その3 小さな姫君・前 作者:輪音
蝉の声が響き、一切の音がかき消されてしまった夏の午後。
風さえ吹かずただぎらぎらとした太陽の光が地面に反射して通行人を焼いていた。
動かない雲が頭上に影を作ることはなく、ただじっと無意味な場所を太陽から守り続けているだけ。少し顔を上げるだけでも眼を焼かれてしまいそうな状況で、とても太陽が視界に入るようなまねはできなかった。
そんな拷問部屋のような灼熱にさらされた町で、唯一――とはいえないかもしれないが少なからず涼の得られる場所があった。
住宅街から少し離れた、とある森の中だ。
冷房器具のない自室から逃れるように時折ここに訪れる。
木々によって作られた影は、程よい湿気と気温で心地よい空間を作り出していた。
吹く風も冷気を帯び、まさに真夏のオアシスといったところか。
そんな快適な森を奥へと進んでいく。一歩進むごとにだんだんと冷えていく空気、というほどではないが少なくとも人里ならではの生活音や生きている雰囲気といったものが薄まっていく。
そして自分以外の人間の気配が完全に消えたころ、やがてひとつの祠にたどり着く。
優雅、絢爛、壮大、神格、幻想、厳格、格式、優美、清楚、超常、美麗。
そういった特別なものは一切感じられない。ただ単に都市開発の途中に手をつけられず運良く残された森の中にもとからあった古い祠だ。
観音開きの扉を開けるといわゆるご神体である握りこぶし大の石ころが鎮座している。誰かが頻繁に訪れている様子もなく、周囲の地面では雑草が生え放題。
今となってはそんな、過去の信仰の名残がわずかに垣間見える程度のものになっている。
とはいえ、そんなことが自分に関係がないことだということも事実。幼少のころに見つけたここがなんとなく居心地がよく、ただ何度もくるようになったというただそれだけのことだ。ちなみに、扉を開けて中をみたのもちょうどその頃だ。
いつものように、祠の横に寝そべる平たい岩の上に腰掛ける。
本を読んだり、暗記勉強をしたり、そのときによってここでやることはいろいろあった。ただ、今回は涼を求めて偶然立ち寄っただけだ。何がしかの持ち物があるわけでもなく、木々の枝から垣間見える空をぼんやりと眺めてみていた。
しばらくそうしていて、ふと気配を感じたようなきがした。
あたりを見回しても何もなく、いつもどおり静かな空間が広がっている。しかし、気配は消えていない。一瞬後、雑草の隙間から何かを見つけた。
‥‥植木鉢?
正確にはそれは植木鉢だったものだ。地面に落ち、いくつもの破片に分かれてこげ茶色の土をばら撒いている。
誰かがこれをおいていったのには違いないだろう。その誰かがこんなところまで来てそれをおいていったという事実にも驚かされるが、視線はその中身に釘付けられた。
茶色い、小さな種。
じっと、その種をみつめる。
‥‥。
‥‥‥。
すると、突然その種が‥‥なんて変化があるわけもない。何の変哲もないただの種だ。
ただ、ふとその種を育ててみようかと思った。
ひろって、ポケットに入れてその場を後にする。
植木鉢、土、肥料。
物置を探すとすぐに出てきた。
夏の魔力?とでも言うのだろうか。何かを始めてみたくなる。
新しく自室の住人となった小さな植木鉢。
小さな芽が顔をのぞかせることを心待ちにして、僕の夏は続くのだった。
どうも、輪音です。
夏休みの間執筆をほとんどしておりませんでした、もうしわけありません。
だ、だって宿題が‥‥宿題が‥‥、ここぞとばかりに大量に出してくるんだもんっ(涙
‥‥ふぅ、取り乱しました。
で、ご覧のとおり前編でございます。他のものと比べると長い作品ということもあって分けさせていただきました。
作中は8月上旬でございます。まぁ、ずれてるかもしれませんがご理解ください。
小さな種を拾った主人公。
それが、彼の夏にどのような影響を及ぼすのでしょうか。お楽しみに。




