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「悪役令嬢に転生したけど、別に悪くない」

作者: マベリーナ
掲載日:2026/04/17

はじめまして、この作品を読んでくださりありがとうございます。

これは悪役令嬢に転生した少女の物語です。

少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

初めての投稿なので、至らない点もあるかもしれませんが、感想やアドバイスなどがあればとても励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

――悪役令嬢に転生したらしい。

いや、正確には「思い出した」という方が正しい。

そして私は今、この世界が“破滅ルート付きの物語”だと気づいている。

私はゆっくりと目の前の光景を見た。

目の前で侍女が膝をつき、涙を浮かべて震えている。

「わ……わたし……ご、ごめんなさいませ、お嬢様ぁ……!」

……ああ、なるほど。

私は今、“人を突き飛ばした悪役令嬢”という立場らしい。

私はゆっくりと彼女を見下ろし、口元だけで笑った。

「……は?」

たったそれだけで、空気が凍る。

面白い。

片眉を上げる。

「ねえ、お嬢様? 人を転ばせたなら、まず謝るのが礼儀じゃないのかしら?」

その声が響いた瞬間、空気が少し変わった。

——私付きの専属メイドだ。

彼女がすぐに前へ出て、侍女を助け起こす。

……なるほどね。

私に罪を押し付けるつもり?

扇の陰で、小さく笑いが漏れる。

その瞬間、彼女は私を睨みつけた。

あら、いい表情。

完全に“悪役認定”ってわけね。

周囲がざわつき始める。

ひそひそ声が波のように広がり、視線が一斉に私へ刺さる。

……いいじゃない。

これが、“黄金の翼の悪役令嬢”──ロレーヌ・ブラックドールの世界。

ふふ。

思っていたより、ずっと面白い。

むしろ少しだけ……この子の人生、可哀想かもね。

ふと、ある記憶が蘇った。

――『黄金の翼』

かつての私の友人に、無理やり読まされた小説。

「この悪役令嬢、あなたと同じ名前なんだよ」

そんな理由だった気がする。

皮肉なものだ。

今の私は、その“悪役令嬢”本人になっているのだから。

……まあ、どうせ悪役になるなら、ちゃんと悪役らしくやりたかったけど。

「お嬢様! いい加減に謝るべきです! お姉様がいらっしゃったからといって、そのような態度を取るなど――」

私はゆっくりと扇を閉じた。

口元の笑みが深くなる。

目は冷たく。

……は?

こいつ、本気で言ってるの?

イライラする。

“姉”。

あの小説のヒロイン。

虐げられた可哀想な聖女。

そして優しいヒーローと出会い、仲間と共に世界を救う。

――よくある、単純で綺麗な物語。

だけど。

私は静かに扇を下ろし、はっきりと言った。

「……あなたに命令される筋合いはないわ」

鼻で笑う。

「謝罪? そんなもの、する気は一切ない」

周囲を見渡し、挑発するように視線を投げる。

……絶対に、誰にも踏みつけにはされない。

――静寂。

その空気を破るように、低く強い声が響いた。

「……俺の命令でも、まだ足りないか?」

視線の先。

整然と並んだ護衛を従え、一人の青年が歩いてくる。

気品ある立ち姿、高価な衣服、そして私と同じ色の金髪。

間違いない。

この男は――兄だ。

この国の王太子。

彼は私の目の前で足を止めた。

「王族として、そのような振る舞いは許されない」

鋭い視線が突き刺さる。

腕を組み、まるで断罪するかのように見下ろしてくる。

……はぁ?

私はただ、小さく口元を吊り上げた。

「ふふっ……」

馬鹿みたい。

少しだけ顔を背け、扇の陰で笑いを隠す。

国が心配になってきた。

これが王太子?

ろくに状況も知らずに、先に断罪?

……本気で、この国を背負うつもりなの?

