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Optimization -幸せにしてあげる-  作者: kouzi3
第1章 アタシの仕事
2/10

(2) アタシ『な』仕事

・・・


 部長は一応、心配したような言葉をかけてくれた。


 「君ぃ~、大丈夫かね?…よほど具合が悪かったんだねぇ…無理はいかんよ、無理は…。今回は、その…まぁ、アレだが。次回、期待しているから」


 全く、期待していないという顔で、左手をヒラヒラさせながら去っていく。

 問題は、女性課長のオバァだ。


 「私。アナタに、もう、どんな言葉をかけていいのか…わからないわ…」


 どんな言葉をかけていいのか分からないなら、さっさとお小言は終わりにして解放してほしいわよ。

 言葉とは反対に、もう何十分ネチネチとやられているのか分からない。

 …っていうか、今の台詞も何回目だか…20回目ぐらいまでは数えていたけど…もう分からなくなっちゃった。


 あぁ…。ゴメンナサイ。クラクラするんです。お願いですから、もう、そろそろ勘弁してもらえませんか…オバァ…いや小原様。だって、アタシ、そもそも体調不良で…あの怪しげな山下の薬を飲んだせいで、こうなったんですよ。叱るならアタシじゃなくてヤマシ~太の奴を叱って下さい。お願いします。オ願イシマス。オネガイシマス………

 はっ!…あぁ。途中から…また、意識がどっかいっちゃいそうだった。


・・・


 やっとのことで、アタシがオバァから解放されたのは終業時間も近くなってからだった。


 確かにアタシは大失態を犯した。それは認めるわよ。

 大事なプレゼンを直後に控えていながら、その控え室で居眠ってたらしいから。


 でもさ。

 ほら、結構、命の危険に関わるような重大な病気だったって可能性もあるじゃない?

 アタシ、聞いたことあるもん。確か、脳梗塞…とかは、意識不明になった時に、けっこう大きなイビキをかくらしいんだ。

 え?…アタシ?

 いや。アタシは、かいてないわよ。イビキなんて。よしてよね。ん、もう!


 アタシの場合は、ヤマシ~太の証言によると「すやすや」…という吹き出しを頭上に表示したくなるぐらい、気持ちよさそうにしてたらしいのよ。

 だから、何人かは体調不良を心配してくれた人もいたんだけど…ほとんどの人は、アタシが昼食後の満腹感に負けて、幸せそうに眠りこけたんだ…って信じて疑わなかったみたいなの。


 でもね。アタシ、お弁当、半分も食べてないんだよ?

 満腹感どころか、空腹をとおりこして飢餓よ、飢餓。ほら、お腹空いた時、下手にちょびっと食べたりすると、逆にお腹減ったりするってこと無い?

 本当に体調が最悪だったんだから。本当なんだからね。

 って、今更、誰に主張したところで、どうにもならないんだけどさ。あぁ~あ。


・・・


 でも、腹が立つのは、やっぱりあのヤマシ~太の奴よね。

 そりゃ、アイツの薬を勝手に飲んだのはアタシが悪いんだけどさ。

 でも、アイツは、アタシが不覚にも眠りこけてしまったのが、アイツの薬を飲んだせいだって分かっているハズなのに、そんなアイツが一番アタシを軽蔑したような目で見ているんだよ。

 もう、本当に嫌な奴。


 でも、アタシも本当にツイて無いよね。

 頭痛薬か鎮痛剤、そうでなければ風邪薬…と思って見つけた唯一の薬が、よりによって睡眠薬だったなんて…。


 でも、なんで、あんな年がら年中、寝不足な顔をしているヤマシ~太の奴が、睡眠薬なんか会社に持ってきてるのよ?

 まぁ…そうか。睡眠薬に頼っても眠れないほどの…不眠症なのかもしれないわね…。


 そう考えると、急にアタシは、あの情けない顔をしたヨレヨレのヤマシ~太の奴が気の毒に思えてきた。

 終業の鐘がなったので、アタシはさっさと机の上を片付けて帰宅の準備をする。

 ジロッとオバァがコッチに視線を向けたが、愛想笑いを浮かべて会釈をすると、ふぅ~っと…音が聞こえてきそうなくらい深い溜め息をつかれてしまった。はぁ。なんでよ?

