9 現実逃避したい
「少しは落ち着きましたか」
「ええ、ありがとうエル。一旦頭は冷えたわ──変わらず混乱はしているけれど」
お茶の準備をして貰う為にユリを伴って食堂までやってきた私はざっくりとさっき起きたことを説明すると応接間に行く前に一度こちらをどうぞとハーブティーを出してくれた。
沈静化効果のあるハーブティーでようやく頭が冷えた。ユリに感謝だわ。問題は何一つ解決なんてしていないけどね!
「ねぇ、シル……ヴェスト様は、どうして今、このタイミングでここに現れたんだと思う?」
「私からはなんとも」
「ユリも、知ってるよね?その……伯爵を継ぐって話」
「そうですね」
「だとしたら、今このタイミングでわざわざ隣国まで来て私を探してる場合じゃないよね?どうしてシルは──」
それに、さっきの態度もなんだかおかしかった。
私はシルがあんな風に感情を出すのを見たことがない。
私がいない間に変わった、の?
誰が、変えたの?
やっぱり私はシルにとって迷惑な存在だったのかな?
いなくなって正解?それとも面倒をかけられた厄介な存在?
「……恐らくですが、今アンリ様が考えていることは全て見当違いではないかとだけお伝えしておきます」
「……え。私何も言ってな──」
そこまで話していたら、エルが痺れを切らして私達を呼びに来た。そうよ!やだ、私ったらここにはひと休憩しにきたんじゃなくて、お茶の準備をしに来たのに!
準備の邪魔をしてしまったことをユリに謝ったけど、支度は既に終えているから心配いらないと言われた。
ぐうぅ。優秀すぎない!?私の養い子達!
今更ながら、よく得体のしれない少女になんか付いてきたわよね。確かに二人を見つけて私の商会の手伝いをして貰うよう説得に時間を掛けたけれど、あの時の私、まだ十代前半。なんの保証もない、貴族の子供の娯楽と思われても仕方なかったはずなのに、いくら生活の保証と仕事を与えるって言っても普通は付いてこないと思う。
──正直な話、二人があまりに孤児院で浮いていたから。
明らかに訳ありの子供。
だから、思わず手を差しのべてしまった。少しの好奇心と興味。
それが気付けば、商会の担い手として活躍し、私の逃亡劇にまでくっついてくる(むしろ私の方がくっついているわよね……)始末。
忠誠心が高過ぎではないかしら!?
今じゃ私の方が養われているじゃない!
──でも、私をちゃんと立ててくれるのよ。
絶対私なんかいなくても二人ならどこに行っても能力を発揮して地位も名誉も手に入れられる力がある。なのに、あくまで私のお世話係から離れようとしない。
それに甘えている私がいるのも事実。
……今きっとこんなことを考えているのはこの後起こるだろう話し合いの空気から少しでも逃避したいからよね。
でも、時間は無情にも待ってはくれない。
応接間の前に来て、私は覚悟を決めて扉を開いた。
「大変お待たせ致しました。お茶の準備が整いましたわ。……改めてお話をお聞き致します、伯爵令息様」
シルの向かい側に座って、ユリがお茶の準備をテーブルに並べてくれる。私の方を見ながら悲しそうな顔を向けてくる。
うぅ、私はシルを傷付けたいわけじゃなかったのに……っ。
「……もう、シル、とは呼んでくれないの?」
「家を飛び出した私には、名前を呼ぶ権利などありませんから」
「君は今も子爵令嬢で、僕の婚約者なのだとしても……?」
「……え?」
え。え?どういうこと?
私はとっくに籍を抜かれていると思っていた。
親にも何も言わず伯爵様に不義理をして、何より、シルを騙して逃げてきた。
なのに、三年前と何一つ変わっていないなんてことありえるの?
「お二人は一度ちゃんとお互いに向き立った方が良いかと思いますよ」
「エル……。私、私は──」
「こちらのことは気にせず、ゆっくりと話し合ってくださいませ。我々は隣の部屋で交代で待機しておりますので」
「あっ……」
それだけ言うと二人は部屋を出ていってしまった。
ヴェスターの面倒を交代で見てくれるようだ。
一応子供もいる身だけど、立場上はまだ婚約者?らしい私たちを気遣って扉は少し開けたまま。
でもでも!
突然二人きりにされて何を話せば良いのよ!!
(今すぐこの場から逃げ去りたいー!)
私は淑女の表情を崩さずに心のなかで大暴れした。




