10.事情説明
病院に戻った遥翔は、再び点滴をさせられてそのまま眠ってしまった。医師たちが説教でもと思っていたらしいが、既に遥翔は限界が来ていたようで話が出来る状態ではなかったのだ。陽奈子は平謝りすることしかできなかった。
遥翔は陽奈子の後を追って、病院を飛び出した。徒歩で帰ることが危ないと遥翔にはわかっていたのだ。やってきた彰人に陽奈子はそう事情を説明する。
「申し訳ありません。私が軽率な行動を取った所為で……甥御さんを」
「それはいい。君が危機意識が足りなかったことについては叱責はするが、この場合は我々の落ち度でもある」
「え?」
「あの男についていた者にはしばらく別の任務についてもらうことにした。精神疾患者に絆されているようでは、この先を考えることなどできない」
「そう、ですか」
解任。そして左遷。別の部署に飛ばされ、中央には戻ってこれない。その人の将来は閉ざされたと見てもいいだろう。それを陽奈子は厳しいとは言えなかった。陽奈子だけならばそこまで、と考える。けれど今回一番被害を被っているのは遥翔なのだから。
「まぁ……恐怖というのは一概に語ることはできない。君が弱いというわけでもないだろう。そこに警官であるか否かは関係がない。加えて、遥翔は自ら関わりに行った。気に病む必要はない」
「……そういうわけにはいきません」
「それならばそれでもいい」
陽奈子を庇ってくれているのか、それとも突き放しているのか。彰人が考えていることは何かが全くわからない。甥と叔父であるというが、どこか似ているなと感じた瞬間だった。
「あと、この子がやったことだが」
「……遥くんが何かを言った後、あの人は崩れ落ちました」
「もう二度と、まともな生活はできんだろうな。生涯、精神病棟に入れられ、自らが誰だったのかも忘れたまま生きる屍となる。遥翔にしては随分と容赦のないやり方だ」
「どういう、ことですか?」
遥翔が何かをしたというのか。ただ言葉を告げただけで、遥翔が何かをしたようには見えなかった。
『今の俺は手加減ができない』
あれは一体どういう意味だったのか。彰人はそれを知っているのだろうか。陽奈子の視線を受けたからか、彰人は再び深い息を吐いた。
「知ったところで別に意味はないが、知られて困ることでもないか。ただそうだな……よくある話でもある」
「あの、一体何を仰っているのですか?」
「この世の中には理不尽な理由で命を絶たれるものがいる。予期せぬことで命を落とす者がいる。そうしてさ迷う者たちが増えると、この世界に生きている者たちにも影響を及ぼす」
奪われた魂、その想いが強ければ強いほど、この世に留まり続ける。やがてそれは悲しい力となって、乱れを起こす。怪奇現象と呼ばれるものや、神隠しなどといった怪談話はよくあるものだが、それの一因もそういうものが始まりだと。ゆえに、それを扱う、要するにそういった乱れを正す専門職が存在するのだと。
「話半分に聞いてくれて構わない。いずれにしろ、君たちには関係がないことだ。何も見えない者には、何の影響もない」
「でも、それは遥くんに関係するんですよね?」
「その先は本人に聞けばいい。これで二度目だ。暫く遥翔にこの手の仕事は持ち込まないよう私から働きかけておく」
「それは……」
「遥翔が起きたら伝えておいてほしい。今は学生生活を楽しめと」
「……わかりました」
伝えるべきことは伝えた。彰人はそう言い残して病室を去っていった。陽奈子自身はまだよくわかっていないが、それも遥翔に聞けばいい。だがそれはまだ後回しだ。一番優先すべきことは、遥翔の体調だ。無理をさせてしまった。それでも遥翔は駆け付けてくれた。自分の状況などわかっていたのに、安静だと言われていたのに、そんな遥翔に無理をさせてしまったのは陽奈子だ。
陽奈子はベッドの上で眠る遥翔の顔に手を伸ばす。こうして近づいても微動だにしない。深く眠ってしまっているのだろう。陽奈子は手を引っ込めて、今度は無造作に置かれた左手を取り両手で握りしめると、そのまま己の額に当てる。
「ごめんなさい、遥くん……それと、ありがとう」