 ボロボロの精神状態を抱えながら、アタシは帰りがけにヤマシ~太の後ろに立ち止まり声をかけてやる。

 睡眠不足でヨレヨレの彼に、少しだけ…ほんの少しだけよ?…仲間意識が芽生えて…。


・・・


 「知らなかったわ。アンタがそんなに酷い睡眠障害だったなんて。ゴメンナサイね。アナタの大事な睡眠薬を勝手に飲んだりして…。確かに…社会人として…どうかと思われてもしかたないわよね…」


 私としては、これでも最大限、譲歩した、思いやりのある言葉をかけたつもり。

 でも、ヤマシ~太から返された言葉は、アタシのそんな思いやりを…全く理解しない、失礼なものだった。


 「え?…誰が睡眠障害なんですか?…というか…僕…睡眠薬なんて持ってませんけど?…なんの事ですか?…誰か…別の人と勘違い…してません?」


 はぁ?…何言ってんのよ、アンタ!…と、アタシの頭に怒濤のごとく血の気が押し寄せる。って、簡単に言えば、カーッと頭に血が上ったってことだけどね。

 だから、アタシは山下の机の上に、まだ出されたままになっていた例の薬の箱をワッシと掴んで、それをアイツの目の前にダンっと叩くように置いてやったんだ。


 「…と、惚けないでよね!…アンタのコレよ!コレ!…アタシ、これのせいでプレゼンできずに失敗しちゃったんだからね。睡眠薬じゃなかったら、何だってのよ!?」


 アタシの剣幕に、残務整理したり、残業へと突入した職場の面々が、何事かと全員アタシとヤマシ~太の方へと顔を向ける。

 しまった…と思ったけど、もう遅かった。オバァもコッチを呆れたようにみて、何を思ったのか、さっきよりももっと深い溜め息を吐きながら首を左右に振っている。


・・・


 あーーーー。絶対に勘違いされた。

 アタシが、自分の失敗を棚に上げて、ヤマシ~太の奴に責任をなすりつけてる…ドウしようも無い駄目子だって…そう思われたに違いない。違うのにぃ~↓。


 アタシは慌てて、例の薬の箱と…山下の首根っこを掴んで、廊下へと引きずり出す。

 途中でヤマシ~太の奴が、情けない声で「助けて~」とか言いそうになったから、その途中で言葉を遮って、「助け合い募金について~ちょっとアナタの意見を聞きたいんだけど…」と声を被せて誤魔化す。


 抵抗する山下を何とか廊下まで引きずりだして、奴の背中を廊下の壁に押しつける。

 けれど…問い詰めようとしたアタシたちの後ろを、「お疲れさん~」とか言いながらも怪訝そうな顔で眺めていく部長に出鼻を挫かれる。


 「あはぁ。部長。お疲れ様でした。今日はもう、本当にすいませんでした~」


 今日一番のとびっきりの笑顔で、胸元で小さく手を振りながら部長を見送る。

 駄目だ。この廊下は、この時間、帰宅する連中が大勢通るメインストリートだった。

 アタシは、仕方ないので不満そうな山下に向かって、「しようがない。缶コーヒーおごるからコッチおいで!」と言って、喫茶コーナーの方へと移動した。

 諦めたのか山下は大人しくアタシの後を付いてくるが、自販機の前までくるとズーズーしくも、「あのぉ…僕、コーヒー苦手なんで、ココアでお願いします」と抜かしやがった。ムキィッ!…もう、何かとこの男は、癇に障るのよね。

 でも、そんなことで怒ってたらキリがない。私はココアを取り出して、奴に押しつけた。


・・・


 「ほらっ。ココア。有り難く飲みなさい!」

 「アチっ………。あ~。僕、冷たい方が好きなのになぁ…」


 くぅ。口の減らない奴。そう思っても、普通、声に出して言う?

 人からおごってもらった奴なら、熱かろうと冷たかろうと…ぬるかろうと…は、アタシでも嫌かも…だけど…黙って飲みゃぁいいのよ!


