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第一話 報道

 奇妙な光景である。

 

 都心の高速道路を見慣れない物が走っていた。

 それは、時速100キロで走る車の間を、右へ左へと上手いことすり抜けながら進んでいる。

 

 それを認識する度に、周りの車の運転手が一様(いちよう)に驚く。後部座席の子供が窓に張り付いて、それに輝く目を向けている。中には手を振って喜ぶ子供までいた。

 

 体長3mはあろうかという金属の(かたまり)(ぞく)に言うロボットである。

 

 今風のシャープな感じのロボットとは違い、なんとも武骨(ぶこつ)な太い身体を、スキーの直滑降(ちょっかっこう)のように(かが)めて、車と同スピードで進むロボットが、バックミラーや前方に現れる度に、前後の車が驚いてふらつく(さま)を楽しむかのように、それは軽快に道を行く。

 

 武骨で重量感のある体躯(たいく)だが、踊るように軽やかに進むロボット。

 

 大人達は、こんな技術が開発されたなど聞いたことがない。実験なのか何なのか。高速道路を得たいの知れない機械の(かたまり)が走行していることに、(いぶか)しむような顔をしているが、なぜそれはいるのか? どこに向かうのか? 誰もが目を疑う光景に、疑問さえ()き消えてしまうようだ。

 誰もが見つめるばかりで、通報するものもいない。

 

 料金所でETCを抜けるロボット。

 

 そんなものまで付いているのか。と後ろのトラックの運転手が目を見開く。トラックと言っても配送用の小さめのトラックだ。白い車体にデカデカと会社名が塗装されている。

 

 その若い運転手は、なんとも物珍しい光景にスマートフォンのシャッターを切りながら、ふと空が騒がしいのに気が付いた。

 バラバラと聞き慣れない音が、空から聞こえてくる。窓から空を見上げると、何機ものヘリコプターが、旋回(せんかい)しているのが見える。

 

 明らかにロボット狙いの報道ヘリだろう。運転手は、ナビをテレビに切り替えた。

 

『……都心を行く所属不明のロボットは、現在、首都高○○線を北上中とのことです』

 

 若い女性アナウンサーの声は、運転手の前方を走るロボットのことを報道しているようだ。

 運転中なので画面は見れない。声だけ拾って情報を集める。

 

 報道では、ロボットは横浜にある、とある暴力団の事務所を襲撃してから高速道路に乗り、都心まで走ってきたようだ。

 

 ○○会系暴力団、たまにニュースで聞く名前だ。最近の暴力団には、C国やK国の息が掛かった団体がある。裏から日本の経済活動を邪魔している組織だ。

 表でも政治を批判し、架空のボランティア団体を立ち上げ、民衆を扇動(せんどう)したりもする。

 本国からの資金や援助で、武器の密輸などもしているらしく、人身売買、覚醒剤売買など、この国の人間が困ることなら、何でもござれの(たち)の悪い組織だ。

 

 若い運転手は、そんな組織のひとつだと記憶していた。ラジオでは専門家が、武器調達のために襲ったのではないかと言っている。

 

 運転手は、ロボットの後ろ姿に目を向ける。確かに、背中に大きな荷物のような物を、積んでいるようだ。あの中に奪った武器が詰まっているのだろうか。何が目的でこんな事をしているのだろう。

 そんな疑問に答えられる者など、ロボットを送り込んだ人間だけであろう。

 

「金目当てなら、ロボットの技術を売れば、相当な金額になるよなぁ」

 

 若い運転手のそんなつぶやきも、車の排気音に掻き消されてしまうが、運転手の顔は楽し気だ。玩具をもらった子供のように高揚(こうよう)している。

 

『どうやらロボットは、ホバーのように浮き上がって走行しているようですね』

 

 テレビの音声から興味深い情報を得て、若い運転手が辺りを見回すと、報道関係の車が目に入った。マイクロバスにアンテナや機材が取り付けられた車だ。いつの間にかロボットの斜め後ろに位置取って、カメラを向けている。

 

