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翌朝、一の村も二の村も治める、領主、刻司八郎太武貞が、大軍勢を引き連れて、一の村にやってきました。村の衆は全員で出迎え八郎太武貞を文蔵の家へ案内しました。
文蔵は酒臭い父親に首根っこを掴まれて八郎太武貞の前に父親と母親とばあちゃん、あとぷーとしか言わない生まれたばかりの弟、太丸とともに、地べたに手をついて座らされました。
八郎太武貞には眉がなく顔は真っ白で唇は驚くほど赤く塗られ小さく歯は逆に真っ黒でした。
文蔵は鬼を見たときより、八郎太武貞を見て驚きました。が、ずぐに父親に首根っこを押さえつけられ平服させられました。
八郎太武貞は馬上からたずねました。
「そのほうが、鬼を見し童なるか」
「ははーっ、こいつは、とんだバカ息子でして、どうせ寝ぼけただけでございます、夢でも見たのでございましょう」
文蔵の父親が二日酔いの赤い目をギラギラさせ酒臭い息でそう言うと、また文蔵の頭を押さえつけ文蔵の顔を地べたに更にこすりつけました。
「酔ひし醜男には尋ねてはべらんや」
文蔵は鬼より、八郎太武貞の言っていることが理解できませんでした。
「このあたりを治めたるは、この甲斐守にして中空太志にして、兵部慰にして、中納言の子にして一郎太政貞の八子、八郎太武貞なるぞ、この八郎太武貞にまつろわぬ獣、妖かしの類など一切許されざることうべけんや、ありけんや、なりべからんや」
八郎太武貞はそう言うと首をカランコランとかしげました。京ではこういうのが流行っているのでしょうか?
そこへ、隣から、お竹が風に舞う木の葉のよう八郎太武貞の前に駆け込んできました、そして両手を付くや、昨晩見たことを全部滔々と喋ってしまいました。これで、二度目になります。
そして、お竹は最後にこう付け足しました。
「文蔵は雀の歌を歌いました、どうか、この文蔵を鬼からお守りくださりませ」
これは、お竹の良心から発していることが事態を更にややこしくしていました。文蔵の父親はお竹を獣でも見るように睨みつけて言いました。
「このバカ娘もうちのガキと一緒に夢をみたんでさぁ」
すると、隣から、お竹の父親がお竹より早く、川の急流のように飛んでてきて、文蔵の父親をぶん殴りました。村長に鬼のことを告げたのはこのお竹の父親だったのです。
「てめえ、この酔っぱらいが、いつも朝早くこっちが働いてるころにぐーぐー寝やがってちょっとはてめえの田や畑の畑仕事しやがれ、てめえんところの畑に生えてる雑草から種がいっぱい飛んで、村中みんな迷惑してるんだばかやろう、それをおれがてめえの畑のぶんまで抜いてやっているだぞ、それを人の娘まで馬鹿呼ばわりしやがって」
お竹の父親はもう一発、文蔵の父親を殴りました。日頃の恨みが相当溜まっているようです。これも、この一の村の隠れた真実でした。
八郎太武貞は、困った顔をしましたが、見かけほど困ってはないようです。
「誠なりしか、この童、雀の歌こそ歌ひけれ」
「こいつは、こんなくだらん歌をいつも歌っているんです、どうかこんなことでお手を煩わせられることなきように、、」文蔵の父親は唇を切りながらもごもごそう言いましたが、それより早く、文蔵の両脇から薙刀の刃が目の前に差し出されました。
文蔵は仕方なく、雀の歌を歌いだしました。
「「親雀が二羽でチュンチュン、、、小雀が四羽でチュンチュンチュンチュン、孫雀、、が、、」
文蔵は刃に脅されてか、孫雀の鳴き声適当に歌いました。
すると、文蔵のボロ家の裏の林から鬼の声がしました。
「チュンチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュン」
その場に居る全員が、林のほうを見ると、立ち小便でもし終えたかのように鬼が平然と出てきました。
紛うことなき、鬼です。
「ぎゃあああああ」
