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きっかけは弟の友人との同居生活だった  作者: 紫音
1章 始まりの同居生活
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5.熱に侵される


 陽奈子が遥翔の家に来てから一か月が経過した。今の生活にも慣れてきて、心に余裕も生まれてはきたものの、状況は全く変わっていない。

 今日も車で帰宅した陽奈子は家に入ると、制服を脱ぎ私服へと着替える。まだ遥翔は帰宅していなかった。高校生である遥翔だが、社会人の陽奈子よりも帰宅が遅くなる日が多い。遥翔は弟の雪人と同じ高校だ。電車で通っているとはいえ、通学時間は三十分程度だったはず。今の時刻は既に夜の八時を回っていた。つまり遥翔はまっすぐ帰宅をしていないということになる。そのことについて問うたことはない。そこまで踏み込んでいいのかと考えあぐねていたからだ。だが、こうも連日ともなれば心配の方が勝る。


「まずは晩御飯の支度を先に済ませよう」


 遥翔が帰ってきたら食べられるようにしておく。連絡がないということは、遥翔も晩御飯を済ませていないということだ。晩御飯が要らない時、遥翔は必ず連絡をくれる。帰宅時間は教えてもらえないが、それだけは伝えてくれていた。だから陽奈子が用意するのは二人分だ。


「これでよしと」


 料理は嫌いではない。得意ではないけれど、それでも実家にいた時も母親と交代で夕食を作っていた。遥翔は不満も言わずに作ったものは何でも食べてくれる。そして必ずお礼を伝えてくれるのだ。陽奈子はそれだけで十分だった。ただ、一緒に食べるということはほとんどない。今日も、陽奈子は先に食事を済ませてしまった。既に時間は夜九時を過ぎている。それでも遥翔は帰ってきていない。


「遥くん、本当に大丈夫なのかな……」


 そんなことを考えていると、玄関から鍵が開く音がした。遥翔が帰ってきたのだ。陽奈子は急ぎ玄関へと出迎えに行く。扉が開き、学生服が見える。


「お帰りなさい、遥くん」

「……あぁ」


 顔を上げずに玄関の鍵をかけてから遥翔は靴を脱ぎ、そのまま家に上がろうとする。邪魔にならないようにと陽奈子は横にズレようとしたのだが、一瞬遅れて足の指先が遥翔の足に触れてしまった。


「あ、ごめんなさ――」

「っ」

「きゃっ!」


 謝ろうとしたその時、遥翔がバランスを崩して陽奈子の方へ倒れ掛かってしまう。突然のことで陽奈子も何もできず、ただ遥翔が床に落ちないようにということだけを考え、遥翔の身体を抱きしめた。そのまま陽奈子は背中から床に倒れてしまう。

 背中が痛いと思うのと同時に、顔に温かな温もりを感じた。ハッとなって目を開けると、遥翔の顔がとてつもなく近くにあった。それだけじゃないと思った時にはパニックになった。


(遥くんっ⁉ え、ちょっとまって……これって……)


 重なっていたと思ったのは一瞬だ。遥翔はそのまま陽奈子の顔の横に倒れていく。


「は、遥くん⁉ 遥くんってばっ!」

「っ……」


 耳元に遥翔の吐息がかかる。その様子にどこかおかしいと感じた陽奈子は、顔を横に向けて遥翔の顔をもう一度見る。頬が赤い。どこか息遣いも荒かった。まさか、と陽奈子は遥翔の額に手を添える。熱い。とてつもなく熱かった。


「酷い熱! 遥くん!」


 陽奈子は何とか倒れている遥翔の下から上半身だけでも抜け出すことができた。このままにはしておけない。だが、小柄な陽奈子では遥翔を持ち上げることなどできないのだ。陽奈子はなんとか遥翔に起きてもらうしかないと必死で声を掛ける。


