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ボクをタスケテくれたヒト

掲載日:2026/07/28

ある方の読書会で8月のテーマが「ホラー/花火」でしたので、

ホラー小説にチャレンジさせていただきました。


普段、ホラー小説を嗜んでいないため、

そこまで怖くはないかもしれません。

でも、怖いものが苦手な方は、ここで引き返してくださいね。


最後に。

この物語はフィクションです。

実在の人物・団体とは関係ありません。

作中の行為は真似しないでくださいね。


雨の雫に打たれて、目を覚ます。


滲んだ曇り空が目に入る。

おれは、どうやら道路の隅に倒れ込んでいるようだった。


こちらを心配そうに覗き込んでくる、

やさしそうな女性の泣き顔だけが、やけに印象的だった。


(──誰だろう。)


必死に記憶を思い起こすけれど、思い出せない。


その時、自分自身のことさえ思い出せないことに気づいた。


(──自分は、いったい誰なんだろう。)


自分が誰なのか、

どんな人間なのか、

なにが好きだったのか、

ひとつも思い出せない。


「イツキ君!!」


その女性の声だけが、

確かに自分がいることを、証明してくれるようだった。


「あの……あなたは、どなたでしょうか?

 すみません。自分のことさえ思い出せなくて……。」


自分を知る相手に対して、少し失礼かと思った。

でも、何も覚えていないのだから、仕方ないだろう。


「ううん。いいんだよ。きみが無事でよかった。

 私はあなたの今の彼女。

 ……いつもみたいに、ヒメちゃんって呼んでほしいな。」


彼女は、驚いた顔をしたあと、

まるで全てを許すような慈愛の表情をしたあと、

笑いかけながら教えてくれた。


幸運にも、ボクには彼女がいたようだ。


彼女の名前はヒメと言い、

二人で部屋を借りて同棲しているらしい。


彼女から感じる、懐かしい香水の香り。

彼女から見せてもらった、ボクの写った写真の数々。


一緒に通った、学校生活の話。

子供の頃の思い出の数々を、彼女はボクに話してくれる。


幸いにも雨は降り始めで、それほど強くはなく、

それでも「濡れると大変だから」ということで、デートは終わりにして、

ボクたちは夕飯の材料を買い、家に帰ることにした。


「イツキ君はねー。わたしの作った料理を大好きって言ってくれたんだー。」


帰り道に寄ったスーパーで、

ボクが持った買い物かごの中に、

彼女は鼻歌を歌いながら嬉しそうに食材を入れてくれる。


じゃがいも、しらたき、にんじん……

これは肉じゃがかな?


ふと、ボクは自分が財布を持っていたか気になり、

ズボンのポケットを漁りだした。


彼女は「どうしたの?」という表情だったけど、

事情を話すと「今日はわたしが出すね」と笑って受け入れてくれた。


買い出した食材が入った袋を持って、

帰り道を歩いていると、

だんだんと見慣れた道が増えてきた。


(そろそろ、家に着くのかな?)


「もうそろそろ着くね。

 お家に帰ったら、今日はゆっくりと休もうね。」


やはり、もう家の近くみたいだ。


そうして数分歩くと、見慣れたアパートが見えてきた。

この二階の一つが、ボクが借りていた部屋だったはずだ。


「はい。イツキ君。」


見覚えのある部屋の前に立つと、

ヒメはバッグから何かを取り出して、

ボクの手を包みながら渡してきた。


それは、丸い文字で「イツキ♡ヒメ」と書かれた、

小さなネームプレートがついた部屋の鍵だった。


「鍵を探す素振りがなかったから、もしかしたら持ってないのかなって。

 私はまだスペアをもっているから、これはイツキ君が持ってていいよ。」


ボクは受け取った鍵で、部屋のドアを開ける。

鍵は鍵穴に拒まれることはなく、すんなりとその役目を果たしてくれた。




ドアを開けると、

ふわりと懐かしい匂いが鼻をくすぐった。


ヒメは玄関で、慣れた手つきで靴をそろえ、

「おかえり」と微笑んでくれた。


「じゃあ、イツキ君は荷物をもって、

 私と一緒に台所に来てね。」


ヒメの後ろについて歩き、

台所に買い出した食材の袋を置いた。


「そこのテーブルで、テレビでも見て待ってて」

と、エプロンをつけた彼女に言われた。

ボクは居間で手持ち無沙汰になる。


台所から「トントン」と、まな板を包丁でたたく音が響く。


その音が妙に心地よくて、

ボクは居間のソファにゆっくりと腰を下ろした。


そういえば「テレビでも見て待ってて」と言われたな。

ふと思い出して、テレビの方に視線を向ける。


そして、テレビの横に何気なく置かれた写真立てが目に入った。


そこに写っていた女性は――、

ヒメではなかった。


(……誰だ、この人。)


家族ではないはず。

でも、確かにこの女性をボクは知っていた。



その時、ふと違和感を覚えた。


(ヒメじゃなくて、

 あの写真に写っている女性が、ボクの彼女じゃないか……?)


そんな考えが、頭の奥で鐘を鳴らすように鈍く響いた。


この部屋には、台所と居間のほかに、

もう一つ個室がある。


台所からは、夕飯のいい匂いがするはずなのに。

あの部屋の向こうからは、甘ったるくて吐き気のするような匂いがする。


あの部屋の扉を開けてはいけない、

と、ボクの本能が訴えてくる。


「どうしたの? イツキ君?」


台所から聞こえるヒメの声が、

さっきまでより少しだけ低く、どこか湿ったように聞こえた。


「なんでもないよ。大丈夫」と返事をしたはずだけど、

その声はおびえて震えているようだった。


あたまがズキズキする。


しんぞうのおとがうるさい。


なんだか、きもちがわるい。


止めようとする本能を抑えて、

ボクは立ち上がり個室のトビラへと向かう。


そのトビラを開こうとして、

ボクは――。


「だめだよ。イツキ君。

 『テレビでも見て待ってて』って言ったじゃない」


背後からきこえるヒメの声。


「キミの恋人は私。

 そのトビラの先には誰もいないよ」


さきほどの雨よりも冷たいカノジョの手が、ボクの手をつつみこむ。


「大好きだよ。イツキ君。

 ようやく、一緒になれるね」


カノジョがボクを後ろから抱きしめる。




この日を、最後にボクは。


ヒノヒカリヲアビル コ ト



    ハ





 ナ


 カ




 ッ



 タ



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