どうやら、私の嘲りは隠せなかったらしい。

兄は眉をひそめ、苛立った声で言った。

「……何がおかしい? 俺の命令がそんなに笑えるのか?」

私はすぐに表情を整える。

そして、ゆっくりと一礼した。

「まずはご挨拶を。お久しぶりですわ、兄上」

兄の拳がぎゅっと握られる。

唇を強く結び、何も返さない。

私は静かに扇を閉じた。

そのまま彼の横を通り過ぎる。

もう一度も、振り返らない。

だが、数歩進んだところで――

小さく囁いた。

「そうそう、兄上」

「誰かの味方をする前に……まず何が起きたのか、確かめたらどう?」

「――おい!」

背後で兄の怒声が響く。

けれど、私はもう立ち止まらなかった。

そのまま歩き続ける。

足が向かう先は、屋敷の大広間。

そこは――

“彼女”が現れる場所。

そして。

まさに、その瞬間だった。

重厚な木の扉が、ゆっくりと開いた。

そこに現れたのは――二人。

一人は、深くフードを被った人物。

そしてもう一人は。

特徴的な金色の髪を持つ、若い少女だった。

年は……私と同じくらいだろう。

……ああ。

これは。

反則だ。

あまりにも純粋すぎる。

あまりにも綺麗すぎる。

まるで、この世界のものじゃないみたい。

ドクン、と心臓が跳ねた。

――ちょっと待って。

可愛すぎない?

私は慌てて顔を逸らし、扇で口元を隠す。

顔が熱い。

こんな天使みたいな存在、本当にいるの?

