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Optimization -幸せにしてあげる-  作者: kouzi3
第1章 アタシの仕事
7/10

(7) 眠り姫と呼ばないで

・・・


 「おい。アキラ…。ちょっと、こっちへ来い」


 企画開発部総合開発室の主任主査の緒上が、営業部の執務室に顔を覗かせて扉の外から山下を手招きした。


 企画開発部と営業部はそれほど良好な関係にないため、このように緒上がこの部屋に顔を出すことは極めて異例なことだ。

 だから、営業部の面々は、何事かと興味深げに緒上と、その緒上に呼ばれて…ノロノロと廊下へと出て行く山下の背中を窺っている。


 扉の手前で気怠そうに姿勢を崩して立ち止まる、山下。


 「…珍しいですね。先輩が営業部にまで来るなんて。何ですか?…あ。手短にお願いしますね。僕、昨日もテストで…あんまり寝てないんですよぉ」

 「いいから、早くコッチへ来い。それから…ここで『テスト』とか言うな。守秘義務違反だぞ!分かってるのか?…ここじゃぁ、出来ない話だから…談話室へ行くぞ」


 何の配慮も見せずに喋る山下に対して、緒上は小声で囁くように…そして早口に言う。

 それから、緒上は素早く営業部の執務室内に視線を巡らせ…安藤寧子あんどう・ねいこが不在であることを確認した。


・・・

 

 談話室は、営業部のあるフロアーよりも1階上にある。

 緒上は、山下の方を振り返ることもなくズンズンとエレベータ・ホールの方へ進んだ。


 「あぁ…先ぱぁ~ぃ。待ってくださいよぉ…」


 そう慌てた様子でもない寝ぼけた声を上げ、緒上を追って営業部を後にする山下。

 仕事に専念しているふりで、緒上と山下の様子を気にしていた主任の山田と同僚の佐藤は、山下が出て行った扉が閉まると…


 「なんだ、ありゃ?…いつから企画開発部とうちは、あんな昼休みの中学生が別のクラスの友人を呼びに来る…みたいな仲良し関係になったんだ?」

 「…お前…喩えが長ぇ~よ。山下って、ここへ配属になる前は企画開発部にいたらしいぞ。全然、そんな風には見えねぇけどな?」

 「ってことは…アレか!?…山下の野郎は…企画開発部のスパイか!!」

 「はぁ?…あんな昼行灯どころか…燻ってる炭火みたいな奴がか?…役に立つわけねぇだろ?…っていうか、俺たちが企画開発部をスパイするなら分かるが、アッチが営業部をスパイする意味なんてねぇだろうがよ」

 「ま…それも…そうか」


 いくつかのグループで、大方似たような話題を小声で囁きあっている。

 そんなことをしていれば、当然、課長の小原に叱られる。


 「そこ!…無駄口は止めなさい。まったく、山下君も無断で…困った子ね…」


・・・

 

 だが、小原がそう呟きながら視線を向けたのは、扉でもなければ山下のデスクでもなく、空席となっている寧子ネイの座席だった。


 「西村さん。…安藤さんは?」

 「あ。さっき、ちょっとお手洗いに行くって。でも…そう言えば少し…長いですね?」


 小原の問いに、寧子ネイの同僚の女性が首を傾げながら答える。

 小中学生では無い大人の会話なので、当然、トイレが長い…からと言って…寧子ネイがそこでどちらの用を足しているか…などという下世話な会話にはならない。

 まぁ…小原と西村は女性同士なので、言葉にしなくても女性特有の様々な事情についてはその想像を共有できるのだ。

 しかし…


 「安藤さん…今日は、朝から少し顔色…悪かったわよね?」

 「え?…そうでしたっけ?」

 「…気づかなかったのなら…良いわ」


 小原は、暗に西村に手洗いまで様子を見に行かせたかったようだが、西村がそれを察することはなかったため、寧子ネイの席を再びチラッと見遣ってから課長席へと戻っていった。

 自分も女性なので、気になるなら小原が直接様子を見に行っても良さそうなものだが、管理職があまり部下の行動を監視しているように思われても困る…という思いがブレーキとなって思いとどまらせたのだった。


・・・

・・・

 

 談話室には、白い天板の簡素なテーブルと、同様に簡素なグレーの座面と背もたれを持つパイプ椅子が4組並んでいる。


 扉を開けた緒上は、その扉を開いた状態に支えて、視線で山下アキラに「さっさと中へ入れ」と促した。

 へいへい…といった感じで、のろのろと談話室の扉をくぐるアキラ。

 アキラが室内へ入ると、緒上は廊下へと首を巡らせて付近に誰もいないことを確認してから、支えていた扉を静かに閉じる。

 そして、ロックした。


 「わぉ。鍵なんか掛けちゃって。いやぁん…僕、何をされちゃうんでしょう?」

 「悪いが、私は…そういう冗談はあまり好きではないんだ。…座れよ」

 「むむむ。先輩。今日は、何だかご機嫌斜めですね」


 あくまでもフニャフニャとふざけた感じを貫く山下を前に、緒上は険しい表情を崩すことなく自らもアキラの向かいの椅子へと腰を下ろす。

 腰を下ろした途端に、緒上はテーブルに両肘をつき、口の前で両手を組んで鼻から浅い溜め息を吐く。

 そして、アキラの目を見据えて、早速、本題へと入る


 「ふぅ…。お前はいつもお気楽で良いですね。ですが、私が…どうして営業部の部屋を覗きに行ったのか。…分かっているでしょうね、その理由が」


・・・

 