 若い運転手の乗るトラックは、ロボットの数台後ろを走っているので、足元までは見えない。まさかタイヤをつけて走っている訳では無いだろう。と思っていた予想が当たって運転手の顔がほころぶ。

 

 アナウンサーは、現場にロボット工学の専門家が行っていると話す。マイクロバスに乗っているのだろう。開いた窓からロボットを注視していると思われる専門家の姿は、運転手からは見えない。

 

 ジェットのような爆発力でもなく、ホバークラフトのような空気の圧力でもないが、ホバーのように路面から浮いて走行していると、専門家が話している声がスピーカーから流れる。

 

 ロボットが車線変更する度に、近くの車線に強引に割り込むマイクロバスに、一般車両のクラクションが罵声(ばせい)を浴びせる。

 

「強引だなぁ。仕事はわかるけど迷惑考えろよ」

 

 若い運転手は、眉根(まゆね)を寄せてつぶやく。

 前の車をあおり、大きな図体(ずうたい)で強引に車線に割り込むマイクロバスに、周りの車も不快感を(あらわ)にしている。

 スマートフォンやドライブレコーダーの映像を見れば、危険運転だと叩かれるのは、自分達だというのに、そんな事は気にしていないようだ。真実を伝えるという使命感に、我を忘れているようにも見える。

 

「まあ、ヘリの映像より、間近(まぢか)の映像の方が迫力あるからな。視聴率も全然違うんだろうなぁ。だからって危険な運転をするのは、違うけどな。

 本当、報道のためか金のためかわからない、最近のマスコミは厄介だな」

 

 このスピードで事故が起きれば大惨事だ。自分も巻き込まれる。運転手は、安全のため距離をとるかと思案顔だが、好奇心の方が勝ったようだ。そのままの位置をキープしてトラックを走らせる。

 

 後ろの方からサイレンの音が近づいてきた。パトカーだろう。さっき通り過ぎた合流から来たようだ。

 

「ずいぶん遅いご登場だな。あつかいに困っているのか?」

 

 運転手が、また独り言をつぶやく。

 そうこうしている内にパトカーが数台、赤い回転灯を派手に光らせながら、運転手のトラックを追い越して行く。のんびりしたサイレン音と共に、スピーカーから「不審(ふしん)なロボットに近づかないで下さい」と警告が発せられている。

 

 若い運転手は、パトカーの登場でロボットから、少し離されてしまった。報道のマイクロバスはまだ粘っているようだ。パトカーから再三警告を受けているが、ロボットの横を離れない。

 運転手は、もっと近くで見ていたかったと、ブツブツ文句を言いながら、テレビの音声に聞き入る。

 

『警察が到着したようですね。離れるように警告を受けたそうです。現場の車両は、少し下がって様子を見ると言っております。映像を引き続き注視しましょう』

 

 あっ!

 

 ロボットは、なんのためにこのような行動をしているのでしょうか? と専門家の意見を聞いていた女性アナウンサーの声が裏返った。なにか異変があったようだ。

 

 運転手は、どうしたのかと前方を注視する。同時に危険を感じた体が、自然とブレーキを踏み、スピードを落としていた。

 そして運転手の目に鮮やかな火花が写ったのは、すぐあとのことだ。

 

 どうやらロボットとマイクロバスが接触したようだ。マイクロバスが、中央分離帯に寄り添うように車体をこすり付けながら、派手に火花を散らしている。

 

 そして数秒後、マイクロバスの重い巨体が(ちゅう)を舞っていた。

 

 その光景に唖然(あぜん)としながらも、後続車両は一斉にブレーキを掛ける。

 クルリと、空中で半転しながら道路に叩き付けられたマイクロバスが、ズザーッと道をふさぐように(すべ)る。マイクロバスは、進行方向と同じ方向に滑るが、速度が格段に遅い。

 

 横倒しのバスの底部に、パトカーが次々と突っ込んだ。数台のパトカーが一瞬後部を浮かせた後、制御を失って道に置き去りにされる。そしてマイクロバスから()れたガソリンに火がつき、路面が燃え上がる。

 

