第04話:エリート聖女の視察と、神の幾何学(ただの寝癖)
「――お待ちなさい! この偽物聖女!」
静寂の聖域(※私のニート部屋)に、甲高い声が響き渡った。
扉を勢いよく開けて入ってきたのは、縦ロールの金髪を揺らし、これ見よがしに宝石だらけの法衣を纏った美少女――エリート聖女のセレナだった。
(……誰? あ、本物の聖女がいない間に代役やってた、あのお嬢様か)
私は、三日間寝続けたせいで爆発した頭をガリガリと掻きながら、半開きの目で彼女を見た。
正直、今の私はひどい格好だ。ヨレヨレの寝巻き、口角には乾いたよだれの跡。そして、重力に逆らうように四方八方へ跳ね上がった、芸術的なまでの「寝癖」。
「聞き捨てなりませんわよ! 聖杯を破壊し、魔王軍を殲滅したなんて……そんなデタラメ! 貴女のような出自も知れない女に、そんな力があるはずありませんわ!」
セレナが指を突きつけてくる。
いいぞ、もっと言え。できれば国王の前で「こいつは偽物だ!」と大声で告発してほしい。
(よし、ここは一つ、とびきり無能なところを見せて、彼女に聖女の座を返上しよう)
私は、意識を朦朧とさせながら、適当に頭を左右に振った。
あまりの眠気に視界がグラグラする。私は彼女の方も見ず、空いた手で「しっしっ」と追い払うようなジェスチャーをした。
「……あー。……うるさい。……勝手にして。……あっち、行って……」
本音である。
「眠いから黙れ、お前に聖女の座は譲るから早く消えてくれ」という意味だ。
だが、セレナは突如として、弾かれたように後ずさった。
その顔は、恐怖と驚愕で真っ青に染まっている。
「……っ!? な、なんですの、その『構え』は……!?」
「は?」
「わ、私に、その……その『頭髪』を見せて、何を伝えようとしていますの!? まさか……そんな、バカな……! その髪の跳ね方、絡まり方……これこそが古代神聖術の極意、失われた『天の幾何学(ヘブンズ・幾何学)』の陣形ですわね!?」
(……はぁ?)
私は自分の頭を触った。
ただの寝癖である。右側が特にひどい。
「……違う。これ、寝癖……」
「『根を伏せ』……!? そうですわね、地脈に根を伏せ、大地の魔力を髪の一本一本から吸収し、増幅させている……! 貴女、無意識にその状態で、この部屋の聖域結界を維持していますのね!? なんて、なんて凄まじい計算能力(演算)!」
背後にいたカイルさんが、感極まって膝を突いた。
「……ああ! やはりセレナ様もお気づきになられたか! リリアーヌ様のあの寝癖――いや、神の御髪は、一見乱れているようでいて、実はこの王都の防衛術式と完璧にリンクしているのだ! 私が今朝、測量したところ、すべての跳ねた毛先が魔力の収束点を指していた!」
(……嘘でしょ。測ったの? 寝てる女の頭の毛を?)
「……くっ、認めませんわ! 理論が正しくても、実力が伴っていなければ意味がありませんもの! 食らいなさい、我が一族に伝わる最高位の攻撃魔法を!」
セレナが必死の形相で杖を掲げる。
放たれたのは、眩いばかりの光の弾。
私は反射的に、手元にあった枕を盾にするように抱きしめた。
あ、これ死んだわ。そう思った瞬間。
光の弾が枕に触れた直後、なぜか「シュン……」と頼りない音を立てて消滅した。
「なっ……消えた!? 私の最大魔法を、ただの『枕』で受け流したというのですの!? ……い、いえ、違いますわね……。あの枕の抱き方、角度……! あれは『無』の境地! 攻撃を『攻撃』とすら認識しない、圧倒的な格の違い……!!」
本当は、枕がたまたま魔法反射のルーンが刺繍された国宝級の品だっただけなのだが(※カイルさんが勝手に用意した)、セレナにはリリアーヌの「技」に見えたらしい。
私はあまりの騒がしさに、ついにキレた。
枕を床に叩きつけ、セレナを睨みつける。
「……もう、いい加減にして! あんた、うるさすぎ! 鏡、見てきなさいよ! そんなに聖女になりたいなら、あんたが全部やればいいでしょ!!」
(本音:お前が聖女やってくれ。私は寝る。鏡見て、自分の立派な格好を再確認して、自信持って出ていけ!)
しかし、セレナは崩れ落ちるように床に伏した。
「……『鏡を見ろ』……。ええ、そうですわね。自分のプライドに固執し、貴女のような『本物』に嫉妬していた醜い私……。鏡に映るべきは、その醜悪な心……。貴女は、魔法ではなく『言葉』で、私の傲慢さを浄化してくださったのですね……」
セレナの目から、浄化されたような綺麗な涙が溢れ出す。
「……負けましたわ、リリアーヌ様。これからは、貴女の一番の『弟子』として、その寝癖……いえ、神の幾何学を習得するために精進いたしますわ!」
「……え、待って。弟子? いらない。断る」
「『断る(=言葉ではなく背中を見て学べ)』というのですね!? ああ、なんと厳しいお方……! ますます尊敬いたしますわ!!」
(……もう、誰か止めて……)
こうして、リリアーヌは「エリート聖女」という最強の盾(と書いてストーカーと読む)を手に入れてしまった。
翌日、王宮では「聖女様の髪型を真似るのが大流行」し、街中が寝癖だらけの人間で溢れかえるという、地獄のような光景が広がるのだが――。
リリアーヌは、自分の頭が流行の最先端になっていることすら知らず、新しく用意された「さらに柔らかい枕」に絶望して顔を埋めるのであった。
第4話、お読みいただきありがとうございました!
ついにライバル登場!……と思いきや、
一瞬で「寝癖」を神聖術式だと勘違いして陥落してしまいました。
エリートほど、自分の理解を超えたものを「高度なロジック」として
解釈してしまう悲しい性ですね(笑)。
・リリアーヌ:髪を梳かすのが面倒
・周囲:天の幾何学の陣形だ!
この「どうでもいい細部」まで神格化されてしまう泥沼感。
リリアーヌがどれだけ「クズ」であることを主張しても、
それはすべて「悟り」へと変換されます。
「セレナのチョロ可愛さに吹いた!」
「次の勘違いが待ち遠しい!」
という方は、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いします!
皆様の評価が、リリアーヌをさらに高い(本人的には最悪な)場所へと押し上げます!
次回、ついに国王から「隣国との国境問題」を解決してほしいと
無茶振りが飛んできます。
リリアーヌが放った「適当な境界線」が、どう歴史を変えてしまうのか!?
お楽しみに!