 つまらない冗談や誤魔化しは許さない…というように強い視線で釘をさすが…


 「わかってますよ。先輩。僕のことが大好きで、片時たりとも…痛っ!」

 「この口か?…そういうくだらない雑音をたれ流すのは、この口か!?」

 「たたた…すいません。嘘です。冗談です」

 「私は、その手の冗談があまり好きでない…そう言ったばかりですよね?」

 「はい。そうでした。僕、ちょっとウッカリ失念してました」

 「若いのに物忘れが激しいのは心配ですね。今度、Dr.クリキに検査してもらったらどうですか?」

 「…僕、あの先生、苦手だから…遠慮します。で?…ネイさんに一目惚れしちゃった先輩が、僕を呼びだして何の話…っ痛!いたたたたた!ちょ、ちょっと耳、耳をそんなに引っ張ったら…ちぎ、ちぎ…痛ぁぃっつぅ」


 緒上は、まるで恋人同士が口づけをするときのような距離にまで山下の顔を自分の方へと引き寄せる。

 …山下の耳たぶを掴んで。


 「わざわざ談話室までおさえて…お前とそんな話をのんびりする気はありません。私がその手の冗談が嫌いだという言葉が聞こえなかったのは…この耳ですか?…この耳ですね?…なら、これだけ近づけばさすがに聞こえましたよね?」

 「あぁ…耳に息を吹きかけられたら…あはん…って痛っ!千切れる、千切れる!ひ、ひね、ひね、捻らないでぇ~…。はぁ、はぁはぁ…はぁ。わ、わかりました反省しました。もう言いません…で、でも、先輩の用事って、ネイさんのコトなんでしょ?」


・・・

 

 山下の口調がやっと真面目なものとなったため、緒上は山下の耳をその手から解放してやって右拳を口の前に戻し、ごほんっ…と咳を一つついて姿勢を正す。


 「彼女が一度に服用してしまったシムタブの錠数は3錠で間違いありませんね?」

 「え?…あ。はい。ネイさんが自分でそう言っていましたから。たぶん…」

 「多分や他聞では困ります。お前が管理しているロットなんですから、ちゃんと残数確認をしてください。そう。今すぐにです。…当然でしょう」


 山下は多少面倒くさそうな表情をしたものの、耳の痛みを思い出して素直にポケットからシムタブのケースを取り出し、残りの錠数を確認する。

 それから、上目遣いに何やら考えるような顔つきをし、今度は伏せ目がちで左の手指を折り曲げて数を数えるようなそぶりをし…そして緒上の目をみて頷いた。


 「はい。間違いありません。僕が使用した分を差し引くと、残数がちょうど3錠分不足してますから…ネイさんが飲んだのはその3錠ですね」

 「…そうですか。となると…やはり、かなり深刻な状態ですね」

 「あぁ。ネイさんのログイン回数の件ですか?…まぁ。そうですね」

 「お前…他人事のように…」

 「わ。ま、まってください。こ、これでも、僕だって心配してるんですって。さっき、ちゃんと栄養ドリンク買ってプレゼントしたんですから…」

 「その程度で解消されるような問題だと思いますか?…これは、明らかに想定外の動作をシムタブがしているということに他なりません…つまりは、ログイン回数以外に、どのような副反応が彼女に現れるか…全く予想がつかないということです」


・・・

 

 「うぅ。…で、でも…どうすれば」


 緒上は口ごもる山下を厳しい視線でにらみつけたまましばらく考え込んだが、やがて席を立って窓際の方へと歩いていく。

 そして、窓の外を見下ろして、ふぅ…とため息をつく。


 「私も…あの人は…ちょっと苦手なんですが…仕方がありませんね。Dr.クリキを呼びましょう」

 「えぇぇぇえええ!…僕は、パスです!…せ、先輩、一人で対応してくださいよ」

 「むぅ。Dr.の為人ひととなりに問題があることは…私も認めますが、だからこそ私一人に対応を押しつけようとするのは卑怯ではありませんか?…元はと言えば、お前が不用意に机の上にシムタブを置いておいたりするから、こんな事態になったのではありませんか!?」

 「ぼ、僕は、ちゃんと書類やら図面やら参考図書で覆って、ちゃんと見えないように隠してましたよぉ!…ネイさんが、それを崩して勝手に見つけちゃったんですってば。だから、ある意味ネイさんの自業自得でもあるんですよ」

