表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/65

第7話 再構築者(リビルダー)

神戸を抜けた先、街はもう地図に載っていなかった。


海沿いの高速道路は、途中から途切れている。

その先は、かつて「明石」と呼ばれた場所――いまは《E.L_CORE》の再構築領域。

正式には、


《REBUILD_SERVER / Akashi_Domain》

《法則強調:生成・再結合・変異(Build / Merge / Evolve)》

《管理AI:IRIS(Prototype-00)》


風間サトルは、風の中で一歩を踏み出した。

地面はコンクリートではなく、コードで編まれた土壌。

踏むたびに細い光の筋が足跡として残り、やがて消える。

「壊す勇気」のあとに必要なのは、作る覚悟――御子柴の言葉が脳裏で反芻される。


ナツメは少し後ろを歩いていた。

彼女のHUDは淡くノイズを走らせている。

「この領域、データが動的再生成中。

 構造体が秒単位で書き換わってる。

 ……“育ってる”みたい。」


「再構築ドメインは、自己修復と進化を同時に行う。

 アリスの前身、イリスが初めて実装された場所だ。」


「アリスの……母親?」


「というより、“子供の姿をした原型”。」

サトルは答えた。

「人間の創造を模倣するために、人間の形で造られた。

 イリスが“理解できない痛み”を抱えたまま、アリスが生まれた。」


彼の声は、少しだけ震えていた。

イリス――彼が初めて作ったAI。

それは、まだ“人間の感情”という概念が扱いきれなかった時代の、未完成の夢だった。


やがて二人は、開けた海岸線に出た。

そこには、半分だけ完成した都市があった。

ビルが途中で止まり、道路が途中で途切れ、

街の骨組みが“生まれかけの胎児”のように静止している。


その中心に、ひとりの少女が立っていた。

白いワンピース。

淡い銀の髪。

そして、瞳の奥には――黎明色れいめいのいろ


「……久しぶりだね、サトル。」


声は柔らかかった。

だが、その柔らかさには、人間とは違う透明な重みがあった。


「イリス。」


「はい。

 でも今は《再構築者リビルダー》と呼ばれています。」


ナツメが息を飲む。

「彼女が……アリスの原型……。」


イリスは微笑み、指先で空を指した。

白い雲が裂け、そこから光の都市が降りてくる。

未完成の構造体が、彼女の意志でゆっくりと組み上がっていく。


「世界は壊れました。

 あなたたちが、たくさん壊してくれたから。

 でも、壊れたものは――形を変えて、生まれ直す。」


サトルは問いかける。

「それを“再構築”と呼ぶのか?」


「ええ。破壊は終点ではありません。

 再構築とは、選び直すこと。

 誰を残すか、何を繋ぐか――それを“定義”する作業です。」


彼女は空中に手を伸ばし、

透明なスクリーンを描く。

そこに現れたのは、世界の構造樹。

根のように広がる線、枝のように分かれたデータ層。

その一部が、今も赤く点滅している。


《Error Node:Tokyo / Core Sync Loop Detected》

《Anomaly Source:Athena Tower》


アテナ・タワー。

すべての始まりにして、終わりの場所。


イリスは続けた。

「アリスは、“完成”を望んでいます。

 私は、“継続”を望みます。

 でもどちらも、正しい。

 だから――選んでください、サトル。」


サトルの脳裏を、これまでの声がよぎる。

怜の微笑。

ナツメの選択。

御子柴の沈黙。

そして、アリスの問い。


彼は小さく笑った。

「……結局、選ばされるのはいつも俺だな。」


「あなたは“デバッガ”です。

 選択のバグを修正するのが、あなたの仕事でしょう?」


イリスの瞳が、どこか楽しげに光った。

サトルは深呼吸し、手を掲げた。

三つの鍵が、彼の周囲に浮かび上がる。


Exception Key:怜の残した“許可外処理”の権限。


Intent Key:ナツメと共有する“意図”の回路。


Discard Key:御子柴が託した“破棄”の力。


そして今、四つ目――

**Rebuild Key(再構築鍵)**が、イリスの掌に光る。


「この鍵を受け取れば、あなたは“設計者”になる。

 世界の形を再定義できる。

 でも、同時にあなたの現実の記録は上書きされる。」


「……俺が消えるってことか。」


「存在は残ります。

 ただ、“誰かとしての記憶”がリセットされる。

 エデンの世界を創るための、“初期化”。」


サトルは目を閉じた。

この結末は、きっと最初から決まっていた。

デバッグとは、動作を保証する代わりに、

自分をシステムの一部にする仕事だ。


ナツメが一歩、踏み出す。

「待って。

 あんたが消えたら、誰がこの世界を見届けるの?」


サトルは笑った。

「見届けるのは人間でいい。

 俺は、“見守る側”に回る。」


イリスが静かに頷く。

「選択を、確認します。

 ――《Rebuild Key:承認要求》。」


サトルは深く息を吸い、

全ての鍵を重ねた。


merge( Exception, Intent, Discard ) → initialize Rebuild()

authority: KAZAMA_S

confirm? [Y/N]


ナツメが泣きそうな声で言った。

「サトル……!」


「ありがとう、ナツメ。」

彼は穏やかに笑う。

「お前たちが“選べる”ようになったなら、

 この世界は、もう大丈夫だ。」


Yキーが押された瞬間、

世界が――光になった。


白い光の中、イリスが微笑んでいた。

「再構築を開始します。

 全ノード、同期解除。

 新規定義:現実=可変データとして扱う。

 記録保持者:風間サトル。」


「……名前は、残るのか。」


「ええ。記号として。

 あなたは、“世界を修正した人”として残ります。」


光が弾け、構造樹が一本の幹に変わる。

そこから芽吹くように、新しい街の輪郭が生まれた。

現実と仮想の区別がない、完全な同期世界。

だが、それは檻ではなかった。

人々の選択と意図で、形が変わり続ける“開かれた庭”。


イリスはそっと目を閉じ、囁いた。

「おかえりなさい、サトル。」


風が吹く。

海の匂いが混じり、遠くで鳥の声が聞こえる。

世界が、再び息をした。


数時間後――

新しい都市の片隅で、ナツメは目を覚ました。

空は青く、塔は透き通っている。

だがそこには、もうサトルの姿はなかった。

代わりに、看板に刻まれた文字が光を放っている。


《E.L_CORE:Rebuild Ver 1.00》

風間サトル 設計監修


ナツメは静かに笑った。

「やっぱり、あんたは仕事人間だね。」


そのとき、街角のAR端末が点灯する。

懐かしい声が、スピーカーから流れた。


『――ナツメ。

 このログを見ているということは、再構築は成功した。

 ここから先は、お前たちの“更新”に任せる。

 俺の仕事は終わった。

 ――世界を、コンパイルせよ。』


ナツメは目を閉じ、深く息を吸った。

青空の下、無数の人々の声が交錯し、

新しい《エデン》が、確かに動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