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Optimization -幸せにしてあげる-  作者: kouzi3
プロローグ
1/10

(1)飲み過ぎ…かしら?

・・・


 何で、アタシの体調が最悪の時に限って、大事な営業のプレゼンが入るんだろう?

 比較的不定期に襲ってくるアタシのブルーなサイクル。

 月1で定期的っていうのなら、たまたま仕事のサイクルと重なることもあるだろうし、運だと思って諦めるしかないかもしれないけど…。

 多分、いろいろ…精神的なものが絡んでるんだろうなぁ…。アタシは溜め息をつく。


 お腹痛いし、トイレで色々と面倒臭いし、何かもう鉄錆の臭いとかスンゲー気になって、男どもの近くに行った時、超~気まずいし。


 午後からのプレゼンの時間は刻々と近づいてくるっていうのに、アタシの気分はドンドン下り坂で…天気予報風に言うなら、「曇りのち超~雨。失敗警報、発令中~!!」って奴だ。

 こんな気分と体調の中で、いったいどんな素晴らしいプレゼンが出来るっていうの?

 元々、少なめのお弁当を半分以上残して、アタシはお茶を飲む。

 緊張の中で有り得ないとは思うが、万が一、お腹いっぱいで眠くなったりしたら最悪だ。午後一の睡魔を決して侮ってはならない。アタシにとっては、最も手ごわい悪魔なんだ。あの睡魔という奴は。

 空いている化粧室を探し、手早く歯を磨く。

 ネトネトした口からは、ネトネトした言葉しか出てこない。プレゼン前には特に念入りに磨くことにしているんだ。目の前の鏡に向かって歯を剥き出し、何とか合格点の白さを確認すると、アタシは資料を取りに職場へと戻った。


・・・


 今日のプレゼンは、絶対に成功させなきゃならない。

 コレを落とすと、アタシの今月の営業成績は…全滅…ということになる。

 歩合制ではないから、給料がゼロになるとか、減らされるとかは無いけれど、だからこそ逆に肩身の狭い思いをすることになる。

 今月、仕事を取れていないのは、アタシと…山下の二人だけだ。


 山下は、「ヤマシ~太」とアタシが心の中で勝手にアダナを付けて、バレないように呼んでいる男性社員だ。

 開発部門にいたらしいけれど、どういうわけかアタシたち営業部門の方へと今年から配置換えになった。

 きっと、よっぽど「使えなかった」に違い無い。

 配属初日から遅刻ギリギリで出勤し、夜中に何をやっているのか、誰の目にも寝不足に見えるだらしない表情を隠そうともしない。

 ちゃんと顔を洗ってきているのかも疑わしくて、アタシは初日から既に、奴に「対象外」というインデックスを付けてやった。もちろん内心でだけど…何の対象外かは…分かるわよね?…無人島で二人っきりになったとしても…というヤツね。絶対ヤダ。

 その山下は、コンビニにパンでも買いに行ったのか不在だった。気持ち悪いアイツの顔を見ずにすんで、アタシは軽くホッとした。


 朝、飲んできた鎮痛剤の効果が切れ始めてきていてる。

 だから、プレゼンの最中に薬を飲むワケにはいかないから、アタシは早めに鎮痛剤を飲んでおこうと愛用のポーチの中を探った。

 ………ない?


・・・


 何でよ!?

 ポーチの中を覗き込んだり、ひっくり返したりしても鎮痛剤は見つからない。

 うぁ…最悪だ。

 焦る気持ちで、余計に下腹部の重苦しい圧迫されるような痛みが倍増する。

 駄目だ。薬がないと分かった途端に、思い出さないようにしていた偏頭痛や腰痛、全身の怠さが急激に存在を主張しはじめる。うるさい、うるさい…勘弁してよ。

 今日は、気合いを入れなきゃいけないんだ。

 体調の不良なんて理由は誰も配慮してくれない。

 男性上司は勿論のこと、事あるごとにアタシに難癖をつけてくる年配の女性上司だって、そんなコトは言い訳に過ぎないと切って捨てるに違い無い。

 「要は気持ちの問題だ」…と。

 「現に私は乗り越えてきた」…と。

 あのオバァは、言うに違いないんだ。あ、オバァっていうのは、その女性上司のことね。おばら…小原っていう名前なんだけど、アタシはバレ無い程度にわざと「ら」の音をルーズに発音してやってる。