 「机の引き出しにしまうとか、他にもっと適切な保管方法があったでしょう。そもそも、アレを営業部の執務室に持ち込んでいることが…もう問題なんです」

 「や。だ、だって…うっかりポケットに入れて持って来ちゃったんですよ」

 「それなら、ポケットに入れたままにしておけばよいものを…」

 「で、でも、食事で外出するときに外へ持ち出しちゃったら…それこそ問題でしょ?」

 「…むぅ。そうですね。それをやっていたら…今頃、お前の首は、その胴体から伝説のパイレーツ、キャプテン黒ひげの如く、飛び跳ねていたでしょうね…」


・・・

 

 解雇を表す古典的な比喩を真面目な顔で口にした緒上は、そのまま少し考え込んで、それから再びテーブルへと戻り着席した後、山下に提案した。


 「…そうですね。やはり、いくら優秀な技術者だと言っても、あのような人格破綻者にすぐに頼るのは問題かもしれません。あのDr.は、嬉々として安藤さんの頭蓋骨に穴を開けて電極を挿入しかねませんから…」

 「ほっ…」

 「でも、それならどうしますか?…私の提案を否定するばかりで代案を提示しないのは無責任というものですよ?アキラ。お前の責任…云々は置いておいても、お前の大切な同僚の…場合によっては命に関わることかもしれないのですから」


 山下は、考える。

 そうだ。確かに寧子ネイは多少口が悪い。でも、他の同僚よりも気安く山下に話しかけてくれるし、時々、缶ジュースも御馳走してくれる。

 少なくとも、むさ苦しい髭の生えた同性の同僚たちよりは、山下にとって大切だ。

 …それに、確かに今回の件は、自分にも少し責任がある。

 だから山下は、代案を考えた。

 目を瞑って…目を瞑って…目を…め…を…つぶって………


 「まさか、眠っていたりはしないでしょうね?」

 「は!…やべっ…って…そんなわけ…ないひゃありまふぇんか。じゅる…」

 「ヨダレまで垂らしておいて、誤魔化せると…?まったく…お前と言う奴は…」

 「仕方ないじゃありませんか!…僕だって、連日連夜のログインで疲れてるんです」


・・・

 

 山下は、先ほど残数を確認したまま机の上に置いてあったシムタブのパッケージを握り締め、シャラシャラと振り立てる。

 その音は、寧子ネイが誤飲した3錠以外にも、元々のビンの容量をそれだけ減らすほど、誰かが服用したということを意味する音だ。

 そして、それをアピールするということは、すなわち、その服用者が山下自身であるということを意味している。


 「でも、まぁ…お前の場合は、その分、日中の執務時間中に居眠りをしてるんじゃありませんか。営業部の小原女史が、先日、人事部に苦情を漏らしていたそうですよ?…今度、企画開発部から転属した新顔は『使えない』…って。間違いなく、お前のことですね」

 「あ。そうだ…良い案を思いついた」

 「え…本当ですか?」

 「いや。先輩、取りあえずの心配は、ネイさんの体調悪化ですよね?」

 「ええ。まぁ…そうですね。シムタブが脳組織に癒着したり、癌化する可能性は低いですし、服用後の経過時間から考えても、そうすぐに問題になることはないでしょう」

 「ネイさんは、これまでのログイン状況からすると…どうやら眠るとアッチの世界へ行っちゃうんですよね?」

 「報告書を見る限りそのとおりのようですね。本来は体や脳を休めるべき睡眠時間に、あちらの世界で、慣れない操作や仕様を覚えながら『最適化』の仕事をしなければならないのですから…体は多少休めたとしても…脳の方は完全に徹夜したのと同じレベルに疲労が蓄積していくハズです。で、お前の思いついた良い案…とは?」

 「えへへへ。簡単なことですよ。さっき、先輩が言ったじゃないですか。僕だって連日連夜インしてるんですけど、体調を崩さずに居られる理由を…」


・・・

 

 緒上は、眉根を寄せて…「何のコトだ?」と考える表情をしてから、すぐに気づく。


 「ん?…居眠り?…ですか」

 「そのとおりですよ!徹夜で疲れが溜まったら、一番気持ち良いのは居眠りです!」

 「…お前は…」


 どうですか、僕って天才でしょ?…的な感じに胸を張り、顎を突き出す山下を、呆れたような表情で見つめる緒上。


 「…馬鹿ですか?…安藤さんの場合、眠ると…自分の意志によらず、自動的にあちらの世界へとログインしてしまっているんでしょう?…そのため、居眠りしたところで脳を休めることができずに消耗して…」


 ちっ、ちっ、ちっち…と、立てた一差し指を緒上の目の前に突き出し、メトロノームのように左右に振る山下。

 緒上は、怪訝な顔をして言葉を中断する。

 23世紀を迎えた今にあっても、その仕草の意味するところは「違うんだなぁ…これが」…である。


 「先輩こそ、少しは考えたらどうですか?…この僕が、そんな初歩的な間違いを犯すハズがないじゃありませんか。こっちで居眠りして自動的にログインしちゃうのは防げないかもしれませんが、それならアッチの世界で『居眠り』すれば良いんですよ!」

