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Optimization -幸せにしてあげる-  作者: kouzi3
第1章 アタシの仕事
4/10

(4) アタシと異世界

・・・

 

 今日は、色々あったから…ひょっとしたら…という予感はあった。


 これは、悪夢だ。


 今頃、アタシはベッドの端からずり落ちそうになったりしながら、ウ~ンウ~ン…とうなされているに違いない。


 でも。

 どうせ悪夢を見るにしても…もうちょっと、現実にあった嫌な出来事とかを象徴したような内容の夢を見ればいいのに。

 いや。それはそれで、気持ちの逃げ場所がどこにも無い感じで…嫌なんだけど。


 だからって、いくら何でも…どうして…またココに?


 そう。

 ココは、またしても海の真ん中にぽっかりと浮かぶ、あの砂の小島だった。

 だけど、夕方、電車の中で居眠りして来た時とは…信じられないほどに、その様相が変わり果ててしまっている…。


 「………何よ……こ…れ……」


・・・

 

 周りは、見渡す限りの海。

 そして、アタシが立っているのは砂地だけの円形の小島。


 それは、変わらず同じだった。


 だけど…

 アタシは、自分の目の前に広がる光景が信じられず、呼吸が上手くできない。


 小島の中央には、相変わらず場違いなベンチが置かれている。

 電車の中で眠りに落ちて見た夢では…このベンチの上に陽差しを遮るように大きな葉を広げたバナナの木が…美味しそうなバナナの実をたくさん実らせていたハズだった。


 でも、あんなに立派だったバナナの木は、アタシの目の前から姿を消していた。

 その替わりにあったのは、真っ黒に変色し、自らの重みで直立していられなくなった巨大な枯れ草のような物体。

 ベンチの上に、無残としか言いようのない姿を伸し掛からせている。


 腐っている…わけではないようだけど…少し異臭がしている。

 その臭いから顔を背けたアタシは、さらに酷い光景を目にすることになった。


 「…や…やだ…。こんなのって………嘘よ」


 狭い小島だ。どちらを向いても周りは海。でも…


・・・

 

 背けた顔は、俯きがちに足下の少し先に繋がる海を覗き込むことになる。


 相変わらずの強い陽差しを受けて、海面はキラキラと光を反射している。

 アタシは、ここから見送ったハズなのだ。

 5センチほどの小さな体を、それでも誇らしげにくねらせて大洋へと旅立とうとしていた何匹もの鮭の稚魚を。


 あれから…この夢の中では…どのぐらい時間が経過したのだろう?


 現実のアタシは、眠りこけて辿り着いた終着駅から電車を折り返し、何とか家まで帰り着き、家族から少し小言を聞かされ、いつもどおりの夕食とバスタイムを過ごし…そして就寝した。

 ということは、現実では5~6時間が経過している。


 だけど、太陽の位置はあまり変わっていない。

 …ということは、全く時間が経過していないか、1日以上経過してた同じ時間帯の夢を見ているか…そのどちらかということになる。


 けれど、今、アタシの目の前に広がる酷い有様からすれば、全く時間が経過していないという可能性は皆無だと思う。


 だって…元気に大海へと旅立ったハズの鮭の稚魚たちは、波打ち際の浅瀬に打ち上げられてピクリとも動かない。…つまり、ほぼ全部…死んでしまっていたのだ。


・・・

 

 いっそ、オドロオドロしい暗雲でも垂れ込めていれば良いのに、皮肉なまでに空は青く広がり雲一つないのが、かえってアタシの神経を逆撫でした。


 唇を噛んで立ち尽くすしかないアタシの目の前に、忽然とあの男性が姿を現す。

 何もない場所に、まるで編集を失敗したか下手くそな特撮映画のように現れた男性をみて、アタシは驚くよりも「あぁ…。やっぱりこれは夢なんだ」…という感を強くもった。


 『おや。もしかしてお待たせしてしまいましたか?………って…どうして泣いているんです?』

 「悪夢にしたって…趣味が悪すぎるわ。何なのよ。これは?」


 アタシが責めるように問いかけると、男性は周囲をぐるりと見渡し…


 『あぁ。やっぱり、こうなりましたか…』


 そう無表情に呟いた。

 その無表情は、どういう感情の無表情なのだろう?

