ギルファルム・下
ギルファルムが吐き出した風のブレスを寸でのところで躱し、プロトの銃弾を五発浴びせる。しかしながら、それが効いている様子もなく、ギルファルムは悠々と獲物を眺めている。
「参ったな……自分で身体を動かすのがここまでしんどいとは」
ゲームではどれだけ無理に身体を動かそうが、疲れることはない。が、リアルでは違う。息切れもするし、疲れも溜まる。無茶な行動は出来ない。制約が厳しすぎるのだ。その状態で、ゲームと同じ状態のギルファルムと戦えと言われいるのだから、それは厳しいのも当然だ。
おまけに、武器も初期装備のRE:プロト。弾薬はガンナー職の基本スキル、『魔弾生成』で増産出来るが、MPが尽きれば不可能。『魔弾生成』でのMP消費量を抑える『効率強化』は現段階ではまだ習得していない。
銃を撃ち、弾を造るたび、段々と身体が重くなっていく感じがする。これがMPが減っていく感覚ということか。そういうのがあるから、厄介なのだ。
『GRRRR……OOOO!!!!』
「がッ……」
ギルファルムの巨大な右腕が振り払われ、僕を横殴りにした。木の幹に叩き付けられて、骨が軋むような音がする。
痛い。ここまでくれば、もう夢だなんだとは言っていられない。これは現実だ。僕は、クードの世界に来てしまった。だとしたら、死ぬのは恐ろしい。
立ち上がり、プロトを構えた。だが、何発撃とうとも、それが効く様子がない。ギルファルムは、これ程までに硬かったか。ゲームでは少しずつでもHPゲージの減少が感じられた。だが、ここではそれが存在しない。一体今、どれだけのダメージを与えられているのか、それが分からないから、終わりも見えない。
せめて、ロードオブガンナーがあれば。あれはガンナー職の暫定最強武器。ここに来る前にあれが出たのは覚えている。あれさえあれば、ギルファルムを倒すことも出来るだろうに。
「ああ、無い物ねだりは駄目だな……くそッ」
なるべく村から遠ざけるべく、反対方向へ走る。後方から風のブレスが飛んでくるが、それも、何とか躱す。今の目的は倒すことではなく時間を稼ぐこと。それだけを考えるべきだ。
(来い……こっちだ)
挑発するようにギルファルムの頭部に銃弾を撃ち込む。怒り狂ったギルファルムは、それだけで簡単に釣れた。こっちへ向かってくる。そうだ、それでいい。
息を切らしながら、森の中を駆けていく。森の構造は把握してはいるが、マップが無いのと、後は、実際に走るのとで、色々と感覚が違う。村と真反対に進んでいるつもりだが、果たして合っているかどうか。
「くっそ、スキルが何も無いって、チュートリアルだからって舐めすぎだよ、本当……!」
振り向きざまに両方の銃で計八発放ち、シリンダー内に直接『魔弾生成』のスキルで弾を造る。レベルが上がれば攻撃スキルも覚えられるが、ゲーム通りにいくのなら、今はレベル一。基本パッシブスキルである『魔弾生成』以外のスキルは何も無い。
ガンナーはクードオンライン内でも屈指の高難度職とされている。それは、他の職に比べて序盤の攻撃スキルに乏しいのと、プレイヤー自身の能力が必要なこと。それから、序盤の攻撃力の低さに起因する。故に、チュートリアルダンジョンの『はじまりの森アラタ』を突破するだけでも、それなりに困難な道のりといえる。
それを、現実でしようと言うのだから、無茶にも程があるというものだ。
「うおっ」
今度は後方から、捻れたようなブレスが飛んできた。回転しながら飛んでくるそれに引き寄せられそうになるのを、必死に踏ん張る。そういえば、そうだった。ギルファルムの行動パターンなんて、もう忘れてしまっていたが、こんなものもあった。
それを隙と捉えたのか、ギルファルムが大きく跳躍する。そして、大きな腕部を下にして、そのまま、僕の頭上から降ってきた。
「ま……ずいっ!」
ふっと力を抜き、ブレスに引き込まれる。そうしてギルファルムの直撃を避けることは出来たが、渦巻いていたブレスが全身を襲って、引き裂かれる。
「うっ……いっつう……」
やっぱり、痛い。ゲームでは決して感じることのなかった痛み。それでもやるしか無いのだと自分に言い聞かせて立ち上がろうとして、膝から崩れ落ちる。
不味い。足が動かない。ずっと動き回って、ちまちまとダメージを受けて、今の攻撃で限界を迎えたのか。HPという概念がまだ残っているかは知らないが、無かったとしても、体力の限界なのだろうか。
(動け……もう少し、動いてくれ……)
足を殴りつけるが、痛いだけで、動く気配はない。これ程までに脱力した経験は今までに無かった。
『GRRRR……』
ギルファルムが鋭い牙をチラつかせながら、ヨダレを垂らし、こちらは近づいてくる。不味い。これは、非常に不味い。時間を稼ぐという当初の目的は、多分、果たせただろう。だけど、ここで死んでしまう。レッタの代わりに食われて死ぬのだ。
死にたくない。今はまだ。だって、見えたんだ。可能性が。システムに阻まれて何も出来なかったゲームとは違う。ここでは、システムの阻害は存在しない。僕は、変えられるんだ。