 「…え?」


・・・

 

 見事なほどのフリーズを見せる緒上。

 人と言うのは、あまりにも予想外の発想に出会うと、美しいまでに微動だにしない彫像と化すことが出来るらしい。

 ただし、マヌケに口を開いた状態で。


 「うひひ。やった。先輩も思いつかない、エレガント過ぎるアイデアだったみたいですね。そんなに賞賛の表情を向けられると…僕、照れちゃうなぁ」


 山下には、あんぐりと口を開けて固まる緒上の表情が賞賛の表情に見えるらしい。

 自分に向かってその表情を向け続ける緒上を見つめ返して、ご満悦の表情をしている。

 まぁ…確かに、相手の発想を完全に超える発案が出来るということは、潜在的なポテンシャルの高さを窺わせるのであるが…


 「そ…んな…コトが…可能…なのですか?」


 やっとフリーズから解けた緒上の口調は懐疑的だ。

 そして、その懐疑に対する山下の答えは…


 「さぁ?…出来るんじゃないですか?…さすがに僕もやったことないですけど」

 「って…確証も無いのに、お前は何でそんなに自信満々なんですか?…一瞬、お前を凄いと思ってしまった私が、馬鹿みたいじゃないですか!?」

 「えぇ?…でも、出来ると思いますよ?…何ならDr.クリキに訊いてみますか?…あ。そんなコトしなくても、僕が自分で試して見れば良いのか」


・・・

 

 言うが早いか、山下は先ほど握り締めたシムタブのパッケージを開けて1錠を抓み取り、自らの口へと放り込んだ。

 口へ放り込んでしまってから、「あ。しまった水、水」と口を押さえて立ち上がり、部屋の隅に設置されたウォータ・サーバまで行って水を飲む。

 ゴックン…という聞こえるほどの音を立ててシムタブを呑み込んだ山下は、緒上の前の席にまで戻ってくると、先ほどよりも深く椅子の背もたれに体を預ける。


 「僕、慣れてますから…結構早く結果、分かりますんで…。あ。僕が、アッチの世界に行っている間、先輩、僕の体に変なコトしちゃ駄目ですよ…って痛っ…たたた…駄目ですって先輩、これ服用したらリラックスしてスムーズに睡眠状態に移行しないと、上手くログインできないじゃないですか…」

 「お前が、私が何度も嫌いだといった下らない冗談を言うからです…えぃっ!」

 「痛たたたたたっ…だから、左耳ばっかり引っ張らないで下さい。そっちばっかり大きな耳たぶになったら…格好…わ…るいじゃ…な………い…です…くぁあ…ぁ~」


 上手にログインに移行できないと悲鳴を上げていた割に、山下は緒上の耳たぶ攻撃を受けながらも…その最中に豪快な欠伸をしながら…その次の瞬間には、もう半睡眠状態…すなわちログイン状態へと移行してしまった。


 「…全く。困りましたね。この状態で、いったい私は…どれだけの時間、アキラのログアウトを待たなければいけないのでしょう…?…私だって、そんなに暇があるわけではないのですが…。まぁ、安藤さんの体調を思えば…優先事項であることは間違いありませんが…コイツの寝顔を見ていると…冗談でなく、悪戯してやりたくなりますね…」


・・・

 

 緒上が、暇を持てあまして、悪戯心で山下の耳を掴もうとした瞬間。


 「………ん…わっ!」

 「わぁっ!!」


 山下が、ぱっちり…と目を開け、思いの外、近づいてしまっていた緒上と見つめ合う形になった。

 山下の左耳を右手で触ろうとしながら顔を覗き込んでいた矢先に、不意に山下が覚醒してしまったため、またしても恋人同士の甘い触れあい的な…妙な雰囲気になってしまっている。


 「な。何やってんですか!?…先輩、やっぱり僕のことが!?」

 「ち、違う違うぞ!…断じて違う。私は、ちょっとお前の耳をまた捻ってやろうと…」

 「や。それは、それで酷いじゃないですか!?」

 「す、すまん。で、出来心で…って、それより、は、早い、いや、早すぎるんじゃありませんか?…こんな短時間で、あちらの世界での『居眠り』が可能かどうかなど、確認できたんですか?」


 変な方向に走り始めた会話を、緒上が必死に本題へと戻す。

 現段階でのシムタブによる仮想体験は、実時間と同じ早さで時がながれる。

 将来的には多少、実時間よりも圧縮した時間の中でより多くの仮想体験ができるように改良されることが目標とされているが、脳と微弱な電気信号で情報をやりとりしているという技術的限界から、その実現は困難であるとされているのだ。


・・・

 

 だから、たった今、ログインしたばかりの山下が、ものの1分も経過しないうちにログアウトしてきた…ということは、あちらの世界で居眠りをする時間があったとはとても思えないのである。


