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『サイバネティック・ローカリズム:AIが統治する「新・市民社会主義」の国家OS設計図』  作者: えいの


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終章:不完全なる人類のための「生存のアルゴリズム」と新たな社会契約

政治学者フランシス・フクヤマは冷戦終結時、『歴史の終わり』[1]において、西欧的な自由民主主義と普遍的人権のイデオロギーが人類の統治形態の最終的到達点であると宣言した。しかし、それから数十年が経過した現在、我々が目撃しているのは、勝利したはずのリベラル・デモクラシーが内部から崩壊していく惨状である。

無限の多様性と寛容を説く普遍主義は、共同体を維持するための「求心力」を解体した。国境を越える資本の移動は中間層を没落させ、文化の同化を免除された多文化主義はパラレル・ステート(国家内国家)を生み出し、再生産のコストを個人に押し付ける資本主義の論理は少子化という物理的消滅サイレント・デスをもたらしている。

哲学者スラヴォイ・ジジェクが指摘するように、現代のグローバル資本主義はもはや民主主義や伝統的共同体を必要としていない[2]。この巨大な虚無ニヒリズムに対抗するためには、旧来の排外主義(血統とナショナリズムの結合)への退行でもなく、実現不可能なリベラルの夢への執着でもない、全く新しい論理的枠組みが必要である。

本論文が提示した『サイバネティック・ローカリズム(新・市民社会主義)』は、「歴史の終わり」という幻想から目を覚ました人類が、自らの物理的生存基盤(インフラと文化)を防衛するために設計した、真のポスト・リベラリズムのグランドデザインである。

4.2 責任倫理のアーキテクチャ:AIを神経系とする国家モデル

本システムは、政治学者カール・ドイッチュが『国の神経系』[3]で提唱した「サイバネティクス(通信と制御)による政治システム」を、現代のAIとビッグデータによって完全実装したものである。

AIは国家の神経系として機能し、個人の消費行動トランザクションやソーシャル・キャピタルを常時解析する。そして、国家の生存というマスタープロンプトに従い、共同体に同化(ハビトゥスを共有)する者には再分配の恩恵を与え、パラレル・ステートを形成しようとする異分子からはインフラへのアクセス権を冷徹に遮断する。同時に、次世代の再生産(育児)を最大の公共事業と位置づけ、アルゴリズムによる自動的な減税措置を通じて、市民に強烈な経済的インセンティブを付与する。

社会学者マックス・ヴェーバーは『職業としての政治』[4]において、政治家の行動原理を、結果を度外視して純粋な信念に従う「心情倫理」と、自らの行動がもたらす予見可能な結果に対して責任を負う「責任倫理」に大別した。

現代のリベラリズムが「すべての人間は平等に受け入れられるべきだ」という情緒的な心情倫理に酔いしれ、結果として共同体のインフラを崩壊させているのに対し、本システムは極限まで冷徹な**「責任倫理のアーキテクチャ」**である。共同体とその構成員が明日も物理的に生き延びるという「結果」を担保するためにのみ、システムは稼働する。血統や人種という生得的属性による排除を完全に否定する一方で、利用規約(文化OSへの同化)を守らない者には「インフラの遮断」という自己責任の帰結を迫る。この圧倒的な公平性こそが、感情論に流されない次世代の正義である。

4.3 「新しい社会契約」の締結:ルーツからコードへ

ジャン=ジャック・ルソーは『社会契約論』[5]において、孤立した個人が自らの身体と財産を守るため、各人の意志を「一般意志」へと統合し、共同体を形成するプロセスを論じた。しかし、ルソーの想定した均質で小規模な共同体は、現代の複雑怪奇な情報社会においてはもはや成立し得ない。

我々が必要としているのは、21世紀の物理的現実に即した「新しい社会契約(The New Social Contract)」である。

本システムへの参加は、神話的な血統や歴史的土着性に基づくものではない。それは、**日本の法と文化OSを自身の生活基盤(食や消費行動)にインストールし、次世代の育成とインフラ維持に貢献するという、極めて明文化された『コード(規律)への同意』**である。

入り口はすべてのルーツに対して開かれているが、内部の規律は極めて厳格である。AIという絶対的かつ非属人的な計算機構を媒介とすることで、我々は人間の嫉妬や偏見(差別)を排除したまま、強固な共同体主義を再構築することができる。

4.4 結語:人間の不完全さが保証する「自由」

本論のシステム設計において最も重視されたのは、逆説的であるが**「人間の非合理性(認知の限界)」**である。どれほどAIが完璧な最適解を提示しようとも、それを解釈し、最終的に運用するのは不完全な人間である。このサイバネティクス的三権分立(人間と機械の間の摩擦)こそが、冷酷な全体主義への転落を防ぐ最強の安全装置フェイルセーフとなる。

完璧なユートピアなど存在しない。あらゆるシステムには副作用が生じる。

しかし、自らが属する文化とインフラを放棄し、グローバル市場という荒野でデータの一部として消費され尽くすことを拒むのであれば、我々はこの泥臭くも強靭な『サイバネティック・ローカリズム』というOSをインストールする以外に道はない。

感情論とイデオロギーの時代は終わった。これより始まるのは、冷徹なアルゴリズムと、同じ釜の飯を食うという生々しいハビトゥスによって織りなされる、不完全なる人類のための真の「生存サバイバル」の時代である。血統を捨て、コード(規律)を選び取った者たちによってのみ、国家という船は次の世紀へと漕ぎ出すことができるのである。

【参考文献・出典】

[1] フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』(1992年)

[2] スラヴォイ・ジジェク『資本主義に希望はあるか』(2018年等、各論考において)

[3] カール・W・ドイッチュ『国の神経系――政治的コミュニケーションとコントロール』(1963年)

[4] マックス・ヴェーバー『職業としての政治』(1919年)

[5] ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』(1762年)

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