"Oxymoron"
刃が一定の周期で無感情に落ちて来ては、生産ライン上に斜めに横たわった僕の躰を裁断していく
痛みに上げた悲鳴が、コンベアの上で機械の音に掻き消されていく
人間ならばとうに死ぬ程の苦痛が、数え切れない回数繰り返されて居る
今更ながら、精肉所に勤めたのが失敗に思え始めて居た
何にせよ、僕の躰は轟音と共に刻まれ続けて居る
機械は三交代制で絶え間なく動作して居る
即ち、『このままでは永遠に助かる望みが無かった』
天界から遣わされた身として、命果てる時は悪と戦って終わるものと思って居たが、これが自分の最期なのかと思うと悔しくて涙がぽろぽろと溢れる
僕を串刺しにして居る金属製のフックを苦し紛れに叩く、びくともし無かった
それから一昼夜と思う位の時が過ぎた
痛みには慣れたが、結局は激痛に違い無かった
通常の生命ならば、切断され終えて痛みも終わるのかも知れないが、天使の再生力は定命とは比べ物にならない程高い
切られ終えた足首が、次の瞬間には赤児程の大きさと成って新しく生えて来る
だから、この致傷には終わりが無かった
出来る事も無いので、多くの事を思索した
僕の肉は人間に食べられて居るのだろうか、それは美味しいのだろうか───
生産ラインを視下ろす位置に在るキャットウォーク式の通路に、人影が居る事に気付いた
精肉所の経営者をして居る男性だった
彼の近くにラインを停止させるレバーが在る
僕は躰を縫い止められた様な姿勢で顔だけを通路に向けて、「助けてください」と叫んだ
僕の生え続ける脚を視て少し思案した後、男が踵を返す
以来、生産ライン近辺に人が現れる事は一切無くなった
歳月が経った
刃は振り下ろされ続けて居る
初めてここに落下してから一睡も出来て居ない
人間達はどうして居るのだろうか
平気で僕の肉を食べて笑顔になり、育ち、そしてつつがなく生を終えて居るのだろうか
こんなに痛いのに正気が喪われて居ない
感覚が間違って居なければ、既に五十年程の時間が経過して居る
誰も僕を探して居ないのだろうか
経営者の男性は、僕の事をきっと無限に湧いてくる原材料とでも思って居るのだろうか
正気の維持と同じ様に、天使は自らの善性を保ち続ける心的機能も人間より高い
しかし永く時が経つにつれ、それにも綻びが生じ始めて居るのを内心では感じ始めて居た
そして或る日、遂に同じ景色だったこの場所に変化が訪れた
外部からの侵入者が現れたのだ
探検家の様な姿をした、少年だった
「たすけてください」
声を掛けると、彼は僕に気付いて嫌悪に顔を顰める
「あなたは」「ここのひとではないのですか」と問うと、彼は「こんな場所はとうに滅びた」と吐き捨てる様に答えた
「動力が半永久のものを使用して居た為、ラインが停止して居ないだけだ」とも
「たすけてください」
「もう、いやなんです」
「おねがいします」
少年は、汚いものを視る様な視線を僕に向けたあと、直ぐに立ち去ろうとする
我慢の限界だった
「ふざけるな」
「よくも」
「よくもぼくを、こんな……………………!」
自分でも、自分が叫んで居る言葉の内容が解らない
とにかく僕は、大きな声で少年に罵詈雑言を浴びせた
浴びせかけ続けた
少年は不愉快そうに唾を吐くと去り、二度とここに来る事は無かった