 こうなったのは…アタシの所為せいだと責められているのか…それとも…


 『…誰にでも失敗はあります。泣かなくても大丈夫ですよ』


 見つめる私に、優しい声で語りかける男性。

 どうして、この男性ひとは、いつでもこんなに優しいんだろう…


・・・

 

 自分の夢の中なのだから、自分に都合良く出来ていて当然…なのかもしれない。

 けれど…それなら、この男性が優しいのと同じように、こんな酷い悪夢なんかじゃなく、もっとマシな夢になっても良いはずなのに…


 アタシは、この夢がどこかちぐはぐで、自分の気持ちや意思とは関係ない力に左右されている…と感じた。


 「…これ…やっぱり私が…何かを失敗したの?」


 アタシは、情けないことに鼻声で甘えるように問いかけている。

 だって仕方ないじゃない。泣いたら鼻水が出ちゃったんだもん。


 『あぁ…。アナタを責めているように聞こえてしまったなら謝ります』

 「アタシ…最低だ。昼間は昼間で、会社じゃ契約の一本もとれないお荷物だし、大事なプレゼンの前に居眠りしちゃう失敗するし…そもそも、良く確認もしないで他人の薬のんじゃって…逆ギレしてるし…」

 『あの…そんな…』

 「その上…夢の中でも、こんな風に酷い事になるような失敗をして…もう!最低!」


 これは夢だ。悪夢だけれど。

 アタシの夢の中。だから、せめて…普段、人前では絶対できないような泣き言を言っても良いよね?…泣き叫んだって…笑われないよね?

 アタシは、癇癪を起こした子どものように、涙を拭うことも無く思いきり泣いた。


・・・

 

 そんなアタシの頭に、突然、大きな手が乗せられる。

 その手が、ぽんぽんと2回、小さく叩くようにしてから…今度はゆっくりと髪の流れをなぞるように撫でてくれる。

 アタシは驚いて、その手の主を下から見上げる。


 ビックリするほど近い位置にまで、いつのまにかあの男性が近寄っていて、私の頭を優しく撫でてくれている。

 アタシは、本当はいつまでもそうして欲しい…という気持ちもあったのに、何だか急に気恥ずかしくなって、後退る。


 『…あ。すいません。つい…。不愉快ですよね。子ども扱いしたみたいで…』

 「そ…そんなこと…な、ないけど…」


 アタシは、涙と鼻水でグシャグシャの顔を手の甲で拭う。

 あぁ…きっと化粧が涙で崩れて…オバケみたいになっちゃうな…。泣いていても、そんなコトを考えてしまうのが乙女の悲しさ…とか思ったけど…あれ?…アタシ化粧してない。そうか…夢の中だからスッピンなのかな…あぁ…支離滅裂だ…アタシ。


 目の前にハンカチが差し出される。

 どこまでも気の利く男性が、決してキザでない仕草で、ハンカチを貸してくれる。

 そして、アタシを慰めるようにゆっくりと語りかけてくれる。


 『バナナの木は、見た目が酷いですが…これはアナタの失敗の所為ではありません』


・・・

 

 男性は、私の手を引いてバナナの木…だった黒いものの方へと歩いていく。

 黒く汚れたベンチの手前で止まると、その変色してしまったバナナの木を手で持ち上げながら教えてくれる。


 『バナナは、前回もお教えしましたが草の仲間です。何度でも実をつける木とは違って、一本の茎に花が咲き房をつけるのは一度だけなんです。前回、二人でバナナを食べましたよね?…だから、どうしたってあの後、バナナは枯れる運命にあったんです』


 アタシは、キョトン…とした顔で、男性を見つめる。

 え?…アタシを慰めようとしてくれているのは分かるけど、そんな学問みたいな難しい慰め方って…


 「…そう?…なの?」


 取りあえず、そう訊き返すのが精一杯だ。

 え?…それじゃ…バナナって…すぐに絶滅しちゃうんじゃないの?

 だって、実は人間がせっせと収穫して食べちゃうし、それなのに実を付けた茎はそれでもう枯れてしまうだなんて…っていうか…アレ?…バナナって種…あったっけ?


