二十三匹目 ~( 優しさの動機《前編》 C・>
~( `ϖ´)<ちょいシリアスめ
《天暦※※※※※※年 二月 二十日 PM1:00》
木々の間を駆け抜け始めて、どのくらいの間が経っただろうか。
後方からは、依然として草を掻き分け進む声が聞こえる。
左手首にかけていた巾着袋から周辺の地図を取り出し確認したところ、目的地までの距離は、およそ三キロ。
このペースなら、あと数十分で到着できる。
安心したのか、小川を飛び越えながら私は少し昔のことを思い出していた。
~( * * * C・>
いつものように、私は目を覚ます。
「あの子、あの後大丈夫だったかな」
昨日の酒場の帰り道、腸詰を分けてやった子犬のことを気がかりにしながら。
結構人目に付くところにいたのに、そいつは大けがをしていた。
あんまりにもむごかったので少し恵んでやったのだけど。
私の持つ異能の一つでそいつのウィンドウを確認したら、そこにはしっかりと【レッサードッグ】の名前が記載されていた。
町中にいたことから考えると、そいつはきっと変異種のパターンで、普通の動物から魔物になったヤツだ。
普通、魔物は魔物からしか生まれることはない。
だけど、時折そのパターンではなく生まれてくる魔物が居る。
そうなる理由の一つが、突然変異によって通常の動物から生まれる変異種である場合だ。
変異とは、地脈や空気中の魔子が濃い時や、魔物になるのに十分な魔力が親の体内にある時などになる現象だ。
姿は親の種族に近くなるのだが、種族名はしっかりと魔物のモノになる。
というか種族名が記載される。
そうなった場合、野生の動物の多くは、子供を捨ててしまう。
とりわけ犬は縄張り意識、身内意識が強い。
自分達の生活の中に異物が入り込んだとしたら、間違いなく排除しようとするだろう。
魔物は普通の動物よりも生命力や身体能力が桁違いに高いため、死ぬことは無いが.........それにも限界がある。
親の群れの縄張りを抜けるまでは、容赦の無い攻撃が浴びせられる。
「自然の摂理、ってやつかなぁ」
生物に対してあんまり感情移入し過ぎると良くないと言うのは、今は亡き母の言葉だったか。
何にせよこれ以上、あの【レッサードッグ】の子供には関わらないようにしよう。
昨日の夜に買ってきたパンと腸詰めを袋から取り出す。
そして私の魔法で火を付けて、フライパンの上で軽く焼き、サンドイッチを作る。
これでも炎とかは結構得意な私である。
なるべく多めに作って、お腹が空く昼用にカバンに詰める。
そうして着替えや寝癖直しなど諸々の支度を済ませ、近頃立て付けが悪くなったと感じる扉を開けて外へ出た。
朝の香り、爽やかな匂いを胸いっぱいに吸い込んで、一歩を踏み出すと、
「ギャン!?」
「.........居たの」
汚れた黒毛の子【レッサードッグ】がそこに居た。
というか蹴っちゃった。
よろよろと起き上がるその子は、確かに昨日出会った子だ。
「あ、じゃない。ごめんね、蹴っちゃって」
「クゥーン」
「.........ごめん分かんないや」
「クゥーン」
そう鳴きながら、子【レッサードッグ】は私の足首をぺろぺろと舐める。
どうやら大丈夫そうだけど、よく見たら頭から少し血が滲んでいる。
ただ、私が今つけてしまった傷にしては血が乾いているような気がする。
きっとあの後、誰にも治療してもらえなかったのだろう。
「私のせいかもだし、治療してあげよう。こっち来て」
「クゥ?」
そうして、私は怪我した子【レッサードッグ】を連れて家に入った。
私の遅刻が確定した瞬間だった。
~( 三週間後 天暦※※※※※※年 三月 C・>
その日も私は普段通りに目を覚ました。
夜のうちにいつの間にかベッドの中に入ってきているあの子【レッサードッグ】を引きずり出し、起き上がる。
まずは顔を洗おうと洗面所に向かったが.........途中で今日の分の餌を用意し忘れた事に気付いた。
普段ならば前日の夜までには色々と準備を済ませておくのだが、昨日は少し疲れていたので忘れてしまっていた。
とりあえず顔を洗って覚醒し、着替えて外へ出る。
まだ眠っている子【レッサードッグ】を起こさないようにしながら。
私は朝が好きだ。
特に春の朝が良い。
春は若干肌寒くなるが、運動していて気持ちいいくらいの気温なので、走る時にちょうどいい。
今の私のように。
この時間は特に気持ちが良く、街も活発に動き出す頃合いだ。
「おはようございまーす」
「あぁ、おはようさん。今日はまたいつもよりも随分と早いじゃないか? なにか仕事でトラブルでも?」
「あはは、そうだとしたら怖いですけど、そういうわけじゃないんです」
路地の角のリュシーさんはとても気のいい人で、この街に暮らす人のことを家族のように感じている人だ。
最近は不慣れなペットの世話をサポートしてもらっている。
「おぉ! おはようソフィーちゃん! 今日は気持ちがいいねぇ! ところで何しに行くんだい!?」
「はい! ちょっとそこまで、朝ごはんの買い出しに!」
「ガハハ! バッカヤロー、そういうのは日が沈む前にやっとくもんだ! 次からは気を付けな!」
「はーい!」
今の人は通りの入口の本屋の店主、ジャコブさんだ。
豪快な人で、とても理知的なイメージはないけれど、とても優しくて、いつも私に必ずひとつアドバイスをくれる。
「.........む? そこにいるのは......ソフィーさんですか。朝から元気ですね」
「おはようございます。先生も元気ですね!」
「ええ、まあ。朝からへこたれているようでは、とても教師は務まりませんから」
この人はレイナルド先生。
街の教会で子供たちに読み書きを教える人だ。
皮肉にとられがちな言葉と野暮ったいメガネが災いして子供たちに嫌われているが、悪い人ではない。
「今日もみんな元気だなぁ.........」
「ワン」
いつも通りの道、いつもの時間。
普通の人のように私に接してくれるみんなのことが、私は大好きだ。
それでも、最近はいつもと違うことがあった。
それは.........