唇の内側を噛む。

必死に、胸の中で暴れ出した感情を抑え込む。

その時だった。

「お嬢様」

侍女の声が、ぴしゃりと空気を切った。

「初めてお会いするお姉様なのですから、まずはご挨拶をなさるのが礼儀では?」

彼女は私の前に立ち、指を立てる。

「いくらお会いするのが不満でも、基本的な礼儀を忘れるのは感心しません」

そして。

柔らかな笑みを浮かべた。

……ほとんど、本当に優しい笑みに見える。

この女。

また周囲を操ろうとしているわね。

フードの女性が、わずかに後ずさる。

そして――

妹は、わずかに眉を上げながら。

ゆっくりと、私の方へ歩み寄ってきた。

彼女はにこにこと微笑みながら言った。

「こんにちは。はじめまして。私はアメリアです」

私はわずかに目を見開く。

……やっぱり。

天使だ。

あんなに拙いお辞儀なのに、それでも眩しいくらいに輝いている。

私はすぐに目を閉じ、唇を引き結んだ。

……落ち着きなさい、私。

ゆっくりと呼吸を整える。

そして扇を下ろし、小さく微笑んだ。

「こんにちは、アメリア」

「私はロレーヌ・ブラックドール。こちらこそ、お会いできて嬉しいわ」

視線が重なる。

けれど――

「……ただ」

私はわざと、言葉をそこで止めた。

「王女としては、その挨拶は少し気をつけた方がいいわね」

軽く首を傾ける。

「少なくとも、陛下の前では」

「挨拶に見えるくらいには、きちんとした方がいいと思うわ」

その言葉が落ちた瞬間――

空気がわずかに揺れた。

フードを被った女性――彼女の母親が、一歩前に出る。

「そんなこと言わないで!」

焦った声だった。

「アメリアは、そういう作法を何も知らないの! できなくても当然でしょう!」

私は彼女の母親を完全に無視し、小さな妹の方へ身をかがめた。

「その拙いお辞儀では、陛下の前であなたの評判に傷がつくかもしれないわ」

じっと彼女を見つめる。

「もし難しいなら……私の動きを真似すればいい。それで十分よ」

私は柔らかく、心からの笑みを向けた。

そしてゆっくりと体を起こす。

「――こんなふうに」

そう言って、優雅に一礼する。

背後で母親が声を上げた。

「アメリア、聞かなくていいのよ! あなたはそんなこと気にする必要なんて――」

しかし。

アメリアはその言葉を遮った。

「大丈夫だよ、母様」

俯いたまま、静かに言う。

「本当に、気にしないで」

それから顔を上げ、私の方へ向き直った。

そして、満面の笑みで言った。

「わかりました、姉上」

「頑張ってみます。ありがとうございます」

その目は、嬉しさと感謝で大きく輝いていた。

……眩しい。

その笑顔。

あまりにも、輝きすぎている。

まるで光そのものみたいだ。

そして――

「姉上」

その言葉が、頭の中で何度も響く。

私はぼんやりと頷いた。

そしてすぐに背を向け、愛用の扇で顔を隠す。

左手が胸に触れる。

激しく打つ心臓を押さえ込むように。

……無理。

この可愛さ、耐えられない。

さっきの声が、まだ耳に残っている。

「姉上」

信じられない。

こんなの……もう、成仏できる。

魂が天に昇っていく気分だ。

結論。

――私の心は、今この瞬間に砕けた。

RIP。

「……いい人生だった」

私は小さく呟いた。

**********

私と兄、そして妹は、王の前で深く頭を下げていた。

アメリアとの顔合わせの後、私たちはそのまま王の謁見へと案内されたのだ。

「陛下に、謹んでご挨拶申し上げます」

三人で声を揃える。

「顔を上げなさい」

穏やかな声が返ってきた。

私はゆっくりと顔を上げる。

そして――

思わず強く唇を噛んだ。

……落ち着きなさい、私。

心臓がうるさい。

だって。

この人――

めちゃくちゃ格好いい。

顔が熱くなるのを必死で堪える。

ここで失礼な態度なんて取れない。

王の前なのだから。

それなのに。

王は立ち上がり、私たちへ優しく微笑んだ。

……ちょっと待って。

三十代の男って、こんなに格好よくなるもの?

私はなんとか感情を飲み込み、彼がこちらへ歩いてくるのを見つめた。

「そんなに緊張しなくてもいい」

王は柔らかく言う。

「ここには、私たち四人しかいないのだから。もっと自然で構わない」

その言葉で、ふと思い出す。

そういえば。

この部屋に入った時――

陛下は、他の者を全員退出させた。

……どうして?

一体、何を話すつもりなの?

その時だった。

突然、陛下が私の手を取った。

「きゃっ」

思わず小さく声が漏れる。

陛下はくすりと笑った。

「落ち着きなさい、ロレーヌ。食べたりはしないよ」

優しい笑みだった。

「これまで顔を出せなくてすまなかったね」

「急ぎの案件が続いていて、今日まで時間が取れなかったんだ」

そう言いながら、もう片方の手でアメリアの手も取る。

「ちょうど、君の妹が来た日になってしまった」

「許してくれると嬉しい」

そして――

私たちの手を、そっと重ねた。

「二人とも……仲良くしてくれると、父として嬉しい」

……偏見?

私は顔を上げ、陛下の目を見る。

そこにあったのは――

私の悪名を疑う視線ではない。

ただ。

子どもたちの関係を心配する、一人の父親の眼差しだった。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。

私は微笑み返した。

「はい。喜んで」

隣でアメリアも、頬を赤くしながら言う。

「わ、私も……頑張ります」

私たちは互いに顔を見合わせた。

胸の中は、どこか温かい。

その時――

「……で、俺は?」

拗ねた声が横から聞こえた。

兄がそこに立っていた。

腕を組み、明らかに不満そうな顔で。

「俺のことは無視か?」

私たちは三人で顔を見合わせ――

そして同時に、吹き出した。

「ははは」

父は笑いながら兄の手も取った。

「お前のことは心配していない」

「きっと上手くやれるだろう」

兄は一瞬、顔を引きつらせる。

「俺はそんなに自信ないけどな」

そしてちらりとアメリアを見る。

「アメリアとは大丈夫だと思う」

それから――

ゆっくりと、私を見た。

「でも、こいつとは」

私は視線を逸らす。

「……一生分かり合えない気がするわ」

「ほら見ろ!」

兄がすぐに叫ぶ。

父はまだ笑っている。

「お前、ロレーヌに何かしたのか?」

兄は目を逸らした。

「いや、別に。何もしてない」

アメリアは、その様子を楽しそうに見ている。

そして――

「嘘が下手だな」

父と私が、同時に言った。

兄は一瞬固まり――

顔を真っ赤にした。

……図星ね。

父は私たち三人を順番に見渡した。

そして、穏やかな声で言った。

「今日から、私たちは家族だ」

「この四人で、支え合っていくことになる」

少しだけ言葉を切る。

「すぐに上手くいくとは思っていない」

そう言いながら、父は私たちの手を重ねた。

「だが――」

「皆で、家族になろう」

「いいね?」

私は微笑みながら頷いた。

アメリアも、小さく「はい」と答える。

兄も少し照れくさそうに頷いた。

――こうして。

私たちは、四人の家族になった。

父はその後、私たちを食卓へ案内した。

昼食のためだ。

席に着くと、父は私たちにいろいろな質問をしてきた。

その間にも、料理が次々と運ばれてくる。

気づけば、テーブルの上は料理でいっぱいになっていた。

私は軽く見渡して、思わず微笑む。

前菜が運ばれてきた。

父が言う。

「好きなだけ食べなさい」

「いろいろ用意させた。きっと気に入るものがあるはずだ」

兄はすぐに料理へ手を伸ばした。

アメリアも一口食べようとする。

けれど――

その瞬間だった。

――バンッ!!

