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四十一匹目 〜( 夜の語らいに至るまで C・〉

~( `ϖ´)お久

 ◆◇三年前◇◆


「はぁっ、あ、あぁっ………………!」


 脚を動かす。

 日の出で薄暗い森の中を、俺は必死に駆ける。

 頭の耳に手を当てて、後ろからの足音がまだないことを確認する。

 魔人の中でも亜人に分類される《犬精族(ピクシードッグ)》である俺の耳は、普通の魔人よりも音を捉えやすい、らしい。

 目的の海までは、きっともう少し。

 ろくに動かさない脚はもう痛みだして、一歩を進むごとに軋んでいくみたいだ。

 持ってきた飲み物はもう無くなって、食べ物は最初から蓄えなんか無く、地図は望むべくもない。

 そろそろ俺が逃げ出したのがバレた頃だろうか。


「はぁ、はぁ」


 流石に走りすぎて息切れしてしまい、膝に手をついて地面を向く。

 その時、不意にポケットの中の小さな石が手にあたり、なんとも言えない魔力を通わせてくる。

 なんとも言えない、それもその筈、この魔石に込めたる魔法は、正真正銘俺のモノ。

 俺が丹精込めて魔力を込めて作った翡翠、オパール、その他諸々の、綺麗な石々──────その()()

 一センチ未満の欠片、管理員が言うところのクズを出来る限り集めて持ってきたはいいものの、正直言って使い道が分からない、それ以前に、俺はこの魔石とやらの使い方を知らない。

 魔力の流しすぎ一回に付き、一日分の食事抜きだったから、どうやら貴重なものらしいとは分かるのだけど、そもそも扱ったものはない。

 送られてきた宝石を手に取り、異能を使って──────俺の場合は使わないのだが──────魔法を込めていく、俺が許されているのはただそれだけであって、魔石になったものを箱の中に放り込むだけ。

 くすねようかとも思ったけれど、加工前後で重さをはかっているらしく、それは叶わなかった。

 身をもってそれを教えてくれた仲間は、どこへ行ったのだろう。

 医者に見せに行く、と言われていつの間にかいなくなっていて、それっきり。

 あまりに病気が重すぎて帰ってこられないのか、今の俺みたいに逃げだしたのか、それは分からないけれど、俺に分かるのは、今残されたみんなもかつての俺と同じ気持ちだということだけ。

 水筒をひっくり返してなんとか一滴だけのどに入れ、中身のなくなったそれを握りしめる。

 せめて、もう少しだけ遠くへ………………


「ごめん、ごめんっ!」


 置いてきた仲間への罪悪感から後ろを振り返ってみても、その姿も工場も森に阻まれて見えない。

 それどころか、追手の姿が木々の向こうに透けて見えるような気がした。

 魔石はあるけれど、何も武器は無く、仮に武器があっても俺には肝心の異能がない。

 使える異能はあるのかも知れないが、それは知らされていないし、その知り方すら、俺は知らない。

 罪悪感と息切れと逃避願望を一緒くたにして、工場務めのときよりも何倍も重い息を吐く。

 それでも、ここまで来たからには前に進まないといけない。

 覚悟を決め直して、前を向くと、俺は何かにぶつかった。

 しまった、後ろの足音だけじゃなくて、前の方の足音も聞いておけば。


「お? 何だボウズ、オレに何か用か? もうちっとばかし体重か勢いをつけてから再チャレンジしてくれると、オレは嬉しいんだが?」


 痛む鼻っ柱を抑えつつ、鼻血が出てないことを確認して上を見る。

 俺の手を取って起き上がらせながらこちらを見る男は、整った顔立ちをバンダナと髪の毛で隠していて、柔らかそうな外套の中には金属でできた鎧が隠れていた。

 地味な色合いの外套の向こう側に、俺の身長と同じくらいはありそうな盾と、さらに同じくらいの長さの槍が見えた。

 腰にはグローブが提げられていて、三つのうちどれにも、同じ鷹のマークが刻まれていて、とても格好良かった。

 バンダナで右の目は隠されていたけど、目と目が合って、男の顔に驚愕の色が見えた気がして、そこでふと我に返った。

 そうだ、俺は………………


「っ、ごめん! 退いて、急いでるんだよ!」

「ちょっ、待て待てボウズ。お前の腕、どうしたよ?」


 男の脇を抜けようとした俺を、男が捕まえる。

 優しくも力強く掴まれて、俺はコケそうになる。

 時間がないのに、邪魔するなよ。

 そう思って向き直り男を睨むけれど、男は俺の腕をしっかりと握って、離そうとはしない。

 むしろ男の顔の凄みに、俺は震えて尻もちをついた。


「大丈夫か? ほら、掴まれって………………」

「離せよ、離せよぉ!」

「おいおいおい、オレはボウズが心配なんだ。お前の腕、どうしたんだ? 痛みはしっかり扱わねぇと、苦労すんのは自分だぜ?」

「うるっさいなぁ! こんなの普通だろ!」


 掴む腕を振り払おうとしても、絶対に離そうとしない。

 一体なんなんだ、なんなんだお前。

 確かに俺の腕は、青とか黄色とか赤とか、たくさんの色が混じり合っているけど、こんなの普通じゃないか。

 お前だって、腕に巻いてる布取ったらこんなんだろ!


