第03話:満腹宣言は、殲滅の合図
「……うぷっ。……もう、無理。一歩も動けない……」
私は、純白のシルクが敷かれた長テーブルの上で、力なくスプーンを落とした。
目の前には、かつて見たこともないような山盛りの豪華客船……じゃなくて、豪華料理の残骸。
最高級和牛のステーキ(異世界版)、金粉が振りかけられた謎の巨大魚のポワレ、バケツ一杯分のフォアグラ、そして直径五十センチはある特大デコレーションケーキ。
(死ぬ。これ、幸せすぎて死ぬんじゃなくて、物理的に胃袋が破裂して死ぬやつだわ……)
最初は歓喜していた。
金貨三枚どころか、一食で金貨十枚はくだらないであろうフルコース。
だが、カイルさんをはじめとする神官たちが「これぞ聖なる供物!」「邪神の空腹を肩代わりされる聖女様を応援しろ!」と、わんこそばのような勢いで料理を運んでくるのだ。
もはや拷問である。
私は脂汗を流しながら、テーブルに突っ伏した。
「……はぁ、はぁ。もう……もういい……。これ以上は、一ミリも、受け付けない……。残ったのは、全部……片付けて……(処分して……)」
私の精一杯の、敗北宣言だった。
「もう食べられません、残りは捨ててください、寝かせてください」という意味だ。
だが、その言葉が落ちた瞬間。
食堂の空気が、凍りついた。
「…………今、なんと?」
カイルさんが、震える声で聞き返してくる。
「ですから……もう、終わり。これ以上、食べる必要なんて……ないんです……。残ったカスは、一匹残らず……消し去って……(片付けて、早く私を一人にして……)」
私は意識が朦朧とする中で、そう付け加えた。
その時だった。
食堂の重厚な扉が、爆音と共に蹴破られた。
「――御意ッ!! リリアーヌ様、その御言葉、確かに賜りましたッ!!」
現れたのは、銀髪をポニーテールに結い上げた、氷の彫像のように美しい少女騎士だった。
彼女はカイルさんすら突き飛ばす勢いで私の元へ駆け寄り、床に激しく膝を突く。
「……え、誰?」
「近衛騎士団、一番隊隊長ファラ! たった今、修行(滝行)より戻り、聖女様の福音を拝聴いたしました!」
ファラと呼ばれた少女は、狂気すら宿った澄んだ瞳で私を見上げた。
その体からは、物理的に壁がピキピキと鳴るほどの凄まじい殺気……じゃなくて、魔力が溢れ出している。
「『もうこれ以上、邪神に供物を捧げる(=魔王軍の横暴を許す)必要はない』……。『残ったカス(=魔王軍の残党)は一匹残らず消し去れ』……! なんと、なんと苛烈で、慈悲深い殲滅宣告でしょうか!」
「はぁ? せんめつ……?」
「騎士団長カイルよ! 何をボサッとしている! 聖女様は、ご自身がすべての呪い(料理)を胃に収めることで、邪神との契約を無理やり上書きされたのだ! 今の邪神は満腹で動けぬ状態……つまり、魔王軍を根絶やしにする絶好の好機! リリアーヌ様は、自ら泥を被ることで、我々に『剣を抜け』と命じておられるのだ!!」
「……っ!! そうか、そういうことだったのかッ!!」
カイルさんが、ガバッと顔を上げた。
待って。全然そういうことじゃない。私はただ、脂っこいもの食べすぎて気持ち悪いだけなの。
「『一ミリも受け付けない』……それは、悪に対する一切の妥協を排するという聖女様の鋼の意志! ファラよ、すぐに出撃せよ! 聖女様が食事を終えられた今、我らに敗北の文字はないッ!!」
「ははっ! 聖女リリアーヌ様の名において、大陸北部の魔王領を地図から消し去って参ります!!」
「ちょっと待って!! 話を聞いて!!」
叫ぼうとしたが、不運にも特大デコレーションケーキの生クリームが喉に詰まって、盛大にむせた。
「ゴフッ、ゲホッ! オエェ……ッ!!」
胃の内容物が逆流しそうになる苦しみ。
だが、それを見たファラは、感極まったように叫んだ。
「……おお! あえて醜態を晒すことで、『吐き気がするほどに世界は汚れている』と表現されるとは! その怒り、このファラ、我が魂に刻みました! 一匹も、肉片一つ残さず、浄化して参りますわーーッ!!」
シュンッ、という風切り音を残し、ファラが窓から飛び出していった。
ここは三階だぞ。
遠くで、「聖女様のために死ねーーッ!!」という彼女の叫び声と、爆発音が聞こえた。
(……おかしい)
私は、テーブルに突っ伏したまま、涙を流した。
お腹がいっぱいで苦しいだけなのに、なぜか隣国の魔王軍が滅亡の危機に瀕している。
「リリアーヌ様、どうかご安心を。貴女の『吐き気』が収まる頃には、世界から悪は消え去っていることでしょう」
カイルさんが、私の背中を優しくさすってくれる。
その手が、死ぬほど重い。
(……もう、誰でもいいから、私を殺して……。いや、殺さないで……。ただ、静かに寝かせて……)
リリアーヌの胃もたれが完治する頃、王国には「魔王軍主力、謎の全滅」という報せが届くことになるのだが――。
それは、彼女にとってさらなる「多忙」という名の地獄の始まりに過ぎなかった。
第3話、いかがでしたでしょうか?
新キャラ・ファラの登場により、勘違いのベクトルが
「内政・宗教」から「軍事・暴力」へと拡張されました!
リリアーヌが食べ過ぎて吐きそうになっているだけなのに、
それが「世界への怒り」に変換される絶望感。
・リリアーヌ:ゲロを吐きそう
・ファラ:血の雨を降らせる
この見事なシンクロニシティこそが、本作の醍醐味です。
「ファラの暴走をもっと見たい!」
「次はどんなゲスな一言が奇跡を起こすのか気になる!」
と思われた方は、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価】を!
次回、ついにあの「エリート聖女」が、
リリアーヌの化けの皮を剥ぎにやってきます。
……が、もちろん返り討ち(勘違い)に合う予感しかありません。
お楽しみに!




