前編
※設定を間違えたので、再投稿です。
レイアウトは、ネット小説仕様ではありません。
15タグを付けているのでご注意を。
「お前は本当に可愛いな」
わたしの返事を聞いた翔は、そう言いながらニヤリと左の口角だけを上げるいつもの笑い方をして、わたしを右腕で引き寄せた。
少しだけあった距離がゼロになる。
見上げればギラギラと輝く翔の眼が見えて、ちょっぴり怖いのにゾクゾクしてうっとりしてしまう。
顔がゆっくり近付いてくるから、少し頭を右に傾けて眼を閉じて。
次の瞬間には左の首すじに翔の唇や歯の感触を感じるのが、くすぐったいのに、少しドキドキする。
痕は全く付かないけれど、甘噛みやキスを繰り返される。
わたしには何が良いのか分からないけど、翔曰く「凄くそそられる」らしい。
その後真顔でどんな風にそそられるのかを語り出した口は、30秒位で耐えられなくなって両手で塞いだ。
良い思い出というよりは、しょうもない思い出だ。
過去の1コマを思い出している内に、翔が手で束ねていた髪が離されて、背中で揺れていた。
眼を開けると、ギラギラの増した眼と、上がったままの口角から、少しだけ歯が見える。
髪を離してもそのまま添えられていた手に少し後頭部を押され、再び眼を閉じると、次は普通のキスだった。
わたしは、こっちの方が好きなんだけどな。
空気が足りなくなるからが理由じゃなくて、頭の中が段々ほわほわしていって、幸せを実感出来る。
最初は髪や背中を撫でている手を感じるけど、それも分からなくなっていって、ほわほわを通り越して真っ白になる頃、キスが終わった。
いつの間にか着ていたカーディガンが床に落ちていて、抱きすくめられていたけれど、今日も、いつそうなったのか分からなかった。
「いいか?」
聞かれてぼんやり頷くと、するりと横抱きにされて寝室へ運ばれる。
わたしはそんなに小さくも軽くもないし、翔はデスクワークをしてるのに、何でそんなに軽やかに動けるの?
つい悔しくなって軽く睨みながらぎゅってしたら、相好を崩した翔に、更に強く抱きしめられる結果になった。
違う、そうじゃない。
眼が覚めると、部屋は薄暗かったけれど、カーテンは陽に透けて明るくなっていた。
ベッド横の台に視線を滑らせると、時計は6時半になっていて、反対側を見れば、身体ごとこちらを向いて穏やかに微笑んでいる翔の顔。
とても優しそうでも、わたしの勘違いでなければ、満腹のネコ科の動物にも見える。
いつもはツンツンにセットしている金茶の髪の毛は、軽く寝癖が付いているけど、何も損なわれていない。
「ひーな、おはよう」
降ってくる起き抜けの少し掠れた声と、おでこに触れた唇の感触に顔が熱くなる。
開きかけた口を抑えてベッドから下りて、そのままトイレと洗面所に向かう。
逃げた訳じゃない。朝だから行くだけだ。
洗面所で鏡を見たけど、まだ顔が赤かった。
仕方ない。朝から破壊力は抜群だったのだ。
朝なのにどうしてなのだろう。
翔と暮らし始めて半年は経っているのに、いつになったら慣れるのかな。
何年も一緒に居たら、慣れるかもしれないし、慣れる前に翔が飽きてしなくなったり、……別れたりするかもしれない。
想像しただけで少し悲しくなったけれど、お陰で赤みは引いたみたいだ。
寝室に戻って翔に挨拶を返す。悲しかったのに、顔を見ていたら自然と笑顔になった。
「翔、おはよう。今日もよろしくね」
布団の上から抱き付き微笑みかけると、一瞬眼を丸くした翔が、口元を抑えて壁側に顔を向けて何かを呟いていた。
小さすぎて聞こえない。
「重かった?」
心配になって聞いてみたけれど、違ったみたいで、指をさされた時計を見ると、何故か7時になっていた。
洗面所で考え事をしていたせいだ。
「着替えた方が良くないか」
無言で頷きつつ、タンスとクローゼットから急いで服を出していく。
「今日は俺が作るから」
わたしの頭を軽く撫でながらそう言って、台所に向かう翔の背中を、申し訳なさと有り難さを感じながら見送る。
手だけは動かす。
遅刻したくはないし、食事もしっかり摂りたい。
身支度をして兼用リビングに向かうと、既に殆ど準備が終わっていた。
その手際を分けて欲しいなと思いつつ、食器を出して牛乳やジャムの瓶と一緒に並べていく。
わたしの大好きなふわとろオムレツと一緒に、ベーシックサラダやトースト、ゴールデンキウイが盛り付けられている。
ドリンクはノンシュガーのカフェオレ。
手を合わせて食べ始めたけれど、翔はまだだ。
わたしの後ろに立ち、髪を結い始める。
わたしだって髪くらい自分で結わえられるが、わたしがするとポニーテールになり、首すじが露わになるのに気付いた翔が自分の役目にして、今に到る。
因みに翔が結うと、後ろで1つに縛るのは同じなのに、邪魔にならない程度の緩さで首をふんわり覆う様に仕上げられる。
編み込みはその日の時間であったりなかったりだ。
自分の不器用さに落ち込んでいると、ひなも練習すれば出来ると言われたし、実際出来るようになったけれど、仕上がりはイマイチだったし時間が勿体ない。
首すじが見えない髪型よりもご飯が大事、と主張した結果、そのまま翔の役目になった。
部屋の中では下ろしているし、休日のお出かけは時間に追われないから自分でしている。
翔みたいな首フェチはそういないと思うけどな、と思いながら正面に座って食事を始めた翔を眺める。
待っていたくなるけれど、遅刻はしたくない。
手を合わせて、
「ごちそうさま、美味しかったよ」
頷くのを見て席を立つ。
食器は下げるけれど、洗うのはお任せだ。
出勤準備を終えて玄関に行くと、翔が待っていた。
「気を付けて、行ってこいよ」
「翔もお仕事頑張ってね、行ってきます」
言葉を交わし、わたしのジャケットが皺にならないように、軽いハグ。
さて、お仕事だ。
読了ありがとうございます。
本当はそのまま翔視点だったのですが、色々な意味で話にならなかったので、ひな視点にしました。