最終日 亡くした命は記憶となり、ある命はそれを覚えていくのだ
亡くした命は記憶となり、ある命はそれを覚えていくのだ
美亜が言ったことが本当なら今日が最終日だ。
そして、現在の時刻は朝の四時。
俺は美亜に起こされおぶって家を回っていた。
「ここはキッチンだな」
「そうだね。私ここでお母さんが作った料理を運んだ記憶があるよ」
力なく言う美亜。
息も荒い。きっと苦しいのだろう。
「ここはトイレだな」
「うん。ここの匂いはちょっと変わったかな。昔はいい匂いがしたんだよ?」
俺は次に場所に向かう。
「ここはベランダだ」
「そうだね。まだ朝早いから寒いねぇ」
だんだん重くなる美亜を俺は一生懸命抱えて歩く。
「どうだ? ここは庭だぞ」
「うん。昔はここに花がいっぱい咲いていてね。綺麗だったんだよ?」
それからもいっぱい回った。
何にもない部屋を見たり、何にもないリビングを見たりして時間を潰した。
見ている最中美亜はどんどん重くなった。ついには声まで聞こえなくなる。
俺は全部回ったところでベットに寝かし美亜を見る。
さっきまであんなに荒かった息が静かになっていた。
「なあ、もう死んじまうのか?」
俺が問うと美亜はゆっくりと目を開ける。
「あはは。そうかもしれないね」
なんでそんなに楽しそうなんだよ。
「死ぬのって怖いもんじゃないのか?」
「うん。怖いよ。だけど、今日まで信五が一緒に遊んでくれたから少し楽かな」
なんだよそれ。
「お前ってホント何考えてるかわかんねぇやつだなぁ。ったく」
「あはは。よく言われるよ」
なら、少しは直せよ。
俺は心でそう言って苦笑いする。
「ねえ」
「なんだよ」
不意に声をかけられて美亜を見る。
「最初に約束したよね。私が死んだら全てを忘れるって」
ああ、そんなことか。
「ああ、それなら――」
「もう、忘れていいよ」
美亜が言ったことがよくわからなかった。
「もう、私のことを忘れていいよ。どうせ、私は長くないし、それに信五に死に様を見て欲しくないし」
声がか細くなっていく。
なんだよそれ。何なんだよそれ!
「忘れっかよ。こんなに楽しいのは久々なんだぞ?」
俺は気づけば涙を流していた。
「あはは。最初と言ってること真逆じゃん。おっかしー」
元気に言っているつもりだろうが全く元気そうにない。
「ったく。そんなに忘れて欲しいのかよ」
俺は呆れてそんなことを言っていた。
「そんなわけないじゃん。覚えていて欲しいよ? 私だってこんなに楽しかったのは初めてだし。それに――」
私、信五の事大好きだしね。
そう言って笑顔を見せる。
見せた途端、体の力が抜け糸を切られた人形のように倒れた。
息もしていない。
笑顔もなかった。
死んでしまったのだ。
「おい。ずりぃぞ。勝手に言って勝手に死ぬなんてよ」
俺は膝を着きその場に崩れた。
「俺も大好きだったよ。俺をちゃんと見てくれたのはお前が初めてだったんだ! くそったれぇ! 何勝手に死んでんだよ!」
俺は力なく美亜を揺らすが人の温もりはそこにはなかった。
「クソッ! クソクソクソッタレェ!」
俺は地面を叩いて怒りを表に出す。
すると、美亜の指が動いた。
「あ、あはは。し、死神に頼んで少しだけ時間をもらったよ」
そう言って笑顔を見せる。
「なんだよ、それ」
俺は苦笑を浮かべる。
「じ、時間がないから手短に言うね」
俺は何も言わず聞く態勢に入った。
「私なんかの頼み事を聞いてくれてありがとうね」
それは俺がやりたくてやったことだ。
礼を言うな。
「そして、楽しませてくれてありがとう」
俺も楽しかった。
礼を言うな。
「最後に私と一緒にいてくれてありがとう」
「そんなことない。こちらこそサンキューな」
俺は泣いていた。
久々に泣いていた。
それはもう堂々と泣いていた。
「あはは。泣かないの。男の子でしょ?」
「お前は母親か!」
弱々しく笑う美亜。
俺はいつもと同じように言ってやった。
「あはは。……じゃあね」
「ああ、じゃあな」
美亜は目をつぶろうとする。
「あ、忘れてた」
「なんだよ」
俺は小さくなった声を聞くために耳に美亜の顔を近づける。
「強く、強く生きてね。私の分まで」
ああ、生きてやるよ。お前の分までいろんなもんを見ていろんなやつと出会って長生きしてやるよ。
「じゃあね」
そう言って美亜は最後の力を振り絞り俺の唇にキスをした。
「ああ……じゃあな」
俺はその場で泣いていた。
長い間泣いていた。
それから俺はあることを思い立ちこの物件を買うことにした。
家の裏に小さな墓を作り毎日お参りするために。
「安らかに眠ってくれ。そして、ずっと見ていてくれ。きっと俺は大物になっていろんなもんを見るからよ」
その二年後、信五は最弱の神、京子と出会い。神を倒すことまでした。
信五はいろいろな世界を見て、いろいろな戦いを経て強くなり美亜との約束を守るように精一杯精進した。
とあるところに神をも恐れず、とあるところに世界をも壊す男がいた。
これは後に最弱の神と手を組み最強の階段を歩いた神谷信五の十五の時の物語であり始まりの物語である。




