誰にでも優しい振りの哀れな男
拙作
『誰にでも優しいけどわたしにだけ冷たい団長様』
『誰にでも優しいくせに最愛の相手にだけ冷たい愚かな男』
に登場するアンゼリカ王女の妹王女視点のお話です
単体でも読めますが先に上記をお読み頂くとより楽しめます
「まあ!」
その知らせに、わたくしは思わず手を叩いて歓声を上げた。
「アンゼお姉さまとセレナお姉さまが、黄龍の親になったのですか!?なんて素敵なのかしら!」
兄弟のなかで、いちばんに愛する長姉と、姉のように慕っている令嬢。
令嬢がずっと姉に片想いしていると知っていた身としては、全員を黙らせられる手段で姉の伴侶の座を勝ち取ったセレナお姉さまに、脱帽の上で拍手喝采だ。
知力財力権力すべて兼ね備えたフェリチータの寵児、セレナ・フェリチータ。わたくしがこの世でいちばん愛する姉、アンゼリカ・ユリウスを任せる相手として、彼女以上に相応しい相手は思い付かない。なにせ、セレナ・フェリチータは溺愛するアンゼリカのために、持てる力すべてを費やして不可能を可能にして来た女傑なのだ。
黄龍の親になるなんて、おとぎ話一歩手前の奇跡も、成し遂げたのがセレナ・フェリチータと来れば、遂にやったかとしか思わない。それくらい、姉のためならなりふり構わない溺愛ぶりなのだ。
だから、そう、こんな平和的な決着になったことこそ、驚くべきかもしれない。
「さすがは、アンゼお姉さまね」
その、甘やかな結末を引き寄せたのは、きっと姉なのだろう。
だって、お姉さまこそ、王女の中の王女。誰よりも幸せになるべき、心優しく美しい、理想のお姫さまなのだから。
姉に悲劇など似合わない。悪は討たれ、幸せなふたりの前から永遠に消え去るべきなのだ。
ああ、けれど。
「悪人には、牢獄が必要ですわね」
小さく呟いて、わたくしはクスっと微笑んだ。
ё ё ё ё ё ё
「わたくしが、言える立場ではないのだけれど」
久し振りに会ったフェリチータの寵児は、彼女らしからぬ表情でわたくしを伺った。
王女が黄龍の親になったと言う大事件を受けて、軍属のアンゼリカとセレナは急遽王宮へと呼び出されることになった。
呼び出されることになって、実際呼び出しの書状が送られたが、相手はフェリチータの寵児。あっさりと、王宮からの召喚を断った。
教皇の一筆付きで、生まれたての黄龍がいるので、離れることも長距離の移動も出来ない、と。もちろんそれで済ませるのは阿呆のやること。断りの書状には但し書きが付いていた。ただし、一月後であれば黄龍も多少落ち着くので、自分ひとりであれば王宮に伺えるだろうと。
教皇の後ろ盾を跳ね除けることなど出来ず、王宮はセレナの申し出を受け入れた。そしてついに、セレナが王宮にやって来たわけだが。
「マラスキーナが身代わりにならなくても、パウロ家は黙らせられるわよ?あなたがあんな男の婚約者になんて、なる必要は」
報告のあいだずっとわたくしを気にしている様子だったので、ひととおりの状況説明を終えたセレナお姉さまをお茶に誘えば、掛けられたのはそんな言葉。
わたくしに媚を売るための演技などではなく、心からの気遣いと罪悪感に満ちた表情。常日頃、姉以外はどうでも良いような顔をしているくせに、心の芯が善良なのだ、この方は。姉と長く一緒にいることで、影響を受けたのかもしれない。
本来、アンゼリカ・ユリウス第一王女が嫁ぐはずだったマキシム・パウロ大佐。しかし姉は黄龍の母として、黄龍の父となったセレナ・フェリチータ侯爵令嬢の妻となる。ゆえに空いてしまったマキシム・パウロ大佐の婚約者の穴を、わたくし、マラスキーナ・ユリウス第四王女が埋めることになったから。せっかく愛する相手と結婚する権利を手に入れたのに、心から喜べないのだ、セレナお姉さまは。
アンゼお姉さま以外の前でしおらしくなるセレナお姉さまがもの珍しくて、ころころと笑ってしまう。
「本当に、どの口で言っているのかしら」
マキシム・パウロ大佐から、奇跡なんて力技で婚約者を奪い去っておきながら。
「我が国としては、パウロ家に潰れられるのはまずいのです。セレナお姉さまなら、おわかりでしょう?」
「それは、影響が皆無とは言わないけれど」
ますますしおらしくなるセレナお姉さまが可笑しい。
「冗談ですわ。冗談。無理矢理押し付けられたわけではないのです。わたくしが、自分から志願したのですもの」
「それは、」
「ふふ。姉や妹を守りたいなんて、殊勝な理由ではなくってよ?わたくしがそんな性格でないことは、セレナお姉さまもご存知でしょう?」
王女でありながら戦場に立つアンゼお姉さまは、異質と言えば異質なのだろう。貴族のなかには、アンゼお姉さまを悪く言う者もいる。まあ、王族の前であからさまに貶したりはしないが、裏では好き放題言っているのだ。
情報収集は貴族の嗜み。貴族の上に立つ王族にとっても、それは同じこと。
アンゼお姉さまの悪評は、わたくしもよく知っている。悪意にまみれた貴族社会を泳ぐには、姉はあまりに優しく、正し過ぎる。
