魔法使いタツミ 天使にハエとり紙を
タツミは、どんなに離れた所にも、ハエとり紙をぶらさげることができる魔法使いである。
大阪に下宿し、関西の私立大学で仏教の勉強をしていて、住職を目指している。
両親は八百屋を営んでいて、こぢんまりとしているが、先祖代々続く老舗である。
近隣のイオンモールの進出により、うかうかはできない。
ホームページを開設したり、地元の生産者を顔写真入りのポップで紹介したり、オリジナルの地酒も販売するなど、工夫して、なんとか経営できている。
昨晩も茨城の実家の父親タカスケから電話があったばかりである。
「タツミ元気か? 近頃全然連絡こねーからよ 母ちゃんも心配してっぞ 米送ったの届いたのかよ カップラーメンも入ってたべ?
それはさておきよ 母ちゃんが店内に ハエとり紙をぶら下げ始めてよ
おやっ?! あらま!! バカこの!! シズエ!! いねーのか?! あいつ今日は友達と飯食い行ってやがんな
いやいやいやいや!! 受話器の近くにもハエとり紙がぶらさがってら!! 何だこれ?
今よ ハエとり紙が俺の頭に ひっ付いちまってよ 受話器の近くにぶら下げるバカいねーべよな? 普通よ
参ったよ
八百屋にハエとり紙って衛生的にどうだ?
おかしな話だべ?
シズエ頭おかしくなったんでねーか? タツミも心配たべ? 母ちゃんボケたんだべか?
へい!! らっしゃいませぇーー 客来たから切るぞ!!」
髪にハエとり紙を付けたまま、タカスケは店に戻った。家族ぐるみの付き合いのある、ヨシキであった。
「バカこの!! タカちゃん!! いやいや何だい?! ハエとり、、 バカ!! こんなとこさハエとり紙ぶらさげとく バカな話ありますか?
それはさておきよ いったん さておきよ ミカン試食させてもらいますわ
うまいねーー 甘いよ これは買いだわ!!
大将!! 良い仕事しますね!! 1箱いや、2箱頂いていきますわ!!」
「ありがとうございますぅ ヨシキさん ごめんなさいよ ただちにハエとり紙 はがしますよって!!」
「何の話よ? これのことかい??
衛生的に バカやろう!!
まぁまぁ これはこれで いいんだ
これがいいんだ
会計してよ ヨシキさん!!
バカこの!! 釣り銭もハエとり紙にくっついちまっただねーか??
いいんだこれで
これがいいんだ!!
ミカンもうひとつ試食させて頂きますわ
ちくしょう!! この!! ミカンもひっ付いちゃったでねーの!! アブアブ ぐはっ」
常連ヨシキはハエとり紙に付いたミカンを食べようとして、口も付いてしまい、そのまま帰ってしまった。
「あ ありがとうございました!! この度は 申し訳ありませんでした!!!」
頭にハエとり紙を付けたまま、タカスケは深々と腰を90度曲げ、ヨシキを見送った。
そこに妻のシズエが帰ってきた
「シズエ!! バカこの!!」
タカスケが声をあらげる。
「何だい? だしぬけに 気分悪いね
ひやっ!! ハエとり紙でないの?? アブアブ」
シズエの頭にもハエとり紙がくっ付き、驚いて暴れたため、くるくると顔に巻き付いてしまった。
「あらま!! 我が好きで そうしたんだっぺよ!!
話は店内のハエとり紙を片付けてからだ よくまぁこんなにぶらさげたもんだ
俺達は、はがしちゃならねーぞ このままだかんな おめー息はできんだっぺから」
「アブー カハッ スー ハー」
シズエはハエとり紙の隙間から、苦しそうに口呼吸している。
そこにヨシキの妻、ミチヨが息をきらしながら、店に入ってきた。
「ひやっ!!」
走ってきた勢いそのまま、ハエとり紙にゴールし、体にくっ付いてしまった。
タカスケは驚くより先に
「あらま 全部取ったはずなのに!!」
「あらまでないでしょう!! まぁ二人して なんてことでしょう
衛生的にどうなの?
家の主人がハエとり紙を付けて帰ってきたもんだから訳聞いてビックリよ
主人がカナブンやら子蜘蛛やらを付けて帰ってきて 驚きを隠せないわよ
隠すのが無理よ 美味しいミカンをごちそう様
それはさておきよ
衛生的にどうなの?」
「パッ スーハー」
シズエは涙を流し、何度も頭を下げる。
「ミチヨちゃん ミカン食べていってよ 甘いよー」
タカスケは笑顔でミカンを差し出した。
「ほんと甘いわねーー 1箱頂いていきますわ いくらかしら?
車にのせるの手伝ってくれたら嬉しいわ」
「へい!!まいどーー!!」
「アブ スーハー」
タカスケは箱を持ちミチヨの後ろから車に向かう。気づくとミチヨにはカナブンがついていた。
「ミチヨちゃん 言いくいけど背中の所にカナブンが付いてるよ」
「こんちきしょー!!
それはいいのよ!!
それがいいのよ!!」
タカスケがトランクにミカンを積み込む。
ミチヨが窓を開ける
「おいしいミカンをありがとう シズエちゃんによろしくね」
窓から1匹のカナブンが入っていった。
夕日に照らされ羽が美しく黒光りしていた。
店に戻ると
「大丈夫か?」
「アブ スーハー 痛っ」
勢いよくシズエに巻き付いたハエとり紙をはがした。
シズエも勢いよく、タカスケの頭からはがし、たくさん髪の毛がついた。
「バカこの!! ゆっくりはがしなさいよ!!」
シズエはもう一度タカスケの頭にハエとり紙を付けると、今度はゆっくりとはがした。
「な!! ミチヨちゃんの前で ハエとり紙を付けたまま接客したから クレームにならなかったべ?
誠意ってもんよ
おめー 店内 家じゅうハエとり紙ぶらさげて何考えてんだよ?!」
「あたしじゃないわよ あんたじゃないの? 正気?
衛生的にどうなの?」
「俺じゃないよ おめーを信じていたさ
しかし不思議な話だよ
他にどんなリアクションができる? 教えてくれよ」
タツミは大阪の下宿先の布団に仰向けになり、おへその下あたり、丹田で指を組み合わせていた。
「実家にハエとり紙を50 店内に100 それぞれぶらさげたまえ 特に理由はないけど」
魔方をかけ終えると、タツミのスマホに着信が入った。同じ大学に通う彼女ナツキからである。
「あんたどこにいるん?」
「家だよ オラ疲れちまってよ 今日は欠席だ」
タツミは魔法をかけると相当なエネルギーを使うため起き上がるのも困難だった。
「どうせ寝てるんやろ?」
「後で食料を頼む」
「あほ」
「お前はどこにいるの?」
「大学のトイレ これから授業や」
「ふーん じゃあな」
タツミは再び目を閉じる
「ナツキのいるトイレの個室にハエとり紙を10ぶらさげたまえ」
「きゃっ!! なんなん?」
ナツキはハエとり紙を髪に付けながら、授業に向かうのであった。