 でも、今はオバァの悪口を言っている場合じゃない。

 備え付けの薬箱というのは、うちの職場にはないんだ。

 オバァが以前、自己管理は自己責任云々とか…余計な理論を振り回して廃止してしまった。どうせ経費の削減かなんかのためだろうけど…。


 シャレにならないピンチに、アタシはなりふり構わず他人のデスクの上まで見回して、頭痛薬でも鎮痛剤でも置いていないか探して回る。


・・・


 そして、アタシは見つけてしまった。


・・・


 アタシの職場には、女性はアタシとオバァしかいない。

 前述のとおりオバァは薬なんか不要らしいし、男性社員もどちらかというと頑丈さダケが取り柄…って感じの連中ばかりで、誰の机にも鎮痛剤や頭痛薬どころか風邪薬さえ見あたらなかった。

 昼休み中で、職場にはアタシしかいないけど…さすが、他人の机の引き出しを開けて回るわけにもいかない。

 ただでさえイライラしているのに、アタシの苛つきは、アタシの営業成績とは逆に、ぐんぐん右肩上がりで上昇中だ。


 チラッと壁掛けの時計に目をやる。

 薬局まで走っている時間はない。

 もう、このまま、最悪な気分と体調とでプレゼンに望むしかないのか…。

 腹いせに山下のヤツのデスクの脚を蹴っ飛ばしてやったけど…当然、痛い思いをするのは自分の方で、情けないやら何やらで泣けてくる。


 でも、蹴飛ばした衝撃で、山下の机の上に積み上げられていた正体不明の物体たちが崩れ落ちる。

 オタクに間違いない山下の机の上には、仕事に必要かどうか甚だ疑わしい謎の物体が常に積み上げられているんだ。


 「あ?…もしかして…コレ!?」


 でも、その崩れた物体の中に、アタシが探し求めているモノっぽい箱を見つけた。


・・・


 箱は、どう見ても薬の錠剤のパッケージにしか見えない。

 大きさも、そのパッケージのデザインも…それっぽい。

 品名は、英語か何かで良く分からないけれど、「服用後の運転や大事な仕事は避けて下さい…云々」的な注意書き的なものが書かれている辺り…もう、鎮痛剤か頭痛薬だとしか思えない。

 アタシは興奮して、それを素早く手に取る。

 製薬会社らしきロゴを見ると、「エムクラック」と発音するのだろうか?…やはりアルファベットが幾つも並んだ見たことの無いロゴだった。


 「うん。…鎮静薬っぽいよね」


 アタシは、駄目で元々…の気分で、そのパッケージを勝手に開ける。

 いつも寝不足で、不健康そうな顔色をした…あの山下なら、頭痛薬や鎮静剤…若しくは風邪薬ぐらいならお世話になっていそうな気がする。

 パッケージを開けると、やっぱり錠剤タブレットが何十粒か入った小瓶が現れた。

 キャップを急いで開けて、3錠を手の平に載せる。

 何錠飲むべきものなのか、パッケージを見ても今ひとつ分からなかったけど、こういうものは大体3錠ぐらい…じゃなかったけ?

 効き目の強すぎるヤツは1錠とか2錠の場合もあるって知ってるけど…効きすぎても死ぬことはないだろう。

 折角飲んだのに効果が足りなかった…というオチの方が困る。

 だって、今日のプレゼンは、絶対に失敗できないんだから。

 アタシは、その3錠を口に放り込むと、山下にバレ無いように小瓶をパッケージに戻す。


・・・


 自席へ戻って、マイ水筒の中に入れてきた天然水で3錠を一気に呑み込む。

 すぐに効き始めるといいけど…さすがにそれは無理だろう。


 うちの会社の営業方法は少し変わっている。

 アタシたちが売り込む商品やサービスは、開発部門が既に商品化したものばかりではなく、アタシたち営業が企画した未開発の商品やアイデアの場合もあるんだ。


 アリモノを売るだけでは、新しいビジネス・チャンスは掴めない。

 それが口癖の社長が、アタシたち営業部にも企画を考えてアイデアを売ってこい!…と無茶なことを言ってきたんだ。

 アタシは部長が断ってくれるって信じてたのに、あのゴマすり弁チャラ部長は…


 「お任せ下さい。我が部のスタッフは皆、優秀です。素晴らしいアイデアを考えて、どんどん契約を取ってくることでしょう!」


 …だなんて景気の良いことを勝手に言っちゃってくれたから、もう大変。

 アタシたちは、その日から開発部門や生産部の技術や能力的なスペックやら、資材部にある物品のリストなどを徹底的に叩き込まれて、我が社で実際に実現可能なサービスや商品のアイデアを自分で企画して売り込まなければならなくなった。


