火迺要慎
愛宕神社の火伏せのお札には“火迺要慎”と書かれています
これは何年か前に友人から聞いた話である。
――ほら、うちの近くに洋食屋さんあったやろ? 何年か前にやめてしまわはったけどな。仕事が遅ならんうちに帰れたときはちょくちょく寄って晩飯喰っとってん。そん時も帰りしに寄って、カウンター席で飯喰っとったらな、店のおばちゃんに「今日、ちょっと不思議なことがあってな」て話しかけられてん。
「最近できた、あそこのマンションあるやろ。お昼に火災報知器が鳴ってな、ちょっとした騒ぎになったんよ」
あっこら辺は道も狭て古い木造住宅が密集しているとこやろ。たぶん一時的に消防車で封鎖されたんちゃうやろかなぁ。
「まぁ火災報知器の誤作動か何かやったみたいで、特にナンもあらへんかったらしいけどね」
まぁ誤作動やったら、そうめったにはあらへんけど「不思議なこと」いうほどでは無いわな。
「それがやね、あの場所、覚えてる? 去年火事があったところ」
そう言われて思い出したわ。元は古い木造住宅があって、住んではったお婆さんがその火事で亡くならはったはずや。あんときは夜遅くになっても付近が封鎖されとって、家帰るのに大回りせなあかんくて難儀したわ。
「そうそう。ちょうど1年前やろぅ。せやからみんな『あのお婆さんが火の元は気ぃつけぇやぁって出てきはったんかなぁ』なんて言うてはるわ」
それで? と彼に続きを促したが、
「いや、この話はこれで終わりなんや。特にこれといったオチがあらへんのが、こうアレやけどな」
などと言うあたり、生まれつきでは無いにせよ関西在住が長くなるとオチが無い話はどことなく落ち着かないらしい。
「まぁホンマにちょうど1年やったんかとか、そもそもホンマに報知器が鳴ったんかとか知らんけどな」
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【2階建て住宅で火災 焼け跡から女性の遺体】
14日午後8時25分ごろ、A市B町の無職Cさん(83)方から出火、木造2階建て約70平方メートルを全焼し、焼け跡から女性一人の遺体が見つかった。警察は、遺体はCさんとみて身元の確認を急ぐとともに出火の原因を調査している。
現場はA市の中心部で住宅密集地。消防車など約20台が消火にあたり、現場は一時騒然となった。
(200X年10月15日 D新聞)
フィクションですので実在するあれやこれとは無関係です。念のため。