私は両手でテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。

「陛下」

「この料理には、手を付けない方がよろしいかと」

部屋が、一瞬で静まり返る。

視線が一斉に私へ向いた。

疑いと困惑が入り混じった空気。

私はゆっくりと振り向く。

視線の先にいるのは――

私の専属侍女。

「お嬢様、何かご用でしょうか? もし――」

パシン。

乾いた音が響いた。

私は彼女の頬を平手で打った。

部屋にいる全員が凍りつく。

だが、私は構わない。

もう一度。

パシン。

……ああ。

ずっと、こうしたかった。

侍女は床へ崩れ落ちる。

目に涙を浮かべながら。

「お嬢様……どうして……」

「私が何をしたというのですか……」

怒りに満ちた視線が、私を睨む。

「お嬢様、私はただ――」

「黙りなさい」

私は扇を鋭く閉じた。

「それ以上喋れば、二度と口を開けないようにしてあげる」

そして、振り向く。

「衛兵」

「この女を、今すぐ拘束しなさい」

私は侍女を見下ろし、冷たく言った。

その時――

「おい、何をしている!」

兄が勢いよく立ち上がった。

「お前――」

だが、そこで言葉を止める。

何かに気づいたように、唇を強く結んだ。

そして、ゆっくりと座り直す。

「……説明しろ」

真っ直ぐ私を見る。

「そうじゃないと、誰も理解できない」

私は小さく微笑んだ。

……いい子ね。

どうやら気づいたらしい。

思っていたほど馬鹿じゃない。

父はそれまで一言も発していなかった。

ただ静かに、私を見ている。

説明を待っているのだ。

私は父へ向き直る。

「陛下」

「お話をお聞きいただけますか」

父は頷いた。

「聞こう、ロレーヌ」

私ははっきりと言う。

「この侍女を、三つの重大な罪で告発します」

「なっ――!」

侍女が叫んだ。

「お嬢様、何をおっしゃって――」

「黙れ」

父の低い声が部屋を支配した。

「静かにしなさい」

私は侍女を一瞥しながら続けた。

「まず第一に――職務怠慢であることを告発します」

「この二日間、彼女は私の許可もなく、私の代わりに発言し、判断を行っていました」

「聞きますが、それは使用人として許される行為でしょうか?」

私の声が、部屋に響き渡る。

重く、はっきりと。

「いいえ、それは許されません」

即座に返った声は――兄だった。

「お前も分かっているはずだ、この城の規律を」

「なぜそんな真似ができた?」

少しだけ怒気を含んだ声。

床に倒れた侍女が震える。

「父上」

兄は続けた。

「この城の規律、見直すべきです」

「彼女は完全に自分を過信している」

「……わかった、エドワード」

父は静かに頷いた。

――信じた?

こんなに簡単に?