 別に、既存のアリモノを売っても良いんだけど…それが出来ない者は、せめてアイデアを売れ!というプレッシャーをかけられる。

 営業成績のパッとしないアタシや山下は、そんなわけでアイデアも売らなきゃならない。


・・・


 今日は、午前中に別件で我が社を訪れたお得意様に、午後からの時間もいただけることになったらしく、部長からの指示でアタシや山下など何人かがプレゼンをさせていただくことになったんだ。


 午後1時が近づいて、部屋に何人か戻ってきはじめる。

 山下も、コンビニ袋をぶら下げて帰ってきた。

 山下は、自分の机の上の山が崩れているのに気づいて、キョロキョロと辺りを見回す。

 そして、例のエムクラック?製の薬の箱を手にとると、首を傾げて何か調べるような仕草をしている。

 げっ。カンの良い奴。

 アタシは、バレることは無いだろうと思いながらも、出来るだけ無関心を装いながら、山下の様子を窺う。

 ところが、山下は、アタシの方へとのそのそと近づいてくる。


 「…ねぇ。ネイさん。僕のコレ…飲んだでしょ?」


 うそ。

 どうして分かるのよ?…とかなり内心で焦りながら、でも、アタシは開き直る。


 「し、下の名前で呼ぶなって言ってるでしょ!?…良いじゃないのたった3錠ぐらい。アタシ、今日、ちょっと体調が最悪なのよ」


 アタシの逆ギレっぽい言葉に、山下は…「え?…3錠も…」と目を丸くする。


・・・


 あ。山下って、こんなに目が大きいんだ。

 普段は眠そうに細められた目しか見たことがなかったので、アタシはそんなどうでも良いことに気を取られてしまったんだけど…ヤツは「3錠も」…と言ったんだ。

 つまり、間違いなく、アタシは飲み過ぎた…ということだろう。

 しかし、山下の意味深な台詞は、その次の方が気になるものだった。


 「…っていうか、これからプレゼンだっていうのに?」

 「え?…これって、そんなに…強いの?」


 アタシは焦った。

 痛みを押さえてくれないと困るけど、さすがに効きすぎて意識が朦朧としてしまっては元も子もない。

 でも、そんなアタシの焦りに対して、山下の反応は意味不明のものだった。


 「?…いや。強いとか…そういうタイプのじゃないけど…」

 「タイプ?」

 「…少なくとも、仕事中に飲むのは…勧められないなぁ。社会人として…」


 社会人として…?

 何いってるのコイツ?…アンタみたいな「年中、寝ぼけてます!」って感じのイケテ無いヤツに、何でアタシが駄目人間みたいな言われ方しないといけないのよ?

 そう言い返そうとした時、午後1時を告げるチャイムが鳴る。山下に構っている暇は無い。アタシは、急いで資料を抱えて、プレゼンの控え室へと向かった。


・・・


 でも。この日。アタシがプレゼンをするコトは無かった。


・・・

・・・


 真っ暗闇。


 映画のオープニングを見ているような感じ?


 目の前に、英語だと思われるテロップのようなものが、現れては消え、そしてまた現れ…と次々に表示されていく。

 自慢じゃないがアタシは英語は苦手だ。

 英語だけじゃなく、日本語以外の語学全般が致命的に駄目だ。

 そのせいで、危うく大学を卒業できないところだった。教授に嘘泣きで頼み倒して、試験の不出来を何十枚ものレポートを提出することで容赦してもらい、ギリギリ卒業に必要な単位を貰うことができた。そのぐらい外国語は苦手。


 でも、この映画?…なんか変なのよね。


 時々、何かを選択させるような表示が出てくるの。

 外国語が苦手なアタシに、何でそれが分かるか…って言われそうだけど…だって「?」マークが付いてたらさすがにアタシでも疑問文だってことぐらい分かるよ。

 それに、続いて2~3個の選択肢っぽいモノが並んでいたら…選ぶでしょ?ふつう?


