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きっかけは弟の友人との同居生活だった  作者: 紫音
1章 始まりの同居生活
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3.始まった同居


「お、お邪魔します」


 恐る恐る足を踏み入れる。ここが遥翔が住むマンションの一室らしい。旅行に行くようなスーツケースを引きずり、完全に玄関内に入ったところでガチャリと扉の鍵がかけられる。すると持っていたスーツケースが奪い取られてしまう。


「あ」

「部屋、こっち」

「遥くんっ、待って。そのくらい持てるから」


 鍵を閉めた遥翔が陽奈子のスーツケースを持って行ってしまう。靴を脱いで慌てて追いかけていくと、リビングの奥にある部屋へと遥翔が入っていった。


「ここ……」

「ベッドも机もそのまま使っていい」

「え、でも誰かが使っていたんじゃ……」

「今は誰も使ってない。クローゼットの中に、シーツとか全部入っているから好きなの使って」


 そういって遥翔はクローゼットを開ける。多少奥行きがあるそこはただのクローゼットではなく、ウォークインクローゼットという広い空間になっていた。


「ここも好きに使ってくれ」


 遥翔の後を追う形で中に足を踏み入れると、誰も使っていないという割には掃除が行き届いていた。つまりは遥翔が使っていたのではないのか。視線をさ迷わせていると、学生服らしきものが目に入る。男子制服だ。間違いなく遥翔のものだろう。すなわち遥翔もここを使っていたという紛れもない証だ。


「遥くんもここを使っているんじゃないの?」

「要らないものを置いていただけだ。あとは掃除をする時くらいしか入らないし、あんたが使うならその辺りは任せる」

「もちろん、使わせていただけるなら掃除も私がするけれど、本当にいいの? 私がここにいても」

「いいから連れてきたんだろ。嫌なら連れてこない」


 遥翔の性格ならばそうなのだろう。本当に嫌だと言うのならば、たとえ友人の姉であっても了承などしないはずだ。多少なりとも信頼してもらっているから、同情してくれているから手を貸してくれている。そのようなことは陽奈子とてわかっていた。それでも、やはり不安になってしまう。ここにいていいのか。遥翔の迷惑にならないのか。今からでもホテルなどに避難するべきなのではないかと。

 陽奈子がそんな風に想いを吐露すると、遥翔は陽奈子の顔を見て呆れたように息を吐いた。


「あんたは気を使いすぎだ。ホテルなんかに行けば出費が嵩む。それもどれだけの期間になるかわからない。あの男があんたの居場所を突き止めたらまた変えるだろうが、一人で遭遇した場合はどうするつもりだ?」

「それは……逃げるよ」

「断言してやる。あんたには無理だ」

「そんなことっ」

「俺たちが来た時、あんたの足は震えていた。どれだけ言葉で取り繕っても、恐怖はそう簡単に消えない。理屈じゃないんだ、恐怖っていうのはな」

「遥くん……?」


 恐怖は消えない。遥翔の表情が少し陰りを帯びていた。思わず陽奈子はその顔に手を伸ばそうとして、寸前で止めた。誤魔化すようにして胸の上で両手を組む。触れてはいけない。そんな気がしたから。だから陽奈子はその表情には気づかないフリをして、遥翔にもう一度問いかける。


「あのね、その……本当に、迷惑じゃない? 私をここにおいて」


 伺うように遥翔の表情を見れば、その顔から陰りは消えていた。再び呆れたように陽奈子を見ている。


「だから何度もそう言っている」

「私がこの家にいたら困ることもあるかもしれないのに」

「困る?」


 無表情なまま遥翔は本当に分からないと言った風に陽奈子を見て首を傾げた。


「だってその、家に知らない女の人がいたら、遥くんがか、彼女とか連れてきた時に……その」

「……」


 自分で言っておきながら陽奈子は悲しくなってくる。せっかく遥翔の好意で保護してもらっているだ。それでも別に陽奈子と遥翔の関係は、友人の姉と弟の友人。はたから見ればそれでしかないのだから。


「はぁ……」

「あ、えっと、ごめん。その時が来たら――」

「あんたは俺が好きなんだろ?」

「う、うん」


 陽奈子の頬が熱くなる。陽奈子は確かにそう告げていた。告白だって何度もしたけれど、それについて遥翔が返事をしてくれたことはない。それでも遥翔から改めてそれを告げられると、とてつもなく恥ずかしい。


「それを知りながら、俺が別の女をつれこむような男に見えるのか?」

「見えないけど……それでも」

「それでも?」

「遥くんが誰を好きになるのか、それを私が引き留めることなんてできないから」


 遥翔が誰を好きであろうと、それを陽奈子にあれこれいう権利はない。だから自由だ。そういいたかっただけだが、それはそれで悲しい。たぶん一緒にいることが苦しくなる。


「……それはあんたの方だ」

「え?」

「心配しなくても、あんた以外の女を連れ込むことなんてしない。あんたは自分のことだけを考えていればいい」


 それだけを言うと、遥翔は部屋を出て行ってしまった。


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