それでも、否、だからこそ、わたくしやセレナお姉さまのような者には、アンゼお姉さまがとびきり美しく、輝いて見えるのだけれど。
「パウロ侯爵家は、王家を甘く見過ぎだと思いませんこと?」
アンゼお姉さまは、本当なら誰にも知られたくなかったであろう身体的瑕疵を伝えてまで、婚約者とその家に誠実であろうとしたのに。
マキシム・パウロもパウロ家も、歪みきった野望で、アンゼお姉さまの真心を踏み躙ったのだ。
王家がそれに、気付いていないとでも、思っていたのだろうか。
「復讐、するつもり?自分を犠牲にしてまで。そんなこと、アンゼは喜ばないわ」
「わたくしが、犠牲に?とんでもないことですわ。わたくし、楽しみで仕方ありませんのに」
高鳴る胸を押さえて、ふふ、と笑う。
「姉妹の中では、わたくしがいちばん、アンゼお姉さまに顔貌が似ているでしょう?」
「……血縁は、感じますわね?」
狂愛者はこれだから。
ええ、ええ。愛らしさも美しさも、わたくしはアンゼお姉さまに敵いませんとも。わかっておりますわ。
失礼な狂愛者は広い心で許して、わたくしは続けた。
「マキシム・パウロは侯爵家継嗣。妻を持たないわけには行きません。欠片も愛していない女だとしても、アンゼお姉さま以外であれば、あの男は良い夫の仮面を巧く被って見せるでしょう。相手がアンゼお姉さまと似て非なる、わたくしであったとしても」
ふふふふふ、と、漏れる笑いを扇子で隠す。
「あれにとって、アンゼお姉さま以外は、虫けらも同然でしょう。虫けらと造る、見た目だけは幸せで美しい家庭。しかも、相手役は虫けらのくせに、愛しのアンゼリカの面影がある。地獄でしょうねぇ。いっそ壊れて狂ってしまえたら楽でしょうに、あの男は狂うことも出来ずに、ハリボテの理想を演じ続けるのです。自ら、見た目だけは美しい地獄を作り上げて、地獄の虜囚であり続けるのですわ!」
ああ、と、昂った感情を声に乗せる。
「誰からも憧れられる男が、なんて無様なのかしら。セレナお姉さま、わたくし、尻尾を隠し通して見せましてよ。愛し合う夫婦。良妻賢母の顔をして」
うっとりと、片手を頬にあてた。
「マキシム・パウロもパウロ侯爵家も、わたくしの傀儡にして差し上げましてよ。わたくしのために自由に動く、わたくしのお人形。忠実な、王家の狗に」
犠牲などではない。間違っても、悲劇の演者にはならない。
否。
演者にすら、なる気はないのだ。
だってわたくしが目指すのは、神の視点から見下ろし糸を引く、人形師。
優しく綺麗なアンゼお姉さまには出来ない、わたくしだから、出来ること。
うっそり微笑むわたくしを見つめて、セレナお姉さまは苦笑した。
「マラスキーナ、ずっと欲しがっていたものね、自分だけの狗。お兄さま、ずるいって駄々を捏ねて」
「ええ。そうして拗ねていたら、アンゼお姉さまが仔犬を貰って来て下さったの」
わたくしが欲しかった狗とは違ったけれど、あのとき貰った仔犬は、未だにわたくしの忠犬だ。老いてなお、わたくしのために働いてくれている。
「アンゼらしいわね。さすが、わたくしのアンゼ」
「ここぞとばかりに惚気ないで下さいまし。それに、アンゼお姉さまは、」
軍人とは思えない白魚のような手が伸ばされて、わたくしの頭をなでる。
「どんな立場になろうと、アンゼはマラスキーナのお姉さまよ。それは変わらないわ。変わるのは、わたくしが『姉みたい』ではなくて『義姉』になると言うことだけ」
黄龍の父がセレナお姉さまである以上、アンゼお姉さまが妻で、セレナお姉さまが夫だ。その関係で圧して、アンゼお姉さまをフェリチータ侯爵家で囲うことも、セレナお姉さまには出来たはず。
けれど今日、今後どうするつもりか訊かれたセレナお姉さまは、アンゼお姉さまを王籍から外すつもりはないと答えた。王家からアンゼお姉さまを、奪いはしないと。
セレナお姉さまが貧乏貴族であったなら、王族の年金目当てかと考えたところだが、フェリチータ侯爵家は下手したら王家より裕福なのだ。そんなせせこましいことはしない。
単純に、アンゼお姉さまのためだ。そして、ほんの少しは、わたくしたち、アンゼお姉さま大好きな兄弟たちのため。
だから、このひとを恨めないのだ。たとえ愛するひとのためでも、悪魔にはなりきれない方。だからこそ、姉を預けるに値する方。
「セレナお姉さま」
わたくしが、世界でいちばん愛する、大切な大切な姉を。
「どうぞ、アンゼお姉さまのこと、幸せにして下さいまし」
妹であるわたくしは、姉と結ばれることはない。そして本来であれば、女性であるセレナお姉さまだって、姉と結ばれるはずはなかった。
けれどセレナお姉さまはその愛でもって、結ばれない運命を捻じ曲げ、不幸な結婚からアンゼお姉さまを救い出したのだ。
まるで、物語の英雄みたいな方。わたくしの、見果てぬ夢を実現させた方。
お幸せにとは言わない。だって、幸せなアンゼお姉さまが隣にいる以上の幸せなど、この世に存在しないのだから!