 だって、選ばないと…その変な映画、ちっとも先に進まないんだもん。

 どうやって選ぶんだ?…って、アタシも思ったけど、それはすぐに分かった。

 適当に一つを選んで見つめ続けると、それが一瞬輝いて、それで次の表示に進むから…


・・・


 そして、いくつかの選択肢を経て、その映画?は、やっと真っ暗な字幕スクリーン状態から、映像を映した状態へと移行した。


 やっぱり映画よね?…これ?


 画面に強制的に目を釘付けにされているような感覚が妙だけど、不思議と瞬きしなくても目が乾いたり、涙目になったりしなかった。

 でも、どうやっても画面から目を離すことができないのが、体を乗っ取られたか、操られているようで気味が悪かったけど…取りあえず、今のところ体に危険は感じない。


 うん。映画よ。映画。だって…音楽も流れてるし。


 映像はぼやけていて何を映しているのか分からなかったけれど、その混沌とした感じの画面の揺らめきにマッチした、神秘的な音楽が薄っすらと聞こえている。


 でも…何これ?

 さっきから、全然、ストーリーが始まらないじゃないの?

 っていうか、映画のタイトルも全然、出てこないし…


 つまらないから、もう…この映画、見たくないんだけど………どうやったら、この映画館から出られるんだろう?

 そもそも、アタシ、映画館に入った覚えがないんだけど…?

 てか…今時、映画館?…映画ってネットで見るもんだよね。文化財じゃん。映画館。


・・・


 あぁ。そうか、映画館じゃないんだ。

 アタシは持ってないけど、聞いたことがある。

 頭にスッポリとかぶって、目の前にディスプレイが来て、耳の所にはサラウンドの超いい音で映画を楽しめる…確か…ヘッドマウント…なんちゃら…ってヤツがあるらしい。

 最近は、それがワイヤレスでネットに繋がって、月額チャージで映画が見放題とかいうサービスもあるらしい。

 なるほど。きっと、それだ。

 だから、画面以外、何も見えないんだね。

 自分の体すら見えないのって、ちょっと不思議だったんだ。

 じゃぁ、簡単だ。さあ、外すよ。えっと…ほら、自分の頭から…ね?


 何てコト?


 アタシは焦った。

 自分の体の感覚が全くない。

 そりゃぁ…普段だって、そんなに意識して、自分の手足を動かしているわけじゃないけれど、今は、その手足の存在の有無すら感じ取ることができない。


 目の前には、相変わらず混沌とした光と闇の渦。

 音楽は…皮肉なぐらい落ち着いた…名曲と言っても良いぐらいのもので…なんだか、無理矢理、心を穏やかにされている感が…空恐ろしい。


 酔っぱらって泥酔中に、誰かにヘッドマウント…を無理矢理被らせられた?


・・・


 そうだ。それに違いない。


 取りあえずアタシは、一番、あり得そうなシチュエーションを思い浮かべて、自分がミステリーゾーンとか得たいの知れない状況に迷い込んだのでは無いと思い込もうとした。


 酔っぱらって動けないなら、酔いが醒めるまで待つしかない。

 無防備かもしれないアタシの体の貞操の危機については、敢えて考えないように努める。


 酔いが醒めるまで………って、どのぐらいだろう?

 そもそも、どれだけお酒を飲んだんだろうアタシ?…ていうか飲んだ記憶自体ないけど。


 しかたないから、アタシは画面の中の光と闇の追いかけっこを眺める。


 無秩序のように見えて…でも、規則性があるようにも見える。

 しばらく、画面のアチラコチラに視線を送っていると、アタシはあることに気づく。

 アタシの視線に合わせるかのように、その光と闇の勢力?が変化するんだ。


 これ………面白いかも!?


 段々と、コツ?…のようなものが分かってきて、アタシは視線だけで色々とその光と闇に干渉し、影響を与えていく。

 光の固まりが成長していくのが面白くて、アタシはその幾つかを大きく育てようとするんだけど、なかなか上手くいかない。これ、難しい。でも、面白い。


・・・


 よく考えると、映画なのに、アタシの視線に反応するって………不思議?


 でも、一応、企画の仕事もやっているあたしには、思い当たる言葉が浮かんだ。

 インタラクティブ・キネマ…

 確か、双方向とか、対話的…とかいう飾り言葉のついた最近、流行り?の映画があった。

 ネット系の映画なら、きっと、そんなコトも可能なんだろう。


 最初は、面白かったけれど、なかなかアタシが思う大きさまで光の固まりが成長しないので、アタシは少し、イライラしてきた。

 ヤケになって、適当に、デタラメに、視線を縦横無尽に走らせていると、画面はまた光と闇が混沌な状態になった。

 つまらなくなって、画面の端の方に視線を落とす。


 何だろう?