「あれ!? ついてきちゃったの!?」
「ワン」
私に並んで一生懸命走る、漆黒の毛を持つ子【レッサードッグ】だ。
家を出る時に起こさないようにしていたのだけど、目が覚めちゃったみたいだ。
「ワンワン」
「えーっと、どういう意味なのかなー?」
「クゥーン」
「.........うん、やっぱり分かんないや」
分からない。
どうも私は、他の生き物の気持ちを汲み取ることが致命的に下手なようだ。
今までの人生、そういうことを考えることが無かったから、当然かもしれない。
でも、やっぱり勿体ないな、とは感じる。
「その子、もしかしたらソフィーさんに置いていかれたのが寂しかったんじゃないですか?」
「え?」
必死に意思の疎通を図る私たちに声をかけてきたのは、今日の目的地である食品店の三代目店主、アトキン君。
人一倍他人や生き物に優しく、子【レッサードッグ】もよく懐いている。
「あー、そうかも。最近はどこに行くにも一緒だったからなぁ」
「あまりその子を心配させないようにしてくださいね」
「ワンワン!」
「はい、待ってますよ」
「え、ちょっと待って、今しれっと会話してなかった!?」
驚き取り乱す私をよそに、二人(一人と一匹?)はにこやかに話を続ける。
朝日がようやく建物から顔を出した。
私は昔のことを思い出す。
昔、親に言われたこと。
生き物の世話をして、守り、育て抜くこと。
その事の重みや苦しみを、私はまだ知らない。
~( 天暦※※※※※※年 四月 C・>
目を覚ました。
普段通りに顔を洗って覚醒し、普段通りに朝ごはんを食べて、普段通りに着替えをした。
何の変哲もない、そんな日々。
「ワン」
「ああ、君にはこの腸詰めをあげよう。昨日の夜に買ってきたばかりで、新鮮な逸品だよ」
「ワンッ!」
夢中で腸詰めをハムハムするこの子【レッサードッグ】も、私の生活の一部となっていた。
初めてあった頃は、周りの人や生き物に心を開くことは無かったけど、アトキン君やリュシーさんなどの暖かい人のおかげで、それなりに柔らかくなってきた。
本当によかった。
私がこの子をじっと見つめていると、やがて私の視線に気づいたようで、肉の欠片が付いた顔を上げる。
「クゥーン?」
なんだか妙に気恥ずかしくて、ぷいと目を逸らしてしまった。
すると、
「クゥーン」
「あ、今のは私でもちょっと分かる気がする。心配してくれたのかな?」
「ワンッ!」
「.........うん、やっぱり分かんないなぁ」
状況からの推察くらいならば可能だけど、そこに意思が絡むと肯定や否定のニュアンスも分からない。
それが私のコミュニケーション能力の限界点だった。
私が大丈夫そうなことを確認したら安心したのか、子【レッサードッグ】はまた食事に戻った。
.........この子はかなりマイペースなようだ。
「慌てないでねー」
「ワフッ、ワフッ.........」
「あ、多分聞いてないや」
そして私は立ち上がって、出かける支度をするのだった。
「ワフッ!」
「? どうしたの?」
「ワンワン!」
皿の上を見るにもう腸詰めを食べてしまったらしく、私を急かすように前足で扉をかいている。
ええっと、確かあれは前にアトキン君に教わったことがある気が.........
「ああ、そっか、今日もパトロールね。行ってらっしゃい」
「ワンッ!」
そう、パトロールである。
最近のこの子は、街の中を一人で散歩して見回りをしている。
その行為に一体なんの意味があるのか、私には分からない。
アトキン君が言うには、「きっと僕達のことを護ろうとしてくれているのではないか」という話だったけど。
「じゃあね、気をつけていってきてねー」
「ワンッ!」
そうして、子【レッサードッグ】は歩き出した。
すぐそこでリュシーさんに構われて嬉しそうにしているのを確認した私は、準備に戻った。
.........それから、何日経っても、あの子【レッサードッグ】は、私の元に帰っては来なかった。
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