あり得ない。

侍女は必死に叫ぶ。

「違います陛下! そんなつもりでは――」

「まだ喋る気か?」

兄の声が鋭く落ちる。

侍女は凍りついたように固まった。

……信じられない。

全員が、私の言葉を疑わない。

私は侍女に向けて、嘲るように微笑んだ。

「第二の罪は――陛下への不敬です」

少し間を置く。

「そして、第三の罪は……」

その瞬間だった。

「ちょっと待て、待て待て!」

兄が両手を振りながら割って入る。

「今の、第二の罪の説明はないのか?」

「特にないわね」

私は顎に指を当てる。

「うーん……単純に、ちょっとムカついたのよ」

「ムカついた?」

兄が目を丸くする。

「それを理由にするのか?」

私は肩をすくめた。

「あなたが聞いたから答えただけよ?」

「……まあ、それはそうだが」

兄は小さくため息をつく。

「で、第三の罪が“料理に触れるな”の理由か?」

鋭い目で私を見る。

「早く言え。もう限界だ」

私はにやりと笑った。

……やっぱり。

思ったより頭は回るみたいね。

「正解。今回は珍しく当たり」

「珍しくって何だ!」

兄が即座に噛みつく。

完全に拗ねている。

「えっと……あの」

小さな声が割って入った。

アメリアだった。

「うん?」

私とエドワードが同時に振り向く。

彼女は少し戸惑いながら言う。

「その……やっぱり、なんでもないです」

そう言って俯き、頬を赤く染めた。

……可愛い。

思わず、口元が緩みそうになる。

私はすぐに表情を引き締めた。

そして扇を軽く動かす。

「では、第三の罪――」

その瞬間。

場の空気が変わった。

誰もが息を呑む。

「それは……」

私ははっきりと言った。

「王族に対する、殺害未遂」

――静寂。

一瞬で、音が消えた。

誰も口を開かない。

「お嬢様!!」

侍女が叫んだ。

「そんなこと、どうして言えるのです!? 私はあなたのためにどれだけ――!」

涙が溢れ落ちる。

床に座り込み、まるで被害者のように泣き崩れる。

その姿はあまりにも哀れで。

見方によっては、完全な“被害者”にも見えた。

――自分でも、疑いたくなるほどに。

――バンッ!!

鋭い音が響いた。

陛下が、テーブルを拳で叩いたのだ。

その瞬間、まるでそれが合図だったかのように――

衛兵が動いた。

床に倒れていた侍女の頬に、平手打ちが落ちる。

「黙れと言っている!」

「この件に、お前が口を挟む権利はない」

父の声は鋭く、重かった。

……興味深い。

父でも、怒る時は怒るのね。

エドワードは拳を強く握りしめ、鋭い視線を侍女に向けていた。

アメリアは唇を固く結び――

その瞳には、複雑な感情が宿っていた。

悲しみ。

嫌悪。

怒り。

そのすべてが混ざったような目。

「説明しろ」

兄が低く呟く。

「ちゃんと説明しろ!」

私は静かに言った。

「もうすぐ来るわ、兄さん」

私は一歩、テーブルへと近づいた。

そして続ける。

「――これと、これ、それからこれ」

私は食卓に並ぶ料理に使われている果物や食材をいくつか挙げた。

「城に来た初日、私はこれらの食材の一覧を彼女に渡しました」

扇で侍女を指し示す。

「そして何度も伝えたはずです」

「私はこれらの食材に触れることを禁じられている、と」

「理由は簡単。私はそれらにアレルギーがあるからです」

一拍置く。

「それなのに――」

「今、これらは全て料理に使われています」

「これは一体、どう説明するつもりですか?」

沈黙がさらに重くなる。

横目で見ると、アメリアが拳を握りしめていた。

父は眉をひそめる。

兄は不審そうに口を開いた。

「なあ、それって何だ? アレルギーって」

……まあ、普通の反応ね。

私は彼を見る。

「心配しないで、兄さん」

「どうせ君には分からないと思っていたわ」

「は? どうせって何だよ」

兄が顔を引きつらせる。

「別に」

私は軽く咳払いをした。

「では説明代わりに、少し話をしましょう」

私は再び席に座った。

そして静かに口を開く。

「昔の話をしましょう」

「子どもの頃、私は森で変わった果実を見つけました」

「それを母にあげようと思って、家に持ち帰ったのです」

少し間を置く。

「その果実は――母にとって毒でした」

「彼女はその食材に強いアレルギーを持っていたのです」

「触れるだけで、皮膚にひどい発疹が出るほどに」

さらに続ける。

「一口でも食べていれば、命に関わっていた可能性すらあります」

私は軽く微笑んだ。

「以上が、その時の話です」

そして続ける。

「ちなみに私はそのアレルギーを母から受け継いでいます」

「そして、先ほど挙げた食材も同様です」

兄が口を開いた。

「でも子どもの頃、その果実を触っていただろ?」

「なぜ何ともなかったんだ?」

私は彼を見る。

「運が良かったのよ」

「手袋をしていたから」

兄は唇を噛む。

「そんな話、聞いたことがない」

「本当に存在するのか?」

「それとも……作り話じゃないのか?」

私は扇でアメリアを指した。

「悪いけれど」

「彼女なら知っているはずよね?」

視線が一斉にアメリアへ向かう。

彼女の頬が、ほんのり赤く染まった。

「無理に話さなくてもいい」

兄が静かに言った。

「――いいえ」

アメリアがきっぱりと答える。

その声は、驚くほど強かった。

彼女は私たちを見渡し、わずかな決意を瞳に宿す。

「はい……それは本当です」

「私も、その話を聞いたことがあります」

小さく息を吸う。

「先ほどロレーヌ姉様が言っていた時に……それだと分かりました」

「教会でも言われています」

「アレルギーのある食べ物は、たった一口でも命に関わると」

私は大きく微笑んだ。

「ありがとう、アメリア」

「とても助かったわ」

「い、いえ……お役に立てて嬉しいです」

彼女も照れながら微笑む。

「……ふん」

兄が小さく不満げに唸った。

私は続ける。

「同じ家族である以上、似た体質を持っている可能性は高い」

「だから彼女にも、その一覧を渡しておいたの」

「アメリアも、体が強い方ではないでしょう?」

「母のことを考えれば……一口でも危険だったはずよ」

私はじっと彼女を見る。

「この中に、あなたにとっても危険な食材が含まれているわよね?」

アメリアは頷いた。

「はい……ほとんどがそうです」

――バンッ!!