 「…で?」

 「…で?…じゃないわよ。コレよ、コレ!…この睡眠薬のせいで、アタシ酷い目にあったんだから…何なのよ…コレ!?」

 「………だから…それ…睡眠薬じゃない…んだけどなぁ…」

 「まだ言う!?…アンタ。この期に及んで、まだコレが睡眠薬じゃないって言い張るつもり?…別に、もう、今更、アンタのせいにして失敗を帳消しにしようなんて思ってないからさ。正直に教えてよね?…なんかさ。もうスッキリしたいだけなのよ…アタシ」

 「便秘薬が必要なら…帰りに薬局で、自分で買ったらいいじゃないですか?」

 「なんとな!?」

 「ごふっ…」


 しまった。つい反射的に脳天チョップをカマしてしまった。

 突然の仕打ちに、山下がココアを吹きこぼしている。き、汚いなぁ…。

 よれよれのハンカチをポケットから取り出して口を拭いながら、山下が恨めしそうにアタシを睨む。

 睨みたいのは、コッチだっツーの!!…女子に向かって根拠なく便秘とか…失礼な。


・・・


 「…もう。困ったなぁ。ネイさん…本当に何なのか知らずに…飲んだんですか?…コレ…。それって、結構、危険な行為ですよ?」


 凄く可哀想な子を見るような目つきで、山下がアタシを見る。

 煩いなぁ…アタシも必死だったのよ。結局、裏目に出ちゃったけどね。


 「だって、そんなに効き目の強い睡眠薬だとは…思わなかったのよ。風邪薬かなんかだと思ったから…普通、3錠ぐらいでしょ?」

 「はぁ…。本当に3錠も…一気に飲んじゃったんですね。コレ。高いのになぁ…」

 「何よ。だから謝ってるじゃないの。そんなに言うなら、弁償するわよ。値段、いくらすんのよ。コレ。言いなさいよ。すぐに払ってあげるから…」


 癪に障ったから、損だとは思いながらもアタシは山下に逆ギレする。

 でも、続く山下の言葉にアタシは余計に怒りを爆発させる事になった。


 「え…。無理ですよ。ネイさんが…そんなにお金持ち歩いてるワケないじゃないですか。…それとも、ひょっとしてアラブの富豪が彼氏さんだったりするんですか?」

 「あ、アンタ…わ、アタシを馬鹿にしてんの?…してるわね?…仮にその箱が…10万円だとしても、たった3粒でしょ。その箱の中の瓶に何粒入ってたのか知らないけど…少なくとも50粒以上は入ってたわよね。…とすると…一粒…えっと…2千円か!…げっ…高い………で、でも6千円ぐらいなら、アタシ、払えるわよ!?」


 それを聞いた山下が、固まる。どうよ。アタシの太っ腹。あ~、でも、もったいない。


・・・


 でも、数秒後、山下は失礼にも笑い出した。それも、大笑い…で。


 「あははははは。何、言ってるんですか?…それじゃ、一粒だって買えませんよ?…あははは。そうか。そうですよね。本当に、ネイさん。コレが何か知らずに飲んだんですね。今ので分かりました。…疑っちゃってゴメンナサイ。僕、ひょっとしたら、ネイさんがアッチの回し者かで、僕を試してるのかと誤解しちゃってました」


 何?…何なの?…急に、山下が変になっちゃった。

 アタシは少し混乱してきた。だって、山下が本気で言っているっぽから。


 「…アッチって…何よ?…回し者とか…アンタが何言ってるのか…全然、理解できないわよ…アタシ。どういう事?…6千円でそんな小さな錠剤が1粒も買えないなんて…そんなことあるの?…ってか、アンタこそ…どんだけ金持ちなのよ…」

 「あぁ。ネイさん…また誤解してる。僕にだって、こんなもの買えませんよ。まぁ、これは試作品なんで、値段なんてそもそも付けられないんですけど…。機能を絞った暫定版だって、金持ちの道楽って言われるぐらいの高額ですからね…」

 「…ちょ、ちょっと待って。ちょっと待って。や、山下くん?…アタシ、良く聴き取れなかったみたいなんだけど…今、試作品…とか…暫定版?とか…金持ちの道楽…とか…妙な単語が聞こえたような…気が…」

 「あれ?…ネイさん、耳悪いんですか?…ハッキリ言いましたよ。試作品。暫定版。金持ちの道楽。ね?…さっきと同じように聞こえたでしょ?」

 「じゃ、じゃぁ…アタシは…何かの試作品…なんていう超怪しげなモノを飲んじゃったってこと?…それも…3粒も!?」


・・・


 山下が表情を消して、コクン…と頷く。

 やめてよね!!!…さっきまでの表情と落差がありすぎて、怖いんだけど!?