 「えへ。僕、居眠りは青い狸型ロボットの相棒並に得意なんですけど…駄目ですね。こりゃ」

 「やはり、仮想世界での『居眠り』など…無理だったということですね?」

 「いや、あの、居眠りは…できるんですけど…向こうの世界で、うとうと…と眠くなると…脳とシムタブの電気的な情報のやりとりが不安定になるみたいで、自動でログアウトしちゃうみたいなんです…つまり」

 「つまり?」

 「ぶっちゃけ、あっちの世界で眠ると、こっちの世界で起きちゃう!」

 「あぁ…」

 「…っていう解釈であってますよね?…それとも、ここは仮想世界で眠っている僕が見ている『夢』の中だったりするのかな?…えっと、先輩のほっぺ、つねってみても良いですか?…って痛っったたたたたた。だから耳タブを引っ張らないで!」

 「どうして、お前が夢を見ているかどうか確認するのに、私の頬を抓らせなければならないんですか!?…ほら、もう、既にお前の耳の痛みで確認できたでしょう」

 「えっと…ちゃんと痛くて、仮想世界で目覚めることも…無い…ってことは、やっぱり普通に現実世界へと戻って来ちゃってる…ってことですよね」


 実際のところ、夢の中で本当に痛みを感じることがないのかどうかは分からないのだが、緒上と山下の間では、そういう共通理解になっているらしい。


・・・

 

 夢の中で、愛する人と決別したりすると胸の痛みはしっかり感じてうなされているような気がするので、肉体的な痛みも感じていないわけではなく…ただ目覚めたら忘れてしまうだけだ…という説も確かにあるのだ。


 「しかし、それではやはりお前の提案でも…安藤さんを休息させることは不可能だということになりますね…体を休めることが可能な分だけ、あちらの世界に滞在し続けた方が良いぐらいです」

 「でも、先輩。それじゃ、ネイさん、現実世界では仕事もやれないし、ずっと眠ってないといけない…ってことになっちゃいますよ?…ただでさえ営業成績最下位なのに、首になっちゃうかも!」

 「弱りましたね。せめて、彼女が眠ったまま…つまり、あちらの世界へ滞在したままでも問題とならないような環境をととのえられないでしょうか?」


 緒上と山下は、まるで合わせ鏡のように同じポーズで腕を組み、目を閉じて頭を傾け考える。

 必要なのは、とにかく安藤寧子ネイの現実の肉体に極力負担をかけず、彼女の身に起こっているシムタブの異常反応の原因を突き止めて、迅速にこの状況を解消することである。

 しかし、なかなか良い案などすぐに出るものではない。

 談話室を独占できる時間も残りわずかとなり、緒上は落ち着いていられなくなる。


 「ふぅ。駄目です。良い案など思いうかびませんね。く。こんな事態が起こると分かっていれば、お前を営業部に転属させたりしなければ良かった…」


・・・

 

 「あ…」


 緒上の愚痴っぽい非難を受けた山下は、その言葉にまたしても何かインスピレーションを受けたのか、「閃いた!」…とでもいいそうな顔をする。


 「またろくでもないことを考えついたようですね?…」

 「ろくでもないかどうかは聴いてみてから判断してくださいよぉ。今度のは、現実世界において、先輩が頑張れば良いことですから。確実に実現可能ですよ」

 「ほぅ。私が?」

 「そうですよ。さぁ。先輩、そうと決まったら、こんな部屋でぐずぐずしている暇なんかありませんよ。行きましょう!」


 山下の自己評価でよほどの名案を思いついたということになっているらしく、思いついたアイデアも話さないうちから、妙に高くなったテンションのままで部屋をでていく。

 緒上は、慌てて談話室の戸口まで追いかけて呼び止める。


 「あ、アキラ。ちょ、ちょっと待ちなさい。お前は、いったい何を思いついたというんですか?…って、その前にどこへ行こうとしているんですか?」

 「企画開発部長のところですよ!…あ、それとも直接、人事部へ談判した方が良いのかな?…先輩、どっちの方が良いと思います?」


 緒上に呼び止められた山下は、既にフレームアウトしていた扉の外から、上半身だけを後に反らせた形で顔を覗かせ、イタズラっ子のような笑顔で緒上に問いかけた。


・・・

・・・

 

 「うぅ…。不順な上に3日目で量も多いから…つらいわ…」


 取りあえず、ナプキンを取り替えて個室から出たアタシは、手洗い場の鏡の前で青白い自分の顔を見ながら呻き声を上げる。

 どれだけ手を洗っても、何だかスッキリした感じがしなくて、アタシは無駄に長時間手を洗い続けていた。

 節水…と書かれた貼り紙が視界の隅に見えていて、少しだけ罪悪感が芽生えたけど、何だか丸2日ぐらい寝てない時のように頭に靄がかかった気分で、意味もなく動きを止めてボーッとしてしまう。