 『アナタが望むなら、今度は…魔法…で突然にバナナの木を呼び出すのではなくて、一緒に最初からキチンと育ててみましょう。…あ。大丈夫ですよ。まだギリギリ、根までは死んでいませんから…ちゃんとバナナの育成に適した環境を整えてやれば、この茎から出てくる新芽を株分けして新しいバナナの木を育てられますから』


・・・

 

 …あ。そうなんだ。

 アタシは…何にも知らなかったんだなぁ。

 今日まで、バナナの実に種がないことを不思議に思うことすら無かった。

 ただ、自分の食欲のままに食べるだけで、それがどうやって育ってるかなんて…考えようともしなかった。


 だから、やっぱりアタシは何か失敗をしているんだと思う。

 この男性ひとは、アタシを傷つけないように気遣って、バナナはアタシの失敗じゃない…って言ってくれているけど、今「ちゃんとバナナの育成に適した環境を整えてやれば」っていう条件付きだったのを、アタシは聞き逃さなかった。

 アタシは…バナナが育つのに必要な環境なんて考えずに、無理やりにここにバナナの木を呼び出しちゃったんだ。バナナはまだ死んでないけど…きっと死にそうに違いない。


 でも…

 そうか。根っこのあたりから…新芽がでるんだね。

 株分けで…増やすこともできるんだ。…枯れて…死んじゃったと思ったけど…まだ…


 …よかった…


 『よかった』


 アタシが心の中で、思ったのと同じ言葉を、不意に男性も口にする。

 無意識に、胸の前で手を祈りの形に組んでいた私は、その偶然に驚いて男性を見つめる。


・・・

 

 『アナタは、夢の中のバナナのことなんて、枯れていようと気に掛けないと思っていました。汚いから…とか、邪魔だから…とか仰って、魔法でさっさと片付けるように命じられるかもしれない…そう諦めていましたが…』


 そう言って、男性は再びその大きな手の平でアタシの頭をポンポンと叩く。

 それから優しく撫でる。アタシは心地よさに思わず目を瞑ってしましそうになり、でも、慌ててそれを振り払う。


 「…こ、子ども扱い…し、しないでよ」

 『あ。…つい。これは失礼しました。でも、私は嬉しいんです。アナタが、この世界の生命いのちにも、現実と同じように優しい気持ちを持って下さったことが』


 本当に嬉しそうな顔で、その男性は笑う。

 アタシもつられて笑いそうになったけど…でも…その時、アタシの目にはもう一つの惨状が映り…アタシは思わず顔を背けてしまう。


 そうだ。

 バナナで喜んでいる場合じゃない。

 酷さで言えば、この島の周りを囲むようにして幾つもの命が失われた…鮭の稚魚の無残な姿の方が何倍も悪かった。

 陽の光を受けてキラキラと輝く波打ち際に、大量に打ち上げられた小さな鮭の稚魚。

 打ち上げられていない稚魚も、水の底に沈んでおり、寄せては引く波によって水底の砂の上を引きずられては、寄せては返すのを繰り返している。


・・・

 

 「…や」


 思わずアタシの口から声が漏れる。


 『嫌?…あ…も、申し訳…』


 子ども扱いされ、髪に触れられたことを嫌がったのだと受け取ったのだろう。

 男性が、申し訳なさそうな顔でアタシに謝ろうとする。


 「優しくなんかない。違うの。アタシ。全然、優しい気持ちなんか持ってなかった」


 波打ち際を直視していられなくて、アタシは男性の腰に手を回し、胸に顔を押しつけて現実から逃避する。

 不思議と腐敗臭がしていないことだけが、せめてもの救いだった。


 「鮭の赤ちゃんたち…みんな死んじゃった!…アタシの所為せいなんでしょ?…アタシが鮭の赤ちゃんのこと、何も知らずに、いきなり海に放ったりしたから…。せっかくアナタが忠告してくれたのに…。魚が住めるようにしてからじゃないと…って言ってくれたのに…」


 そうだ。アタシには、ちゃんと考えるチャンスが有ったんだ。

 なのにアタシは、偉そうに「成魚になるまでの生存率はそもそも低い」だとか知ったようなことを言って…アタシは、ちゃんと考えることを放棄してしまった。


・・・

 

 『…そうですね。あの時のアナタには、残念ながら優しい気持ちは…無かったでしょうね。でも…今は?…アナタは、この子たちの【死】に責任を感じ、どうすべきだったかを考えて悔やんでいる…そうですよね?』

 「うん…」

 『なら、やっぱりアナタは優しいんですよ。こうなる…と、分かっていながら止めなかった私の方が、よほど冷たく残酷な男です』

 「そ、そんなコト…」

 『いいえ。バナナの木にしても、鮭にしても…アナタがここへ出現させたワケではないですよね?…それを実際に行ったのは私です。…罪は…私にある』


 男性がアタシの両の頬をその手で包むように挟んで、彼の胸からアタシの顔を離す。

 そして、すぐ間近からアタシの顔を見下ろして、諭すように言う。


 『アナタが、その優しい気持ちに気づくことができたなら…学んでください。この世界は、この世界の生命は…アナタの優しさと、アナタの正しい知識によって守ることができるのですから』