 いつもみたいに、おどけた表情で冗談めかされるのも、それはそれで腹が立つけど…そんな表情されたら、なんか相当にヤバい!?…感じがするじゃないのよ!!


 「嫌ぁ~!!…アタシもしかして死ぬ?…死んじゃう?…人間やめますか?…それともソノ薬やめますか?…的なヤバい症状が出ちゃう?…中毒!?…禁断症状!?…それとも、相当に深刻な副作用が出ちゃう?…免疫系が過剰に反応しちゃうとか!?…あ、あのアレみたいな、アナフィキラシー??…だったけ?…え?…じゃぁ…次はしょっ、ショック死!!??…わぁ…やっぱりアタシ死ぬじゃん!!…死ぬんじゃん!?…嫌だ。助けて!!!…お母さぁ~~~ん」


 アタシは半分パニックになって泣き叫ぶ。

 だって、まだ30歳にもならない…うら若き!乙女が、鎮痛剤とそっくりの薬を…うっかり間違えて飲んだぐらいで死ぬかもしれないのだ。

 とりあえず仕事優先で、まだ彼氏とかもいないし…でも、きっと、これから運命の出会いがあっちゃったりして…そんで、そんで…色々楽しいことあるって信じてつらい仕事にも耐えてきたところなのにぃ~!!


 「…あの。別に…死なないと思うんで…。嘘泣きとか…やめてもらえます?」


 嘘泣きだと!?…人聞きの悪いコト言わないでよね!

 アタシは、確かに一滴の涙もこぼれていない目で、山下の奴を睨みつける。


・・・


 「何よ?…アンタが早く、この薬の正体を言わないからいけないんでしょ!?…場合によっては、責任をとってもらわなきゃならないんだからね。早く言わないと、本当になくわよ?」

 「せ、責任!?…え?…ぼ、僕が?…や、そ、そりゃぁ…ネイさんなら…ちょっと、性格はキツいけど…でも、まぁ…美人だし…スタイルも…あがっ!!??」

 「な、何、勘違いしてんのよ?…だ、誰が、そういう責任の取り方をしろって言ったかしら?…び、美人とかスタイルとか…あ、あんた、そういう目でアタシを見てたのね?…せ、セクハラよ!セクハラ!」


 アタシは、調子に乗って人を品定めするような目で上から下まで眺め回した無礼な山下に、あまりアタシたち女性が口にしてはならない男性特有の箇所を蹴り上げることできっちり制裁を加えてやった。


 「…って、痛ってえって!!…うわ。信じらんないよ。ネイさん…今のコレこそ、逆セクハラじゃないですか!?」


 そういって、何故かピョンピョン…嬉しそうに跳ね回る山下を、思いっきり変態を見るような目で睨みつけてやった。ふん。目には目を!セクハラにはセクハラを…よ!

 そのとき…


 「どうしたんです?…アキラ君。こんなところで…奇声を上げて飛び跳ねたりして?…そのようすじゃ、新しい部署でも楽しくやってるみたいですね?」


・・


 アタシの背後から、突然、魅力的な男性の声が投げかけられた。


 「アキラ…?」


 すると、嬉しそうにピョンピョン跳ねていた山下が、片足ケンケンに切り替えながら…助けを求めるように、その声の主に向かって応えた。


 「あ!…せ、先輩。た、楽しくなんか…ありませんよ。じ、地獄…地獄の毎日ですよ。こ、今度の部署には、お、鬼が…鬼が住み着いてます!」

 「誰のコトよ!!…失礼ね…いるわけ無いでしょ、鬼なんて。信じちゃ…だ…」


 よくよく考えれば、自分が鬼です!…と自己紹介してしまったコトになるのだけれど、アタシは取りあえず声の主の方へ体を向け直して………そして、フリーズした。


 「…やぁ。げ、元気な人だね。アキラの同僚さんなのかな?」


 声から想像される…どんな魅力的な人物像よりも数倍素敵な男性がそこにいた。

 嫌味にならない程度の長髪によく似合う自然なウェーブがかかったヘアスタイル。

 顔の輪郭はアゴのラインに無駄のないスッキリとした適度な卵形。

 眉は濃すぎず、薄すぎず…の自然な男らしい凛々しさで、目は優しげで…涼しげで…自信に満ちあふれていて、それでいて邪気がまるで無くて…とにかく…素敵。


 あぁ…もう、面倒臭い!…と、とにかく、アタシの理想がそこに実体化したのよ!?


