前編
スキルと言うのは女神さまから授かる大切な能力である。
例えどんなスキルでも蔑ろにする事はなく、女神さまからの愛の証を誰もが大切にしていた。
そもそもスキルというものは一生使われずに命を終える者もいる。重要なのはスキルを所持している事なのだ。
田舎の貧乏男爵家。
貴族とは名ばかりの貧乏なご家庭で女の子が生まれた。
男爵家の五人兄妹の末っ子で、健康なのが取り柄のよく走り回る元気な子だった。
そんな末っ子は十四歳の時、あっけなく命を落とす。
死んだ後、スキルが発動。
幽霊として目覚めたのだった。
ーーー
いつ自分が発生したのか分からない。自分がどこにいるかも把握できていない。
ただ深い森の中だと言う事は分かった。
幽霊としての素質があったようで、強い力を持つ幽霊令嬢は暮らしに困る事はなかった。
生きている時には才能のなかった魔法も、今では軽々と出来るので、魔力を媒体として物を持つ事も、火を出して料理を作る事も、水を出して手を洗う事も、風を出して髪を整える事も自由自在だ。
そして全ての時間帯で活動が可能なので不便はない。
幽霊とはこういうものだっただろうか?とは思うが、女神さまの愛の証なのでありがたく受け入れた。
ありのままいよう。
女神さま、今日も良き一日をお願いします。
朝、お祈りをしてから森の巡回を始める。こんな日々も慣れてしまった。
地面から浮いた状態で漂うように進む。
魔獣から飛びかかられたり、魔法攻撃を受けたりはするが、全て体を透過していった。
「おはよう」
挨拶しながら幽霊令嬢は森を巡回していたのだが、視界の端に何かが映る。
あれは何だろう?
死んだ魔獣かキノコの類いだと思い近づいてみると驚愕した。
金髪の男が落ちていたのである。
本で読んだ事のある展開だ。と考えたが、見つけたのはジャガイモ兄妹の末っ子の小ジャガイモ。
小ジャガイモ娘が金髪男を助けて誰が喜ぶのか。しかも王子様を助ける女性はすでに死んでいる。
ヒロインが自分では妄想も膨らまないので、さっさと汚れた金髪男に近寄ってみた。
大きな魔獣から噛まれた跡が右足の防具の上から分かる。
たぶんマヒ毒のせいで意識を失ったのだろう。
死ぬような酷い怪我は見てもなかったので一安心したが、あらま、と驚く。
この男、顔が赤く爛れて腫れていた。グロい。
それもそうかと納得する。こんな危険で深い森の中で一人っきりで無事でいられる訳がない。
腕についたヒルが血を吸ってるし、ダニも這っている。
ハエもやってきてブンブン煩いし、所詮現実はこんなものだ。
一呼吸してから威嚇する。
「去りなさい」
これをすると大概の生物は微弱な電撃を受けたかのように体が跳ね上がり、逃げ出す。
いなくなった後、汚れを綺麗にとる魔法をかけてから回復魔法を唱えると顔の判別ができた。
「ん?ん??」
物語に出てくるような美形だった。
王子様?本物の王子様だったりします!?隣国の王子様!?
兄妹のようなジャガイモ顔の頑丈さとは違うし、小ジャガイモのような泥臭さも感じない。
特に凄いのは宝石のように輝く髪だった。顔面も眩しいけどなんだこの艶髪は。
同じ生物とは思えない。
棒でツンツン突くが目覚める様子もなく、微動だにしない。
この人、生きるの大変そう。
その時、何かを呼ぶ声が聞こえた。
「どこにいるんだ」
「こっちに行ったはずなんだ。くそっ、あの魔獣めっ」
「冒険者ギルドに報告に行った方がいいかもしれない」
「もう少し探そう」
この男は冒険者だったらしい。
魔獣に咥えられて行方不明になっていたようだ。
最悪の事態(王子様)は回避できたようでホッと安堵する。
大事にしたくない幽霊令嬢はその場からゆっくりと移動し、ここにいたぞ!という声を最後に聞いてから転移した。
ーーー
あれから三ヶ月、今日も幽霊令嬢は深い森の中を巡回していた。
顔見知りになった魔獣さん達に襲われ、食べられそうになるが幽霊なので大丈夫。
何事もなく楽しく過ごしていた。
降り注がない太陽。
留まる淀んだ空気。
そして顔面潰れて死にかけた金髪男。
金髪男さん死んでませんよね?
デカイ虫に集られていらっしゃいますけど、まだ死んでませんよね!?
ホラーの配役を遭う度に華麗にこなしていらっしゃるようですけど、王子様役だと勘違いした事を全力で謝りますので、その役を降りていただけませんか?
乙女には刺激が強すぎです。
これはもう、助けろ、という女神さまのお導きに違いない。
素早く虫を排除してから、部分的に汚れ取り魔法をかけ、回復魔法もかける。
そして最後に魔獣が出てこないとされている森の外れに金髪男を転移させ完了した。
これで遭う事がありませんように。
幽霊令嬢は祈りを捧げた。
そして六ヶ月後・・・・
どうしろと?
顔面を盛大に齧られてらっしゃるのでした。
ーーー
九ヶ月後、そろそろヤツの頭をかち割ってやろうかと斧装備で巡回していると、やっぱりいました。金髪男。
今日はまだ無事そうですが、油断はできない。
どうしていつも顔を破壊されて虫に集られているのか。
イライラと怒りが湧いてくる。
キラキラ乙女本だと思ったら絶叫ホラー本だったこちらの気持ちが貴方に分かります?
だったらこっちもホラー対応してあげますよ。
今日も斧は血に飢えてますぅー。
幽霊令嬢はブンブンと斧を振るが誰も見ていない。
金髪男は大きな木の下の、延びた草むらの間を掻き分けながら、手を差し込んで何かしていた。
近づいて目を凝らすと、金髪男の手には青い花が握られている。
青い花は木漏れ日にあたり、輝いてみえた。
「これでやっと娘を助ける事が出来る。女神さまありがとうございます。心から感謝します」
金髪男は涙を流しながら声を震わせていた。
父親だったのかい!
しかもあの青い花は難病に効果のある薬だ。娘の為に森に来ていたのなら、それなら諦めないはずだ。
事情も知らずに怒ってごめんなさい。金髪男さん。
顔面美形要素のせいで全然気づかなかった幽霊令嬢は、持っていた斧を投げ捨てた。
金髪男さんは祈りを捧げた後、くるりと踵を返す。
これで私の役目(回復)は終わったのか、と幽霊令嬢は思った。
さらば顔面グロ男。
娘さんとお幸せにね。
ーばくっっー
ちょっと待ってぇぇぇぇぇ!!魔獣さん、他の食べ物あげるからその男返してぇぇぇ!娘さんの命がぁぁぁ!!
金髪男さんは最後までモテモテなのでした。