6 僕の光【シルヴェスト視点】
学院に入ってから、お互いに忙しくてすれ違いが多く、アンジュとあまり一緒にいられなかった。
僕はアンジュ不足で死にそうだった。
なのに、僕の周りにやってくるのはどうでもいい奴らばっかり。
伯爵家の人間として、また新興商会の経営者として、何よりアンジュにとって恥ずかしくない人でいなくてはと頑張っているけれど、ずっと笑っていなければならない状況はストレスが溜まる一方だ。
それに周りのバカな女達が最愛のアンジュをバカにする発言をすることも神経を逆撫でしていた。
「シルヴェスト様がお可哀想だわ」
「……何がかな」
また始まったか。
「アンジェリア様とは政略的なお相手なのでしょう?一緒にいると大変なのでなくて?」
「そんなことないよ。むしろ、一緒にいられることが奇跡のようなものなんだ」
本心からそう伝えているのに、目の前の女には何一つ伝わっていない。
「まぁ!シルヴェスト様は謙虚な方ですわね。あれだけ大きな商会を興した上に学業も怠らず、容姿も端麗で多くの令嬢の憧れの的なのですよ?それに比べて……ねぇ?」
蔑むような表情を浮かべ小馬鹿にしたように笑う。反吐が出る。
それに追従するように周囲の者も嘲り続ける。
「そうよねぇ。共同経営とは仰るけれど、実質シルヴェスト様が経営を担っていらっしゃるのでしょう?」
「それなのに、婚約者という立場に甘んじてあの方は……」
──聞くに堪えないな。
「それ以上私の婚約者のことを悪く言うのは勘弁して貰えないかな?彼女は私には勿体ないくらいの素敵な女性だよ」
「し、失礼しました!!」
何も知らない愚か者が……っ!
僕は今すぐ目の前の女を排斥してしまいたい気持ちをグッとこらえて言葉を遮った。もう聞いていられなかった。笑顔の裏にある怒りに漸く気付いたのか、逃げ去るように皆いなくなった。
最近はああいった態度で近づいてくるものばかりだ。
でも、それは僕の態度にも原因はある。
いつもアンジュに甘えて一緒にいるときは無愛想のまま一緒にいる姿を周囲にずっと見せ続けてしまった。アンジュがわかってくれたらそれで良い、なんて思っていた。だから、卒業間近になった今、こんなにも彼女が侮られることになってしまったんだ。
僕は本当のことしか言っていない。
経営だって本当に共同経営だし、アンジュが表立って動いていないのは、自ら見つけてきた人材に商会を任せているからだ。
アンジュは商才だけでなく、人材発掘も優れていてどこからか見つけてきたエルとユリの兄妹を商会に雇い入れると二人はあっという間に頭角を現し、代表を務めるまでになった。
優しくて明るくて、人望があって頭も良くて。
アンジュは僕の光だ。
むしろ、罵詈雑言を浴びせられるべきはお前達の方だろうに。
幼い頃、婚約者を選ぶために沢山の見合いをしたけど、見た目の陰鬱さと口下手な僕を小馬鹿にして断ってきたくせに、ちょっと見目が整って社交辞令を言うようになったら態度を一変させて媚を売ってきたじゃないか。
僕自身の中身は何一つ変わっていないのに、上辺だけですり寄ってくる。そんなものに僕が靡くはずもないだろう?
そんなある日、唐突に侯爵令嬢に呼び出された。
その人は──一言で言うと変わった人だった。
「サンドア侯爵令嬢、本日はどのようなご用件でしょうか」
「突然呼び出して申し訳ありません。私、どうしてもネルガル伯爵子息様にお伝えしたくて」
これは、もしかしていつものやつなのか?
まさか。皆の憧れの対象だという侯爵令嬢が、僕なんかに?
だとしても、僕にはアンジュ以外選ぶ気なんて更々ないんだけど。
とはいえ、相手は格上だ。
商売上の取引相手でもある侯爵家の令嬢に失礼な態度をとるわけにもいかない。
この数年で身につけた愛想笑いを浮かべて、丁寧に言葉を告げる。
「私のような若輩者に様付けなど必要ありませんよ。どうぞ、話しやすい言葉で構いません」
「あぁっ!その笑っているようで実は相手に腹の中を見せない腹黒めいた表情を間近で見られるなんて……っ!」
「──は?」
耳を疑うような言葉と目の前ではにかむような微笑みを浮かべながら語る令嬢のギャップに脳が追い付かなくて思わず失礼な態度を取ってしまったが、これは僕は悪くないと思う。
「やだっごめんなさい!こんなことが言いたくて私お時間を頂いたのではないのに、つい興奮してしまって本音が口から出てしまいましたわ」
……本音なのか。
聞き間違いであって欲しかった……というのは僕の我が儘だろうか。
「んんっ、そ、それでは改めてお話させて頂いても?」
「──えぇ、勿論」
ここでなんとか抑えた自分によくやったと褒めてやりたい。
「私、巷で流行っている恋愛小説にハマっていますの。最近の物語は多岐に渡っていて身分差の恋や婚約破棄もの、両片思いの切ないじれじれストーリーまで色々なテーマと性格の二人の物語が描かれていて、私、いつもドキドキハラハラしながら読ませて頂いているのですわ」
「そう、ですか」
それが僕と、なんの関係があるというのか。
その疑問が滲み出ていたのだろうか。
彼女はふふっと口元を緩め楽しそうに語り出した。
「ネルガル伯爵子息様は、その中に出てくるとある貴公子にとてもよく似ていらっしゃるのですわ!私、特にそのシリーズの大ファンで、感情表現の一つ一つの描写をしっかり覚えておりますの。だから、気付いたのです。──ご令嬢方に向ける笑顔の裏にある感情を」
「──それは」
僕の努力の足りなさか、それとも彼女が異常なのか。
今まで、一人を除き誰にも指摘されたことがなかった。
作り笑いの表情。優しい話し方。全て商会運営と将来の領地経営のために身につけた社交術だ。
好かれこそすれ、裏の顔なんて言われたことがない。むしろ、アンジュに素のままの顔を晒すことこそ、嫌っているからそんな態度なんだと思われるようになってしまった。
「アンジェリア様のこと、お好きなんでしょう?」
「──好きですよ」