7 侯爵令嬢の事情【シルヴェスト視点】
「アンジェリア様のこと、お好きなんでしょう?」
「──好きですよ」
好きに決まってる。
むしろ、好き以上の感情をもて余しているくらいだ。
早くアンジュと一緒になりたくて、卒業したらすぐに婚姻したいし、キスをしたいしそれ以上だって──。
そんな下種な考えを持ってるなんてバレたくないから、ずっと隠してる。それでも、あと半年。いつアンジュが嫁いできても苦労させない為に基盤作りに力を入れた。
そんな僕の姿を見て両親も喜んでくれて、少し早いけれど伯爵位を継ぐ為の準備もしているくらいだ。伯爵子息と伯爵では立場も権限も何もかもまるで違う。
アンジュを守り、幸せにする。
僕が変わるきっかけになったアンジュのことを両親も我が子のように可愛がってくれているから、僕の考えにも同意してくれていた。
僕の周りは準備万端なのに、何故か学院の中だけは僕たちの意図と全く違う方向に舵を切っている。学院という閉ざされた空間、大人になる一歩手前の未熟さからこうなってしまったのだろうか。
「ふふ、本当にお好きなのですね。表情から滲み出ていらっしゃいますわ!そう、まるで──」
「──物語のキャラクターのよう、ですか?」
段々言いたいことはわかってきた。
「ええ!その方も好きな相手には素直になれなくていつも無愛想な態度を取ってしまうのですけど、本当は誰よりも愛していて、たまに見せる微笑みが本来の姿なのですけどそれがとっても素敵なのです!他のご令嬢に見せる笑顔とはまるで違うのですわ」
「成る程」
大体言いたいことはわかったし、僕にとても似ているだろうことはわかった。でも……。
「確かに、私に似ている人のようですね。但し、一つだけ訂正させて頂くなら、私は彼女に対し素直になれないのではなく、無愛想なのは元々の性格です。そんな私のことをまるごと受け止めてくれる彼女に私が甘えてしまった結果、あのような態度になってしまったのです」
「まぁ……まぁまぁまぁ!そうなのですね!信じ合える仲だからこそお互いだけに見せる姿……物語よりも素敵なお話ですわ」
侯爵令嬢は本当に物語がお好きなようだ。話し出すと止まらないし、想いを馳せてうっとりと微笑を浮かべている。
その表情だけを見れば、成る程。皆が憧れる侯爵令嬢という印象だ。けれど、中身を知ってしまったら、見目が整っているだけで変わった人だというイメージしか残らない。
「だとしたら、なおのこと。お二人には幸せになって欲しいのです。どうかアンジェリア様を守って差し上げて下さいませ」
「それはどういう──」
「彼女の元には、身の程を弁えないご令嬢方が苦言を呈しに度々姿を現します。お二人の仲を誤解しているのでしょうけれど、伯爵子息様に相手にされていないことにも気付かず自分の方が相応しいとでも思っているのか、悪し様にする姿は見ていて良い気分ではありません」
「……っ。全ては私が未熟ゆえに起きたことです」
何も言い返せない。僕の周りにやってくる者は、僕自身で対応することが出来る。でも、それだって社交辞令で返すしかないから、今と現状は変わらない。
アンジュとずっと一緒にいれば、アンジュ一人の時にそんなことをする人はいなくなるかもしれないけど、そんなことあり得ない。授業全て一緒ではないし、女性のみの集まりだってある。
なんて不甲斐ないんだろう。
「私がお見掛けした時は窘めることは出来ますが、常とはいきません。ですので、ぜひ伯爵子息様には頑張って頂きたいのです」
「……貴女は何故それほどにも我々に心を砕いて下さるのでしょうか」
好きな物語の登場人物に似ているというのは聞いた。けれど、それだけでこんなことをするだろうか。
彼女の行動には何か動機があるような気がした。
「そう……ですね。突然こんなことを言われても不審に思われても仕方ないですわよね。お二人が私の推しであるというのは勿論ですけれど、強いて言うならばお二人を通して私は幸せを感じたい……のかもしれません」
「──それは」
「そのご様子ですと、我が家の事情も少なからずご存知でしょう。我が侯爵家は……いえ、父は、王族に連なる者になるために私を王太子殿下の婚約者にしようと躍起になっておりました。けれど、見初められたのは公爵家のご令嬢。それはそうでしょう。私と殿下は10才も年の差があるのですから。私が産まれた時点で勝ち目のない戦など挑まなければ良いのに、殿下にとって幼すぎた私を妃候補になど……。周りの高位貴族からは良い笑われ者ですわ。殿下が婚姻なさると、私にはとんと興味が失せたのか見向きもされず。私は未だに婚約者がおりません」
アンジュと出会う前、複数のご令嬢とお見合いをしていた僕は、とにかく手当たり次第に釣書を送っていた。その中に侯爵令嬢も含まれていたのだけど、侯爵家当主に一蹴された。下位の貴族になど打診もされたくないとばかりに必要最低限の返答が返ってきて父が激怒していたのを覚えている。
当時の僕は自分のことを卑下していたので、当たり前だよなんて思っていたけど、アンジュと出会い貴族間の交流を深めていくなかで、色々と理解した。
「ですから、私は物語の世界にハマったのです。私が望むことの出来ないドキドキやワクワクとした気持ちを主人公を通して楽しもうと。──お二人は、そんな私の今一番の推しなのですわ!」