「あなたはその権利を、手に入れたのですから」
諦めなかったからこそ、与えられた権利。諦めたわたくしには、得られない権利。
アンゼお姉さまを、幸せにするのはセレナお姉さま。ならば。
わたくしは、その幸せを脅かすものを、この手で退ける者になる。たとえ結ばれることはなくとも、その笑顔を曇らせぬために。
「わたくしは、『マキシム・パウロの愛妻』として、自分の幸せを手に入れますから」
セレナお姉さまは苦笑して、マラスキーナには敵いませんわと呟いた。
「今度、わたくしたちの子供をお見せしに参りますから、ぜひ会って頂戴な。アンゼのことが大好きな子たちで、とっても愛らしいのよ。きっと、マラスキーナも好きになるわ」
そうしてセレナお姉さまは、嫁いだとて血縁は消えないと言外に告げる。
「国外に嫁ぐならともかく、国内ならいつでも会えますものね。国外のまともな男に嫁ぐより、たとえ屑でも国内の男に嫁げた方が、マラスキーナには幸せかもしれないわね」
さすが、よくわかっている。
わたくしの思考は、実の姉妹であるアンゼお姉さまよりも、セレナお姉さまにこそ近いのだろう。
だからこそ、やはり、少しは悔しく思う。
諦めずに同じ熱量をかけていれば、その座を得ていたのは、わたくしであったかもしれないのにと。
「ええ。忘れないで下さいまし、セレナお姉さま」
そう、悔しいし、妬ましいのだ。
「わたくしが、いつでも見ているのだと言うことを。そして、もしもセレナお姉さまがアンゼお姉さまを不幸にしたならば、必ずわたくしが、あなたに報いを受けさせるのだと言うことを」
だからこれは、ちょっとした八つ当たり。
そんなことも理解してしまうのだろうセレナお姉さまは、優しく微笑んで頷いた。
「ありがたいことだわ。もしもそうなったなら、わたくしもわたくしを許せないもの。きっちり報いは、与えて頂戴な」
「ええ。わたくしのこの、愛に誓って、必ず。ですから、ご安心下さいまし」
あの、誰にでも優しい振りの哀れな男には。
「長年、わたくしの愛するアンゼお姉さまを苦しめた者たちにも、きっちり報いを受けさせ、間違っても、アンゼお姉さまに手を出させたりしませんから」
わたくしはこの国の王女であり、フェリチータの寵児を姉と慕う女なのだ。セレナお姉さまが、アンゼお姉さまを救い出すためにやったように、持てる知力財力権力すべて懸けて、必ず有言を実行して見せる。
そんなことアンゼは望まないなんて、わかりきった言葉は、セレナお姉さまから出なかった。
「マラスキーナになにかあれば、アンゼが悲しむから、ほどほどにね」
「心しておきますわ」
たとえパウロ侯爵家に嫁いだとしても、わたくしとアンゼお姉さまが血縁である事実は消えない。アンゼお姉さまはきっとずっと、わたくしを妹として大切にしてくれるだろう。
だが。
婚族にその地位は、欠片たりとも与えてやらない。
わたくしはアンゼお姉さまに会いに行くけれど、マキシム・パウロには絶対に会わせない。会わせるとしても絶対に、セレナお姉さまがアンゼお姉さまの隣にいるときだけ。
ああ、楽しみですこと。
あの、優しい振りばかり巧いくせに、最愛の相手にだけは優しく出来ず、結果として最愛の相手を奪われることになった滑稽な男を、どこまで哀れに出来るかが、わたくしの手腕に掛かっているのだ。
「……あなたが、敵でなくて良かったわ、マラスキーナ」
「あら、では敵にならずに済むよう、せいぜい努力して下さいまし?」
姉とよく似た顔で、姉なら絶対にしない笑みを浮かべ、わたくしはこてりと首を傾げて見せた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
続きは書かない詐欺も二度目になると
どこかからお叱りを受けそうですが
書きたいもの・書けるものしか書かない作者です
好きな場面を切り取れるところが作者の特権と思っています
とりあえずこれだけは確実なので言っておくと
ざまぁは書きません
正直あまり好きではないので、ざまぁモノ
悪しからずお許し下さいまし




