21 伯爵家の事情
一度場所を移そうと言われ、私とシル、伯爵ご夫妻はエルに案内されて応接間に向かった。
ユリはヴェスを連れて私に与えられた部屋に下がっていった。
「さて、ここでならゆっくり話せる」
「伯爵様、お仕事は宜しいのですか?」
いつも忙しそうに公務と領地経営をされていた方だ。
こんな風に私に付き合ってゆっくりしている時間などないのではないかと心配になる。
「私を心配してくれるのだな。アンジェリア嬢は優しいね。だが、心配は無用だ。今日はそのために時間を調整しているし、愚息が私の仕事の一部を既に担っているからな。以前ほど大変ではないのだ」
「アンジュ、心配はいらない。父上は要領の良い人だからね。私はまだまだその足元にも及びませんが」
「それは当たり前だろう?だが、伯爵を譲り渡しても良いと思うくらいには成長したと思っているのだぞ」
「──それは、初耳です」
さっきまで一触即発な雰囲気だったのに、目の前で繰り広げられるやり取りにホッとする。厳しいけれど優しい愛情溢れる方なのは今も変わっていらっしゃらないのだわ。
けれど、そんな素敵な方を相手に不義理をしてしまったことに自己嫌悪する。何故、あの時の私はあのような行動しか出来なかったのだろう。
身体の関係を作ろうとか子どもだけでも欲しいとか独りよがりで自分勝手な発想でシルを巻き込んで、挙げ句に全てを放り出して逃げ出したのだから。
幾度となく同じ後悔が頭に浮かんでは消えていく。
そんな私の肩にそっと手を置いて隣に座ったのはティリエおば様だった。
「本当にごめんなさいね。私はちゃんと隠さずにもっと早く真実を伝えるべきだって言ったのよ?だけど、意固地になって、まだ今は時期じゃない、だとか黙っている方が二人の為だとか尤もそうなことばかり言って引き伸ばして!結果、貴女をこんなにも悲しませていたのなら本末転倒だわ。そうでしょう?旦那様」
おば様からの問い掛けに頷くと向かいに座るおじ様……伯爵様は少し困ったような顔をしながら話し出した。
「……それに関しては私も申し訳なく思っている。ティリエが言うように意固地になっているわけではなく、ちゃんと意図があって黙っていたのだが……。私たちはね、貴女のことを責める気はないのだよ。だから、そのように悔いるような顔をしないで欲しい。私たちはヴェスターに会えて本当に嬉しいと思っているのだから」
「……っ!」
その言葉に、私の予想通りだったのだと理解した。
やっぱりエルと伯爵様はずっと繋がっていたんだわ。
私が隣国に逃げて子どもを産んだのもエルから伯爵様に伝わっていたのだろうし、エルがまるでずっと働いてきたかのように伯爵家の中を自由に動き回れるのも、長期の出張と称してたまにいなくなっていた時に恐らく伯爵家に顔を出していたのだろう。
知っていて、皆私のことをずっと自由にさせてくれた。
でも、シルは何も知らされていなかった……?
チラッとシルの方へ視線を向けてから伯爵様を見れば首を縦に振った。
「シルヴェストには、何も伝えていない。今回アンジェリア嬢を見つけて戻ってきたのも、私との約束を果たして自らの力で探し出した結果だ。その想いは受け取ってくれると嬉しい」
「そう、だったのですね」
話の流れからもしかして私の住む場所を誰かが伝えたのかと思ったけれど、違うようだ。
「……っ知っていたのなら……何故もっと早く止めて──」
シルはポツリと怒りを抑えたような声を溢した。その声は小さくて最後まで聞き取れなかったけれど。
……産むのを、止めて欲しかった……?ヴェスを勝手に産んだこと、やっぱり怒ってるの……?
「なんだ、ヴェスターが産まれたことを悔いてるのか」
「そ、そんなことはありません!」
「だいたい、こうなったのはお前にも原因があるだろう?心当たりがないとは言わせないぞ」
「……っ!」
押し黙ると俯き肩を震わせる。
こちらを見ないからどんな表情をしているのか私からは見えない。
「お前は昔から圧倒的に言葉が足りぬ。もっとちゃんと向き合って話し合いなさい」
「相変わらず人付き合いが苦手な子だけど、どうか見捨てないでくれると嬉しいわ」
「……ティリエおば様」
これからの事務手続き等は後日改めて私の家族も呼んで話し合うということで、伯爵ご夫妻は話し合う場を持ちなさいとシルに告げて部屋を退出していった。
──ねぇ。この重い空気をどうすればいーのー!?──
私は無言のシルと二人部屋に残されて途方にくれたのだった。