 アタシは、吸い込まれるかのように男性の瞳を見つめ返す。

 そして、アタシは不意に覚った。


 あぁ…。これは夢なんかじゃないんだ。

 もちろん現実でも無いけれど…何をやっても許される自分勝手な夢の世界とは違うんだと。アタシの心は失敗に傷みを感じ、そして、胸は怖いほど鼓動を早めている。


・・・

 

 いや。

 そんな詩的な理由じゃなくて、そもそも夢ではありえない事実にアタシは気づいた。


 バナナが木ではなくて草の仲間だということも、株分けで増やすことが出来るなんていうことも、現実のアタシは知らない。

 鮭の稚魚が死んで、水の底に沈むということをアタシは知らないのだ。

 アタシは、魚は死ぬと皆、白い腹を上に向けてプカプカと浮かぶものだと思っていた。


 この男性は、アタシの知らないコトを、幾つも知っている。

 そして、何故だか分からないけど、この男性の言っていることは、アタシが夢の中で適当にイメージしたデタラメをそれらしくした…というようなものではなく、間違いなく世界の正しい知識なのだ…そういう直感がある。


 この世界は、アタシの夢だなんていう小さな枠の中に収まりきらないほどのリアリティを持って動いている世界なんだと思う。

 そして、アタシは、これから先も、何度もこの世界へ訪れることになるだろう。


 アタシは、理由もなくそう確信していた。

 いや。理由はあるのかもしれない。

 思えば、この男性のこれまでの発言には、そう考えなければ理由がつかないような不自然な点が幾つもあった。


 例えば、「仕様」だとか「他のプレイヤー」とか。


・・・

 

 「…夢じゃ…無かったのね」


 アタシは、確認するように男性に問いかける。

 男性は、アタシから距離をとって、アタシを正面から見つめる。

 でも、何も答えてくれないから、アタシはもう一度、訊く。


 「夢なんかじゃ…無い。だから…アタシは、ちゃんとしないといけないんだよね?」


 男性は、やはり黙ったまま、ただ頷く。


 「じゃぁ、教えて。この世界が…いったい何なのか。アタシが、どうして何度もココへ来ることになったのか。そして………アタシが、ここで何をすべきなのか」


 男性は、顎の辺りに右の拳を当てて、少し考えるような素振りをする。

 きっと、これまでずっと物わかりがとても悪かったアタシに、どう説明したら正しく伝わるか考えているんだろう。


 男性は…あ。

 そう言えば、アタシ、この男性の名前すら訊こうとしたことが無い。

 これは、アタシの夢なんだ…って、ずっと思い込んでたから、名前なんて訊いても意味が無いって無意識に思ってたんだと思う。


 「…ねぇ。まず、アナタの名前から…教えてくれる?…あるんでしょ?…名前」


・・・

 

 『おや。まだ、名乗っていませんでしたか?…これは、大変失礼をいたしました』

 「うぅぅん。失礼なのはアタシの方よ。アナタが何を言っても、コレはアタシの夢なんだから…って、聞く耳を持たなかったんだもの」

 『ありがとうございます。そう、仰っていただけると、私の気も楽になります。優しいんですね、やはり、アナタは。それでは、改めて名乗らせて戴きます。私は、ジウ・エムクラックと申します。ジウとお呼び下さい。お嬢様』

 「お?…お嬢様!?って…あ。そうか、アタシもまだ名乗ってなかったのよね。あ、アタシは…」

 

 『ストップ!』


 アタシが名乗ろうとすると、男性…ジウが、慌てて私の唇に人差し指を立てて押しつけてくる。

 な…何?…なによ?


 『ふぅ…。危なかった。駄目ですよ。うら若き女性が、そんな簡単に見ず知らずの男に、リアルの名前を教えたりしたら。未だに、SNSなどでウッカリとリアル名を教えてしまった女性が、付きまといや性犯罪の被害に遭うことが絶えないんですから』

 「せ!?…性犯罪…って」

 『いや。勿論、私はそのようなコトをする気はありませんが。しかし、アナタは、あまりにもこの世界…この手の世界のことに疎そうですから。念の為、ご忠告申し上げます』


 ジウは、既に、この世界についての説明をアタシに始めてくれているらしい。


・・・

 

