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四十二匹目 〜( 夜の語らい C・〉

 ■□【最下鼠(レッサーラット)】「   」《Lv.6》□■


 草むらに隠れ、必死に息を殺す。

 両の前足で人間のときよりも長くなっている口を抑えて、呼吸音もなるべく減らす。

 そっと顔だけ河の方へ向けると見えた、今こちらに近づいてきているのは、明らかにイヌ科の耳をした人間。

 《女神は真実を看破する》を使って、目を凝らして人間の頭上を見ると、そこには自分のものとよく似たステータスウィンドウが現れていた。


 《【犬精族(ピクシードッグ)】、「ブルックス」、《Lv.56》………………56!?》

 《56ねー、今のキミのLv、いくつだったっけ?》

 《6………………》

 《いやぁ、キミの九倍以上かぁ。こうなると、何かジョブに就いてると思った方がいいかな?》

 《ジョブ、なるほどジョブか》

 《この世界では、各自が出来る事が異能として扱われるワケじゃんかー。そうなると、ソレを異能だって認定する存在が必要になるだろぅ? それこそがジョブ。就けるか就けないかでその魔人の異能の程度を測れるのさー。つまり、一定以上のレベルを持つ魔人はそれ相応の才能を持っていて、ジョブにも就いているって考えた方が無難なんだよー?》

 《魔人………………あいつは魔人なのか? 亜人じゃなくて?》

 《キミねぇ、この前説明したよねぇ~? 亜人と魔人はほとんど同じ、ヒトの見た目をしてるのが魔人で、さらにその中でヒトにない特徴を持ってるやつらを亜人っていうんだ、って………………言ったんだけどなぁ?》

 《よくわかんなかったから聞き流してた》

 《………………キミ、情報や知識ってのは力なんだよ?

 ボクがいるから、キミは初見の物事を限りなく減らせるはずなのにさぁ。自覚無いと、あの魔王を助けることも勇者を倒すこともできないよ?》

 《うっ………………すまん、今後はちゃんとする》

 《ならよろしい。で、今は目の前のアイツだけど》


 ドーナが言うように、俺ももう少し頑張って生きていくべきなのだろう。

 自分では生き抜くことの難しさを分かっているつもりだったけど、思っているだけじゃダメなんだろう。

 それこそ今、目の前のブルックスという男がこちらに来ているように、危険の程度もこれからどうなるかも俺には分からない。

 だからこそ、こうして感情的に説教してくれる存在が常に一緒にいることは、なんとも心強い。

 ………………話が逸れた。

 少しでも動けば草が擦れる音がしてしまうから、今はとにかく静かに息を殺してアイツが去るのを待つしかない。

 激しくなっている心音に紛れて、ブルックスという男が背後の方から何か言っているのが聞こえた。


「オイ、そこに誰か居るのか? オレは攻撃する気はない、そちらの安全は保証する。だから、姿を見せてくれよ。知らねぇモンに怯えるなんてのは、オレはしたくねぇんだ」

「………………!」


 話しかけてきた。

 しかもこの話し方、俺がここにいるってことを確信してるように聞こえる。

 やばい、どうしよう。

 俺はアイツを攻撃する気はないし、向こうにもそのつもりはないみたいだ。

 だったら、ここにじっとしていて印象悪くするより、自分から出ていったほうがいいのか?

 もしかすると、仲間になって俺に力をつけてくれるかもしれない。

 そうなれば、ソフィーさんを助けられる可能性も、今のままよりずっと高くなる!


 《なぁ、ドーナ。行った方がいいと思うか?》

 《んーまぁ、向こうにそのつもりが無いなら良いんだけども。そう言い切れる根拠がないんだよねー》

 《………………危険だ、って思うか?》

 《いや? 少なくともボクには、アイツが鼠を楽しんで殺すような亜人には見えないし、そもそも亜人ってのは、たいてーの場合は自然に対して優しいモンだからー、良いんじゃない? 出てっても》

 《なら………………》


 口から手を離し、恐る恐る後ろを振り向く。

 帽子からぴょこんと飛び出た犬の耳は少しだけ垂れている。

 お尻の辺りにあって動かせる筈の尻尾も、今は歩くのにつられて揺れるだけで、特に大きく振られている様にも見えない。

 武器になりそうなものは、腰に吊るした細身の剣と、鋭い爪くらいだ。

 どうやら【○精族】という亜人は、身体的特徴はある程度有するものの、眼や鼻、口などといった顔のパーツは人間と違わないらしい。

 特に隠されていない口は、暗がりでよく見えなかったのだが、そこまで凶暴そうにも見えない。

 ………………じゃあ、行ってみるか。

 草むらから姿を現し、四足で歩み寄っていく。

 一応、隠れたことへの申し開きでもしてみようか。


「チ、チュウゥ(あ、すいませーん)………………」




「――――――そこか」



「チュ(え)?」


 気が付けば、俺はブルックスの左手に捕まり地面に押さえつけられ、喉元に右手の爪を当てられていた。

 俺が言葉を発したその刹那、ブルックスは此方を向き、凄まじい勢いで此方に跳んで来たらしい。

 勿論、兎の様に飛び跳ねた訳ではないが、あまりに速くて、俺の目にはそう写ったのだ。

 これも、彼我のステータスの差なのだろうか。

 俺のAGE(すばやさ)は、元の値が124で、そこに《AGE上昇》(Lv.3)の効果を合わせて、124+124×3÷10で、161.2――――――ステータス欄では、小数点以下は切り捨てされていたので161。

