【相談】婚約者が幼馴染に私の祝福を渡せと言うので、ななしのなろうさんに聞いたら王女殿下が降臨しました
「今日の主役は、ミリアにしてやりたい」
婚約披露の夜会。
婚約者は、そう言いました。
ミリア。
彼の幼馴染です。
白いドレスを着た彼女は、私の席に座っていました。
本来なら、そこは婚約者である私の席です。
「どういう意味でしょうか」
私が尋ねると、婚約者は面倒そうに眉を寄せました。
「ミリアは体が弱い。今日くらい、皆に認められてもいいだろう」
「今日は、私たちの婚約披露です」
「分かっている」
彼は言いました。
「だから、お前なら分かってくれるだろう?」
その言葉を、私は何度も聞いてきました。
ミリアが泣いた日。
ミリアがドレスを汚した日。
ミリアが私の招待状を破いた日。
ミリアが私の馬車に勝手に乗った日。
いつも彼は言いました。
「お前なら分かってくれるだろう」
私は、分かってきました。
婚約者を愛していたからです。
けれど、その夜。
ミリアが、私の胸元を見ました。
「そのリボン、きれいね」
青いリボン。
私が10年かけて編んだ、守護の祝福です。
婚約者の家を守るため。
彼の剣を守るため。
彼の名誉を守るため。
毎晩、祈りを込めて編んできました。
婚約者は、当然のように言いました。
「それも、ミリアに貸してやってくれ」
私は、彼を見ました。
「この祝福を、ですか」
「ああ。ミリアには守りが必要だ」
「これは、婚約者に贈るためのものです」
「だから、俺の大切な人を守るために使う」
ミリアは、困ったように笑いました。
「ごめんなさい。でも、あなたは強いから。少しくらい大丈夫でしょう?」
少しくらい。
10年の祈りを。
少しくらい。
そう呼ぶのですね。
私は笑いました。
「少し考えさせてください」
「夜会が始まるまでに頼む」
婚約者は、当然のように言いました。
私は控室へ戻りました。
そして、魔法掲示板を開きました。
貴族令嬢たちが匿名で相談する場所です。
なぜか名前欄は、全員こう表示されます。
ななしのなろうさん
誰が決めたのかは知りません。
たぶん、ろくな人ではありません。
私は、短く書き込みました。
――――◇ 魔法掲示板 ◇――――
【相談】
婚約披露の夜会で、婚約者が幼馴染を主役席に座らせています。
さらに、私が10年かけて編んだ守護の祝福を、その幼馴染に渡せと言われました。
これは普通でしょうか。
1. ななしのなろうさん
普通ではありません。
2. ななしのなろうさん
婚約披露で幼馴染が主役席?
終わりです。
3. ななしのなろうさん
はい出た。
「お前なら分かってくれるだろう」構文。
4. ななしのなろうさん
分かるな。
逃げろ。
5. ななしのなろうさん
祝福のリボンって本人の祈りが入るやつですよね?
貸し借りする物じゃないです。
6. ななしのなろうさん
婚約者「お前の10年分の祈り、幼馴染に渡して?」
草。
7. ななしのなろうさん
草じゃない。
普通に地獄。
8. ななしのなろうさん
主役席も欲しい。
祝福も欲しい。
でも責任は取りたくない。
欲張り幼馴染セット。
9. ななしのなろうさん
その婚約者、相談者様を婚約者じゃなくて便利な結界装置だと思ってますね。
10. ななしのなろうさん
結界装置令嬢、爆誕。
11. ななしのなろうさん
タイトル決まったな。
「婚約者に便利な結界装置扱いされたので祝福を回収します」
12. ななしのなろうさん
ありそう。
13. ななしのなろうさん
いや、今まさにそれ。
14. ななしのなろうさん
私も同じことをされました。
婚約者が幼馴染に私の刺繍ドレスを着せました。
15. ななしのなろうさん
私も。
婚約者が幼馴染に私の推薦状を渡しました。
16. ななしのなろうさん
私もです。
婚約者が幼馴染に私の聖花を贈りました。
その花、私の魔力で咲かせたものなのに。
17. ななしのなろうさん
待って。
幼馴染優先男、多すぎません?