・・・


 その素敵な彼が、突然、言葉を失って顔を真っ赤にしているアタシに向かって微笑んだ。


 「アキラ…あっ。失礼、山下君の前に所属していた部署…企画開発部総合開発室の主任主査のオガミ…と言います。一緒の『緒』と上下の『上』と書いて緒上です。お話中に突然、割り込んでしまいまして申し訳ありませんでした」


 あぁん。謝り方も爽やかだわ。別に謝る必要なんて無いのに。

 アタシが、猶も言葉を言えずに見つめていると、やっとのことで片足ケンケンを終了させた山下が、アタシの横にスッ…と並んできた。


 「せ、先輩。な、名乗ったりする必要なんか無いですよ。こ、この人が、総合開発室にとって利益となるようなトコなんて、何も無いですから」

 「な…何よ!…ひ、ひとをそんな話す価値もない石っころみたいに!」


 山下のあまりの酷い言いように、アタシはやっとフリーズから解ける。


 「だって、事実でしょ?…ネイさん。今月どころか、先月も一本も契約取ってこれなかったじゃないですか?…今日のプレゼンだって、放り出しちゃたし!」

 「な、何よ…酷い。初対面の緒上さんの前で、そんなコト暴露しなくったっていいじゃないの…。そ、それにアンタだって、営業成績に関したらアタシと一緒じゃない!」

 「ぼ、僕は、今日のプレゼンで、一本契約とれましたから。ゼロ記録更新中のネイさんと一緒にしないでください」

 「ええぇ!?…アンタ、取れたの!?…酷い!…アタシに変な薬飲ませておいて…」


・・・


 理想の男性そのものの緒上さんの前で恥をさらされて、いきなりチャンス(?)を奪われたコトに腹を立てたアタシは、緒上さんそっちのけで山下と言い合いを始める。

 そんなアタシたち二人の様子を目を丸くして驚いたような顔で見ていた緒上さん。


 だけど、アタシの台詞の一部を耳にして、急に表情を厳しいものにした。

 あれ?…どうしたのかしら?

 あ。アタシ。そう言えば、緒上さんが名乗ってくれたのに、まだ、お返しの自己紹介もしていなかった!!!

 わぁ。なんて無礼者なんだろう!?…そりゃ、優しさを絵に描いて額縁に飾ったような緒上さんでも機嫌を損ねるわよね?


 「…ご。ゴメンナサイ。あ、アタシったら、自己紹介もせずに。大騒ぎしたりして」

 「いえ。お気になさらずに…自己紹介は…後ほど…ゆっくりお聴きします。それよりも…アキラ。今…『薬』を飲ませた…と聞こえましたが…まさか?」

 「あぅ…」


 緒上さんに厳しい表情で問い質されて、「あぅ」とか変な鳴き声を上げる山下。

 何動物園で飼育されている珍獣なのよ?…と、心の中でツッコミを入れながら、アタシは自分に有利な風が吹いたことを敏感に感じ取って、緒上さんに訴えかける。


 「そ、そうなんです。酷いんですよぉ!聴いてくださいよ、緒上さん。…って、アタシ、やだ。まだ、名乗ってなかった。安藤です。安藤寧子あんどうねいこ。良かったら、気安くネイって呼んでください。いえ。呼んで欲しいです!」


・・・


 取りあえず、コレを期に仲良くしてくださいね!…アピールをちゃっかりと織り交ぜながらアタシは口早に自己紹介を済ませる。

 さあ。ここからが勝負よ!…さっき、山下がいきなり最低レベルにまで下げてくれたアタシへのイメージを、何とかして挽回しなくっちゃ!!

 だってさ。コレ、運命の出会いかもしれないじゃない?