 ブルックスのAGEがどの程度なのかは分からないけど、俺の九倍以上のレベルを持つのだったら、ステータスもそのくらいの差が生まれていても仕方がない。

 ………………圧倒的な差を見せられたからか、まるで、ソフィーさんが俺をあの勇者から庇いに来てくれたときの様だ、と何故か思った。


「チュ、チュ(え、え)?」


 全く訳もわからず、ただなされるがままに目を白黒させる俺に対して、ブルックスは何も言わない。

 月の明かりと焚き火の炎を逆行にしたその顔には、呆れるような、拍子抜けしたような、悔しいような表情が浮かべられていた。

 情けない、と一言を零し、ブルックスは続ける。


「普通、夜の森で得体の知れないモンに出会いそうになったら逃げるだろ。昼とか街の近くとかならいざ知らねぇが、こんな森ド真ん中で危険なモンに首突っ込むんじゃねぇよ」

「チュ、チュ、チュチュ(あ、え、分かってる)?」

「テメェオレをナメてんのか。【最下鼠】の言ってることくれぇ、オレには全部分かるっつーの」

「チュ(あ)………………」

「大体テメェなぁ。なんでノコノコ出て来た。殺されてぇのか? まぁ、テメェは食いで無さそうだからいらねぇけどよ――――――」


 その瞬間、俺の頭に電撃走る。

 と、言うのも、これは俺が現在抱えている中でも、将来的にかなりきつそうな問題に絡むのだが。

 まず俺は、()()()()()()()()

 いや、正確に言えば、言ってることは分かるが、発声は出来ないし、文字だって分からないから、俺は自分の意思を伝えることができない。

 だが、言葉が分かる人に出会ったのは、これで二度目のことだ。

 俺の言葉が分かるひと、それはつまり、俺と他のひととの掛け合いの仲介役、つまりは通訳になってもらえる。

 是非とも、お近づきになっておきたい!

 そう思い、押さえつけられたまま、恐る恐る声を上げる。


「チュ(あの………………)」

「種族によっては殺す事が趣味みてぇなやつも――――――アァ、何だ?」

「チュ、チュチュ(お腹、空いてますか)?」




 そうして俺は、先程倒させてもらってきた【爆毒蛇(ボムベノムサーペント)】と【爪抉熊(アサルトクロゥベア)】の死体を食肉として提供すると約束し、取り敢えず拘束を解いてもらった。

 敵意が無い事を身振り手振りと言葉で伝え、何とか納得してもらえたようで、一安心だ。

 そばにある河で適切に血の処理をして、手際よく肉を焼くブルックスさんと、その近くにあった石の上に座る俺。

 その姿に感心しながらも、ブルックスさんだけに働かせるわけにもいかないと思い、俺は俺で何かできることは無いのかと聞いてみる。

 あ、この場に俺の言葉が伝わらない人はいないっぽいから、普通に喋るわ。


「ブルックスさん? えっと、俺になにか出来る事ってありますかねぇ~………………?」

「差し当たって特にねェ。お前、どうせロクに知識も技術もねぇだろうが。夜は危ねぇから、出来ねぇ事を挑戦すんのは、もうちっと明るくなってからにしとけ」


 少しだけ振り返って話してくれるも、すぐにまた【爆毒蛇】の遺体に走らせているナイフに視線を落とす。

 自分に出来ない事をするときは、少しでもリカバリーが利く状況で、かつ誰にも迷惑を掛けない形でやれ、そういうことだろう。

 確かに俺は、その辺で木の実を取って食べるしかなかったほどには、サバイバル知識に欠けている。

 ………………異世界転生系主人公って、サバイバルに強かったりするけど、アレなんなんだろ。

 普通の人間が森の中で生きていくなんて、絶対一人じゃ無理だろうに。

 俺が自分のサバイバル能力の低さに辟易していると、ブルックスさんが思い出したように顔を上げた。


「あぁ、一つだけ聞くぞ? なんで俺の名前が分かった? 《看破》でも持ってんのか? それなりのスキルレベルの《看破》じゃねぇと見破れねぇハズだが、お前見たところそうレベルも生きてきた環境も大したことねぇだろうし、どうやって見た?」

「あ、え、っとぉー」


 ちょっと脳内会議。


 《な、なぁドーナ、ブルックスさんに《超異能》の話してもいいか?》

 《別にいーんじゃない? 彼がさっきしてた説教も完全にキミを心配しての発言だったし、まぁ問題ないっしょ~》

 《そうか………………》


 こいつの話じゃ、《超異能》って中々珍しいものらしいから、あんまりそういうのって大っぴらにしない方がいいんじゃないかと思ったんだけど。

 でも、これからもいい関係を築いていくには、ある程度の情報開示は必要かな。

 じゃあ、まぁ言うか。


「俺は《伝説を紡ぎし者(ザ・メモリー)》って《超異能》に《女神は真実を看破する(アンダスタンド)》ってスキルがあって、それで見れる感じですね」

「はぁ、なるほどな。《超異能》ならまぁ納得だ。で、他のスキルは?」

「は、他のスキル?」

「決まってんだろ。《超異能》が持ってるスキルだ。普通《超異能》ってのは、その膨大なリソースを上手く使うために、いくつか機能を分割させているモンだ。お前のは一個なのか?」

「あぁ、成程そういう。ええと、俺の《伝説を紡ぎし者》には他に《女神は伝説を語り継ぐ(リコレクション)》ってスキルがあって、それで倒した相手の異能を一部引き継げます」

「ほぉん………………そうか」


 そう言い、ブルックスさんはまた視線を落とした。

 河川の揺らめきに何かを見つけたのだろうか、と思って身を乗り出して見てみても、そこにはブルックスさん自身の顔があるだけだった。

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