私は風旅人になりたいんだ!
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「私には風旅人になるという夢があるのです。その夢を叶えたい……ですから守護騎士を交換していただきたいのです」
「本当にいいのエルノ? わたくしにも夢があります。それはこのまま当代を目指しなり国を豊かにすること。その夢に近づくにはあなたの守護騎士が一番いい」
「私の夢はユンファ様の守護騎士だときっと叶う……では、決まりですね」
「ええ、それでは交換致しましょう」
「私、旅先で珍しいものを見つけたらユンファ様にお送りします」
「ふふ、それは楽しみね」
夜更け、数いる当代候補らの住まう宮の部屋の一つでこんな会話がなされていた。
風国は女性達が国を治めている。そしてその頂点の女性を当代といい、現当代の退位の時期にあたると格式ある家々から当代候補の娘達が集められ、才気を競い合い認められたものが次代の当代となるのだ。
エルノもユンファも当代候補として宮に集められた娘だったが、互いに蹴落としあうことはせずここ半年ほどかけて次第に気の合う友人となっていった。
ユンファは中でも一番有力な当代候補で、このまま本人の能力だけなら順当にいけばほぼ確実に次代の当代になれる実力を備えている。
当代候補には各々守護騎士が付いており、身辺警護から雑務まで幅広くこなす容姿端麗で有能な男性が務めていた。当代候補時代から付き従い、行く行くは夫ともなることも多い守護騎士は人生を一蓮托生した存在なのだ。
けれど、よくよく見極められるために能力は二人を合わせて皆それぞれが均等になるように組み合わせられている。その為ユンファには悉く斜めに構えてお気楽な能天気男のミルファンがあてがわられていた。
逆にエルノはほぼ底辺にいる当代候補なので、真面目で寡黙、忠義者の一番有能なリードがあてがわられている。
そして、最初にあった会話の通りエルノには風旅人になるという夢があった。それを叶えるためにはリードでは不適任だったのだ。けれどミルファンならば隙をついて宮を抜け出し旅に出られる。エルノはそう考えていた。
ユンファとしてもリードならば確実に夢に近づくことができるため、エルノの申し出は大変有り難かった。
片方のみの要望ではなく、両当代候補らが真実望む場合に限り守護騎士の意思は関係なく交換を是とするという決まりがある。交換するならば互いに夢に近づくとなればエルノとユンファ、否することなどない。二人はさっそく揃って翌日当代候補管理長官へ守護騎士の交換を申し出るのだった。
「は……守護騎士の交換、ですか」
「へえ、オレはいいよ」
エルノとユンファの二人が申請し受諾された後、リードとミルファンの二人は当代候補管理長官に呼び出された。
「しかし俺はエルノ様の補佐をし当代へと……」
「これは既に決定事項です。両当代候補が真実望み守護騎士の交換を申請し、それは受諾されました。本日よりリード殿はユンファの守護騎士、ミルファン殿はエルノの守護騎士となります。お二方はこの後、新たな当代候補の部屋へ赴き任務にあたって下さい」
「りょうかい~」
「しかし」
「話は以上です。ではお二方は退出なさって下さい」
「だが」
「はいはい、リード行こうね~」
突然の守護騎士の交代通達を受けたリードは納得がいかず食い下がろうとするも、当代候補管理長官は話は終わりとばかりに退出を促す。顔色一つ変えずに既に他の仕事へと思考をシフトし、リードの事を相手にしない。
そんなリードをミルファンはどうどうと宥めながら当代候補管理長官室から出た。
「おいミル! 何故意見しない」
「だって当代候補の二人が望んでるんじゃ、オレらの意思なんて関係ないじゃん。そういう決まり、忘れたの?」
「くっ、だが!」
「はいはい、リードはエルノ様一筋だもんね~そりゃいきなり交換なんて受け入れられないよね~」
その言葉にかっと顔を赤くしたリード。それきり黙ってしまったリードを見てやれやれと肩を竦めたミルファンは、ぽんぽんとリードの肩をたたく。