あたりは、大変なことになりました。一の村の女子供は、泣き叫び、男達まで慄きました。八郎太武貞の郎党も薙刀の鞘をお互い、びしびし当てあいながら、怯えています。 八郎太武貞の馬でさえ、たちあがり、いななきました。
「静まれ、静まれ」
八郎太武貞が、みなを制しました。
文蔵一人はその場の皆より、もっと驚いていました。鬼が前より人間らしくなっていたからです。角はまだありましたが、目の玉には以前と違い白目がありました。そして皮膚の色も文像と同じ色に。それより、文蔵は鬼の顔がちょっと自分に似てきているような気がしました。
これは、文蔵だけが知っている秘密でした。
「これ、鬼。ここに侍りしは八郎太武貞なる甲斐守にして、中空太志にして、兵部慰にして、中納言の子にして一郎太政貞の八子、、、」
八郎太武貞の自己紹介には時間がかかります。
その間に鬼はスタスタ文蔵の方に歩いてきます。
「こっちに来るんじゃねぇ」
文蔵の隣りにいた文蔵の父親は腰にを抜かしてしまい逃げられません。お竹の父親はその文像の父親にすがりつき、鬼だ、鬼だと悲鳴を上げています。
「チュンは八回です」鬼が言いました。
その間も八郎太武貞の自己紹介は続いていましたが、漸く終わりました。
「あっ、この八郎太武貞が、鬼退治ーっ」
そして、言い終わるや、首を左右にかしげカランコロン。この動作、偉い人の間では流行っているかも知れません。
文蔵がちょっと自分に似た鬼に言いました。
「早く逃げないと、殺されちゃうよ」
「誰にですか」
鬼がたずねました。
「みんなに」
「このような権力と武力を集中して保持する封建領主など大丈夫です」
「ホウケンリョウシュ?、それって唐の国から伝わった四文字熟語?」
「あなたは、この星の平均的な生き物に比べても若干かしこいですね。中国を起源とする表意文字が四文字であること以外類似性は全くありません。ある地位についている人間ををさす名詞です」
「メイシ?ご飯のこと?」
文蔵と話しをしながら、鬼は八郎太武貞のほうをちらっと見ていました。
これで、八郎太武貞その人自身が鬼に立ち迎えば、今伝わっている桃太郎のお話は変わっていたものになっていたかもしれませんが、八郎太武貞はそういう人ではありませんでした。
「者ども、矢を射らへ給え」
三人引きとか五人引きとか言われる弓矢を持った大弓を持った弓兵が矢を番え放つのと鬼が巨大化し脛の部分の皮膚を固くするのは同時でした。
鬼は小山ほどの大きさになると固くした脛の皮膚で矢を全部弾き返してしまいました。
刺さらなかったり折れた矢が文蔵やお竹、と抱き合って悲鳴を上げている二人の父親の上に降ってきました。
避けるのに大変です。
鬼が大きくなったことで、場は更に混乱を極めました。村のものほぼ全員が悲鳴をあげ逃げ惑っています。
「お助けを」
「末世じゃあ、、」
皆口々に勝手なことを言って村のあぜ道を西へ東へ北へ南へと逃げ惑っています。これもこの一の村の紛うことなき真実でした。
柴を狩りに峠まで来ていた二の村の者も大きい鬼の突然の驚き二の村のほうへ駆け下っています。
八郎太武貞とその軍勢だけがどうにか踏みとどまっていましたが、もう組織的な抵抗を
試みる余裕も気概もありませんでした。
大きさは自然界における生存の法則の第一位でした。大きさは絶対です。獣である生きとし生けるものみなそれにしたがいます。
八郎太武貞の軍勢も従います。
大きくなった鬼は、文蔵を運んだように八郎太武貞の直垂の首根っこを掴むと更に、もうちょっと大きくなって四の村まで八郎太武貞を運ぶとそっとおきました。
この星で殺人は多数起きていましたが、実際に起こると面倒なことに成ることを鬼は知っていました。だからそっと置いたのです。
そして、鬼は一瞬で元の大きさに戻りました。いや、違いました。文蔵の脛の丈ぐらいの背丈になってしまいました。
「間違えました」
文蔵が屈んで鬼を見ると、鬼は一瞬でもとの人の大きさに戻りました。
「間違えるんだ、」
文蔵が言いました。
「はい、誰もが間違えます」これは、この星だけでなく、宇宙全体での完全なる絶対理論かしれません。