「遥くんっ、お願いだから起きて! ベッドに行こう!」

「……ひな……こ?」

「私が肩を貸してあげるから、立てる?」

「っ……あ、あぁ」


 顔をしかめる遥翔の様子は大分辛そうだった。それでもここにいることはできない。何とか陽奈子は遥翔の腕を取り、肩を使って遥翔を立ち上がらせた。いくら年下といえども男だ。陽奈子一人で支えることは難しい。それでもと、陽奈子はなんとか遥翔の部屋まで歩いていった。

 扉を開けて中に入る。遥翔の部屋に入るのは初めてだ。綺麗に整頓されている部屋だった。そのままベッドに遥翔を座らせる。


「遥くん、ちょっと待っててね」


 何よりもまずは体温を計らなくてはいけない。体温計と常備してあった冷却シート、そしてスポーツドリンクを手に取って陽奈子は遥翔の部屋に戻る。微動だにしない様子の遥翔に、陽奈子は体温計を握らせると、前髪を上げるようにして冷却シートを貼る。


「っ⁉」

「まずは熱計って、その後水分も摂った方がいいだろうから、ここにドリンクおいておくね。食事は、食べられそうにないか。それじゃああとは」


 何かできることはないかと考えながら陽奈子は遥翔の様子を伺った。だが遥翔は一向に動こうとしない。体温計もその手に握ったままだ。


「遥くん?」


 と声を掛けながらその肩に触れる。すると、遥翔はそのまま背中から倒れこんでしまった。その目は閉じられている。既に意識はないらしい。限界だったのだろう。


「こんな状態で……ってそんなことを言っている場合じゃない」


 まずは体温を計らなければいけないし、制服のままにしておくこともできない。皺になってしまう。無防備な状態で眠る遥翔。こんな姿の遥翔を見るのは初めてだ。ましてや寝顔なんて見たこともない。一緒に暮らしていても、遥翔は陽奈子と一線を引いているのだ。けれども、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。


「ごめんね、遥くん。失礼します……」


 制服のブレザーを脱がせ、ネクタイを緩ませる。そうしてシャツのボタンをはずし、なんとか脇下に体温計を滑り込ませた。その間に、申し訳なさを感じつつも遥翔の部屋にあるクローゼットを開け、着替えを探す。Tシャツとスウェットを見つけてベッドの空いている場所へと置くと、ピピピと体温計が鳴る音が聞こえた。脇下から体温計を取り、その数値を確認する。そこには、39℃近くの数値が記されていた。陽奈子は遥翔の平熱など知らない。それによってはこのまま放置はしておけなくなる。


「雪人……も知らないよね。ならどうすれば……」


 ともあれ、このままではだめなのは間違いない。陽奈子はキッチンへと戻ると氷枕を用意する。せめて上だけでもとシャツを取り替えて、枕に氷枕をセットし遥翔を寝かせた。


「はぁ……」


 意識のない人間の世話をするのは見ている以上に力を必要とする。その通りだった。だがこれ以上のことは、今の陽奈子にはできそうにない。こういう場合にどうするのかなんて考えさえ及ばなかった。ほんの少し考えればわかることだというのに。

 陽奈子は眠る遥翔の顔を覗き込む。未だ呼吸は荒く、頬も赤いままだ。薬を飲ませればいいのだろうけれど、普段どのような薬を飲んでいるのかもわからない以上、下手なことはできない。せめて水分だけでも摂らせてあげたいけれども、そのような道具はないし、ストローでさえおいていない状態だ。あったとしても、今の遥翔にそのようなことはできないだろう。とはいえ、この高熱であれば脱水症状になりかねない。


「よし……」


 このまま放っては置けない。明日、遥翔が目覚めたら病院に連れて行こう。申し訳ないけれど、先輩に手伝ってもらう必要はあるが、今は緊急事態なのだから。そう決めた陽奈子は、持ってきていたスポーツドリンクを手に取ると、蓋を開けた。そうしてそのまま口に含むと、そのまま遥翔へと覆いかぶさり、その口に己のそれを重ねる。そっと離すと、微かに喉が動くのが見えた。どうやらうまく飲んでくれたらしい。それを何度か繰り返した。まだ熱は引かないし、予断を許さないだろう。どうか少しでも楽になるように祈る事しか今の陽奈子には出来なかった。


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