 「はっ…あ、いけない、また眠っちゃうところだった」


 頭を覚醒させるために、アタシはわざと頭に思い浮かんだことばを口にだす。

 何だか、独り言の多い寂しい人…みたいな感じになっちゃってるけど、そうしていないと、いつまた意識が飛んで夢の世界へ旅立っちゃうかわからない。


 夢の世界…夢の…いや、あれは異世界だって言ってたっけ。

 こんなに疲れがたまっていて、気を抜くと眠ってしまいそうな時は、何もかも放り出して夢の世界に旅立つのも気持ち良くって幸せかもしれないけど…。


 「でも、本当は…あの世界に行けちゃったら…おかしい…のよね。3錠…3回分しか飲んでないアタシが…もう4回も行っちゃってるのは…危険なことだって言ってた…」


・・・

 

 アタシは、あの異世界で、超アタシ好みの男性…ジウが言っていた言葉を思いだす。

 だけど、アッチの世界へ行かないようにする…ってことは、つまり眠ることが出来ないっていうことで…


 「でも…ずっと眠らなかったら…逆に、死んじゃうジャン?アタシ!」


 さすがに人間での実験の話は聞かないが、確か、古い実験でネズミの場合だけど、2~3週間すると…死んじゃったって…何かで読んだ気がする。

 人間の場合だと、ネットゲームを2~3日不眠不休で没頭してやった後、脳溢血だとか低血糖だとか…色々な原因で倒れて死んじゃう人もいれば、10日以上寝ない挑戦を成功させた人がいるとかいう話もあって定かじゃないけど…でも、不眠で死ななくても、不眠の結果としての過労で死ぬのは確実な気がするよね?


 「…どうしたら…いいの?…やっと、少しだけ仕事が楽しいって…思えるようになって来たところなのに…」


 眠さと疲労で、アタシは何だか泣きそうな気持ちになって弱音を吐いた。

 鏡に映ったアタシの顔は、とても若い娘には見えないほどにやつれている。

 やだ…なんか、本当に涙が出てきた。

 って…寝不足で目やにが涙に浮いちゃってたりして…もう、何か最悪。


 とにかくいつまでもトイレにいるわけにはいかないので、アタシは涙を拭ってトイレを後にする。先日の電車号泣事件を教訓に、薄い化粧しかしてないから大丈夫。


・・・

 

 トイレから出ると、小原課長と鉢合わせになった。


 「あぅ。ご、ゴメンなさい」


 いつものくせで、反射的に謝ってしまうアタシ。

 ところが、何故かアタシ以上に小原課長の方が焦ったような顔をして…


 「こ、こちらこそ…ゴメンなさい。あ。べ、別にあなたを探しにきたんじゃないのよ?…わ、私もちょ、ちょうどトイレに用があって…」


 ぎこちない言い訳じみたことを早口で言う。

 えっと…トイレに用がある?…むぅ。間違っていないような…思いっきり間違っているような…なんとも不思議な言い回しね。

 でも、アタシはトイレでサボっていたと思われて小言を言われるかもしれない…と思い、できるだけ早くその場を立ち去ろうと思った。


 「そ、そうですか。それじゃ、早くご用事をすまされた方が良いですね。失礼します」

 「あ、ありがとう………あ。あの、安藤さん?」


 トイレに用事がある…ハズの小原課長は、立ち去ろうとしたアタシの背中に、呼び止めるように問いかけてきた。


 「…その…あなた…体調が随分悪そうだけど…大丈夫なの?」


・・・

 

 「え?…あ。あは…そ、そんなに悪そうに見えますか?…参ったなぁ…ちょっと、今日は化粧の乗りが悪くって…それもあるかもしれません。大丈夫です。ご心配…ありがとうございます」

 「そ、そう。それなら良いのだけれど…」


 しかし、アタシが、軽く頭を下げて再び立ち去ろうとすると…


 「あの。仕事が楽しくなってきて、寝る間も惜しんで色々調べちゃう…ような時期は誰にでもあるけど、体を壊したら元も子もないのですから…。無理は禁物よ」

 「はい。ありがとうございます…」


 再び気遣わしげに、小原課長は言ってきた。

 アタシは、ニッコリ笑って会釈すると、今度こそその場を後にした。

 小原課長が心配してくださるのは有り難いんだけど、再び襲ってきた眠気のために課長との会話さえも億劫になってきてしまった。


 背を向ける直前に、視界の隅を心配そうな顔をした小原課長が過ぎった。

 アタシは、それでぼんやりと考えた。

 そう言えば、アタシが鏡の前で呟いた泣き言…聞こえちゃってたのかな?