「普通………………おいボウズ、普通ってのはどういうことだ? 生憎オレは少しばかり頭が悪くてな、オレにも分かるように言ってくれ」

「お前、なんなんだよ! なんでウソなんか言うんだよぉ! 工場のみんなもそうだった、もっと濃い色になってた人も居た! 管理員だって、それが普通なんだって言ってたんだ!」

「………………」


 風が吹き、木の葉が揺れて、男は絶句する。

 そして風が収まった瞬間、男は俺が走ってきた方を見やる。

 口をしっかりと結び、なにかが悔しいのか、きつく噛んだ歯が見えた。

 男は俺の腕から手を離し、代わりに肩を掴み、少し屈んで俺の顔を見る。

 俺がきょとんとしていると、男は少し迷ったあと、俺にこう言った。


「ボウズ、お前の今後のために言っておく。お前の変色した腕、それは、魔石症候群(ルーン・シンドローム)だ。ボウズ、お前が来た工場ってのは、魔石を創る場所だったんだな?」


 こくり、と頷く。


「正直だな、偉いぞ………………そこでお前は魔石に魔法を込めてたんだな? どうやってやってたんだ?」


 俺は、両の手の平を開いてそれを見つめる。

 何度も繰り返したあの動き、忘れるはずもない。

 手を軽く握り、組み合わせる。

 食堂でおばさんがご飯を握るように、俺は手を動かす。


「そうか、なるほどな………………それは()()だ。ここ、《馬と自然の国(アロガント)》じゃあその辺の規制は緩いが、その製法は立派な国法違反だ」


 俺は、男が何を言っているのか理解出来ず、困惑する。

 男は、『道理で最近は安くて質の高けぇ魔石が多いと思ったぜ』と呟いてから、続ける。


「そのやり方は術者を破滅させる。魔石を創るには、宝石に魔法を込める必要があるが、直接やっちゃまずいんだ。少しでも魔法が石から溢れると、そいつは術者の腕に逆流して堆積する。あんまりそれを続け過ぎると、複雑に積み重なった魔法が絡み合った瞬間、魔力機構がぶっ壊れて術者の魔力がダウンしちまう。要するに――――――二度と魔法が使えなくなって、魔人じゃなくなっちまうんだ」

「………………ぇ」

「本当だ」


 男の言葉を飲み込めなくて、困惑する。

 嘘だって信じたいけれど、頭の耳から、男の心音が嘘で塗り固められていなくて、乱れていない事が分かってしまう。

 本当に、本当にこの男が言っていることが正しいのだとしたら、どうなるのだろう。

 異能が使える、というのは俺達魔人にとっては当たり前。

 ご飯を食べないと生きていけない、と言われてみんなが納得するように、魔力の無い魔人は生活できない、というのは教えられた。

 男は呆然とした俺の肩から手を離し、昔語りをするように続けた。


「魔人は、生きていくために食べ物だとか魔力だとかで生命力をつけるもんだ。大昔にいたって言うヒトなら、魔力がなくても生活ができるらしいが………………オレ達魔人はそうも行かねぇ。食事で得た魔力を回して生きている以上、魔力機構が無いってことは生きていけねぇってことなんだよ」


 工場に行く前に通っていた村長の家で開かれていた勉強会では、魔人の生命維持には魔力が欠かせない、って言われた。

 確かに、男が言っていることは正しいのかもしれない。

 俺は青ざめた顔にくっついた虚ろな目で腕を眺め、俺よりも色の濃い腕をしていた友達が果たしてどうなったのかを、もう一度想像してしまう。

 きっと、きっと………………

 そこまで考えて、ふと気付く。


「じ、じゃぁ、俺は、魔人じゃない………………? 海へは、行けない………………」

「いいや、まだだ。お前がこうして生きている以上、まだ手はある。オレの知り合いの魔――――――医者に見せれば、堆積した魔法を上手くほぐしてくれる筈だ。って訳で、ボウズ、工場とやらはどこだ?」

