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オープンワールド・トラバース  作者: 古森沢良
ブーツとバックパック
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ブーツとバックパック(1)

 弓兵と槍騎兵を中心とした軍勢が幾つかの部隊に分かれ、戦場に展開している。

 行く手を遮る敵兵の姿は見当たらない。あとは敵の拠点を落とすのみだ。

 しかしそれは叶わない。兵はことごとく消耗しきって、地に膝を折っているからだ。

 ならばと後方に展開するバリスタから放たれた炸裂弾は、見えない巨人の手に掴まれでもしたかのように空中で掻き消える。見れば敵の本陣は蜃気楼のごとく揺らいでいる。何らかの防御術式が働いているのだ。

 巨大なほら貝をひと吹きしたような轟音が雲間から轟く。

 次いで、天蓋をねじ曲げ、引き裂き、こじ開けながらそれが現れた。

 鯨だ。

 鯨によく似たそれは、虹色の被膜をまとい、悠々と戦場の空を泳ぐ。

 その全身は敵の本陣と同じく揺らぎ、稲光を伴いながら()()()()()()()()している。

 腹部に発光する()()が激しく蠕動する。次いで鯨の巨大な口腔の内部に、青白い光が膨張し始めたのが透けて見えた。

 何か、とてつもなく良くないことが起ころうとしている―――。



「こちらの〈次元喰らい〉は、【次元渡り】でマギコを直接攻撃する」

「〈次元喰らい〉の攻撃値は八……まだ数ターンは保つ……考えろ、考えろ……」

「攻撃は通る、と。なら、廃棄場のカードを浚って強化カウンターを二個……十点だよ」

「……血も涙もないっすね、アンタ」

〈次元喰らい〉はあらゆる防御網をすり抜ける【次元渡り】の能力を持ち、攻撃術式や砲撃の対象に取ることもできない。もともとのサイズの大きさに加え、駄目押しに廃棄場のカードを食べて更に巨大化する。決定的なゲームエンダーだ。それだけに喚び出すためのコストも莫大だが、廃棄場からカードを二十五枚取り除くことでコストの支払いなしに直接喚ぶことが出来るという能力を有している。

 ユキが残り生命点二点というところで配備した〈精神加速装置〉は、山札からの毎ターンのカードドローがスキップされるというデメリットこそあるが、持ち主がダメージを受けると生命点を失う代わりに山札の上からカードを廃棄場へ送るという、独特で強力な働きをする遺物(ロストテクノロジー)カードだ。

 場の敵兵を疲弊させ、術式に対しては打ち消し呪文(カウンタースペル)で対処し、ドローソースを元手に戦場のコントロールを確立する。典型的なお伺い(パーミッション)デッキ――この手のデッキの使い手に対してはいちいち「この術式を通しても宜しいでしょうか?」とお伺いを立てることになるので、こう呼ばれる――に〈次元喰らい〉と〈精神加速装置〉のシナジーを組み込んだものが、ユキのデッキだった。

 これに対し、大量の傭兵カードをけしかけて速攻を仕掛けるマギコのデッキは、もっと決着を急ぐべきだった。最序盤の攻め手で押し切るかと思われたが、あと一歩で届かず、〈精神加速装置〉の配備を許してしまった。こうなっては〈破城バリスタ〉も〈祭祀の火の騎士〉も役に立たない。

 結局、満タンまであったマギコの生命点を続くターンでユキの〈次元喰らい〉が削り取り、勝負は決した。


 輪切りにした巨木の切り株を天板に用いたテーブルの上に、様々な図柄の描かれた手のひら大のサイズのカードが並んでいる。紺地のカード裏面には古い魔導書を思わせる重厚感ある意匠が施されており、それが山札としてテーブルの両端に積まれている。

 デッキ構築型カードゲーム『インランド・エンパイア』は、その高い戦略性と自由度から根強い人気を誇るオワトラのゲーム内ゲーム型コンテンツだ。

 今日のために少し準備があるというイワナを待つ間、マギコとユキは一戦を交えていた。

 「初手でなあ……コレがなあ……」とぶつぶつ言っているマギコに向け、ユキが屈伸のエモートを繰り出していると、ログイン通知が鳴った。



〈イワナ ログイン〉


「ハロトラ、イワナ」

「ハロトラ」というのはトラバースにおける挨拶だ。いかにも安直な響きだが、これがプレイヤー間に広く膾炙したのには理由がある。

 冒険の始まりの町であるピンカートンに存在する酒場、〈エル・スコルチョ〉。その店先に立つ看板娘(息子、という説も根強くある)、ベルが可愛らしいパートボイスで放つこの言葉が、中毒性が高いということでミーム的に浸透したのだ。


「ハロトラ」

 イワナが〈!〉マークのスタンプと共に挨拶を返す。

 その声にマギコとユキも振り向き、同時にぴょんと跳び跳ねるエモートをする。

「じゃあ、始めよっか」

 リンドウは、そう言ったイワナのアバター越しに普段と違う緊張が伝わってくるような錯覚を覚えた。イワナは「例の〈山登り〉のことを詳しく話したいから」と、インディゴ・ベースキャンプにメンバーを集めたのだった。


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