 あぁ…恥ずかしい。

 いくら本当でも、あまり人に「やっと仕事が楽しくなってきた」…なんていう研修期間を終えたばかりの新入社員みたいな台詞を聞かれるのは、さすがに少し。

 ましてや、それが自分の上司。よりによって厳しさ満点の小原課長だなんて。


・・・

 

 アタシはふらふらと廊下を歩き、営業部の執務室へと戻っていく。

 まっすぐ歩いているはずなのに、何故か途中で何度も壁とぶつかりそうになってしまい、その度に腕で体を廊下の中央へと押し戻す。

 アタシの体調の悪さを知らない人がみたら…きっと遊んでいるようにしか見えないわよね。


 営業部の扉をくぐる。

 同僚や上司たちの何人かの視線が、私の方へと向けられるが、怖い小原課長が戻ったのではない…と知ると、緊張しかけた空気が再び弛緩した。

 でも…


 (…なんだ『眠り姫』か…。課長が戻ったのかと思った。脅かすなよ…)


 かすかに聞こえてきた、安堵のため息まじりの声に、おそらくはアタシにつけられてしまった不名誉なあだ名らしき単語が混じっている。

 そんなに課長を毛嫌いしなくても…という、自分のことを棚に上げた感情と、不真面目で眠っちゃったんじゃないのに『眠り姫』だなんて名付けられてしまった情けなさ…そして恥ずかしさがない交ぜになって、アタシは少し表情を固くした。


 はっ!…いけない、いけない。

 こういうホッペタが硬直したような可愛くない表情をしていると、頬を釣り上げてる筋肉が落ちちゃって、どんどん不細工になっちゃうって雑誌に書いてあったんだった。

 アタシは、両手で頬をペシペシと叩いて活を入れ、無理矢理に笑顔の形を作る。


・・・

 

 しっかりしなくっちゃ。

 アタシは勉強して、沢山の知識を仕入れて、ちゃんと仕事に活かすって決めたんだ。

 「眠り姫」だなんて呼ばれないように、しっかり目を見開いて…


 「…あ、安藤さん?…ちょ、ちょっと…こ、怖いんだけど…」

 「え?」


 向かい側の席に座る同僚の西村さんが、体を後に引くようにして引きつった顔で、アタシの顔を見つめている。

 どうやら、アタシの無理矢理の笑顔のコトを言ってるらしい。

 こ、怖いって…失礼ね!


 「壮絶な笑顔って…本当にあるのね。小説のクライマックスとかで主人公に倒される直前の悪の親玉が浮かべる感じの描写で時々読むけど…あ。ところで、安藤さん、体調は大丈夫なの?」

 「あは。ご、ゴメンなさい。だ、だ、大丈夫よ。3日目なのと…少し寝不足なだけなの。し、心配してくれて…ありがとね」

 「あ。私じゃなくて、小原課長がとっても心配してたから。…あ。いや。あの。わ、私も少しは心配してるんだけどね。もちろん」

 「あは。…す…少しね………え?…小原課長が?」

 「うん。何か、安藤さんのトイレが長いとか、朝から顔色が少し悪かった…とか、珍しく仕事以外の会話を私にしてきたのよ。困るのよね…今日、夕方から野外コンサート行くんだけど…雨降らないかしら?」


・・・

 

 知らないわよ…そんなこと。…と答えようと思った時には、西村さんはもうアタシから目線を外して、自分の携帯型思考入力手帳デバイスと営業用統計資料を交互に見て必要なデータを思念移動マインド・ムーブしていた。別に答えは要らないようだ。


 ふぅ。

 …と、アタシは一人で溜め息をついて、それから肩の凝りを解すために頭の天辺で大きな輪を描くように首をぐるりと回す。

 でも、逆にそれが並行感覚を狂わせてしまい、半分よろけながら椅子に座るハメになってしまった。


 「だ、大丈夫なの?…あなた…」


 よろけた弾みで椅子が大きな音を立てて軋んだ。

 そこへ、トイレから戻った小原課長が通りかかって、心配そうな声でアタシの椅子の背もたれを抑える。


 「だ…大丈夫です。す、すみません。椅子も会社の備品…でしたね。こ、壊さないように、き、気をつけます!」

 「椅子も…そうですけど、あなた…自分の体のことも大事にしないと駄目よ」

 「あ。はい。お気遣い…ありがとうございます。あの。きょ、今日は残業しないで、定時でさっと帰って休むようにしますから…って、アタシが定時に帰るのはいつものコトでしたね。えへへ…」

 「…具合が悪いようなら、早退しても良いのよ?」


・・・

 

 「いえ。色々、調べてる途中ですし。アタシは、ちゃんと営業成績を上げてる皆に比べると、全然知識が足りてないから…頑張ります。ちょっと調子が悪いぐらいで怠けてたら、3日坊主で終わっちゃいますから」

 「そ、そう。でも…体を壊したら何事も長続きしないんですから…本当に無理は禁物よ?辛くなったらすぐに言いなさい」

 「わかりました」


 アタシは、素直に頭を下げる。

 言葉で、色々言い返しても、どうせ頭の良い小原課長には勝てないのだ。

 適当なところで、課長の言い分を受け入れたようなフリをしておこう。

 頑張るか、頑張らないかは、結局、アタシの問題だしね。


 それに…、小原課長は知らないからしかたないけど、家に帰ったり、病院に行ったりしたところで、アタシの体調不良&睡眠不足の原因が解消される見込みはないんだ。

 だって、眠ってもまたあの世界へ行っちゃって、起きてるのと同じように消耗するんだから……ん…あれ?


 ちょっと待て。病院?