 「…で、でも。ずっと『アナタ』だとか、ましてや『お嬢様』なんて呼ばれるのは嫌だわ。分かった。本名を言わなければ良いのよね?…えっと…じゃぁ、ネイって呼んで」


 ジウは、アタシの指定した呼び名を聞いて、少しだけ困った顔をする。


 『…うぅ…ん。これを言うと、私が、実はアナタの本名を知っているということが分かってしまうのですが…。出来れば、もう少し、本名とは関係の無い名前の方が…』

 「え?…あ…そうか。アタシの本名は…知ってるのね。でも、普通は知らないでしょ?…知らない人が聞いたら、ただのあだ名だって思うんじゃないかしら?」

 『あだ名…。まぁ…そうかもしれません。因みに、この世界ではPC名とかアバター名と言う言い方をするんですが…。分かりました、今更、他の名前を考えていただくのも意味がありませんし、今のところ…ここには、私とネイさんの2人しかいませんし…問題は無いでしょう。では、ネイさん、改めてよろしくお願いします』


 ジウは、恭しく体を折って深々とお辞儀をする。

 アタシも思わずつられてお辞儀を返した。


 『さて、アナタから先ほどご要望のあった…この世界のこと。何故アナタがココへ来たのか。そして、ココでアナタに何をして戴きたいのか。その3点について順を追って説明したいと思うのですが…』

 「うん。お願いします。今度は、ちゃんと聴くから」

 『しかし、いきなり、全てを詳細にお話しても、おそらく混乱するだけだと思うんです。ですから、多少、正確さには目をつぶり、アバウトな説明をしようと思います』


・・・

 

 お馬鹿扱いされている…っぽいけど…事実だから仕方がないか。

 ジウは、アタシが難しい話が苦手なのを、ちゃんと理解した上でそう言ってくれてるんだから、アタシは頷くだけだ。


 『まず…設定としては、この世界は「異世界」です』

 「設定…って…あ。アタシが、そう言ったのか。あは…アタシって馬鹿だなぁ」

 『…あの?…「異世界」という方には、何も仰らないんですか?』

 「何も…って?無いわよ?別に。だって、流石にここが、アタシが普段、暮らしている世界でないことは間違いないって分かるもの。なら、異世界って言われても『なるほど、やっぱりね』…としか思わないわよ」

 『は、はは、話が早くて助かります。ここの説明が一番、理解していただくのが難しいだろうと思っていましたので…』

 「でもさ。よく、ラノベとかで出てくる異世界とは、ちょっと違う感じよね。アッチの異世界は、言葉だとか男女関係とか、中世っぽい街並みだとか…古代の神話だとかについては何故か現実の世界と一緒なのに、当たり前に魔法が使えて、魔物が居て、勇者が魔王と戦ったりと、ファンタジーな感じなんだけど…」


 アタシは、そこまで言って、改めて自分が死なせてしまった鮭の稚魚たちや、真っ黒に変色して無残な姿で枯れているバナナの木を見回す。


 「この異世界は、全然ファンタジーじゃない。アナタが魔法を使えるけど、アタシには魔法なんか使えないみたいだし、木が枯れたり、魚が死んだり…そういうのは妙に現実の世界と同じで…生々しくて…」


・・・

 

 改めて自分の失敗による残酷な結果を見て、アタシの胸は罪悪感で一杯になる。

 この世界には、何でもアタシに都合良く話が進むような、ファンタジーなラノベ効果は働いていないらしい。

 植物が育ち、魚が生きていくためには、現実世界と同じように、それに適した環境になっていなければいけないようだ。


 『まぁ。ラノベ…ライトノベルですよね?…と比べるのは…さすがにちょっと違うかもしれませんね。どちらかというと、この世界はネット上のRPGゲーム…いわゆる仮想世界と比較していただいた方が、イメージが湧きやすいと思います』

 「ごめん。アタシ、ネットのゲームとか…RPGとかいうのも…やったことないから。アタシって案外、アナクロなのよね」

 『アナクロ…間違いとも言えませんが…おそらくアナログですよね?…まぁ、それならおそれで結構です。むしろ、ネットRPGなどに詳しすぎて、先入観でこの世界を贋物だと決めつけて…軽んじられる方が困りますからね』

 「でも…。この世界って、今までの話からすると、現実の世界を真似て造った…コンピュータ・シミュレーションとかの仮想の世界なんでしょ?」


 いくらアナ…アナログの私でも、そのぐらいは分かる。

 今まで、ジウが話した言葉の中には、「仕様」だとか、「プレイヤー」だとか、あの英語みたいな呪文だとか…男の子たちが夢中になっている…らしい…シミュレーション・ゲームのような感じのものが数多く含まれていたのだから。


 『…全然…違いますよ…』


・・・

 

 常に優しい彼が、珍しく不機嫌な声を上げた。

 何?…どうしたの?