「え?」

「おぉいおいおい、お前の働いてた工場はどこにあんだ、ってことだろ」


 男は、下を向いていた俺の顔を無理矢理上に向ける。

 俺が見たのは、朝焼けに包まれる森の中で立つ、男の姿。

 朝の光、工場で見た始まりの陽。

 まるで、男が見据える先だからこそ、あの太陽があるんじゃないか、と思える。



「オレが、お前の傷を引き受ける。工場を念入りにブッ潰した後、お前の友達を全員治療した上で無事に家まで届けて見せらぁ」

「そんなこと………………」

「できっこない、か?」


 俺が思わず零すと、男はこちらにゆっくりと振り向いた。

 そうだ、そのとおりだ。

 俺は知っている。

 監視員が凄く痛そうな刃物を持っていることや、少しでも歯向かえば指が一本落とされることを。

 俺は《犬精族》で、ただの亜人で、ただの魔人。

 目の前の男だって、俺と同じ魔人で、斬られれば痛いだろうし、殴られても痛いはず。

 ――――――なのになんで、男はあんなにくっきりと笑顔でいられるのだろう。


「………………安心しろ、我が名はマイスキー・エムルシン。人呼んで、《被虐魔王(マゾヒズム・サタン)》。この世に遍く全ての傷を我が身に喰らう事をこそ、至上の悦びとする者――――――お前の受けてきた傷、今こそ放り投げる時かもだぜ?」




 ◆◇現在◇◆


 それが、俺の始まりだった。

 俺にとっての原点にして至高、それがあの人、エムルシンさんだ。

 これまでも、そしてこれからも、あの日の出会いこそ、俺の人生で一番のものだと断言できる。

 あの後、一夜の内に工場を壊滅させたエムルシンさんの実力も信念も、当時の俺には眩しすぎたけれど。

 それでも、そうした眩しさこそが、エムルシンさんが人を引き付ける所なのだろう。

 誰よりも、自分が攻撃を受けること。

 誰かが痛みを負いそうになる時があるのならば、それは自分の出番だ、という精神性。

 全く、今の俺にもまだ眩しいものだ。

 ………………ぶっちゃけて言うと、キャラをマネするくらいには、俺はあの人のファンだ。


「クッソ、頭が痛ェ。なんだ、脱水か、それとも魔力欠乏か? 今日はほぼスキル使ってねぇし、水はさっき飲んだばっかだぞ………………?」


 昔のことを思い出しながら焚き火にあたっていたら、突然の頭痛に襲われた。

 何処かで感じたことのある感覚に疑問を持ちながら、俺は改めて地図を確認する。

 エムルシンさんに憧れて始めた放浪の旅、その道中では絶対に外せないアイテムだ。

 国境付近で販売しているこのタイプの地図は、マッピングは正確な上に危険な魔獣や魔物の生息域が現在どの範囲かまで示してくれる。

 ここまで便利な代わりに値段も通常の地図の相場の倍近くにはなってしまっているが、まぁ所詮金は命に変わるものではない。

 エムルシンさんの教え曰く、自衛の手段はまず敵を知る事。

 そのためには多少の出費は我慢してはいられない。


「まさか、この辺になんかいるのか? オレのスキルを掻い潜って? ンなまさか………………とは、言えねぇか。エムルシンさんも世界は広いって言ってたしな」


 地図が示すには、この辺りには危険な魔獣や魔物の群れはないようだった。

 この辺りで《忌》のような変異個体の目撃情報はないし、単独の魔獣や魔物が近くに居ても、俺の異能《敵手選定》の効果で近くまでは寄れない筈。

 本能に直接働きかけるこの異能は、自分よりも強大すぎる相手を近付けず、更に自身が非戦闘状態のときには全生物に働く。

 あくまでも自然に『そういう思考』になるよう促しているだけなので、《精神耐性》を持つ相手でも通じる筈。

 ………………しかし、エムルシンさんが教えてくれた通り、この世界に不可能や確定している要素などは存在しない。

 変色していた腕が元に戻ったり、攻撃されればされるほど自分が有利になったり、異能が使えないと思っていた魔人にも使える異能があったり。

 そうして考えると、この頭痛は恐らく、《敵手選定》が警戒網を突破してきた生物がいることを教えるアラート。

 以前訪れた《民と美食の国(オーヴァエィト)》での《敵手選定》獲得訓練の時に教えられた感覚だ、間違いない。


「………………こっちか」


 頭の耳で聞こえる微かな葉擦れの音、そして勘を頼りに草むらに近づいた。

~( `ϖ´)地味に色々と情報出したかな?


~( `ϖ´)《被虐魔王》………一体どんな性格なのだろうか(なお名前通り)

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