 あの変な錠剤みたいなのが原因なら、ひょっとして、お医者さんに行けば治してもらえるんじゃないかしら?

 ほら。ちょっと高いけど、今は病状に合わせて調整したナノタブを服用すれば、ほとんどの病気が治癒可能だっていってたし。

 どのぐらい高価なのかは…大きな問題だけどね。


・・・

 

 アタシは取りあえず、左手人差し指に装着したスマート・リングのフォログラム・スクリーンを展開して、手持ちのCPキャッシュ・ポイントの残額を確認する。

 う~ん。普通の治療を受ける分には十分な金額だけど…ナノタブって、確か…このぐらいじゃ全然足りない…鼻血が出ちゃうような高額だったわよね。


 CPの残額が足りないなら、ネットチャージすれば良いだけなんだけど…実は、そもそもチャージ元の口座にも…あんまり自由になるお金、入ってないんだよね。

 いや。そんなに無駄使いしているつもりは無いんだけど…ほら、うら若き乙女としてはさ、服とか化粧品とか…色々…お金の使いどころが多くってね。


 この左の人差し指で格好良い光を放ってるスマート・リングも、ブルース・クリーン社製の最新PDパーソナルデバイスで、もの凄く高かったのよね。

 ブレスレット・タイプのスマート・ブレスの方がメモリも多いし高性能なんだけど、アタシ手首につけるタイプのは苦手なんだよね。スマート・ネックレスって、何か胸元でブラブラして嫌だし…。


 あ。そうだ!今度の営業用のプレゼン企画で、親指の爪に装着するスマート・ネイルって提案してみようかな?

 小さすぎて無理かな?…どうだろう?…うちの会社の企画開発部の実力しだい?ってところかしら。後で、山下の奴に聞いてみようかな…元企画開発部だから分かるよね?…あ、山下よりも…緒上さんの方が良いかな?うふふ。そうだ。そうしよう…


 うっかり思考の淵へと沈んでしまったアタシは、危うく寝てしまうところだった。


・・・

 

 「安藤さん…」

 「うわぁ…っ」


 アタシは、突然に肩を叩かれて、必要以上に大きなリアクションと大声を上げてしまう。

 でも、アタシの肩を叩いた相手は、アタシ以上にビックリした顔をしていたけれど。


 「…そ、そんなに驚かなくても良いじゃないの。こ、こっちの心臓が止まるかと思ったわ。まぁ、それだけ企画案を出すのに没頭していたのかもしれませんけど…」

 「す、すいません。はい。その、考え事に集中しすぎちゃってたので」


 嘘ではないので、アタシはしっかりと主張させてもらう。

 ここで、「あなた、ひょっとして寝てた?」とか発言されたら、間違いなく「眠り姫」というアタシのアダナが定着してしまう。それは、何としても阻止せねば。


 「そ、そう。感心ね。良いアイデアが出たら、いつでも報告しなさいね。多少、実現の難しい案でも、私も企画開発部の方へ強く働きかけてあげるから…」

 「は、はい。よ、ヨロシクお願いします!…で、何か用事ですか?」

 「ええ。部長と次長が…あなたを部長応接まで呼ぶようにって。私も一緒に」

 「課長とアタシの二人?…ですか」

 「そうよ。何かしらね…私も用件については、まだ聞かされてないのよ」


 首を傾げる小原課長を見上げて、私も首を同じ方へ傾げる。

 部長や次長に呼ばれることなんて滅多にないので、アタシは少し不安そうに席を立つ。


・・・

 

 営業部のフロアーの一番端に、パーティションで区切られた部長応接。

 その入り口のところまで行くと、小原課長はパーティションの壁面を軽くコンコンと叩いて、入り口の脇へ体を寄せる。

 扉が無いので、いきなり中を覗くような立ち位置では失礼に当たるのだそうだ。

 だからアタシも小原課長に倣って、課長の斜め後に控えた。


 「小原です。安藤さんも連れてきました」

 「おぅ。来たか。入りたまえ」


 次長の声で呼ばれて、小原課長とアタシは中へと入る。

 奥の一人がけソファーに部長が、手前のに次長が深々と埋まっている。

 掌で指し示されて、小原課長とアタシはテーブルを挟んだ向かい側の3人がけソファーに浅く腰掛けた。


 「いやぁ。僕はネイ君…いや、安藤君の明るく元気な仕事ぶりのファンだからね。あまり乗り気ではないんだが…」

 「次長、君の話は長い。人事部から返答を急がされているんだ。ワシの方から単刀直入に聞こう。安藤君。企画開発部の方から、君を企画開発室のチーフとして抜擢したいという要望が出されたそうだ。ワシも大事な部下を引き抜かれるのは…痛いのだがね。取りあえず、本人の意向と…課長の小原君の意向を確認してくれと言われてね」


 え?…えぇええ?…何?…どういうこと?…突然のコトにアタシの眠気も吹っ飛んだ。

 でも、部長の目は冗談を言っているようには見えなかった…。


・・・

次回、「ナイス・アイデア?(仮題)」へ続く。

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