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紫色の小さな花  作者: エーカス
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7 手紙

封蝋(ふうろう)は少しだけ固くなっていた。指先に力を込めたら、破けてしまいそうだった。彼は慎重に蝋を解き、震える手で羊皮紙を開く。心臓が破裂しそうだった。彼女の字は、これまでの人生の中で最も美しい字だった。病臥(びょうが)の中、ペンを走らせたのだろう。ところどころインク溜まりができて滲んでいた。


手紙は挨拶文から始まり、教会へ奉仕に来ていること、病が蔓延して教会が受け入れていること、何人もの患者が亡くなったことが書かれていた。しかし、手紙の一枚目は途中で切り取られていた。おそらく、何か事情があって彼女が切り取ったのだろう。二枚目は、文字の大きさが違っていたが、彼女の字であることは間違いがなかった。


『あなた様は、武勲を、ご自身の意地とよくおっしゃっていました。それは何よりも尊い、あなた様の誇りです。自らの力で未来を切り開こうとするその生き方を、私は心から美しいと思います。どうかこれからも誇り高く、まっすぐに生きていてください。


私は、子どもたちに教えたいという意思を貫くことができました。それが、誰にも譲ることができない、私だけの誇りです。


最後にもうひとつだけ、私の願いを叶えてくださいませんか。いつかあなた様の子が生まれた時は、私の父上と母上に会わせてあげてください。きっと、彼らも喜んでくれるでしょう。遠い空の下、あなた様の幸せを心より願っております。


追伸。今、あなた様がいる所にも、花は咲いていますか。その花があなた様の心に寄り添ってくれますように。


ヴィオラ』


彼は涙を堪えることができなかった。雄叫びのような慟哭(どうこく)が、壁を揺らした。


彼女のことをもっと知りたかった。もっと長い時間を共に過ごしたかった。彼女は、自らの願いを叶えるため、その身を賭して行動し続けた。そして、遠い未来にいる彼の幸福を願ってくれていた。これほどまでに強い信念を持っていたとは知らなかった。いや、知ろうとしていたのだろうか。常に自分のことばかり考えていた。己の力、栄誉、地位。そのようなものに囚われ、何も見ていなかった。自責と後悔の念が、胸の内で渦を巻いた。


己の力で栄誉を掴み取り、騎士になったと自惚(うぬぼ)れていた。だが、そうではなかった。幼少期に優しく育ててくれた家族、生きる術と騎士の誇りを教えてくれた老騎士、騎士団に推薦してくれた先達。彼らの支えがあって、騎士になれたのだ。騎士になり、領主になってからも自分一人の力では何もできなかった。コンラート、使用人、領民、その子どもたち、さらには、ホーエンヴァルト子爵の支えがあってこそ、今、ここに立てている。彼女は、彼の意地が、独りよがりな自惚れではなく、尊い誇りなのだと認めてくれた。


夜が明け、日が昇る頃には、彼の涙は枯れ果て、心には新たな決意が芽生えていた。


未来の光となる子どもたちをこの学び舎で育て、やがて、彼女が夢見たように、誰もが学べることの大切さを広めていこう。この決意を未来へと受け継ぐために、あの紫色の小さな花を、我が領地の旗としよう。


もはや悲しみだけではない。感謝では足りない。必ず成し遂げなければならない。彼女の夢、あるはずだった未来。その続きを、自分が描いていくのだ。

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