 今、初めて気が付いたけど…何か、パレットの様な色とりどりのマトリックスや、何かのアイコン?を並べたような…これって、操作メニュー?…って感じのモノがある。

 全く、使い方が分からないけれど、未だに酔いが醒める気配はないし、時間を持てあましたアタシは、試行錯誤で色々とやっているうちに、また、何となくコツが分かってきた。


 アタシ。天才かも!?


 嬉しくなって、再び、色々と視線を動かし、時々、メニューを切替え、光と闇をいじる。


・・・


 今度は、そのメニューを上手く使ったお陰だろうか?

 思ったように光の固まりが成長し、幾つかの光の球が生まれる。

 時々、光の球同士がぶつかったりするが、小さいうちは砕け散っていたそれが、ある程度の大きさを超えた頃からは、ぶつかり合うことで融合し、より大きな球へと成長することがわかった。


 その頃には、もう、アタシが視線で掻き混ぜなくても、光の球は、それぞれがそれぞれと手を取り合ってワルツを踊るかのように、互いが互いの周りを回り合い、そして、それ自体も、またより大きな系の中でゆっくりと画面の中を回っていくようになった。


 これって…なんか…見たことある!!


 それは、もう宇宙だった。

 いつか、TVや映画で見た。子どもの頃には、科学館でも見ただろうか?


 アタシは、今、一つの宇宙を生み出したんだ!


 何だか、凄い大仕事をしたような気がして、アタシは言いしれぬ満足感に満たされる。


 何だか…神様にでも、なったみたい。


 そして、アタシは見つけた。

 光輝く、一つの惑星を。


・・・


 <<Congratulations.>>

 <<You have completed the tutorial.>>

 <<Then, enjoy the main stage.>>


 アタシが、妙に心を引かれる一つの星に魅入られた瞬間。

 アタシの目の前に再び、外国語のテロップが流れる。


 あぁ。この映画、もう終わっちゃうの?…あの星が、もっと見たいのに…


 アタシは、書いてある外国語の意味は理解できなかったけど、それがきっと、いわゆるエンディング・ロールなんだろう…と思って、残念な気持ちになった。

 でも、いつまでたっても「完」という意味の外国語が表示されることはなく、アタシのガッカリした気持ちを感知したかのように、アタシが見つめるその星が大きさを増した。

 いや。星が大きくなったんじゃない。近づいているんだ。

 星が?…いや、アタシが?…どっちでも同じなのかな?


 でも、呑気にそんなことを考えていられるのも、僅かの間だった。

 星は、急速にアタシの視界一杯に広がり、アタシは「近づく」…なんていう表現が、全くの間違いだと気づいた。


 落ちてる?


 落ちてるよねぇ………これ!!!


・・・


 映画だから落ちても死なない………って思うよね?


 でもね。

 それは、さっきまでの話。


 だってね。

 どういうワケか、アタシ、いつの間にかヘッドマウントなんちゃら…をもう被ってないみたいで、手も足も体も…全部、普通に感じるんだもの。

 いや。全然、普通じゃないか。だって、落ちてるし。


 今、思えば、さっきまでは無重力っぽい感じだったんだ。でも。今は…

 女性の中には、ジェットコースターとかバイキング?…あの船のブランコとか乗っても、全然平気な人もいるみたいだけど…アタシは………駄目。

 なんか、膀胱を鷲づかみにされたみたいな圧迫感が…もう、どうにも嫌。


 と。思ったのは一瞬だった。

 続いて体を包んだのは、落下感というよりむしろ浮遊感。

 アタシ…飛んでる!?

 とても気持ちが良い?………かも?

 確か、先週、友だちがスカイダイビングに行ったって話してたっけ?…そういえば、その子も、落下感は一瞬で、後はパラシュートが開くまで、空中を泳ぐ?みたいで楽しかったって言ってたような気がする。

 なるほど。確かに、そうかも。………でも。パラシュート…???


・・・


 再び、アタシに今世紀最大!?の恐怖が襲い来る!!!


 だって、アタシ、パラシュートなんか背負ってないもん!?

 友だちのスカイダイビングの経験談なんて、思い出しても何の意味も無いじゃ~ン!!


