慢強いですね。良い魂をお持ちのようだ。人を攻撃する感覚と、剣で斬られる痛みはどうですか? これに負けてしまったら冒険はできません」
エイメンが治癒魔法を掛けてくれた。痛みが引き、傷口に体液が集まってきて、肉や皮膚に変わっていく。まるで再生細胞みたいだ。そして洗浄魔法で血も洗い流される。
俺は、冷や汗を拭って大地に転がった。空からの日差しがまぶしい。
これが冒険。これが異世界。
先ほどの強烈な痛みが、俺の野生を少しは呼び起こしたのだろうか。俺は知らず知らずの内に、不敵に笑っていた。
ゲームやラノベでは、痛みまでは伝わらない。これがリアルだ。俺はこれから、この世界で必死に生きなければならない。和香を守らなければならない。
まだ覚悟と言う程ではないが、少しだけ異世界で生きるということを理解したような気がした。




