新しい概念
すでに強い勇者がこちらに向かっているかもしれない。
そういった話を聞いて、俺は考えながら、
「それでフィリ、その強い勇者とやらは、何て名前なんだ?」
「……勇者インガ。この世界の勇者の一人で、その圧倒的な強さと容赦のなさ、そして素行の悪さから“悪辣なる使徒”とも呼ばれています」
「能力は?」
「……それがよく分かっていないのです。炎を生み出したかと思うと氷の刃を作り上げて……といったように変化自在の能力者ではあるようです。ヒロの能力と似ているかもしれませんが、同じ能力が発現するとは思えないんですよね。今までに同時期に同じ能力を持っていた勇者と魔王がいましたが、炎を操る能力といった単純な物でしたし」
「俺の能力はそんな珍しいものなのか?」
「当然です。何をどうしてそんな奇妙な能力になるのか……特に異世界から連れてきた人物は、変な能力がある事もままあるのですが、この世界の人間にそういった変わった能力があるのは珍しいですね」
「実は勇者インガは異世界人といった落ちではなく?」
俺がそう聞き返すとフィリは首を横に振る。
そして、
「彼は邪悪な村で育った人物で、その村人をある時勇者の力に目覚めて全滅させた、といった過去があります」
「そうなのか? 邪悪な村って……」
「この世界の闇の一つ。私もその村については全てを知っているわけではありませんが、なんでも人体実験を行っていたといった話もあります。その時に彼、勇者インガは能力に目覚めたともいいます。そしてその村は実は、とある王国の実験場でもあったといった話があります」
「その王国は?」
「すでに“常闇の魔王”によって消滅しています。かのものの領地の一部に併合されて……風のうわさでは、あまりよろしくない状態になっているとかいないとか」
そこまで言ったフィリが、それ以上は言わない。
なんだかんだ言ってフィリ自身はこの世界の“闇”の部分を俺に話したくはないのか、それとも話すのも気色の悪い何かがこの世界にあるのか。
だが、俺も俺でしっかりしないとフィリにも迷惑が掛かってしまうかもしれないなとは思う。
フィリ自身も危険にさらしてしまうかもしれないし。
などと考えつつも、とりあえずは強力な結界を張るのはいいとして、
「それでその勇者インガは“常闇の魔王”と結託しているのか?」
「……え?」
「だって出来過ぎじゃないか。魔王が来た後、そんな強い勇者が来るなんて」
「まさか! 魔王と勇者は敵対する者です」
「それは、“誰”が決めたものなんだ?」
そう問いかけるとフィリは黙ってしまった。
この世界の常識では勇者と魔王が結託はあまりないようであるらしい。
最近、魔王と勇者両方がそんなに敵対しないものも読んでおいてよかったなと俺は思った。
とりあえずその可能性も視野に入れるとして、話はそれで大体終わった。
だから今度、折角なので俺は、新しい概念をフィリに注入すべく、
「そういえばお姉様も生きていたわけだし、人間の都市とか俺、殲滅しなくていいんじゃないのか?」
「いえ、それとこれとは別です。全くヒロといいお姉様といい、どうして魔王なのに善人というか平和主義なのでしょうか。もっと覇権主義でもいいのに。世界を征服してやるぞ~とか。まったく、近ごろの若い人たちはハングリー精神が足りないと言いますが、ヒロはまさにその例ですね」
人の意識を変えるのはやはり難しいようだったと俺は痛感する。
そこで魔王上の制御室に辿り着いたのだった。