 夢なら、このへんで、もう醒めてよ!!

 アタシは強く念じる。

 お酒の酔いかもしれないけど…とにかく、どっちでもいいから醒めて、醒めて!!!

 半泣きになって、アタシは空中でジタバタともがく。


 <<Do you need my help now?>>


 え?…何?…アタシ、今、それどころじゃないのよ!!


 <<May I help you?>>


 あぁん。もう、煩いわね。…え?…ヘルプ?…ヘルプって「助けて」よね?

 何、誰?…アンタも助けて欲しいの?

 アタシは、半分パニックで、隣を同じスピードで落ちている人から、話しかけられている…という不自然さに気づくこともできない。

 すると…


 <<言語選択の時に、どうして【日本語】を選ばなかったんです?>>


・・・


 アタシはそれで、やっと隣を一緒に落ちていく男性の存在に目を向けた。


 ゆ。夢よ。醒めないで。


 アタシの超理想のルックスだった。

 ヤバイ。アタシ、半泣きで、今、酷い顔しているんだった。

 お願い、あんまりこっちを見ないで!


 って、落ちてる時に、呑気に考えている場合か…って、自分にツッコミを入れようとした時。その彼が、アタシの背後に回り、腰骨の辺りを掴む。


 あん。…って、ちょっと、いきなり何よ。

 いくら、超好みだからって、初対面でしょ!?…あぁ…あぁ…でも、なんか…


 今度こそアタシは飛んでいた。


 アタシは、しばらくの間、言葉を失った。

 初対面の男性に、腰骨を掴まれていることも気にならないほどに、心を奪われていた。


 空飛ぶアタシの眼下には、どこまでも、どこまでも、どこまでも広がる世界。

 アッチには海。

 向こうには大地。

 ここはどこ?


・・・


 心で思っただけのつもりなのに、声に出してしまっていたのだろうか?

 背中から男性の声がアタシに答える。


 <<どこ…って。アナタが選んだ惑星じゃありませんか…そうでしょ?>>


 アタシは、首だけを動かして背後の彼の方に視線を動かす。

 残念だけど、限界まで首を動かしても彼の顔の方までは向けない。

 だから、アタシは構わずそのまま問いかける。


 これを?…アタシが。…あぁ。あの宇宙に生まれた…あの惑星。え?アタシが?


 <<アナタは何も…分からずに、ここへ来たのですか?>>


 やがて、男性はアタシをそっと、小さな小島の上へと運び下ろした。

 腰骨から彼の指の感触が遠のく。

 ほっとしたような、残念なような…なんか複雑な気分。


 初めて会う男性に、こんな感情を抱くなんて…アタシ、そんな軽い女じゃないのに。

 きっと、ワケも分からずに知らない世界へ放り込まれた不安感からくる気の迷いよ。

 …とか、心の中で言い訳しつつ、アタシは取りあえず、この世界で唯一、アタシを保護してくれそうな(しかも超アタシ好みのルックスの)男性の腕に寄りそう。


 「説明してくれる?…ここはどこ?…アナタは誰?…アタシ…どうして?」


・・・


 質問攻めにするアタシの唇に、男性はピンっと立てた彼の人差し指をそっと当てる。


 <<し。静かに。そんなに慌てなくても、ちゃんと説明して差し上げますよ>>


 男性は、アタシに優しそうな笑みを見せる。

 そして、続ける。


 <<…それが私の仕事ですからね。ようこそ、【異世界】へ。そして、ぜひ、この世界を素晴らしき世界へとお導きください>>


 異世界?


 い。異世界?


 いいいいいい?…異世界ぃぃぃぃいいいいいいい!!!!??????


 「何よ。ソレ。どういうコト?」


 再び混乱するアタシを、男性は穏やかな笑みを浮かべたまま静かに見守っている。

 駄目だ。この笑顔。

 アタシ、どうしても、彼に微笑みかけられると…大人しくなっちゃう。


 <<アナタは、本当に、何も分からずにこの世界へ来てしまったんですね>>


・・・


 青い空。広がる海。ぽっかりと浮かぶ小島。


 見たこともない世界で、初めて会った男性と見つめ合うアタシ。


 ここちよい風が、アタシのセミロングの髪を撫で揺らす。


 波音がひときわ大きくなって…また静かになる。


・・・


 これが、アタシの奇妙な二重生活の始まりだった。


・・・


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