18. ななしのなろうさん
被害者の会、作れそう。
19. ななしのなろうさん
作りましょう。
20. ななしのなろうさん
会長は誰ですか。
21. ななしのなろうさん
王女殿下あたりで。
22. ななしのなろうさん
王女殿下はよ。
23. ななしのなろうさん
王女殿下、見てるー?
24. ななしのなろうさん
見ています。
25. ななしのなろうさん
本人降臨で草。
26. ななしのなろうさん
草ではありません。
姿勢を正しなさい。
27. ななしのなろうさん
はい。
28. ななしのなろうさん
はい。
29. ななしのなろうさん
はい。
30. ななしのなろうさん
相談者様。
その夜会、私も招かれています。
祝福の強要は王国法で禁じられています。
落ち着いて、事実だけを確認なさい。
31. ななしのなろうさん
これ王女殿下ですわ。
32. ななしのなろうさん
完全に王女殿下。
33. ななしのなろうさん
ななしの意味。
34. ななしのなろうさん
黙りなさい。
35. ななしのなろうさん
はい。
このスレッドは書き込み上限に達しました。
新しい相談スレッドを立ててください。
私は、掲示板を閉じました。
手は震えていました。
でも、さっきまでとは違います。
私は、一人ではありませんでした。
たぶん。
ななしのなろうさんたちと、王女殿下がいます。
なぜ王女殿下まで、ななしのなろうさんなのか。
そこだけは、考えないことにしました。
夜会が始まりました。
広間には、貴族たちが集まっています。
婚約者は、私を見るなり言いました。
「リボンは?」
「持ってまいりました」
「よし。ミリアに」
「その前に、確認を」
私は、広間に響く声で言いました。
「本日の主役席は、ミリア様にお譲りするのですね」
婚約者は顔をしかめました。
「言い方が悪い」
「では、違うのですか」
彼は黙りました。
ミリアが一歩前に出ました。
「私は、ただ皆さまに認めていただきたいだけです」
そのとき、侯爵令嬢が扇を閉じました。
「婚約披露の夜会で?」
伯爵令嬢が続けました。
「婚約者を押しのけて?」
別の夫人が言いました。
「祝福のリボンまで受け取って?」
ミリアの顔が赤くなりました。
「奪うなんて、そんな」
婚約者が声を荒げました。
「これは俺の判断だ!」
すると、広間の奥から声がしました。
「では、あなたの判断として記録しましょう」
王女殿下でした。
広間が静まりました。
王女殿下は、私を見ました。
「その祝福のリボンは、あなたが編んだものですね」
「はい」
「誰に渡すかは、あなたが決めるものです」
「はい」
婚約者が慌てました。
「殿下、これは家同士の問題で」
「いいえ」
王女殿下は言いました。
「祝福の強要は、王国法で禁じられています」
婚約者の顔が青くなりました。
ミリアが震えました。
「わ、私は頼んだだけで」
王女殿下は微笑みました。
「では、断られても問題ありませんね」
私は、青いリボンをほどきました。
広間に、青い光が広がります。
婚約者の胸元にあった家紋の輝きが消えました。
彼の剣飾りも。
彼の指輪も。
彼の家の紋章も。
10年、私の祝福で守られていたものが、ただの飾りに戻りました。
婚約者が叫びました。
「何をした!」
「回収しました」
私は答えました。
「これは、私の祈りです」
「戻せ!」
「なぜですか」
「困る!」
「そうでしょうね」
私は、青いリボンを手の中に収めました。
「困らないように、10年守っていましたから」
広間の誰かが、息をのみました。
王女殿下が言いました。
「婚約は?」
私は、婚約者を見ました。
彼は私ではなく、消えた家紋を見ていました。
それで、十分でした。
「解消いたします」
ミリアが泣き出しました。
「ひどいわ。私、何も悪くないのに」
侯爵夫人が扇で口元を隠しました。
「主役の席は欲しい。祝福も欲しい。でも責任はない。便利ですこと」
広間に小さな笑いが起きました。
婚約者は私に手を伸ばしました。
「待て。話し合おう」
「何をですか」
「お前は俺を愛していただろう」
「はい」
私はうなずきました。
「昨日まで」
彼の手が止まりました。
「今は?」
「分かってくれる女を、お探しください」
私は礼をしました。
「私は、もう分かりません」
その夜。
魔法掲示板に、新しい書き込みがありました。
――――◇ 魔法掲示板 ◇――――
【報告】
例の婚約披露、主役席が空席になりました。
1. ななしのなろうさん
見ました。
逆断罪イベントでした。
2. ななしのなろうさん
祝福を回収した瞬間、家紋が消えましたわ。
3. ななしのなろうさん
あの家、来月の魔獣討伐どうするんですか?
