とある造園師と花のお話
月下美人
少女とは、今か今かと咲くのを待ち侘びる蕾だ。
膨らむ寸前で堕ちてしまうかもしれないし、見事に咲き誇り大輪の花へと生まれ変わるかもしれない。
私は植物を少女と見立てて育てることが趣味であった。
植物は強いようで弱い。虫に食われれば枯れてしまう。水や栄養を与えすぎても枯れてしまう。されど手を加えなさすぎても成長をしない。
植物は少女のようである。私は育てている一つ一つに名前をつけていた。
今日も花屋で新しい植物を購入した。若葉である彼女を《コトハ》と名づけることにした。
コトハは処分寸前の子であり、見窄らしくとてもじゃないが花を咲かせるとは思えない。だからこそ、惹かれた。
コトハを飾る部屋は白が似合うと思い、壁紙は白く、床は温もりのある木材を。寂しくないように、ふわふわとしたぬいぐるみを買い与えて、毎日話をし、栄養剤や水を他の子よりも与えた。
最初は茎は痩せ細せ、頼りげのない葉っぱは枯れかかっていたが、愛情を与えれば与えるほどに元気なった。
なんなら蕾は茶色だと思っていたが、どうやら白色だったらしい。
月下美人のように、一夜限りの花を咲かせるのだろうか。その夜に私の人生も終わる気がしていた。
これは最高傑作になる。私はそう確信した。
ますますコトハの為に私は金を費やした。いつか咲かせる花を夢見て、何日、何年と費やしていった。
その笑みは私の虚しい人生に色を添え、極楽浄土の幻を見せた。
月が綺麗な夜、コトハは純白の花を咲かせる。
指が月の光にすべらせられるように、コトハに触れた時、本能が叫んだ。
永遠にコトハを飾りたい。
月明かりに鈍く光った冷たい刃で、花の部分を切り取り整える。
気づけば、コトハから温もりは消え、代わりに、白くどこか少女の人肌めいた香りが部屋を満たす。
もう動かないコトハが微かに笑った気がした。
大事に大事に処理をして、飾る為の瓶を用意して、寂しくないように色とりどりの花とぬいぐるみを周りに詰めて、ようやく完成した作品。
同業からは賞賛を受け、買いたいと申し出る不届き者からコトハを遠ざけた。
私達は植物をいかに“仕立てる”かが重要であり、金銭などという俗物には興味はない。
もうすぐ私の人生は終わりを告げるだろう。
コトハはあの月夜の輝きを保ったまま微笑みかけているように見えた。
耳の奥で重い扉が開く音がする。
月下美人の香りが首に巻かれた縄の繊維に絡みつく。
「今より死刑を執行します」
縄が軋む音が私を地獄へと誘う鐘となる。世界は真っ暗へとなる中で、月下美人の香りだけが業火の中、鼻腔にだけ残っていた。
《黒百合》
わたしは、うられました。りょうしんが、かかえたしゃっきんのかわりに、わたしというニンゲンは、しにました。だから、わたしにナマエはありません。
わたしは、まわりのコにくらべてゴミでした。みんなシュジンがきまるけど、いつものこるゴミは、いつかみんなのゴハンになるしかないと、シハイニンがいいきかせてきます。
キョウがそのヒになるはずだった。みんなのネにかえるしかないのだとメをとじる。
「この子を買わせてくれませんか」
少ししゃがれたコエがきこえた。ユメかもしれないとコワクてあけずにいると、シュジンがドナってきて、コワクてふるえる。
「目の色が見えなくても大丈夫ですよ。彼女には惹かれる部分があるので」
やさしそうなコエに、わたしはおもわずみてしまった。わたしのしっているオトナよりもシワがあって、するどくなくて、あまいカオリがする。
「あぁ、目を開いてくださったのですね。予想よりも綺麗な赤い目をして、とても好ましいです」
みずあびをしていないから、きたないはずのわたしのホホをためらいもなくさわってくれた。
つたわるネツはウソじゃないとわかると、かれたはずのナミダがこぼれオちていく。
シュジンさまは、そんなデキソコナイのわたしをセめずにだきしめて、つれてかえってくれました。
「いいですか。今日から君は"コトハ"と認識しなさい。そして、ここが貴女の箱庭です」
おウチはテツのつめたさも、しめったニオイもなかった。シロのカベと、キのイイかおりがして、かわいくてフワフワしているトモダチもいる。
わたしはありがとうをつたえたいのに、かすれたコエしかだせなくて、あせっていると、アタマをナでてくれた。
「ゆっくり成長していきましょう。貴女が"咲く"その日まで待ち続けるだけの時間はありますから」
温かいお湯を使わせてくれた。とてもいい香りがする食事もくれた。拙い言葉でしか話せない私に、本を読み聞かせてくれた。
私をコトハにしてくれた。
好き。好き。大好き。きっと主人が私の世界であり、私は主人と出会う為に産まれてきたのだと信じていた。
あの日までは。
「コトハ。彼女は《サツキ》という子で、そろそろ出荷をする予定なんですよ。サツキ。コトハに挨拶をしなさい」
私と同じぐらいの女の子。だけど、分かる。彼女の艶やかな黒い髪は絹のよう。陶器のように白い肌。潤んだ唇で挨拶されると、ざわりと真っ白な心に黒い染みが滲んでいく。
主人がサツキの髪に指を絡める仕草には愛おしさが滲んでいた。
出来損ないでゴミの私よりも可愛い子に微笑んでいるあの人。
私だけじゃなかった。私だけだと思い込んでいた。恥ずかしさと惨めさで心に黒い花が咲いていく。
辞めて。そんな花なんかよりも私を見て。
私をずっとずっと愛して。私だけだと言って。
それ以降サツキは見ることはなかった。きっと出荷されたんだと思う。主人を独り占めできるはずなのに、それでも心は晴れなかった。
飽きられたら捨てられてしまう。だから、私は頑張ったよ。誰よりも何よりも美しい花になる為に、努力をしたよ。ほら、見て。
私を見て!!!
鏡に映る私は、かつての白ではなく、夜のような色をしていた。
こびり付いた劣等感と愛情と憎しみが混ざり合って白い部屋に似合わない黒でも、褒めてよ。ねぇ、私だけの主人。
心の雨が私を育てていった。その悲しみで成長していく私を見て、主人は喜んでくれた。
ここではいつもどこかで、甘くて苦い花の匂いがするけど、その香りが好きだと主人は褒めてくれる。
それなら私悲しみの中で死んでもいいわ。
刃が私の首筋を貫く。痛みより先に熱が走り──血液のように伝わる喜びが体を支配した。
私の血と涙が床に散り、花が咲いたように見える。
その夜、私は"黒百合"を咲かせた。
白い花でいなくちゃいけなかったのに、どうしてだろう。藍色と赤色しか見えなくなってしまった。頭を抱えている主人を、いつもみたいに抱きしめたいのに身体は冷たくなっていくだけ。
薄れていく意識で泣きそうな主人を見て私は最後の言葉を告げる。
「地獄に堕ちろ」
死刑台の上に立つ主人は朧げに現実を見ていたが、私が現れた途端に幸福に満ちた表情を浮かべた。
誰もいない舞台に二人だけが向き合っている。
私が放つ黒百合の花の香りが、主人の体に纏わりつく。人にとっては悪臭でも、虫にとっては魅惑の香り。
縄の軋みが、あの日の雨音に重なる。
主人が息を吸えなくなる瞬間まで私は見続けていた。だって貴方の魂を奪うのは、私の特権だから。
──黒百合の根は死んでも貴方を離さない。




