神社で年下のお姉さんと再開する話
土道を踏みしめる。
砂に擦れた革靴。頭上を撫ぜる秋風。乾いた草木の香り。
社に目を向けると、
「やあ」
変わらぬ姿の君がそこにいた。
ー‐
山野蒼汰。22歳。新卒1年目。
村では珍しく都内の大学に進学して、そのまま東京で就職した。
このまま1人でやっていけると思った。甘かった。
ブラックな会社ではない。むしろホワイトと言えるだろう。
無理な残業もなく、厳しい言葉もなく。
だからこそ日々実感していた。
周りよりも自分は劣っている。
自分は上司に期待されていない。会社に必要とされていない。
どうにか頑張っていたが、ポキリと心が折れてしまったようだ。
一昨日から無断欠勤をしている。
チャットアプリの通知、携帯から鳴る着信音。
昨日までは耳を塞いで眠っていたが、今朝は随分と静かだ。
「もう、本当に諦められてしまったんだな」
布団を抱きしめ、胎児のように丸まる。
「これからどうしようか」
過去のことでも考えてみる。
……静かな子供だった。
勉強はそれなりにできたけれども、それは狭い村での話。
他に誇れるものもなく、親友と呼べるような友人もおらず。彼女もおらず。
「元よりこんな人生だったんだな」
そう言葉にしたところで思い出す。
年上の少女と楽しく話し遊んだ記憶。
「うん?」
何故忘れていたのだろうか。
墨を塗りたくったかのような長い髪。
こちらを覗き込む目。獣のように上がる口角。
たなびく白のワンピース。
当時の情景が鮮明に呼び起こされた。
ー‐
気がつくと、電車に揺られていた。
お姉さんと会いたい。
その一心だった。
あの時のように、話を聞いてもらいたい。慰めてもらいたい。
あの顔で笑いかけてほしい。安心したい。
村に帰ったところで会えるとは限らないことは分かっている。
それでも、今の自分には縋る先が必要だ。
駅名を告げるアナウンスが鳴る。
1人、また1人と乗客が少なくなっていく中、蒼汰は座席に座り続けた。
ー‐
村に着いた。
寂れたトタンと砂埃の香り。
当時よりもさらに活気がなくなったと感じるのは、都会から帰ってきたからだろうか?
さあ、あのお姉さんを探そう……と、思ったところで気がつく。
僕は彼女の名前を知らない。
「……はは」
名前も分からない人を見つけることなどできはしない。
なんだか急に熱が冷めてしまった。
そもそも、そこで踏ん張り諦めない力など自分には残っていない。
ふらりと歩を進める。
歩きづらさを覚えて気がつく。
自分はスーツを着ているのか。
自覚するとやや肌寒い。
「ここまで来て……どうしようか」
実家に帰る気にはなれない。
現状を伝える勇気も、察される覚悟もないからだ。
「せめて、社だけでも見ていくか」
お姉さんとの思い出に少しでも縋れたなら、ここに来た意味もあっただろうと。
そうして神社へと向かった。
ー‐
社にて。
「久しぶりだね。蒼汰くん。少し痩せたんじゃない?」
まさか会えるとは思わなかった。
「おいで」
お姉さんはあの日と変わらない笑顔で手を広げている。
思わず走り出していた。