4. ななしのなろうさん
元婚約者様、廊下で「戻せ」と叫んでいました。
5. ななしのなろうさん
必要なのは相談者様ではなく祝福だったんですね。
6. ななしのなろうさん
最低。
7. ななしのなろうさん
幼馴染ちゃん、最後まで被害者面でした。
8. ななしのなろうさん
主役席は空席。
婚約者の席も空席。
草。
9. ななしのなろうさん
草ではありません。
被害令嬢の会を作ります。
10. ななしのなろうさん
王女殿下!?
11. ななしのなろうさん
今度こそ本当に会長じゃん。
12. ななしのなろうさん
ななしの被害令嬢の会、爆誕。
13. ななしのなろうさん
名前がひどい。
14. ななしのなろうさん
でも分かりやすい。
15. ななしのなろうさん
活動内容は?
16. ななしのなろうさん
婚約者に手柄を奪われた令嬢。
幼馴染に席を奪われた令嬢。
祝福や推薦状や聖花を横取りされそうになった令嬢。
すべて相談を受け付けます。
17. ななしのなろうさん
神では?
18. ななしのなろうさん
王女です。
19. ななしのなろうさん
はい。
20. ななしのなろうさん
はい。
このスレッドは書き込み上限に達しました。
新しい報告スレッドを立ててください。
それから、王都で奇妙な噂が流れました。
婚約者が幼馴染を優先しすぎたら、魔法掲示板に相談される。
相談されたら、ななしのなろうさんたちが集まる。
集まったら、王女殿下が見ている。
王女殿下が見ていたら、もう終わり。
いつしか、それはこう呼ばれました。
幼馴染優先男リスト
名前がひどい。
でも、分かりやすい。
そのリストに載った男たちは、社交界で静かに席を失いました。
誰も大声で罰しません。
ただ、招待状が届かなくなるのです。
婚約者だった人から、手紙が来ました。
話したい。
返事はしませんでした。
次の日。
また手紙が来ました。
悪かった。
リボンだけでも戻してくれ。
返事はしませんでした。
三日目。
また手紙が来ました。
君が必要だ。
私は、初めて返事を書きました。
必要だったのは、私ではなく祝福でしょう。
その祝福は、もう返しません。
手紙を閉じると、来客がありました。
王女殿下でした。
「あなたに頼みたいことがあります」
「私に、ですか」
「ええ」
王女殿下は、私の青いリボンを見ました。
「被害令嬢の会で、守護布の相談役をしてほしいの」
「私の名前で、ですか」
「もちろん」
王女殿下は笑いました。
「あなたの祈りは、誰かの都合のいい道具ではありません。あなたの力です」
胸の奥が、静かに熱くなりました。
私はうなずきました。
「お受けします」
その夜。
元婚約者が門の前に来たそうです。
「会わせろ!」
けれど、私は会いませんでした。
門番が伝えてくれました。
「お嬢様は、もうお戻りになりません」
彼は何かを叫んでいたそうです。
でも、私は聞きませんでした。
もう関係ありません。
もう婚約者ではありません。
もう祝福も渡しません。
そして、私はもう一人ではありません。
掲示板には、今日も新しい相談が届いています。
――――◇ 魔法掲示板 ◇――――
【相談】
婚約者が幼馴染に私の推薦状を渡そうとしています。
どうすればいいですか?
1. ななしのなろうさん
普通ではありません。
2. ななしのなろうさん
また幼馴染優先男か。
3. ななしのなろうさん
王女殿下、出番です。
4. ななしのなろうさん
見ています。
5. ななしのなろうさん
終わりです。
このスレッドは書き込み上限に達しました。
新しい相談スレッドを立ててください。
私は、少しだけ笑いました。
もう、黙って分かってあげる時代は終わりました。