兄がテーブルを叩いた。

「貴様……!」

怒りに満ちた声が響く。

「どういうつもりだ!」

「なぜこんなことをした!」

侍女は、目に見えて震えていた。

そして、叫ぶ。

「あり得ません! お嬢様、どうか嘘はおやめください!」

「ここ数日、あなたはその料理を食べていたではありませんか――」

その瞬間。

彼女の声が止まった。

……言ってしまったのだ。

自分で。

「貴様……!」

エドワードが叫ぶ。

怒りが、そのまま言葉になっていた。

私は侍女を見下ろし、冷たく言う。

「本当に……運が良かったわ」

「父譲りの丈夫な体質でね」

「でなければ、どうなっていたことか」

感情のない笑みを浮かべる。

「それに、少し注意していれば分かったはずよ」

「ここ数日、私はほとんど食事を取っていなかった」

私はゆっくりと言葉を重ねる。

「だから何度も言ったでしょう?」

「その食材を使うな、と」

「それなのに――あなたは無視した」

視線が鋭くなる。

言葉にできないほどの冷たさを帯びて。

侍女は一歩、後ずさる。

「ち、違います……お嬢様……!」

「私はそんなこと……決して……!」

必死に否定する声は、もう力を失っていた。

侍女は這うように前へ進み、王の前で深く頭を下げた。

「陛下……どうか、お信じください……!」

必死な声だった。

「私は決して、そのようなことは……!」

「長年この城で仕えてきましたが、一度も職務を怠ったことはありません!」

涙ながらに訴える。

「きっと厨房で、私の指示が正しく伝わらなかったのです……!」

「私ではありません……本当に……!」

その時――

「もし本当にそうなら」

小さな声が、静かに響いた。

アメリアだった。

「どうして、ほとんど全ての料理に同じ食材が使われているのですか?」

その瞳には、はっきりとした失望が浮かんでいる。

そして――わずかな怒りも。

「確かに」

エドワードも続く。

「こんな料理、今まで一度も出たことがない」

「どうして今日に限って、こんなことになった?」

侍女は一瞬、言葉を失った。

明らかに動揺している。

――予想外だったのだ。

全員が、ロレーヌの側につくとは。

彼女はゆっくりと顔を上げる。

そして――

まだ何も言っていない人物を見る。

王を。

侍女は王の足にしがみついた。

「お願いです、陛下……!」

「私は本当に何もしていません……!」

必死に訴える。

「家族がいるのです……私がいなければ……!」

「どうか……どうかお許しください……!」

――だが。

王は、彼女に視線すら向けなかった。

「……つまり」

低い声が落ちる。

「これは料理人たちの責任だと、そう言いたいのか?」

その場の空気がさらに冷えた。

私は口を開く。

「私は彼らを責めているわけではありません」

侍女は慌てて言葉を重ねる。

「ただ……私ではないと申し上げているだけです!」

「お嬢様、なぜそのように言葉を歪めるのですか……!」

「私はこれまで、あなたに忠実に仕えてきたのに……!」

私は冷たく言い放つ。

「つまり」

「これは私の仕業だと、そう言いたいの?」

空気が凍る。

侍女は顔を青ざめさせた。

「い、いえ! そのようなこと、決して……!」

その時――

「もういい」

エドワードが声を張り上げる。

「衛兵!」

「何をしている、早くその女を陛下から引き離せ!」

衛兵たちが動く。

王は、ようやく侍女を見下ろした。

その表情は――

誰にも読み取れなかった。

王は、ゆっくりと私の方へ視線を向けた。

「……なぜだ」

低い声だった。

「なぜ、もっと早く私に報告しなかった?」

そこには、わずかな苛立ちと――

責めるような響きがあった。

私は軽く眉を上げる。

……なぜ、ですって?