「大丈夫、オレはエルノ様はタイプじゃないから心配しなくていいよ」
「なっなにを……」
「必ずしも守護騎士とくっつくわけじゃないんだから、ね?」
「お、俺はただ初めに守ると誓ったエルノ様と当代を目指したいだけだっ」
更に耳まで赤くしたリードににやにやした笑みを浮かべうんうんと頷くミルファンは言う。
「大丈夫、リードのエルノ様を取ったりしないから」
「だから俺はっ」
しばらくこのようなやり取りが続けられていた。
当代候補達の住まう宮、エルノに与えられている部屋の中で、主であるエルノは一人ほくそ笑んでいた。
「ふふっこれで準備万端だわ。ミルファンには悪いけど交換初日に逃げられた無能な守護騎士のレッテルを張られてもらいましょう」
嚢に旅に必要な物を詰め込んであり、後は宮から抜け出すだけ。ルートも既に頭に叩き込んであるエルノは、これから訪れる数々の場所に思いを馳せる。
宮の敷地内で西の角の方に馬屋がある。そこのすぐわきに使用人の使う通用口があり、主に当代候補達の食材の持込や馬の飼葉を持ち込んだり、ゴミを出したりする時に使われていた。
エルノは宮から抜け出すのにゴミと紛れていくつもりでいた。この際臭いのは我慢すると拳を固めて口に出している。宮から出てさえしまえれば一時臭いことなどどうということもないのだろう。
「さて、準備も整ったし一度ミルファンとの顔合わせを済ませないとね。その後用でも言いつけてしまえばこちらのものだわ」
エルノは嚢を箪笥の奥に入れて服で隠した。もうすぐ当代候補管理長官から言い渡されてこの部屋へミルファンが挨拶に来ることになっていたから嚢を見つけられては台無しになる。
卓につくと同時に扉をこんこんと叩き、外から声がした。
「本日づけでエルノ様の守護騎士となりましたミルファンです~入室してもいいですかね」
「許可します」
「失礼しま~す」
軽い口調でミルファンが部屋へと入ってきたのを見ているエルノは、やはり彼にして良かったと内心喜んでいた。
エルノがよく聞いていたユンファ様の話では、ミルファンは何かにかこつけてはよくサボっていたらしい。なので、おそらく当代候補の底辺に位置するエルノに対してはユンファ様以上に気を緩めそうだと考えていたのだ。
卓の傍まで来たミルファンは、椅子に腰掛けているエルノの少し前で跪いた。
「只今より、エルノ様の守護騎士として一意専心任務に励む所存です~なので、どうぞ仲良くしましょうね」
「くすっミルファン様はユンファ様の言っていた通り、楽しい方ですね。底辺の私ですがこれからどうぞ宜しくお願いします」
跪く所作は優雅ではあるが、やはり軽い口調のミルファン。エルノは微笑んで挨拶を返した。
「いやあ、そのエルノ様の笑顔を見ているとオレと相性良さそうで安心しましたよ。上手くやっていけますねオレ達」
「ええ、きっと」
エルノは今日限りで会うこともないだろうけれどと内心思いながら、大きく頷くのだった。
軽い挨拶を済ませた後にエルノはさっそくいくつかの用件をミルファンに言いつけた。初日からあまり長時間かかるのも怪しまれるかと考えたエルノは短すぎず長すぎずで終えられる数にとどめたようだ。
では後ほど~と言いながら退出したミルファンを見送り、エルノはさっそく隠した嚢を取り出すと民がよく着る普段着に急いで着替える。そして、その上から侍女の服を着ると用意していた洗濯籠の中に嚢を入れてシーツで覆い、窓からそっと逃げ出した。
「結構簡単に抜け出せるものなのね、大丈夫なのかしらここの警備」
宮から出たゴミを積んだ荷馬車から折を見て飛び下りたエルノは、近くにあった茂みの中へと素早く移動しそっと息を潜める。しばらくしてからそうっと辺りを窺ったが特に変化は見られなかったようで、エルノは自分が宮から出たことはまだ誰にも気づかれていないと思っていた。
ほうっと安心して息をつくと背後から軽い声が掛けられた。
「まあ一度中に入りさえすれば、出る時のチェックは荷の点検くらいしかしないしね~」
「っ!! ミ、ミルファン。どうしてここに」