 『アナタは、一般的なネット上のRPGやシミュレーション・ゲームをあまりご存知ないようですから、そう思うのも仕方がありませんが…。それらの中に、この世界ほどリアリティを持った細かい世界描写と現象の再生が可能なものはありません』


 拳を握り締めて、力説を始めるジウ。

 どうしよう。アタシ、何か彼のスイッチを押してしまったみたい。


 『既存のゲームの最高レベルの物でも、こんな風に現実と比べて違和感の無い世界を実現しているものはありません。戻ったら1つぐらい経験してみて下さい。まず、ご自分自身の操るキャラクターの描写の甘さに幻滅なさると思いますよ?』

 「そ…そう…なの?」

 『はい。もし、この世界が、それらと同じレベルであれば、アナタはここを夢の中などとは思わなかったでしょうね。あまりの違和感に、もっとパニックを起こしていたかもしれませんよ。良かったですね、アナタが迷い込んだのが、この世界で』


 ちょ…。ちょっと、ジウの笑顔が怖いんだけど…。

 どうも、この人に、この世界が作り物の世界だ…的なことを言うと、ムキになっちゃうみたい。い、以後、気を付けなきゃ。


 『ココはまだ、本当の異世界ではありませんが…今後、本当の異世界になるんです』


・・・

 

 最後の一言だけは、ムキになっているというより、自信と確信…それと決意に満ちた色合いにあふれていた。


 …確かに、これだけ現実と区別が付かない仮想世界が実現しているなんて、ニュースでも聞いたことがない。

 アタシは、胸が痛むと知りながら、再び、枯れ果てたバナナの木と、死に絶えた鮭の稚魚たちに目をやる。


 「…命が、現実の世界と同じように…大切なもの…だっていう意味で、この世界が、ただの仮想世界なんかじゃなくて…もう一つの現実の世界なんだな…とは、思う」


 上手く自分の想いを言葉にできないけれど、アタシは自分の精一杯の言語能力を投入して、ジウにそう伝えた。

 すると、彼は表情を和らげ、嬉しそうに微笑む。

 あぁ。やっぱり、この彼。アタシの好みのタイプだな。素敵な笑顔。


 『ありがとう、ネイさん。アナタにそう言っていただけると、とても嬉しいです』

 「うん。アタシ、だから、二度とこの世界を軽く扱ったりなんかしないからね。約束するよ。上手くできるか…分からないけど、頑張るから…」

 『はい。では、その為に必要な情報を、私はアナタに責任を持ってお伝えしましょう。まずは、この世界について。「アナタの夢」ではありませんが、大勢の人で見ている「共通の夢」であると考えて下さい。現実の世界も、良く「泡沫うたかたの夢」と表現されますが、そういう意味でも、この世界は現実と同じ重みを持った異世界なのです』


・・・


 「ミンナで見る…共通の夢。…泡沫の…うん。分かった」

 『つまり、アナタはもう自分勝手に振る舞うことは許されませんよ?』


 ジウの言葉が耳に痛い。

 自分の夢だから何をやっても良いんだ…そう思って、ジウの忠告も聞かず、無理を通したその結果が、枯れ果てたバナナと死に絶えた稚魚たちなのだから。

 アタシは、反発することなく、素直に頷いた。


 「うん。信じて。もう、アタシ、勝手なことなんかしないわ」

 『ありがとう。お願いしますね。では、これから先は、特別扱いは、一切なしですよ。まぁ、アナタが疲れている時に、座るベンチぐらいは…環境全体に対する影響はほとんどありませんので、サービスしますが』


 ベンチも要らない!…と力強く言おうとして、だけど弱い私は「でも、せっかくそう言ってくれてるんだから…」と言葉を呑み込んでしまった。

 仕事の疲れも取れないうちに、いつも、眠ると直ぐにこの世界に来てしまうから、アタシは、さすがに座りたいな…と思う時もあるだろう…と、想像してしまう。


 『さて、設定…として、笑わずに聞いてくださいね。私は、この世界の神に仕える天使…という設定です。そして、アナタは、その天使の私を手伝うブレイン。色々なアイデアで、世界を良くするためのアイデアを考える、企画立案者です』


 そして、ジウは、一つ一つ、この世界のことについて、説明を始めた…


・・・

次回、「異世界での仕事(仮題)」へ続く…

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