 パトカーより少し離れていた一般車両は、ひきつった顔で足に力を込めるが、車は急には止まらない。若い運転手の前を走っていた、一般車両2台や横の車線を走っていた数台が、道に横たわるパトカーに突っ込む。

 

 初動判断の違いか、運転手のトラックは余裕で止まっている。後続に突っ込まれることもなかった。

 

 他車を巻き込んだマイクロバスは、尚も路面を滑り、路肩側の壁にぶつかって、少し中央車線に車体が寄ったところで止まった。

 ボンッと音がして、マイクロバスのガソリンタンクが小爆発をおこし、火の手と黒煙を巻き上げる。

 

 

 

「フーッ、間一髪(かんいっぱつ)だぜ。あの報道車両は危ない感じがしたんだよなぁ。予想してて助かった」

 

 若い運転手は、(ひと)(ごと)と共に冷や汗を(ぬぐ)う。

 ふと黒煙から視線を外すと、その視線の先に、あのロボットが(たたず)んでいた。とっくに先に進んだと思っていたロボットが数十メートル先に立ち止まって、こちらを(うかが)っていたのだ。

 

 運転手にとっては、長い時間だったかもしれないが、実質的にはさほど時間は経っていない。ロボットにとっては、休憩がてらの見物だったのかもしれない。しばらくすると静かに走り去ってしまった。

 

「ふーん、事故を気にする心はあるんだな。やはり人間が操縦(そうじゅう)してるのか。それとも遠隔操作かな」

 

 テレビでは、アナウンサーが興奮した口調で何か言っている。

 

 画面を見るとヘリからの映像だろうか。マイクロバスが横転して、パトカーや一般車両がそれに突っ込んでいる映像が、写し出されている。

 太い黒煙が立ち上がると、ヒイッと叫んでアナウンサーは黙ってしまった。

 

 

『……ええ、どうやら事故のようです。現場の報道車両とロボットが接触したようです。ヘリからの報告では、事故によりパトカーを含む、数十台の車が巻き込まれた模様です。道がふさがれ後続は渋滞とのことです。

 不審なロボットの方は、何も影響が無かったようで、そのまま走り去ったと報告がありました』

 

 気を取り直した女性アナウンサーが、取り()まして報道する中、若い運転手の耳には消防車のサイレンの音が聞こえてきた。

 運転手は、CMの間に電話を掛けている。会社への報告なのだろう。渋滞に巻き込まれて、配送時間に間に合わないと連絡しているようだ。

 

『不審なロボットの続報です。ヘリからの報告では、現在、(かすみ)(せき)方面に進行中との事です。通常国会の期間中のため、警察官が多数配置されていますが、(あわ)ただしい動きがあるとのこと』

 

 アナウンサーが専門家に意見を聞く。まさか国会議事堂を目指してはいないだろうと専門家は笑う。しかし念のため警備を強化しているのではないかと、結論付けた。

 

 そうこうする間に、赤色、黄色、白色、白黒の特殊車両が集まり、事故処理を始めた。30分もすると片側一車線が解放され、一般車両がノロノロと動き出す。

 若い運転手も、やれやれと疲れた顔で走り去って行った。

 

 

 

 

 

「そろそろか」


 ロボットの操縦席(そうじゅうせき)で男がつぶやく。

 

 操縦席は(せま)く薄暗い。いくつものモニターや計器の光が、この薄暗い空間の多くを浮かび上がらせており、特に視覚的に不便さはないのだが、狭さと息苦しさには辟易(へきえき)としているようだ。時折(ときおり)見せる男の(にが)い顔が、それを物語っている。

 

 いくつもあるモニターには外の風景が写し出され、前後左右の様子は把握(はあく)できる。空調も利いているし、嫌な機械音もしていない。ただ狭い空間に押し込められている息苦しさは、さすがに慣れないようだ。

 

 霞が関

 

 目標の出口を視認して、出口へと道を反れる。料金所を抜けると一般道だ。信号機もある。

 

 

 

「さてさてどうするか? 傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に突き抜けるか。大人しく道交法に従うか」


 操縦者が静かにつぶやいた。

 

 

 

 

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