当然のことでは?

「簡単な話です」

私は淡々と答えた。

「私はまだ、この城で十分な立場を持っていません」

「陛下に直接お会いできるほどの権限も」

小さく微笑む。

「仮に申し出ても、誰が本気で取り合ったでしょう?」

一拍置く。

「それに――証拠もありませんでした」

「だからまずは……」

言葉を区切る。

私はゆっくりと指を上げた。

「未然に防ぐつもりでした」

「ですが――」

視線を侍女へ向ける。

「もう、その段階は過ぎています」

侍女は顔を青ざめさせ、震えていた。

冷や汗が止まらない。

「お、お嬢様……」

かすれた声。

私は静かに言い放つ。

「確認します」

「ここにいる全員を証人として――」

「あなたは、この件への関与を完全に否定するのですね?」

空気が張り詰める。

「は、はい……!」

侍女は必死に頷く。

「私は無実です……!」

――そう。

私は心の中で呟いた。

これで、終わり。

「衛兵、入れなさい」

私の一言で、扉が開かれた。

数人の人物が中へと入ってくる。

全員が、その場で深く頭を下げた。

その様子を見た瞬間――

侍女の顔色が変わる。

次の瞬間、彼女の身体は力なく崩れ落ちた。

……もう理解したのだろう。

自分の敗北を。

「誰だ?」

エドワードが眉をひそめる。

私は答える。

「料理長と、その補佐たちです」

「いつ呼んだんだ?」

「あなたたちに“食べるな”と言った直後よ」

私は料理長へ視線を向ける。

「きっと、話すべきことがあるはず」

「――すべて話しなさい」

場の視線が一斉に彼へ集まる。

張り詰めた空気。

年老いた料理長でさえ、明らかに震えていた。

無理もない。

王と王族が一堂に会する場など――

彼らにとっては異常な状況だ。

やがて、彼は口を開いた。

そして――

知っていることを、すべて語った。

……完璧ね。

これで、逃げ道は完全に消えた。

料理長はすべてを認めた。

この料理は――

侍女の指示によるものだと。

彼はただ、命令に従っただけだった。

側にいた補佐たちも、それを証言する。

……これで、決まりだ。

侍女は完全に力を失っていた。

もはや何も言わない。

言えない。

すべてを理解してしまったのだ。

自分に、もう逃げ場がないことを。

私は静かに口を開く。

「まだ付け加えるなら――」

「命令違反、そして証拠が揃った後も認めなかったこと」

「それも罪に含まれるでしょうね」

場は、再び静まり返った。

誰も言葉を発しない。

そして――

王が口を開く。

「ここまでの証拠を踏まえれば」

「このような者を城に置いておくことはできない」

重い声だった。

「罪は明白」

「そして、看過することもできぬ」

一拍。

そして――

「ロレーヌ」

その名を呼ぶ。

「処分は、お前に任せる」

空気が変わる。

「……私に?」

思わず声が漏れた。

王は静かに頷く。

「そうだ」

「この件を明らかにしたのは、お前だ」

「ゆえに、裁く権利もまた、お前にある」

侍女の目に、かすかな希望が宿る。

涙で濡れた瞳で、私を見上げた。

「お嬢様……どうか……」

――逃がすとでも?