「そりゃあオレはエルノ様の守護騎士ですから。にしてもゴミ臭いですよ、早く上に来てる侍女服脱いだほうがよくないですか」
いかにも当然何を言っている、といった表情で突然エルノの背後に気配もなく現れたミルファンはそう言う。未だに心臓の音が早鐘のようになっているエルノのことなどおかまいなしに、ミルファンは手際よくあっという間にエルノの着ていた侍女服をがばっと剥ぎ取ってしまう。
「きゃっなにするの!」
「だって本当に臭いですよ、当代候補なるお方がゴミの匂いに包まれているなんて守護騎士であるオレが許せませんし」
「だからって許可もなく女性の服を脱がすなんて!」
「あれ、いいですかって言ったら許可くれたんですか、それもいいなあ」
「よくありませんし許可もしません!」
つんつん怒り許可しないと言うエルノにほらね~とミルファンは肩を竦める。そうしながら小さくぶつぶつ呟いているエルノの声を拾うと、だいたいなんでここにや、うまく時間作ったし出られたのになどと時折忌々しいといった表情でミルファンを見てくる。
そんなエルノを見て思わずミルファンはぷっと吹き出した。
「なんで笑うんですか、そんなに簡単に捕まった私が可笑しいですか。連れ戻しにきたんですよね、いいですよ今回は大人しく戻りますよ」
じと目と拗ねた口調でそう言ったエルノ。けれど、次には目をまんまるにして口をぽかんと開けた。
「何言ってるんですか、せっかく抜け出せたんですよ? さっさともっと遠くへ行かないと気づかれて捜索開始されますよ~今のうちに距離を稼ぎませんとね」
「へ?」
そう言うとミルファンは下に置いてあった嚢を持ち、エルノの右手を掴むと茂みから駆け出した。
「ちょ、ちょっと! もう少しゆっくり走って……」
「もう少しですからね~あとちょっと頑張って下さい、エルノ様」
自分のペースで走れず手を繋がれている為に走りづらいので、ペースを落としてほしいというエルノにそう返したミルファンは、いくつかの路地を抜けて旅人がよく泊まる宿へと行く。
けれど、宿の中には入らずに裏手へ回り込むのでエルノは疑問に思ったが、回った先を見るとそこには馬屋があった。
「おっちゃん、預けておいた馬出して~」
「おー、ミルファンじゃないか。馬だな、わかった」
「馬?」
勝手知ったる他人の家のごとく慣れた様子で、馬屋にいた人の良さそうな中年の親父に声を掛けるミルファンは、すたすたと馬屋の外にある馬を繋げておく木の杭へとエルノを連れていく。おそらくここで預けておいたという馬を受け取るのだろう。
おとなしく付いていったエルノだが、頭の中では風旅人になる為に一人宮を抜け出して、自由に旅に出れるとばかり思っていたのに、なぜかミルファンと一緒にいることになってしまっている現状にまだ納得していないようで、眉間に皺を寄せてむっとしていた。
「ミルファン、これはどういことですか」
「なにがです?」
「とぼけないでください、私は貴方に用を言いつけてました。その間に一人で宮を抜け出して、そのまま一人で旅に出るはずだったのです。なのにどうして貴方が付いてきているのですか」
にっこり笑いながらとぼけるミルファンに、エルノは直球で聞くことにしたようだ。でないとミルファンはおそらくはぐらかしてくるに違いないと思ったようだ。
「あれ、先程も申しましたように俺はエルノ様の守護騎士ですよ? 主の居る場所には地の果てまでついていかないと!」
「……貴方、まさかこのまま私についてくる気? 迷惑です、付いてこないで下さい」
そう言ってミルファンが持っているエルノの嚢を取ろうと両手を伸ばすが、ミルファンは取られまいと嚢をエルノが跳び上がっても手の届かないように上へと持ち上げてしまう。数回エルノは試したようだが、やはり背の高さが三十センチは違うと届かないようだ。
「返しなさい!」
「いやです、だって返したらエルノ様一人で行く気でしょう? 駄目ですよ、オレと一緒じゃないと旅には出させませんからね」