なのに、ここで死んでたまるか。生き延びて、変えたいんだ。
————コツン
ギルファルムのこめかみに、石ころが命中した。それを投げたのは、あそこにいる少女だろう。
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫ですかっ!」
「レッタ……なんで、戻ってきたッ!」
そこにはレッタがいた。息を切らし、転びながら走ってきたのか、頬に土がついている。服も所々破け、そんな状態で、ここに戻ってきた。
何故、ここに戻ってきた。折角、レッタが死ぬというシナリオを書き換えられたと思ったのに。なのに、何故。
「レッタ……逃げろ……!」
「い、嫌です! 何もしないで逃げるなんて……!」
その台詞には、聞き覚えがあった。レッタの最期の台詞に続いていく言葉だ。
……待ってくれ。そこから先を、言わないでくれ。
「み、見ず知らずの人ですけど、死んじゃダメです!」
「頼むから、逃げてくれ……!」
崩れ落ちたまま、銃を握りしめ、その口をギルファルムに向ける。何発も何発も放つが、ギルファルムは目の前のひ弱な獲物に目を付けたのか、こちらを向こうともしない。
一歩、二歩。ギルファルムが、レッタへと向かっていく。怯えながら、でも、力強い眼差しでギルファルムを睨む彼女。覚悟を決めているのか、それとも、竦んで動けないのか。或いは、その両方か。
「逃げろ、レッタ!」
「嫌ですっ!」
それは確か、レッタが死ぬ直前に放つ、最期の言葉だ。だとするならば、もう、変えられない。
本当に、変えられないのか。
ゲームのシナリオは、ゲームの制作陣の誰かが書いたものだ。だから、基本、一プレイヤーがそれを変えることなんて出来ない。
だけど、今は違うだろう。力はない。だけど、僕はここにいて、運命を変える権利を持っている。
ならば、為すべきことは一つ。
レッタを……助ける。
「ギル——ファルムッッ!!」
突如、凄まじい衝撃波が放たれた。それの主は、僕だった。
流石の奴もこれには驚いたのか、レッタへ歩む足を止め、こちらに振り返る。その目に映ったのは、白いオーラを纏った僕の姿。
僕自身も驚いていた。この白いオーラ、一度だけ見たことがある。運営の公式サイト。新武器実装の際に公開されたデモムービー。そこでガンナー職が放っていたオーラが白。
つまりは。
「……ロードオブガンナー」
宙に、そいつが浮いていた。
真っ白なリボルバー。所々に入った青い装飾と、片手銃にしては大きめなその銃身。クードオンライン時代に取得したそれが、今、僕の目の前にあった。
プロトを腰のホルダーに戻し、ロードオブガンナーを手に取る。それは不思議なほどしっくりと手に馴染み、そして、その使い方を脳に直接叩き込んでくる。
『OOOOOOOOO!!!!!』
大きく溜めて放たれたギルファルムの咆哮。チュートリアルボスであるギルファルムが持つ最大ダメージの攻撃で、レベル一のプレイヤーならば、一部職業を除き即死。
しかし、オーラがそれを弾く。ロードオブガンナーの特性能力その一、『オーラシールド』。十秒に一度、ダメージを一度に限って無効化するオーラを展開。色は、白。
「……いける。レッタ、離れろッ!」
「は、はいっ!?」
「巻き添え食らうぞ、早く!」
叫ぶと、レッタは返事をしてロードオブガンナーの射線上から大きく離れた場所に避難する。先程までレッタに集中していたギルファルムも、今はこちらに釘付けだ。
『GROOOOOOOOO!!』
風を纏って突進してくるギルファルムに、一発、銃弾を放つ。ギルファルムはそれを避けなかった。
『GR……GRROOO!?』
だが、それがいけなかった。雑魚だと油断して避けなかったその銃弾。ロードオブガンナーの特性能力その二、『拘束弾』。三分に一発のみ装填出来る特殊弾で、命中したものを十秒間行動不能にするという壊れ能力。
十秒という時間は短い。並の火力ならばギルファルムを倒すには足りないだろう。でも、今はこいつがいる。
銃全体に施された青い装飾が輝きだす。そして、銃口から、白い光が溢れ出した。
「残念だけど、ここでお別れだ、ギルファルム。お前にレッタは殺させない」
銃口を奴に向け、引き金に指を添える。
特性能力その三、『ロードオブガンナー』。自身の全MPを使って敵に特大ダメージを与える能力。今の僕はレベル一。だけど、全MPを使って装填した銃弾ならば、ギルファルムを討伐することも可能だろう。
さあ。ここが運命の分岐点だ。こいつを倒して、レッタを救う。救ってみせる。
『GROOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
「撃ち抜けぇぇええええッッッ!!!
巨大な白い閃光が、ビームのように、銃口から放たれる。それは少しもブレることはなく、ギルファルム目掛けて伸び、そして、その巨躯を撃ち抜いた。
その一瞬のエンディングを見届けた僕は、全MPが消費されたことによる反動で、意識を手放した。