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きっかけは弟の友人との同居生活だった  作者: 紫音
1章 始まりの同居生活

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11.本音


 再びあの男と邂逅した日から一週間。予定より大幅に遅れて遥翔は退院した。

 あの後、結局遥翔は丸二日目が覚めなかった。陽奈子は毎日見舞いには言ったものの、特に会話らしい会話をしたわけではない。未だに、遥翔から話を聞くことはできないでいた。

 そのまま聞くことなくマンションへと戻ってきた。遥翔が入院していた事情については、弟にも説明できないでいる。ただあの男については説明をした。そしてもう二度と会うことはないだろうということも。それだけで十分安心できる。怯える必要がないのは精神的に大分楽だった。


「遥くん、コーヒー飲む?」

「あぁ」


 帰ってきてすぐに遥翔は自室に入って片づけをしているようだった。それがひと段落したのかリビングに戻ってきたところで声を掛ける。こういったやり取りも随分と久しぶりな気がする。口数は少ないけれど、小さなやりとり一つ一つが陽奈子にとって大切な思い出となった。

 リビングのソファーで向かいあう形で座る。これも定位置だ。テレビもついているが、別に見たいものがあるわけでもない。静かな空気が流れる中で、陽奈子は気を引き締めて口を開く。


「あのね遥くん」

「……」


 遥翔は答えずに顔だけを上げて陽奈子を見る。すっかり顔色は元に戻り、あの時のような疲労感も見えない。いつも通りの遥翔だ。


「色々とありがとうございました」


 陽奈子は座りながら頭を下げる。感謝してもしきれない。避難先としてここに置いてくれたことも。あの男から助けてくれたことも。遥翔には返しきれないほどの恩ができてしまった。顔を上げて遥翔を見るが、遥翔はだただまって陽奈子を見つめていた。それさえももう見慣れてしまったものだ。


「遥くんのお陰で、私は外に出れるようになった。もう怯える必要もなくなって……本当になんて感謝していいかわからないくらいお世話になったから、本当にありがとう」

「……怯える必要がなくても、まだ怖いんだろ?」


 それはそうだ。まだ怖い。男の人だってあまり近づきたくはない。電車に乗るのも怖いし、暫くは知らい人に声を掛けることもできないだろう。掛けられると怖いと思う。だが、いつかは克服していかなくてはいけないことだ。このままではいけないことは陽奈子自身が一番よくわかっている。


「少しずつ慣れていくしかないかなって思ってる。またあんなことがなんてこと、早々ないだろうけれど、それでも急には難しいから」

「……」

「数日中にはここを出ていくね。いつまでも遥くんに頼ってばかりじゃいけないし……」


 ここにいる理由はなくなってしまった。だからそれが自然な流れだ。期間限定なのはわかっていた。最初は戸惑いも照れもあったけれど、それでも振り返ってみれば楽しかった。遥翔と一緒に食事をして、夕食を用意して、たまには一緒に買い物をしたり、お互いに挨拶を言ったりして、まるで親しいのだと錯覚してしまうくらいには。

 思い出していると、陽奈子の目からぽつりと涙が落ちた。ダメだとわかっているのに止まらない。陽奈子は何度もそれを拭う。それでも止まってはくれなかった。


「ご、ごめんね。私ちょっと――」

「陽奈子」

「っ……」


 立ち上がり、部屋に逃げようとしたところで腕を掴まれる。遥翔の手だ。顔だけ振り返ってみると、遥翔が驚いたような顔で陽奈子を見ていた。


「遥、くん?」

「いやその……悪かった」

「え?」


 歯切れが悪く謝ってきたかと思うと珍しくバツが悪そうな顔をして、遥翔は顔を逸らしてしまう。それでも腕は掴まれたままだった。


「わかってやってた。俺も……あんたならたぶん、知れば触れてこないと思ったから」

「……それって」

「だから同居も承諾したんだ。これで解消すれば、あんたはもう俺には近づいてこないって」


 一度懐に入り、そこから離れたら近づいては来ない。だから同居をしてもいいと思ったと遥翔は言った。雪人の提案に乗ったのにはそういう打算があったと。陽奈子が離れていくならそれでいいと。


「私に離れてほしかったんだ……」


 再び涙が流れてくる。でも逃げようにも腕は掴まれたままだった。掴まれていない方の手で何度か拭うけれど、何の意味もない。そうしていると、陽奈子は掴まれた腕を引っ張られた。そうしてそのまま遥翔の胸の中に収められる。


「あんた、俺が最初に言った言葉、覚えてないだろ?」

「最初?」

「あんたが初めて俺に告白してきた時」


 陽奈子が初めて遥翔に告白した時。それは確か陽奈子が大学に入学する前だった。中学生と高校生だったから、大学生になってしまう前にと陽奈子は遥翔に告白をしたのだ。


『瀬尾くん、私ねずっと瀬尾くんのことが好きだよ』

『……俺は好きじゃないし、あんたとは合わない』

『そんなことないよ。付き合ってみないとわからないもん』

『合わない。あんたみたいな人間は、こっちに来ない方がいい』

『あー、わかった。そうやってたくさんの子を振ってきたんだ。なら勝負だね。私がどれだけ遥くんのことが好きか、ちゃんと言葉で伝えるから』

『……もう勝手にしろ』

『うん、勝手にする!』


 そんな風に言われた。確かに思い出した。陽奈子はそうやって遥翔に宣言をして、それからも何度も言い続けてきた。


「あんたは俺がまともに受け取ってないって言ってたけど、最初に俺の言葉を真面目に聞かなかったのはあんたの方」

「だ、だって……普通あんな言い方されたら断り文句だって思うでしょ」


 それがまさか本当にそういう意味だったんなんて想像さえしないだろう。実際、陽奈子が遥翔が何をしていたのかなんて知らない。彰人から断片的なことを聞いて、普通の子ではないのはわかったがそれだけなのだから。文句でも言おうと顔を上げようとするが、遥翔が抑えているようでそのまま顔を遥翔の胸の上に押し付けることしかできなかった。


「俺は裏の世界で生きていく人種だ。この先も、そこから離れるつもりはない。けどあんたは違う」

「だから、遥くんは私に離れてほしいの?」

「あんたは普通過ぎる。それに、何かあれば雪が悲しむだろ。だから離さなきゃいけない。わかってた……」


 陽奈子は遥翔の服をぎゅっとつかむ。ならばどうしてこんなことをするのだろうか。離れてほしいと言うのに、どうして優しくするのか。そうしてほしいなら、最後まで突き放しままでいてほしかった。中途半端に優しくされてしまったら、陽奈子とて諦められない。


「焦ったんだ」

「え?」


 ぽつりともたらされた遥翔の言葉に、陽奈子は驚き顔を上げる。今度は抑えられずに顔を上げることができた。すぐそばにある遥翔の顔は困惑しているような困っているような、そんな表情だった。


「あいつに手を取られているあんたをみて」

「遥くん……」

「だから……」


 期待、してもいいのだろうか。あの男から助けてくれた時、そこには別の遥翔の想いがあったのだと。そう期待しても……。戸惑っているような遥翔に、陽奈子ははっきりと告げる。その目を見て、逸らされることのないようにとの想いを込めて。


「私は……遥くんが好き。大好き」

「……」

「ずっと、ずっと好きだった。違う世界とかなんて、私にはどうでもいい。どうでもいいの……」

「知ってる」

「なら――」


 このままと言おうとした口を遥翔に塞がれてしまった。驚きに目を見開く。でも、それが遥翔の答えなのかもしれない。陽奈子は目を閉じて遥翔の背中に手を回した。


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