 「え、営業成績は、あの…あんまり褒められたモノじゃないかもしれないですけど…あの…は、発展途上ってことで。や、やる気は人一倍あるんですよ。本当です」


 …と、そこまで言って、あまりストレートに挽回しようとしても上手くいかないコトに自分でも気づき、アタシはギロッと山下を横目で睨んでから、方針変更して山下を悪者にして乗り切ろうと考えた。


 「きょ、今日だって、プレゼンには自信があったんです。や、山下とですら契約をしてくれた太っ腹な社長さんなら、アタシの企画だって買ってくれたハズなんです。それなのに…こ、コイツったら、体調の悪いアタシに…試作品とかいう怪しげな薬を、な、なんと3錠も飲ませたりして…それでアタシ…」

 「試作品…?…ちょっと、待って。…3錠?」


 アタシの長口上を、唖然としながら聴いていた感のある緒上さん。

 だけど、アタシが薬の話をし出した途端に、また、表情が厳しくなり、アタシの口上を遮って止めた。

 そして、少し怖い雰囲気を纏って、山下の方へと歩み寄る。


・・・


 「ひっ」


 …とか、情けない呻きを上げて、逃げ出しそうな顔をした山下の左腕の上部を、緒上さんは素早くガッシリと掴む。

 わぁ。緒上さんて、結構、チカラが強そうね。山下の腕が握りつぶされそうな感じ。

 苦痛に顔を歪めた山下を引っ張り…


 「安藤さ…いや。ネイさん。楽しいお話をお聞かせ下さっている途中で申し訳ありませんが、アキラ…いや。山下君に…少々、確認しなければならない重要事項を思い出しましたので、少し、待っていていただけますか?」


 優しい緒上さんの笑顔。

 でも、その笑顔には、何故か、絶対に拒否を許さないというオーラが含まれていて…アタシは、言葉を失って、ただ馬鹿のようにカクカクと首を上下に振って肯定の意を表した。

 緒上さんは、そのまま自動販売機の横の薄暗くなった空間へと山下を引っ張っていく。


 目と鼻の先だけど、自動販売機の冷却機のファン?が稼働するブーンという音が案外と大きくて、緒上さんと山下が何を話しているのかは…アタシには良く聞こえない。

 …っていうか、聴いちゃだめ…な雰囲気が強めに放たれているんで、興味が湧かないわけではなかったけど…アタシは近づいて耳をそばだてたい欲求を必死に押さえて、その場で大人しく待つことにした。でも、聞こえちゃった…のは仕方ないわよね?


 「…試作品……部外秘…3錠……副作用………予想できない……実験…被験者…」


・・・


 その漏れ聞こえた会話の断片。

 しかも、嫌な単語の時に限って、緒上さんか山下のどちらかの目が…チラッとアタシの方へと向けられるのが、何とも嫌な感じ。

 えぇぇえええ?…副作用って!?…予想できないって!!??…やっぱり死ぬの?…アタシ…死んじゃうの?

 っていうか、何で、緒上さんが?


 アタシが半泣きの(…今度は、本当に涙も出てるわよ!)状態で、顔を青ざめて待っていると、それに気づいたのか緒上さんが少し困ったような顔をして…山下との会話を打ち切った。

 明らかに作り笑いと分かる笑顔で(でも、素敵!)…コチラへと帰ってくる。

 山下も叱られた犬のように、大人しく後ろをついてくる。


 「いや。お待たせしました。…おや。どうしたんです。そんな泣きそうな顔をして。折角の美人が台無しですよ?」

 「…だって、アタシ…死んじゃうんでしょ?」

 「死…?…って、突然、どうしたんです?」

 「だって、副作用が予想できないって…聞こえたモン!」


 本当は盗み聞きしてました…的な白状なんかしない方が「いい女」なのかもしれないけれど、どうせ死んじゃうんだったら、山下とその関係者らしい緒上さんに、恨み節の一つも聴かせてやらないことには収まりが付かない。

 緒上さんは、腰に手を当てて息を吐き出し、困ったな…という表情をする。


・・・


 「聞こえちゃったんですね?…すいません。私としたことが不用意でした。でも…ネイさんが泣くようなコトは何もありませんよ?…どんな誤解をされたのか…わかりませんが、『試作品の薬』というキーワードで、アキ…山下君が総合開発室に在籍していた時に開発中だった試作品の薬の中に、副作用の危険性のあるコトが分かっていながら引継ぎをしっかりしていないものがあって…今、残ったメンバーたちの間で問題になっているんです。それで、ア…山下君に、少し苦言を呈していただけなんです」


 困惑の表情から、話の内容の変化に従って徐々に笑顔へと変わっていく緒上さん。

 そんな笑顔で誤魔化そうって言ったって、こっちは命が懸かってるんだから…ゴマかされ…な……い…ことも…ない…かも?…あはん。どうして?…あまりにもアタシの好みどおりの笑顔のせいなのかしら?…不思議と…アタシの胸から不安が消えていく。

