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きっかけは弟の友人との同居生活だった  作者: 紫音
1章 始まりの同居生活
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4.理不尽な心


 それから始まった遥翔と共に過ごす生活。はっきり言えば、大きな変化と言えるようなものは何もなかった。陽奈子は職場とマンションを往復するだけで、移動手段は車。徒歩でどこかに行くことはしない。せめて買い物くらいはと遥翔に提言したものの、近場のスーパーではない場所ならばという条件付きでしか許可が下りなかった。


「はぁ……」

「どうしたの、春川。瀬尾くんとの生活に不満でも?」

「他人事だと思って言ってますよね?」

「もちろん」


 とある日の昼休憩。里穂と共に昼食をとっているところで、陽奈子は大きく溜息を吐いてしまった。既に遥翔と共に生活をしていることは上司にも報告している。例の男から姿をくらますためだと。当然、先輩である里穂にも知られていた。


「不満っていうか……遥くんの言っていることもわかるんですけど、これでも私の方が年上ですし、何よりも社会人なんですよ。それなのになんだか、子ども扱いされている感じがそこはかとなくするというか」

「具体的には?」


 具体的に何が不満なのか。遥翔と生活するにあたっての約束事はいくつかある。まず一つ目は、帰宅する時には連絡を入れる。近場に出歩くことは禁止。マンションの出入りは必ず車を使うので、陽奈子がエントランスを通ることはほとんどない。コンビニに行くことも許されないし、マンションにあるバルコニーも顔を出すのは禁止だ。


「今は必要なんだってわかってますけど、そこまでする必要もあるのかなと思う私もいて」

「必要以上に春川の居場所を特定されることを避けているんでしょう。職場であれば致し方なくとも、生活圏を知らされないようにってね」

「はい」


 陽奈子の居場所を特定されないため、それが必要なことであるのは理解できる。突発的に必要なものがあれば遥翔が買いに出てくれるし、雪人にだって頼むことは可能だ。不自由な部分はあるけれども、生活していく上で不便なところはない。


「不便がないならいいじゃない。それにたぶん、いいえ確実にだけれど、例の男は春川のことを探すはずよ」

「……どうして、私なんでしょうか」

「春川……」


 そもそもどうして陽奈子なんだろう。それが理解できなかった。たぶん優しくしてくれた人ならば陽奈子以外にもいるはずだ。困っている人がいたら助けてくれる人だっていただろう。陽奈子が手を差し伸べたのはたった一度きり。その一度で、どうしてここまで付きまとわれなくてはいけないのか。


「こんなことをされたら、困っていても手を差し伸べることなんてできなくなりそうです……また同じことが起きたらって。それって警官としていいのかなって思っちゃいます」


 もう一度会ってしまったら、陽奈子は恐怖で動けないかもしれない。こちらがどれだけ拒否をしても、あの男には通じないということは理解した。だからこそ身を隠している。しかし、見つかってしまったらどうすればいいのか。気害を加えられても、数年経てば出てきてしまう。そんなようなことばかりを繰り返してばかりでは、本当の平穏なんて訪れない。陽奈子は思っていることろ里穂に吐き出した。


「春川。確かにその通りで、とてつもなく理不尽だとは思う。更生する機会を与えると言えば聞こえはいいでしょうけれど、再犯率が高い人間を世に放つのも間違っているかもしれない。犠牲者が増えることについて、誰が責任を問うのかと糾弾されても、それでも誰も何も断言はできないのだもの」

「わかっています。でも――」

「更生する可能性をゼロにしてしまうこともできない。同時に、二度と犯罪を犯さないという確約さえできない。それだけ人間というのは不安定な生き物なのよね」

「先輩……」


 そう話す里穂はどこか寂しそうな表情をしていた。どこか大切なものを失ってしまったかのように見えて、陽奈子は声を掛けられなかった。




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