命令してもこんな返事が返ってきたため、エルノは自分が主なのにと憤る。そんな様子の彼女をとりあえず落ち着かせたほうがいいと判断したのか、ミルファンはエルノが押し黙る名を出した。
「これはね、守護騎士が交換される前のユンファ様からの最後の命なんですよ。親友が心配だから、付いていってくれとのね」
「ユンファ様の……?」
案の定憤りが治まって変わりに目をまんまるく見開いたエルノの驚き顔にミルファンが頷く。
「実はですね~ユンファ様から聞いていたんですよオレ。エルノ様が風旅人になる為に宮を抜け出すってことを。エルノ様は鉄扇での舞技をお持ちで、風法術も得意だから~一人旅でも平気だと言っていたそうですね」
「その通りよ。ですからミルファンは宮に帰って。私は一人でも十分に旅をすることができますから」
エルノは幼い頃から舞と武技を合わせた舞技という戦う技を磨いてきた。武に関しては才能もあったのか十六とまだ若い彼女はもう達人の域にほど近い位置におり、風法術と掛け合わせればかなりの腕だった。
ただし、政に関しての駆け引きなど、学がついてくることだとそちらに重点を置いていた他の当代候補達には遠く及ばない。当代になるには武よりも政を行う手腕が必要とされるのだ。なのでエルノは底辺に位置する当代候補だった。
それと、ユンファにもまだ言っていないことがあった。エルノは風旅人として見聞を広めまたこの国へ戻ってきたら、軍に入隊するつもりなのだ。そして、当代となったユンファを守ることが一番の目標にしていた。これはユンファを驚かす為にあえて黙っていることである。
当代候補であるにもかかわらず、途中で宮を抜け出した者が軍の上層へいけるとは思ってはいないが、雑兵としてでも軍へ加えてもらえれば、少しでもユンファの身を守ることに繋がるとエルノは思っていた。
「駄目です。オレもここで宮に戻ったんじゃ、エルノ様が居なくなったことを知ったリードに殺されますしね~勝手に付いていくのでどうぞお進み下さいよ」
俯いて話を聞いていたエルノ。ミルファンは話し終わった後に様子を窺おうとエルノの顔を覗き込もうと頭を横に下げた。
「……そう。なら」
ミルファンが頭を横に下げた時。エルノは素早く懐から鉄扇を取り出すと、広げない状態のままでミフファンのこめかみを激しく強打した。
ごっという音がしたと思ったら、脳震盪を起こしそのまま気絶したのか仰向けにばたんと倒れるミルファンを見下ろして、エルノはふうと溜息を零す。
「ごめんなさいね。でも私、自分で決めたことは通さないと気がすまない性質なのよ」
鉄扇を懐にしまいなおし、倒れたミルファンにそう言うと地面に落ちた嚢を拾い上げて街の出口へと駆け出す。その顔は実に晴れやかで、これからの旅に期待満ち溢れているようだ。
誰にも止められることもなく無事に風旅人となったエルノは数年かけて諸国漫遊を大いに楽しんだ。
けれど、実は倒れたミルファンはただの振りだったとか、振りをした後こっそり旅の終わりまで後を付けていたとか、旅から戻ったエルノが何故か当代になりユンファが当代補佐となったとか、リードが実は精霊族でエルノを対と決め押しに押しまくり、圧倒されたエルノが絆されて婚姻し翌年には元気な女の子を産んだとか。
そんなことが起きることなどは当然エルノは知らないわけで。しかもユンファがその全てに関わっていたなどとは考えもつかないことだった。
だが、旅を終えたエルノの心境にも変化がおきており、当代になることになった時も以外とすんなりと承諾したのだそうだ。
ユンファも日々を楽しそうにエルノを補佐しながら過ごしており、ミルファンとの仲も良好でおそらく来年にはユンファのお腹も膨らみそうである。
リードは毎日多忙なエルノをよく気遣い溺愛し、エルノの後を終始離れず付き歩いているそうだ。それをエルノは時折疎ましそうな視線を送るも、口元は笑っているのでまんざらでもないらしい。風国はエルノの経験から得た知識や縁で豊かな国へとなっていった。
それと、巷では当代の諸国漫遊譚が出版され大人気となっていたそうだ。
ここまで読んでくださった方、本当に有難うございました。