 でも、アタシは…何とか必死に心に残った疑念を口にする。


 「…そ。そんなの嘘よ。だって、ワザワザ…アタシに聞こえないように…あんな自販機の隅に隠れて…コソコソ…と…」

 「あはははは。あぁ。笑ってすいません。そんな風に見えてしまったんですね。だとしたら、やっぱり誤解です。ほら。その…私たち総合開発室は…ご存知のとおり商品化前の部外秘扱いのプロジェクトばかりを扱っているんです。だから、できるだけネイさんに、詳しい内容を聞かれないように…と。ね?」


 なら、そもそも、こんなトコロでそんな話しないでよね!?…と心の中で最後の抗議の声を上げたアタシだけれど、緒上さんの最後の「ね?」…にトドメを刺されて…不思議なほどあっさりと胸から不安が消え去っていく。


・・・


 それからの記憶は、少しハッキリとしない。

 やっぱり…例の薬の影響がまだ残ってるんだろうか?


 とにかく、優しい緒上さんの笑顔を、馬鹿みたいに見つめて、緒上さんと山下の話に…これまた阿呆のように頷くだけのアタシ。

 いつの間にか、明後日の夜。アタシと緒上さん…と山下も交えて…3人で食事会を開く約束になって…


 「じゃぁ。楽しみにしますよ。明後日の夜」


 緒上さんは、爽やかな笑顔を浮かべて休憩室を去っていった。

 いつまでも馬鹿みたいに緒上さんに向かって手を振っているアタシに、山下が呆れた声で水を差す。


 「…腕…疲れちゃいますよ?…あ。もう、戻ってもいいですか?…僕。これからまだ残業あるんです。今日、取った契約の件で…」


 緒上さんとの会話の余韻を引きずって、アタシはまだ少しぼんやりしてしまっていたので、山下の問いかけにも、弱々しく頷くしかできなかった。

 山下は、アタシを何度か気に掛けて振り返りながら…それで営業部の方へと消えていく。


 しばらく自販機の前でボーッとしていたアタシは、ずっと手に持ったままだった紙コップのコーヒーが、すっかり冷めてしまったのに気づいて一気に飲み干す。


・・・


 コーヒーの苦みに、少しだけ覚醒したアタシは、結局、肝心の薬の正体を全く聞き出せていないことに気が付いた。

 まぁ。素敵な緒上さんと知り合いになれたことは、思いがけない収穫だけど…。


 アタシは一人残された休憩室から営業部の方へと駆け出す。

 よく考えたら、そのまま帰ろうにも、まだ財布の入ったバッグやお弁当箱のポーチが職場の机の上に置きっぱなしなのを思い出したから。


 職場の扉をくぐり、急いで自分の机まで駆け寄る。

 あら、アンタまだ居たの?…的な視線をオバァが投げかけてくるが、気にしない。

 でも、そういう嫌味の色が濃くない同僚の視線には、「あはは。わ、忘れ物しちゃったのよ…忘れ物」…とか、愛想笑いを返しながら再び手を振る。


 先に部屋に戻っていた山下は、本当に残業をするみたいで、アタシの方には目もくれない。何だかそれが、今月唯一営業成績ゼロ…が確定したアタシへの嫌味に思えて、アタシは山下の椅子の足をわざと蹴ってやった。


 「うぁあ…!!…な、何するんですか?…ネイさん。あぁ…図面が破れちゃうところだったじゃないですか…もう!」

 「何、じゃないわよ。結局、アンタ、あの薬のコト、説明してないじゃないの!!」


 抗議してくる山下に、お返しとばかり抗議を返して、アタシは強く睨みつける。

 え~?また、その件ですかぁ?…的な山下の顔に、怒りをぶつけようとすると…


・・・


 「安藤さん!…残業をしないのだったら、早くお帰りなさい。ここは、アタナのおしゃべりに付き合う場所じゃないのよ!…仕事場なの。仕事が終わったら…邪魔しないで…早く帰りなさい!!」


