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きっかけは弟の友人との同居生活だった  作者: 紫音
1章 始まりの同居生活

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2.恐怖再び


 それから三日間は何事もなく過ごした。いつも通りの日常だった。だから油断していた。今日が金曜日だということはわかっていたのに、失念していたのだ。


「久しぶりだね」

「っ……」


 思い返してみると里穂の様子がいつもと違っていた。今日は休むか早めに上がった方がいいと、何度も催促していたのだ。雪人も、帰宅時間をしきりに気にしていた。今も手にしたスマホから振動が伝わってくる。画面は見ていないが、きっと雪人だろう。帰ると連絡をしたのだから。

 家はもうすぐそこだ。だというのに今、目の前には、あの時のその人がいた。くたびれたシャツにコートを羽織り、あまり清潔感を感じさせないその表情でこちらを見ている。陽奈子は一歩、また一歩と後ろに下がっていく。


「やっと出てこれたんだ。待たせてごめんね……久しぶり、元気そうで安心したよ」


 優しく宥めるような声色だが、全身から鳥肌が立った。酷い寒気がする。足は立っているのがやっとで、震えそうになるのを必死で誤魔化している状態だった。そんな陽奈子の様子を知っているのか、それとも気にすることでもないと考えているのか、ゆっくりと陽奈子へと近づいてきた。陽奈子の足取りよりも早いそれに、距離は縮まっていく。手を伸ばせば届きそうな距離になったところで、陽奈子はカバンの外ポットに手を突っ込むと、スプレーを取り出し、その人の眼前で勢いよく噴射させた。

 シュー。


「うわっ、ちょっと」

「……離れて。それ以上近づくというのなら、もう一度警察に行くことになります」


 声が震えそうになる。気づかれていないことを祈るしかない。自分は警官なのだ。ここで逃げるわけにはいかない。すると、そこに急ブレーキ音が響く。陽奈子が振り返ると、馴染みのあるパトカーが停まっていた。後部座席から出てきたのは、学生服姿の遥翔だった。その後ろから雪人も下りてくる。


「こんなことだろうと思った」

「姉ちゃん、忘れてただろう……肝心な時は抜けてるんだから」


 それとは別に運転席と助手席からはスーツ姿の男性がおりてきて、そのまま陽奈子の方へやってくると、問題のその人を拘束した。パトカーに気づいても逃げなかったその人は、陽奈子とは恋人だからと余裕ありげな態度で語る。


「事実か?」

「全く、無関係の人です! 正直言って、気持ち悪いし、顔を見たくもありません」


 できるだけ声を張るようにして告げた。信じられないという表情に変わるが、それはこちらが思うことだ。勝手な妄想に付き合わされる身にもなってもらいたい。


「だ、そうだが?」

「そ、そんなはずないだろ? だって君は僕のことを」

「知りませんっ! 逐一、社交辞令で笑っただけで付きまとわれて、迷惑ですって何度も言っています。そもそも、私の大切な人を傷つけた貴方を許すことはできませんから」


 五年前、遥翔を負傷させたことは忘れない。そう睨みつけると、その人は何かを思い出したようにして、陽奈子ではなくその先にいる遥翔へと視線を定め、睨みつけた。


「お前……そうか、あの時邪魔をしたガキだ」

「己の思い込みで事件を起こす方がよほどガキだろ」


 雪人と共に遥翔が陽奈子の隣に並ぶ。挑発するかのような言い草だったが、案の定乗せられたその人は飛び出そうとした。が叶わず、既に拘束していた彼らによって傾倒させられてしまった。


「瀬尾、むやみに挑発するな」

「……別に」

「ったくお前は。春川巡査、こいつはひとまずこっちで引き取る」

「は、はい。よろしくお願いします」


 そのまま乱雑に扱われたままパトカーに乗せられていくのを見送った。終わったのだとわかり、陽奈子は力が抜けてその場に座り込む。


「大丈夫、姉ちゃん?」

「うん……ありがと。遥くんも」


 雪人と遥翔を見上げるようにして礼を伝える。笑顔を見せる雪人とは反対に、遥翔はただ陽奈子をじっと見ていただけだった。


「遥くん?」

「あんた、これからどうするんだ?」

「どうするって……」


 規制法があったところで、現実的ではないことは痛いほどよくわかっている。実害があっても、拘束されるわけではない。加えて陽奈子は現役警察官でもある。ますます保護対象から遠ざかってしまうだろう。

 強くなりたくて警官になったというのに、実際に会うとこの様だ。まだ恐怖心は残っている。だがそれ以上に考えなくてはいけない。この先のことを。この後の身の振り方を。己を守るために。


「家は知られちゃってるから、しばらくは友達のところかホテルとかに避難した方がいいんだろうけど」


 事情を話せば数日なら泊めてもらえるかもしれない。しかしお互いに社会人である以上、時間の融通は利かないし、何よりも居場所を突き止められた時に迷惑をかけることになる。それだけは避けたい。となればホテルが良いのだろう。もしくはしばらくは署に寝泊まりするか。選択肢を出しながら、どれを選ぶべきかと悩んでいると、雪人がとんでもないことを口にした。


「なぁ遥翔、お前のとこ部屋余ってたよな?」

「……雪」

「頼む! しばらく姉ちゃんを置いてくれないか? お前のとこならセキュリティーとかしっかりしてるし、何よりお前がいるから」


 両手をパンと叩き合わせて、雪人が遥翔に拝むようにして頼み込む。遥翔のところに行く。なんということを発言するのだろうか。陽奈子は慌てて止めに入った。


「ちょっ、ちょっと待って。そんな迷惑かけられないよ。遥くんだって家族とか」

「雪……これは貸しにするからな」

「サンキュー遥翔」

「雪人、遥くんも!」


 陽奈子の静止など気にしていない風に二人の間で決められてしまう。そうと決まればと、雪人が家の中へと走っていく。放っておくと何をし始めるのかわからない雪人の行動を止めるべく、陽奈子は慌てて雪人の後を追いかけた。

 まだ両親は帰宅していないことが良かったのか悪かったのか。雪人は、滅多に入らないはずの陽奈子の部屋にいた。


「姉ちゃん、最低限のモノ準備したら遥翔の家に避難して」

「雪人! 勝手に決めないでよ」

「遥翔の家に行ったこと、あいつに気づかれる前に行動した方がいいと思うけど? あぁいう奴らって言われたところで理解はしない。そんなことに時間と労力を使うなら逃げるのが手っ取り早い」


 雪人の言うこともわからないでもない。陽奈子とて伊達に警官をしているわけではないのだから。どれだけ現実を伝えても、事情を話しても、自らの描いたものを真実とし、それ以外を認めない人たちがいる。まともに話をしても意味はないことも。


「でもだからって遥くんを巻き込むのだって違うよ。それに勝手にそんなこと決めて、遥くんの家族にだって何も言ってないのに」


 これは陽奈子の問題だ。遥翔は関係がない。迷惑をかけるのも違う。遥翔は雪人の友人であって、陽奈子はただ友人の姉というだけだ。ましてや家になどいけるはずもない。遥翔だけでなく、遥翔の家族にも迷惑をかけることになる。


「……遥翔に家族はいない」

「え?」

「少なくとも、あいつが家族だって思っている人はいない。一人なんだ、遥翔は」


 バッグに適当に荷物を詰め込みながら、雪人は顔を陽奈子に向けることはなかった。珍しい弟の硬い口調。ふざけて持ち掛けたことではない。そう気づいた陽奈子は、雪人の言葉に耳を傾けることにした。




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