私は小さく笑った。

「ねえ、兄さん」

「王族に対する殺害未遂の罪は、通常どう裁かれるの?」

エドワードは迷いなく答える。

「当然、死刑だ」

「そうよね」

私は頷く。

「でも――」

わざと間を置く。

そして、ゆっくりと微笑んだ。

「死刑なんて……あまりにも優しすぎるわ」

侍女の身体が、びくりと震える。

私は少し考える素振りを見せた後、口を開いた。

「ねえ、父上」

「王家は鉱山を所有しているのでしょう?」

王は短く答える。

「ああ、いくつかはな」

その言葉を聞いた瞬間――

私の笑みが深くなる。

「決めました」

静かに告げる。

「彼女の処分を」

エドワードが肩をすくめる。

「その顔を見る限り、楽な結末じゃなさそうだな」

楽しそうに笑った。

「好きにしろ」

王が私を見る。

「それで――」

「お前の決断は?」

私は王へと向き直る。

その深い視線を、真っ直ぐ受け止めた。

「処分ですが――」

静かに告げる。

「彼女には、最も収益の低い鉱山での強制労働を三年」

「無償で課します」

一瞬、静寂が落ちた。

だが私は続ける。

「そして三年後――」

「同日、同時刻に、処刑を執行します」

――完全な沈黙。

「そ、そんな……!」

侍女が崩れ落ちる。

「お願いです、お嬢様……それだけは……!」

震えながら、涙を流す。

父は眉をわずかに上げ、薄く笑った。

アメリアは首を傾げるだけで、何も言わない。

エドワードは一瞬驚いた顔を見せたが――

やがて笑う。

「悪くない」

「気に入った」

「それくらいでちょうどいい」

私は鼻を鳴らす。

「理解できたみたいね」

「それならよかったわ」

「むしろ嬉しいくらいだ」

エドワードは肩をすくめた。

私はさらに続ける。

「加えて、逃亡や怠慢を防ぐため」

「奴隷刻印を施します」

「そして三年後――」

「条件次第では、刑の免除も検討します」

わずかに間を置く。

「……可能性は、限りなく低いけれど」

私は再び、王へと向き直る。

王は満足げに頷いた。

「その処分で進めよう」

「はい、ありがとうございます――陛下」

私は一礼する。

「……いや」

その声に、私は顔を上げた。

「“父上”でいい」

一瞬、言葉を失う。

「堅苦しい呼び方は必要ない」

「家族なのだからな」

胸の奥が、じんわりと温かくなる。

「……はい」

小さく息を吸い、

「わかりました――父上」

自然と、笑みがこぼれた。

――ごめんなさい、父さん。

ふと、前世の父の顔がよぎる。

もう二度と、そう呼ぶことはないと思っていた。

それでも――

この人には、ちゃんと伝えたい。

胸の奥に、懐かしさが広がる。

気づけば、目元がわずかに滲んでいた。

「アメリアもだ」

王が優しく言う。

「お前も、そう呼びなさい」

「あ、えっと……はい……」

頬を赤らめながら、

「……お父様」

小さく、そう口にした。

そのまま、私の方を見る。

そして――

柔らかく微笑んだ。

胸が、ふわりと軽くなる。

さっきまでの痛みが、嘘みたいに消えていく。

……なんて綺麗な笑顔。

心が、ほどけていく。

私は微笑み返し、

ゆっくりと視線を戻した。

――侍女へと。

侍女はもはや見る影もなかった。

命は、今にも尽きそうなほど弱々しい。

私は表情を冷たくする。

扇を手のひらで打った。

「衛兵」

鋭く命じる。

「この女を連れて行きなさい」

「そして、正式に処罰を下すように」

「二度と私の前に姿を見せるな」

衛兵たちが彼女を引きずるように連れて行く。

彼女はもはや、自分の足で立つこともできなかった。

ただの“影”だった。

――だが。

当然の報いだ。

私が最も嫌うのは、こういう無責任な行動だ。

私はゆっくりと振り返る。

そこには、アメリアと兄が話している姿があった。

(……やはり)

私は静かに目を細める。

これは間違いなく――

“乙女ゲーム”で語られる、あの事件。

“悪役令嬢ロレーヌが、王家で起こした毒殺未遂事件”。

そしてこの出来事をきっかけに、

アメリアは“聖女”としての力に目覚める。

一方で私は――

王城を追放されることになる。

だが爵位そのものは失わない。

しかし、その後の扱いは最悪で、

誰にもまともに相手にされることはなかった。

だが――私は、すでに物語を変えている。

本来なら、今日この場で私は追放されるはずだった。

それなのに、今もここにいる。

運命は、少しずつ歪んでいる。

私は小さく笑った。

私は“悪役令嬢ロレーヌ”。

本来なら嫌われ、排除される存在。

それでも構わない。

悪役でいることには、それなりの利点がある。

ただ――

もしこのまま、この家族と一緒にいられるのなら。

それでいい。

「どうした、ぼんやりして」

エドワードがからかうように言う。

「幻覚でも見てるのか?」

私は何も言わず、彼を見返した。

「ロレーヌ、こっちへ来なさい」

父が穏やかに呼ぶ。

「ねえ、アメリアと一緒にお話ししない? お姉ちゃん」

アメリアが無邪気に笑う。

その瞬間――

胸が跳ねた。

ああ、もしこのまま彼女たちと一緒にいられるのなら。

私は微笑む。

「ええ、喜んで」

立ち上がり、彼らのもとへ向かう。

心臓が高鳴る。

――だって私たちは、もう家族だから。

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