 そんなに大きな声で話していた訳でもないのに、オバァがアタシに怒鳴りつけてきた。

 うぅぅ。やっぱりオバァは、アタシを目の仇にしてるんだわ。

 上司であるオバァに言い返すわけにもいかず、アタシは顔を真っ赤にして屈辱に耐える。

 そのまま走って逃げるのは癪だけど、でも居続けるのもバツが悪い。

 どうしようかと考えていると、次長がアタシに助け船?…を出した。


 「まぁまぁ。小原課長。そんなに声を荒げなくても。逆にみんなビックリして萎縮してしまっているよ。ネイ君…いや。あ、安藤君も悪気があるわけじゃないし…それに、安藤君の明るい性格で、我が営業部の雰囲気も明るく保たれているわけだから。彼女の元気がいいのも、立派な仕事だよ。仕事…。いつも、元気で明るい。これが彼女の大事な仕事なんです。さぁ。ネイ君。明日も、元気『の』仕事をヨロシク頼むよ!…お疲れさま」


 助け船。


 そう。次長は悪い人じゃない。助け船のつもりなのは間違いないだろう。

 でも…アタシは、今の次長の一言で、オバァの嫌味の65536倍傷ついた。

 だってさ。アタシの『仕事』って…それ?…明るく…元気…が…『仕事』?

 アタシは次長が元気『に』でも、元気『な』…でもなく元気『の』と言ったのを聞き逃さなかった。何よ?…元気の仕事って!!!


・・・


 アタシは、きっと今、酷い表情をしているコトだろう。


 山下どころか、誰にも見られたくない。

 アタシは顔を俯けて、カバンとポーチを胸に抱きかかえるようにして職場を飛び出した。


 どこを…どう…走ったのか…憶えて無い。

 けど。

 まぁ、いつも通っている通勤路を、無意識で走ったのに違い無い。

 アタシは、いつの間にか駅のホームにいて、そして、ちょうど入ってきた帰りの方向への電車へと駆け込んだ。


 喉が痛い。

 鼻の奥の方から…喉にかけて…何かを堰き止めて…そして、それに疲れたように…


 運良く空いていた座席に腰を下ろす。

 向かい側に座った子どもが、アタシの顔を指さして笑い。母親に叱られている。

 それで、アタシは…やっと気づいた。

 自分が泣いているのを。…それも、涙と鼻水でグシャグシャになった酷い顔で。


 仕事で失敗したことなんて、いままででも何度もあった。

 営業成績がゼロなのも。今月が初めてじゃない…のは、さっき山下に暴露されたとおり。


 でも。次長があんな風に思ってただなんて。そして…誰も否定してくれなかった。


・・・


 元気な仕事。元気に仕事。元気ぬ仕事?…元気ね仕事。元気の仕事………。


 アタシの脳裏に、何度も何度も…微妙なニュアンスの次長の言葉がこだまする。


 薬の副作用のコトも心配だったけど…それを吹き飛ばすぐらいショックだった。

 窓の外の景色を眺める。

 でも。アタシの目には…たぶん、何も映っていなかった。

 頭を占領しているのは、次長の言葉。

 繰り返し、繰り返し、何度も、何度も…元気の…元気の…


 元気の…元気の…


 元気の…


 ………


 ……


 …


 電車の単調な揺れ。

 意味の無い、騒音未満のノイズが続く走行音。

 電車に乗っているハズのアタシは…いつのまにか船を漕いでいた………


・・・

・・・


 って、何、ウマイこと言っちゃってんのよ!?…アタシ!!


 はっ…と気づくと。

 アタシは船の上…ではなく、見覚えのある小島の上にいた。


 <<お帰りなさいませ>>


 小島の直径は、わずか10メートル程度。

 まるで子どもの落書きか、童話にでも出てきそうなほどの単純な形の小島だ。

 島はその全てが砂だけで出来ていて、草や木…どころか苔も生えていない。

 周りは見渡す限りの海。

 海底の砂地が、偶然、海面の上に顔を覗かせている。そんな感じの小島。


 なのに、場違いにも、前回は無かったはずのベンチのようなものが、小島の中央にしつらえられていて、そして…そこに超アタシ好みのルックスの例の男性が座っている。


 <<疲れているようですので…本当は駄目なんですが…特別にサービスです。どうぞ。お座りになって下さい>>


 そう言って、アタシもベンチに座るようにと目と手で促す。

 電車に乗って帰宅途中のハズのアタシ。家に帰るハズが…なぜか異世界へと帰ってしまったようだった。


・・・

次回、「眠り姫…と呼ばないで…(仮題)」へ続く…

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